わたしは海賊


「あーあー暴れちゃって船長…」
「気の早い奴らだ…」
「わはははははは!!! なかなか頼もしいじゃないか!!」

ネッドの後ろでシャチがぼやいた。
鉄くずとなった銃器と折れたマングローブの枝。こちらに背を向けて立ち並ぶ船長たちは三人とも悪魔の実の能力者だ。
見聞色の覇気で周囲を窺っていたネッドは裏口に回っていた海兵が会場内に侵入した事を知る。
中で伸びている天竜人を救い出すためにだろう。

「准将殿! 全員出てきた模様です!!」
「逃げる気だ、ナメられるな小僧どもに! 援軍もまだ来る!!」

無骨な腕が武器をかかげ取り囲んでいた海兵が大罪人を捕らえようと向かって来た。
キラーがキッドに迫る大ぶりの斧を弾く。それと時同じくして地を蹴っていたネッドも二人の海兵を抜き放った太刀で仕留める。剣圧で後方に続いていた数人が隊列へと吹き飛んでいった。
ローは動かない。ならばネッドはその露払いをするまでだ。

「…! ネッド少将…!」
「な、うそだろ!? なんで貴方が!?」
「…っ、やはりトラファルガー・ローと繋がりが…!」
「ローに手は出させない…命が惜しくば私の前には出るな」
「…少将…!!」
「迷いは弱さを生むと教えたはずだ。心せよ、私はもはや海兵では無い…!」

動揺する海兵にネッドはその切っ先を向ける。
月歩で空中へ踊り上がると、直下さす白刃が振り下ろされた。海兵をひとり血を巻き散らすこと無く真っ二つにしたネッドは衝撃で抉れた地に立つ。
風に煽られた漆黒の外套がふわりと舞い、その背に笑うジョリーロジャーを海兵たちの目にさらした。

信じたくない、と顔を歪ませた瞳に映るネッドは冷徹そのもの。表情を揺らさない。

“冷徹”の名に怯むもよし。挑んでくるのもまた良し。
訓練で手ほどきをした事のある顔もあった。一度は部下としてその腕で庇った覚えのある者もいる。けれどやはりネッドは躊躇わない。
ローの元へ来た時から、その正義はローの物だ。

硬直する筋肉を絶ち、血を払うとローの前に下り立たった。曇りなき白刃は風を巻き起こし、彼を狙う不届きな砲弾を一刀両断にする。
続けざまに嵐脚で砲台ごと海兵を吹き飛ばすと、ローがくるりと背を向けて何故か会場へと戻った。
ベポとネッドがその背を守る。
その後ろでは天竜人の奴隷であった巨躯の海賊を解放したローが、おれと来るか、と彼に問うていた。

「天竜人から解放されるなら喜んでお前の部下になろう!!」
「フフ…――半分は麦わら屋に感謝しな……!」

ほんと悪い顔だ、とまたひとり沈めながらネッドは思う。
俊敏な白クマは相変わらず可愛らしく、くるくると回転しながら次々と強烈な蹴りで敵を撃った。シャチもペンギンもそれぞれが持つ武器で背を向かい合わせに戦っている。
兵力を潰すことが目的ではない。
新たなる仲間になった海賊“キャプテン”ジャンバールが橋を壊すと、ネッドもローも身軽に飛んでマングローブの太い幹の元から先へと急いで走った。

「お前新入りだからおれの下ね!」
「奴隷でなきゃ何でもいい…」
「…ということは私はベポの下か…」
「ネッドさんはキャプテンのお兄さんでしょ! だから良いの!」
「…そういうものか? ――待て、ロー! 止まれ!」

煙で霞む視界の先に佇む大きな影を確認してネッドが叫ぶ。
不自然なほど身体が膨らんだシルエット。
キッドの前方を阻む男の顔を確認するまでもなく、その特徴的なシルエットでネッドは相手が誰かを見抜いた。
ここで出てくるとは思わなかったと、知った顔を見下ろす。

「なんで“七武海”がこんな所に……!」
「! トラファルガー・ロー……!」
「――おれの名を知ってんのか……!」

“暴君”バーソロミュー・くま。
かつて残虐の限りをつくした王下七武海の一角だ。
くまがローの名を呟くと口を開けた。その口から放たれたレーザーがローへと一直線に伸び――ネッドは今までに無いほどの速さで地を蹴りローを抱えて飛んでいた。

「キャプテン!」
「…無事だ! ネッドさんと一緒にあそこだ!」
「何で態々前に出ちゃうかなー! あの兄弟はァ!!」

後ろから海兵、前方に七武海。
挟みうちの状態に持ち込まれてもネッドたちは前に進むしかない。

「手当たり次第かコイツ! トラファルガー、てめェ邪魔だぞ!!」
「消されたいのか、命令するなと言った筈だ。――今日は思わぬ大物に出くわす日だ。…更に“大将”になんて遭いたくねェんで…そこを通してもらうぞ、バーソロミュー・くま!!」

ここでも張り合おうとするキッドとローに共闘の意思はない。
彼らは海賊だ。余程のことが無ければ手を組む事など考えられないのだろう。
サークルを広げようとするローの傍に控えたネッドは、その場にいる者全員に聞こえるように「推測」を語り始めた。

「ロー…もしかしたら、彼は暴君ではないかも知れん…」
「! …どういうことだ」
「先程のレーザー…あれは暴君にない能力だ。おそらく海軍が保有する人間兵器だ。私も実際に目にしたことは無かったが…あれは暴君の姿を元に作られたと聞く」
「確かか」
「ああ。それに…ここは急いだ方が良い。さきほど海兵が大将黄猿と口にするのを聞いた…些かやり過ぎる相手だ、見つかれば厄介だぞ」
「お前の元上司じゃねェか…挨拶でもしてくるか?」
「それは冗談でも遠慮したいな。黄猿殿にも目をかけて頂いていたが彼は私に会っても喜びはしないだろう」

元上司の恐ろしさをネッドは知っている。
その大きな手が幾多の海賊を手に掛けてきたのも、直属の部下として彼の傍にいたころ見せつけられてきた。
間延びした声でネッドに“冷徹”の名を授けたのは大将黄猿その人だ。黄猿は、嫌がるネッドの様子を楽しんでもいたが…。

元師、黄猿、ガープ、その他大勢の将校にネッドは多大な期待をのせられて、強くあれと今まで鍛えられてきた。
ローの手配書が出てきたあともそれは変わらず、監視を付けられていたのだってガープは反対しただろう。
黄猿は無情なひとでもあるがネッドのことも惜しいと考えていた。少将のままでネッドを留めていたのも、若すぎる彼が中将となるにはまだ早過ぎると判断し、機が熟すのを待っていてくれたのだ。

海軍を離れて初めてその事に気付いたネッドは少しだけ黄猿に心の内で詫びていた。
ただ、会いたくは無い。
会えばその強さはネッドを殺しかねない。それほどにネッドの上司だったひとは強かった。


「――行くぞ、全力で突破する」

ローの声にネッドは頷くと、武装色の覇気を太刀に纏わせ人の慣れ果てを見据えた。
どちらでもこの際構わない。
まずはローを無事に守りきることだ。それだけを考えてネッドは大きく跳躍した。

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