伝説と呼ばれる男


マルコは何をしているのだ、とネッドは無表情の下で顔色を曇らせていた。
たったひとつ残されたモニターの向こうでは白ひげの胸に白刃が埋まっている。白ひげの傘下“大渦蜘蛛”のスクアードがマルコによって甲板へと押し倒された。
親に刃を向けたのは彼の愛する息子だ。

自分達はハメられたのだとスクアードが言った。
白ひげが海軍に仲間を売ったと、エースと白ひげ海賊団には手を出さない代わりに自分たちを売ったのかと頭を垂れたまま彼が叫ぶ。
そんな訳があるかとネッドは思う。
白ひげの仲間は彼の家族だ。白ひげは家族を売りはしない。
だからあのひとは伝説と呼ばれるのだと。

――ブツッ、と不自然なほど唐突に映像が途切れた。

真っ黒になったモニターを睨むネッドにローが肩を叩いて名前を呼んだ。は、と詰めていた息が口を抜ける。
いくぞ、と短く告げて背を向けたローは、ベポに船を出すよう指示していた。どこへとは訊ねずとも分かる。
勿体ぶったような歩き方をするローの背中から視線を外して、ネッドは周囲に並ぶ海賊船を窺った。
そのひとつにドレークの船を見つけ、ネッドは遠目からでも確かに彼と視線が合う。

船首から離れたネッドは船内へと続くドアを潜った。船体がゆれる。潜水を開始した事を告げるランプが回り、最小限の灯りを残してふっと視界が暗く翳った。
もはや移動は慣れたもので迷うことなく階上へと上る。ブリッジにはローと航海士の白クマ、そしてペンギンがいた。

「正義の門を抜けるつもりか?」
「…ああ、アレの向こうに行かねェとこいつも役に立たねェ」
「ペンギン、黒電伝虫に反応は?」
「だんまりです。たまに繋がりはしましたけど、シャボンディ諸島にいる海兵の通信が引っ掛かるだけで…」
「ロー。正義の門には監視の目が張り巡らされている。動力室は門の内側だ。認証のない軍艦以外をあれは通さない。…迂回するにしても巨大すぎるが…まさか、」
「そのまさかだ、ネッド。このまま潜行して門をやり過ごす」

海軍本部のあるマリンフォードへ到達するためには正義の門が開かれない限り叶わない。
門が開かれる時に生じるタライ海流はインペルダウンとエニエス・ロビーとの三点を繋ぐ、政府専用の巨大な渦だ。
タライ海流には怪獣や海王類も多く生息していると言うのに…ローはやると言った。
やると言い切ったからには彼の命令は絶対だ。

自分も付いて行くと言った通り、ローはネッドをマリンフォードまで連れて行ってくれようとしている。
それを少し申し訳なく思うがネッドもローもあの茶番劇の続きが気になっていた。
決して見逃してはならない。あの先には、海軍が見せたくないモノが隠されている。
海軍の信用を揺らがせる戦争の過程が。

ネッドはやはり白ひげの裏切りは嘘だと思っている。
ローも同じ考えだろう。
戦況の指揮を取っているのは海軍総大将「仏のセンゴク」だ。
過去に知将として海賊王と渡りあった彼のことだ、大渦蜘蛛が担がれた可能性も否定出来ない。

シャボンディ諸島から離れ潜水艦はタライ海流に乗った。
静かに動力音だけを鳴らして潜行する船が巨体をうねらせて泳ぐ海王類の傍をすいすいと泳ぐ。
少しひやりとする場面もあったが船体を傷つける事もなく正義の門を潜り抜けると、マリンフォードの湾外から黄色い潜水艦が顔を出した。

『ザザ――火拳のエースが…――ジッ、された――奴は麦わらと共にオリス広場を――』
「…どうやら火拳屋は解放されたようだな」
「ああ、麦わらも無事のようだが…逃げ切れるかどうか」
「ロー船長! ソナーに多数の船影を確認しました、全部で…七隻です!」
「は、見物の続きを見据えに来たか…」
「おそらくは…」
「先程ドレークと目があった。彼もこの場に来ているのだろう」

ローの目付きがギラリとしたものに変わってネッドを睨んだが、ネッドは何故ローが怒ったのかが分からなかった。いつの間にアイコンタクトを取ったと言われても、ネッドには全くそんな気も無かったので不可抗力としか呼べない。
ペンギンとベポに助けを乞う視線を向けるも、ふたりはいつもの事だと受け止めるばかりだ。
一度浮上すると告げてローがブリッジから出て行く。
上甲板に向かうだろう彼を追ってネッドも部屋を後にした。

『――ザザ――報告、軍艦を奪われた…! 海賊どもは海へ逃げ込むつもりだ、一人たりとも逃がすな!――』

水の捌けた甲板に黒電伝虫が傍受した戦場の様子が流れる。
マリンフォードより立ち上がる戦塵、肌を舐める潮風に死の臭いが馴染み、正義の砦を怒号と爆炎に染めていた。

『――火拳のエース、死亡…! ――ザザ、討ち取ったのはサカズキ大将です!――』

エースが、死んだ。
白ひげはエースの救出に失敗したのだ。

ネッドは閉ざした瞼の裏にまたあの太陽のように眩しい笑顔を想い浮かべた。ここで死なせるには惜しい男だった。
不死鳥は泣いただろうか、あの男は何をしているのだ、麦わらは兄の死を目の当たりにしたのだろうか、白ひげは、海軍は…止まるだろうか。否、ますます勢いを付けるだろうと、ネッドは首を振る。


そして告げられた白ひげの訃報――。
これ以上は我慢が出来ないとネッドはローを真剣な眼差しで見つめた。

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