正義はここにあり


シャボンディ諸島1番GRにある人間屋はその名の通り「人間」を売買する所だ。
ネッドはここに出入りする人間を快く思っていない。
ローは社会見学だと言っていた。
弟に購入する気は無いようだが、それでもと、興味深そうに買い手を眺めているローを見てネッドは複雑な溜息を洩らす。

入り口付近が少しどよめいた。
壁際に凭れかかる海賊の一団を見咎めて客達がその名を口にする。
ユースタス“キャプテン”キッド。
“南の海”出身の億越えルーキーがやはり悪いひとの顔でステージの方を眺めていた。良くない噂を耳にする。
ローと同じでその名が新聞を賑わせることの多い海賊団だ。

「“北の海”の2億の賞金首、トラファルガー・ローだ…ずいぶん悪ィ噂を聞いてる」

キッドの声にローが中指を立てて顔を向ける。
行儀の悪い弟の手とは反対側に座ったネッドは、確かに自分の前でなら喧嘩を売っても良いと言ったが…と、さっそく実行したローの手を握って注意を引いていた。
世界貴族「天竜人」がオークション会場に姿を見せている。
ここで問題を起こすべきではない。


オークションが始まり暫くすると今回の目玉商品が出てきた。
人魚だ、と周囲が騒ぎだす。
司会であるMr.ディスコが競りの合図を出す前に天竜人のひとりが、破格の値段で人魚を買うと叫んだ。しーんと静まる会場。もう誰も手出しが出来ない。相手が悪すぎた。

「――まるでこの世の縮図だな」

キッドが背を向け会場を後にしようと動く。
それとすれ違うように飛び込んできた物体がドガァン、爆音と煙を上げて会場に突っ込んだ。
急速に近づいて来ていた気配にローを引き寄せて飛んできた破片から庇っていたネッドは、煙が治まり、姿を現した麦わら帽子の青年を確認してローにその名を耳打ちした。

「ロー…“麦わら”のルフィだ」
「は、噂の大問題ルーキーか…派手なご登場だな。噂通りイカレてやがる…」
「…“火拳”の弟だぞ、彼は」
「なに?」
「白ひげ殿の元で手配書を見せられた。…兄の事を彼は知らないのか…? こんな所にまだいるなど…」

身を起したローもステージに走っていった後ろ姿を視線で追う。
なるほど、確かにあれは手が掛かりそうだとネッドは納得した。エースの苦労を窺い知る。
青年は制止する大男の手を振りほどき、おそらく知り合いらしい人魚の名前を呼んで彼女を助けようとしていた。
麦藁の青年は知らない。あれがすでに天竜人によって競り落とされたことを。

大男――魚人の男が天竜人に撃たれた。

天竜人が魚人を打ち取ったと騒ぐのをネッドは静かな目で見ていた。ローがネッドの顔をちらりと一瞥する。
無表情の下で胸が悪くなる思いを抱えていたネッドはあえて聞かないローにありがたく思っていた。
ドレークの顔がふっと思い浮かぶ。

ネッドはここに出入りする者を快く思っていない。
ネッドは政府の狗だった。
つまりアレこそがネッドの背負っていた世界の正義だ。


“麦わら”のルフィが天竜人を殴った事で事態は良くない方へと流れた。
海軍の最高戦力が動く。天竜人にはその権限がある。
ネッドがローの横顔を窺うと彼はやっぱり悪いひとの顔をしていた。この状況を心底楽しんでいる。
ローが楽しいのならそれで良い。ネッドはローを守るだけだ。

怒った天竜人が大将と軍艦を呼び寄せると息巻く中、我先にと買い手たちがオークション会場から逃げだす。
空から次々と麦藁の一味が集まってくる。
暴れる一味と向かう衛兵には明らかな実力差が見て取れ、ネッドは動こうとしないローの隣で大人しく見学をしていた。軍艦と大将が来るんだ、と人魚を救いだしたら逃げ出す算段の彼らに、ローが薄く笑いながら口を開く。

「海軍ならもう来てるぞ麦わら屋」
「何だお前……何だそのクマ」
「海軍ならこのオークションが始まる前からずっとこの会場を取り囲んでいる」
「えェ!? 本当か!?」
「この諸島に本部の駐屯所があるからな。…誰を捕まえたかったかは知らねェが、まさか天竜人がぶっ飛ばされる事態になるとは思わなかっただろうな」

ローの言う通りだと、ネッドも思う。
しかし、会場を取り囲む海兵の気配は島中に配備されている数にはやはり足りない。
“悪魔の子”二コ・ロビンがローを海賊だと告げる。
クマもか? と屈託なく聞いてくるルフィにネッドはやはり皆そこが気になるのか、と一人首を傾げていた。

「あいつらの狙いの人魚を撃ち殺すのアマス!!」

三人の天竜人のひとりシャルリア宮がそう言って銃口を人魚に突きつける。兄も父も気を失っている中、激高した彼女は怒りの矛先を罪のない人魚へと向けようとしていた。
そっとネッドが立ち上がる。
何をするつもりだ、とローが訝しむ目で見上げた。
ネッドが目立つ事をローは好まない。だからネッドは太刀を抜かずに、

「――シャルリア宮っ!!!」

ガクッ、と泡を吹いて倒れた天竜人。
ネッドは少し眉を寄せてステージの奥から出てくるひとりの老人を見た。
酒を呷りながらもしっかりとした足取りで前に進み出る老人。ただ者ではない。
それはネッドが放った“威圧”に乗せてもうひとつの力が彼女に加わっていたからだった。

「ホラ見ろ巨人君。会場はえらい騒ぎだ」

ステージの後ろを力任せに引き裂いて顔を覗かせた巨人族に話しかけ老人が快活に笑う。
どうやら金を取るためにここにいたらしい。巨人が呆れている。それでも老人はまた笑う。
注目を集めてしまった老人と撃たれた魚人は知り合いらしく、レイリー、と呟かれた声にネッドは伝説と呼ばれるもう一人の存在を思い起こした。

“冥王”シルバーズ・レイリー
かつて海賊王となった一人の男の右腕たる存在を。

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