王の才覚


“冥王”の威圧は衛兵をひとり残らず床に沈めた。
ビリビリと肌を刺した覇王色の覇気はネッドの指先を震えさせ、今にも太刀に手を伸ばそうとした未熟な自分をネッドは恥じた。アレと交えられたらどれ程の喜びを受けられるか。
シャチは少し意識が遠のいたようだがローに動じた様子は見られない。

「悪かったな、キミら……見物の海賊だったか……今のを難なく持ち堪えるとは半端者ではなさそうだな」
「――まさかこんな大物にここで出会うとは…」
「…“冥王”シルバーズ・レイリー…!!! 間違いねェ、なぜこんな所に伝説の男が…」
「――この島じゃコーティング屋の“レイさん”で通っている…、下手にその名で呼んでくれるな。もはや老兵…平穏に暮らしたいのだよ」

そこで言葉を切り、レイリーはネッドを見た。
ローの隣でじっと佇んでいたネッドはレイリーの視線を受けて僅かに気配をゆらす。何を言われるかは予想が付いていた。

「君にもどうやら“アレ”が備わっているようだな……先程の天竜人に私以外の力が加わっていた…キミは、だれだ? 名を聞こう」
「……ロー…」
「…構わねェ、好きにしろ。どうせここを出れば気付かねェ奴もいねェ…」
「では、お初に御目に掛かる、冥王殿。私はネッド。ハートの海賊団に所属する戦闘員だ」
「…ほう、聞いたことのある名だ。しかしキミが海賊とは…海軍には愛想をつかしてしまったのかね? ……“冷徹”のネッド」

二ヤッと笑ってレイリーがネッドの異名を口にすると、二コ・ロビンがネッドに振り向いた。
礼儀正しく帽子をとって会釈したネッドの顔を彼女は驚きをのせた表情で凝視する。

「…! “冷徹”ですって…?」
「ん、なんだァ? 何かあるのか?」
「…海軍少将…“冷徹”のネッド…かなり有名よ」
「海軍少将?! どうしてそんな奴がここに?!」
「そこの長鼻の君。私はハートの海賊団の戦闘員と名乗ったはずだ。私はすでに海兵では無い。認識は正しく持って頂きたい」
「うわ、ここでも曲んねェな…」
「トラファルガー・ローとそっくりね…」
「ネッドさんはキャプテンのお兄さんだよ!」
「「クマがしゃべった!」」
「……クマですいません」
「ベポはクマはクマでも白クマだ。間違わないでくれ」
「…ネッドさん、もうそれは良いですよ…」
「ん? 何がだ?」
「……はあ」

ペンギンが項垂れる。しょんぼりしている打たれ弱いベポにネッドは可愛いなと少し和んだ。
解放された人魚を連れてくるフランキーと共に、レイリーも彼らと此処を出ると話していた。
外に居る海兵の声が届き、天竜人の解放と主犯の降伏を促している。
どうやら中に未だ留まっている事でネッドたちも麦藁の一味の共犯者とされてしまったようだ。

そこでふと、ネッドはルフィを呼び止めた。
突き刺さるローの視線が痛かったが、ネッドを止める言葉はその唇から発せられることは無かった。

「麦わらのルフィ、君は“火拳”と兄弟で間違いないか」
「おう! なんだ、お前エースのこと知ってんのか?」
「少しな…では、モンキー・D・ガープ殿は君の御親戚かなにかか?」
「ああ、おれのじいちゃんだ。じいちゃんのことも知ってんのか?」
「ガープ中将にはむかし大変目を掛けて頂いた。…そうか…お孫さんは海賊に……麦わら」
「ん? なんだ?」
「ここを出たら直ぐに新聞を読め。…必ずだ」

ユニークな顔で首を傾げたルフィにそれだけ言ってネッドはローの元へ戻った。
様子を見た限りルフィは兄のことを知らない。
ネッドはせめて兄に起こった事を知ってもらいたくて彼に声をかけたのだ。
ルフィはエースにとって大切な弟だ。その逆も然り。
ローのことをネッドが一番に思うのとは違うだろうが、それでもネッドはルフィに知ってもらいたかった。

「…気は済んだか」
「ああ、勝手をしてすまない。…ロー、私が彼の立場なら知らなければ後悔する。今私がしたことは自己満足の押しつけだが、それでも何もしないよりは…」
「フン、火拳屋に“拳骨”のガープ…話題に事欠かねェ奴だ」

ネッドが頷く。先に行かせてもらうぞとキッドが靴音を鳴らして自身の一団と共に出口へと向かった。
音にネッドが顔を上げると、振り向かずに手をひらりと上げたコートの背から、ローのプライドを刺激する一言が発せられる。

「もののついでだ。お前ら、助けてやるよ! おもての掃除はしといてやるから安心しな」

カチンと来たのはローだけでは無くルフィも同様だった。
立ち上がりベポに預けていた太刀を受け取ったローは、無言で階段を上がっていく。
当然のように付いて行こうとしたネッドにペンギンが待ったをかけて、ネッドはどうして止めるのかと不満そうに不器用な眉を下げていた。
ネッドはローの傍にいたい。ローもそれを望んでいる。
しかしペンギンは船長の好きにさせてあげて欲しいと、笑いながら告げるのだった。

「てかネッドさん、いま確実に掃除を別の意味に受け取ったよなァ…」
「? ゴミを拾うのだろ…? 船乗りは清潔を出来る限り心掛けるものだ。でなければ病気の蔓延に繋がる恐れがある。ユースタス・キッドは…違うのか?」
「ブハッ、…くくっ、いやァ…そうですね。その通りです。キッド海賊団は掃除に向かった、そうだなシャチ」
「やべェな…ネッドさんマジサイコー」
「?」

あとで船長にも教えてやろうぜ、とシャチが言う。
何か間違ったか、とネッドが聞くとペンギンは、あんたはそのままで良いんですよと言った。
ネッドは首を傾げるしかない。

ネッドの言葉に残された麦藁の一味は呆れていた。
今の流れをどう勘違いすればそうなるのか、と。
駆除をすると言葉を選んでいたらというレベルでは無い勘違いっぷりは、暫くの間シャチとペンギンの笑いを誘った。

ベポは呑気に慰めるような手付きのネッドにモフられながらキャプテンも大変だね、と気持ち良さそうに目を細めていた。

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