彼はわたしの、、


六日間沈黙を守り続けたハートの一行はシャボンディ諸島へと上陸していた。
エースの処刑時刻まであと三時間。
海軍本部のあるマリンフォードから避難してきた住人達が溢れる広場には、公開処刑を映すための巨大モニターが設置されていて、世界へこの情報を伝えるために集まった記者たちも皆息を詰めて身構えていた。

ハートの潜水艦は巨大モニターが見える位置に停泊している。
映像へ動きがあるたび観衆がざわめく。
船首に佇むローとネッドは処刑台に送り出されたエースを見つめていた。
この日ばかりは海兵たちも広間の守りを固めるだけだ。
見物に訪れている海賊を捕らえることも出来ないようで、同じ目的をもった海賊旗が静かに隣り合うさまは異様である。

処刑台に元師センゴクが上がってくるとネッドの背が自然と真っ直ぐに伸ばされた。
これは最早癖だな、とネッドが自分を笑い、映像越しに懐かしい声が広場に響く。

『諸君らに話しておく事がある。ポートガス・D・エース…この男が今日ここで死ぬ事の大きな意味についてだ……!』

広場の空気がざやめいた。
センゴクが静かな口調で淡々とエースの出自について語り出すとエースの頭が次第に俯いてゆく。
ネッドは彼の太陽みたいな笑顔を思い出した。
あの笑顔と結びつかないほどエースの身体はボロボロだ。ひどい仕打ちを受けたのだなとネッドの瞳がすっと細められた。

『――お前の父親は! “海賊王”ゴールド・ロジャーだ!!』
「……!?」
「“海賊王”の血…!? 麦わらの実の兄ではないのか…!?」

流石にネッドも息を呑んだ。
群衆の気配が大きく揺らいで慌ただしくなる。それほど衝撃的な告白だった。
世界中から海賊王の血は忌避されているのだ。

ローは腕を組んだまま口を閉じてじっとモニターに意識を向けている。後ろに控えていたクルーが驚きの声を上げるも、船長とネッドが微動だにしない事で次第に落ち着きを取り戻した。

センゴクが危険視しているのはエースの未来だ。
海賊王の血。白ひげの庇護。放置すれば必ず次世代の頂点に立つ資質を発揮し始める。その前に首を取るのだとセンゴクが語った。
たとえ白ひげと全面戦争になろうとも、世界の正義はエースの首を望んでいる。

親が誰であろうとエースはエースであろうとネッドは思った。
亡くなったローとネッドの親は医者だったが、ネッドは海軍へと歩み、今はこうして海賊をしている。
ローも医者だが海賊である事を選んだのはロー自身だ。

エースとて無法者なのだから、何かあれば自分の命を懸ける覚悟はあるだろう。しかし、これは…。
親の罪を子に背負わせるのは違うのでは無いかと、ネッドはそっと視線を落とす。

地を轟かす勇ましい声を上げる海兵にネッドはぞくりと背筋が震えた。もしもローの元へ来ていなければ、ネッドはあの場に立っていたのだ。
そしてマルコと殺し合う。
いつもの小競り合いではなく、生死をかけた殺し合いを、戦争と言う舞台の上で繰り広げていなければならなかったのだ。

それは自分のやりたい事とは違うとネッドは思った。
ネッドのやりたい事はマルコとの一騎打ちだ。
いつまでも続く。勝敗をかけた殺し合いをネッドは望んでいた。

ネッドはマルコのことが嫌いではない。
好きでも無いけれど、マルコの存在が欠けるのはとても嫌だった。
この広大な海でそう思える相手と出会える事がどれほどの幸運であるかをネッドは知っていた。


湾外を映すモニターに船影が映る。
白ひげ海賊団の傘下である大艦隊がようやくその姿を現した。
総勢43隻。白ひげの本船まだ見えない。
センゴクが警戒を飛ばす。砲撃を躊躇い海上を睥睨する海軍をあざ笑うかのように――湾内へと白鯨の巨体が顔を上げた。
海軍の布陣は裏をかかれ、四隻の海賊船の侵入を許していた。

「…おい、ネッド…何を嬉しそうにしている」
「? そうか? 私は…笑っているのか?」
「自分じゃ気付いていねェようだが相当“悪い顔”してるぜ…そんなに不死鳥屋と戦いてェのかよ」

ローがネッドを横目で睨む。拗ねたような口調で話すローはネッドの思考さえも自分の元にいなければ気が済まない。
笑っていると指摘を受けてネッドは自分の顔に手を触れた。
無表情が常である自分が自然とそういう“悪い顔”をしていたとは到底信じられないようだ。

マルコの存在が確認されただけでネッドの胸は躍る。
好敵手とはそういうものだとネッドがローに説明づけたが、ローは嫌そうな顔をするばかりで納得はしていなかった。

モビー・ディック号に“白ひげ”エドワード・ニューゲートが不動の姿をさらす。
老いてもなお雄々しい重圧感を与える伝説の男は愛する息子の姿を確認すると、あの特徴的な笑い方で二ヤッと唇を持ち上げた。

戦争が始まる。
ごくりと背後で唾を呑んだ白クマの挙動は相変わらず愛らしかった。

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