うねり


無事に逃げ切り潜水艦まで辿りつくと、ローは潜水の準備をするようクルーに命じた。暫くは潜る。数日様子を窺って機を見て浮上すると彼は言う。
慌ただしく走り去るクルーを横目にローはネッドを促して船長室へと向かった。
今日は一日メンテナンスに割く事と決めていたことから、潜水艦は未だコーティングされていない。つまりはまだ新世界へと行くことは叶わないのだ。

「ロー…怪我は無いか」
「ああ、少し汚れたくらいだ。ネッドは?」
「私も大したことは無い。ただシャチが足首を捻っていたようだから後で見ておいた方が良い」
「あいつは慌てすぎだ。湿布は処方するが…暫く大人しくさせておけ」
「わかった」
「…ネッド」
「ん? なんだ、ロー?」
「来い」

ソファに座ったローがネッドを呼ぶ。ローと自分の太刀をデスクに立てかけていたネッドは首を傾げながら彼の前に立った。
と、帽子を取ったその手がするりと腰に回る。
ローの顔が腹に埋まった。ふわりとネッドから少し煙草の匂いがする。ローは息を吸いこみその肺を満たす。
僅かに目を瞠ったネッドはただ黙って、くせのある自分と同じ色の髪をそっと撫でていた。

「お疲れ様。疲れただろう? 何か口にするか?」
「いや、良い…しばらくはこのままでいろ」
「潜水も始まった。ローが寝るのなら…私は傍にいる」
「…子供扱いするなよ」

それでもローは抗わない。
優しく撫で続けるネッドはたとえ一緒に寝ようとローが強請っても嫌がらずに頷くだろう。
そこへ走り寄ってくる気配がしてネッドが顔を上げる。
ローもネッドの腰を放さぬまま、パタパタと掛けてくる足音に耳を澄ました。
バン、と開け放たれる船長室のドア。掛け込んできたのは予想通りシャチだった。

「船長――これ見、んわっ!」
「ノックも無しに入ってくるんじゃねェよ…」
「ロー、いきなりモノを投げるのは良くない。シャチもローの言う通りだ。それと足を痛めているのだから走るんじゃない。悪化する」 
「す、すみません…けど! これ、一大ニュースですよ!」

ロー達がオークション会場にいる間に配られたという号外を手に、シャチは赤くなった鼻を押さえながらそれを掲げた。
緩んでいたローの拘束から放れたネッドは新聞を受け取って、ざっと目を通して口を開く。
ひどい冗談だ。世界政府は何を考えている。

「“火拳”のエースの公開処刑が確定した…!」
「……正気か、……戦争が起きるぞ…!」

捕まっているエースの処刑が確定した事で白ひげもいよいよ動かざるを得ない。
伝説が、海軍と、世界政府を相手取って戦争を起こす。
この意味を分からない者はいないだろう。
どちらが勝っても負けても時代が動く。
もしも白ひげが敗れれば…四皇の一角が崩され均衡が破られるのだ。

「…そうか…だからやけに海兵の数が手薄だったのか…」

これで腑に落ちたとネッドが囁いた。
世界政府は王下七武海を緊急招集したと記事には書かれている。
海軍最高戦力と近海一帯の海兵も併せればもの凄い兵力が結集する事になる。

ネッドがローに号外を差し出すと、ローも眉間を寄せて難しい顔で考え込んだ。
そして、顔を上げる。出航はしばらく先に延ばすと船長であるローがシャチに告げていた。
ローの意図を読んだネッドはまたかと息を吐く。

「処刑は一週間後――それまで潜水して身を隠すと言うのか、ロー」
「一週間は長すぎだ。大将黄猿が引き上げたのを見計らう」
「そして“火拳”の処刑を見物か…白ひげ殿もすでに動き出しているだろうな」
「…分かっているだろうが変な気は起こすなよ、ネッド。不死鳥屋に連絡を取ることも許さねェ」
「……シャチ、黒電伝虫の用意を…出来る限りの情報を傍受しておくんだとペンギンに」
「はい!」
「……ロー、これでいいな」
「ああ」

シャチがまたパタパタ音を立てて出ていくと、言ったばかりなのにとネッドは眉をひそめ、ソファに浅く腰をかけていたローが立ち上がってベッドへと長い足を放りだしてその身を横たえた。
枕に埋まった頭がくぐもった声で、少し寝ると洩らすと近寄ったネッドはその隣に体重をかける。
ギシ、とベッドがネッドの重みに沈む。
手を握るために伸ばされた手はローの力によって引き寄せられ、覆い被さる形で共に横たわった。

「…子供扱いは嫌なんじゃなかったのか」
「……」
「外套くらい脱がせてくれ。…私は逃げないから」
「もうどこへも行けねェだろ…」
「そうだな。私は、ローの物だ」

もう何度も言い聞かせてきたのに。ローは信用しない。
ネッドが腕を突いて身体を起こす。
ローの視線がネッドを追う。その様子に少し笑い外套を脱いで帽子と一緒にソファへ置くと、ネッドはドアへ目を向け僅かに逡巡してから鍵をかけた。
またシャチが来てはローも寝ていられない。船長に用があればペンギンが内線を使って教えてくれるだろう。
そう考えたネッドは頷くとローの眠るベッドに靴を脱いで横になった。ローの靴も脱がせて。上掛けを被って彼を閉じ込めた。

腕を回されたローはもぞりと身体を動かし、ぐっと伸び上がって、反対にネッドを抱きしめて胸に頭を抱き込んだ。
少し、慣れない体勢にネッドは戸惑う。
ローを抱きしめる事はあっても彼に抱きしめられて横になることは初めてだった。

耳元でなる心臓の音がトクトクと早くなる。
心地良いローの生きる音はネッドに安心を与えた。
擦り寄るように額を押し付けたネッドは、ローの顔が赤く色づいていた事を知らぬままだ。

「ロー…私はどこへも行かない。ローの傍にいる。それが私の望みだ。…けれど、ひとつだけどうしても気がかりがある。聞いてくれるか?」
「……不死鳥屋か」
「ああ、そうだ。私と不死鳥はまだ決着をつけていない。もちろん、何れつけるつもりだ。あの男は私が倒す、他の者に敗れる事を私は許さない。…だが、もしも、この一件でそんな許されない事態が飛び込んできたら…ロー、私は飛び出そうとする自分を抑えられる自信がハッキリ言って、無い」
「チッ…ベッドの上で他の男のことなんざ言うなよ…」
「? それはすまない」
「…飛び出してどうするつもりだ」
「一発殴りに行く」
「…? それだけか?」
「他に何をしろと? ふ抜けた面をしていれば叩いてやる。それだけだ」

顔を上げて窺う。きょとんとした顔をしていたローが次の瞬間には堪え切れずに噴きだして笑っていた。
こんなに笑うローも珍しいと、ネッドは不思議そうに首を傾げながらくつくつと身体を震わせるローの振動にゆすられていた。
はあ、と息が漏れる。笑いをおさめたローは不機嫌になった自分を忘れたかのように、ネッドをぎゅっと力を入れて抱きしめながら耳に唇を寄せる。

「いいぜ。許してやる。ただし、おれも同行する」
「いや…流石にそれは…」
「じゃなけりャこの話は無しだ。忘れて寝てろ」
「…ロー」
「その代わりおれが呼んだら戻れ。何があっても、おれの元に帰って来い」

耳元で低く囁いたローの声にネッドは身を捩った。
額に唇が下りてくる。
くすぐったいのと嬉しいので身体が熱い。

やがて頭上から寝息が聞こえ始めるとネッドは一向に眠くならない自身に頭を抱えていた。

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