終結


やはりそう簡単には倒されてはくれぬか。
呻くネッドの骨に伝う痛みと苦い思い。
マストの端と端に降りた黄猿とネッドは双方油断なく構えて、喜ばしくない再会に口を開いた。

「おォ…ネッド〜〜…、久しぶりだねェ…元気だったか〜い?」
「お久しぶりです、黄猿殿…この通り心身共に健在であります」
「ん〜それは何よりだよォ……君が海軍を辞めてからわっしは寂しくてねェ〜…」
「その節は大変申し訳ありませんでした。お世話になった御恩にも報えず、ご挨拶にも伺わず勝手をしたこと申し訳ありませんでした」
「相変わらず固いよォ君、…戻って来たって訳じゃないんだろォ〜…? あそこで“麦わらのォルフィ”を逃がそうとしてるのはネッドの弟だよねェ…」
「……たとえ貴方といえどローに手出しはさせません」
「言うねェ…そんなに大事かァい?」
「ええ…」

甲板に出ていたローがネッドの姿を見つけて何かを叫んでいる。しかし前方にいる黄猿がネッドに狙いを定めているため、戻りたくても今は戻れない。
ジンベエとルフィを収容した潜水艦はいつでも潜れるように準備は出来ていた。あとはネッドさえ戻ればローは逃げれるのにと、ジリジリとネッドの焦りは募る。

必ず戻れとローは言った。
ネッドはそれを守らねばならない。
けれども黄猿にはネッドを逃がす気は無く、背を向ければ忽ちあの指はネッドを貫いて殺そうとするだろう。
それでは約束が違うのだ。

「シャボンディじゃあ…よくも逃げてくれたねェ〜…トラファルガー・ロー〜〜! わっしらからネッドまで奪って…許しがたいねェ〜…」
「!?」
「くそ…ネッド…!」

そこまでだァア〜〜!!

指先に光を集め強力なレーザー光線を放とうとローに狙いを付けていた黄猿の動きが止まる。
戦場中に響き渡るような声を発したのは一人の勇気ある海兵だった。

海賊に背を向け。マグマを身に纏わせた赤犬に立ちはだかったコビーはもうやめましょうよ! と顔中を血と涙と鼻水で汚しながら身を呈して赤犬を諌めていた。

目的は果たされているのに、欲をかいて海賊を追いかけ、助かる兵士を見捨ててまでこの戦争を続けるなど、これ以上犠牲者を増やすなと彼は訴えた。
しかし、それで止まる赤犬では無い。
徹底的な正義を信条とする赤犬は、邪魔立てした海兵にも容赦なくその燃える拳を振り落とそうとした。

「…“数秒”…無駄にした……正しくもない兵は海軍にいらん……!」

コビーは死を覚悟した。それでも悔いは無い。
迫る死にコビーは絶叫を上げた。影が走り寄る。
白目を向いて泡を吹いた彼は、自身を救った“誰か”の姿を確認する前に意識を落とす。

「……よくやった…若い海兵、お前が命を懸けて生み出した“勇気ある数秒は”…良くか悪くか、たった今世界の運命を大きく変えた!!」

四皇“赤髪”のシャンクス。
威圧的な風格を纏わせたその男の隻腕がコビーを庇い、赤犬の拳を治めさせていた。
昨日同じく四皇であるカイドウと小競り合いを起こした、新世界にいる筈の男が、どうやってもう此処に…。

シャンクスの介入に驚いていたネッドは、間近で鳴らされた撃鉄の音にハッと顔を向け、同じマストにいつの間にか腰を下ろしていた男の名を呟く。
その男の名はベン・ベックマン。眼下に姿を現した赤髪海賊団の副船長たる男だ。彼は、銃口を黄猿に狙いを定めたままくいっと顎を反らしてネッドを見た。

「…いけよ、さっきから下がお前を呼んでうるせェぞ」
「かたじけない…!」

ベックマンもまたネッドの顔を知る者の一人だった。
“冷徹”が白ひげ海賊団との交戦中に姿を暗ませたことは広く知れ渡ってはいなかったが、彼らはルーキーであるローの事を手配書で見て知っている。
良く似てんなァ、と酒を飲みながら船長が零し、会いに行ったのかもなと彼らも納得していた。
マルコとネッドが一騎打ちに勤しんでいる中、邪魔した揚句に二人へ「うちに来ないか!」と朗らかに言って素気無く断られたのは良い思い出だとシャンクスだけが語る話だ。

ベックマンのお陰でローの元へ降りて来られたネッドは、ドアを開けたままネッドを待っていたローに出迎えられた。
ネッドの頬に付いた煤をローの指が拭う。
少し衣服を焦がしているものの大きな怪我もない様子のネッドに、ローは衝動のまま抱きしめてその身体を船内へと押しやる。

「…ハァ、…すまない、ロー…少し手間取った」
「言い訳も説教も後回しだ…出航するぞ!」

あとで説教があるのか、と呟くネッドにあたり前だろ、とローが鋭く言って兄を睨んだ。
両手を降参させていたネッドはあとでもう一度ちゃんと謝ろう、と心に決めた。
ベポがドアを閉めてとローに催促する。
未だ戦火の残る外に目を向けていた彼らは、飛んできたバギーが何かを投げたので受け取った。麦わら帽子。ルフィのトレードマークだ。

潜水を開始した潜水艦は全速力でその場から退避した。
青雉の能力が海面を凍らせる。
ルフィを逃さぬために大将たちは最後の攻撃を繰り出し、天からは黄猿のレーザーが雨のように降り注いだ。
逃げろ逃げろと海底へ潜行する潜水艦の中でクルーは無事に逃げられるよう祈りながら揺れる船内で必死にしがみ付く。

ローはオペ室に向かった。
瀕死の二人を生かすために。
ネッドは助手としての心得が無い自分が居てもローの邪魔になるだろうとドアの外で待機し、じっと息を潜めて海底の様子に耳を澄ませていた。

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