落とした影


“火拳”のエースが大監獄「インペルダウン」へと幽閉されたと新聞で報じられ暫くした頃、黄色い潜水艦はシャボンディ諸島へと到着しようとしていた。
前半の海と新世界を隔てる「赤い土の大陸」がその姿を現す。
ここは白ひげ海賊団と別れた地でもあり、ネッドは少しだけマルコのことに想いを馳せたが、見聞色でそれをいち早く察知したローに直ぐさま睨まれていた。

どこで力を付けてきたのか再会したローは剣術も体術も砲術も優れていた。ネッドから見ても申し分ないと思えるほど、ローは戦闘力が高い。
ネッドが覇気の手ほどきをしてからもローの成長は目覚ましく、すでに彼は武装色の覇気も顕現させている。

ネッドが基礎を叩き直したクルーも格段に強くなった。
パッと出のルーキーなど最早相手にもならないだろう。
それでもまだネッドが満足しないのは、彼が新世界がどのような所かをその身をもって肌で感じて生きてきたからだった。
まだまだ彼らには伸び代がある。


「コーティング職人を探しに行くのか?」
「ああ、それで一応情報は仕入れてきたが職人の腕の良し悪しもあるだろうから、ネッドさんのアドバイスももらいたい」
「…それならば何件か心当たりがある。彼らも商売だ。海賊が相手でも拒否はしない。私も同行しようか?」
「助かる。けど、先ずは船長に了解を取ってからにして欲しい」
「分かった」

ペンギンに頷いてローを見る。
おれも行く、と太刀を鳴らしてローが立ち上がった。

シャボンディ諸島は厳密には島では無く、ログを溜める必要もない。
ヤルキマン・マングローブの樹脂で出来たシャボン玉で船をコーティングすることを目的とした海賊や旅行者で溢れている。
ハートの海賊団はコーティングされた船で深海一万メートルにある魚人島を目指していた。
新世界に抜けるルートはふたつあるが、海賊であるネッドたちはこの方法でしか向こう側に行けないのだった。
聖地マリージョアを素通りする勇気のある海賊は王下七武海くらいなものだろう。

コーティング職人との交渉が首尾よく運び、最速でも三日は必要だとされたハートの一団はこれで観光が出来ると喜んでいた。
ローもネッドと回ることに異論は無い。
海兵であったはずのネッドがローを連れていった時は職人も驚いてはいたが、彼の人となりを知る老人は快く引き受けてくれた。おまけに口の堅い人だ。金で職人のプライドは買えない。

「ねえ船長、シャボンディパークに行きましょうよ!」
「興味ねェ」
「えー、キャプテンも一緒に行こうよ!」
「…仕方ねェな。少しだけだぞ」
「このベポとの温度差…分かっていたけど!」
「シャチ、騒ぐのは構わないが迷子にならないように気を付けるんだぞ」
「まるで子供扱い! 優しさが目にしみる!」
「ああ、ベポ、ボンチャリは買い取では無くレンタルだ。ここ以外では無駄になるから財布は仕舞いなさい」
「…ネッドさんて実はおかあさん?」
「? 生憎と白クマの子どもを持った覚えは無い。私はローの兄だ。女では無い」
「……ほんと、曲らねェな…」

観光を楽しんでいる様子の白クマたちが観覧車に乗りこんで行く。
ベンチにローと並んで腰かけた。ネッドは売店で購入してきたコーヒーを火傷しないようにと言ってローに渡す。
シャボンディパークは変わらない賑わいをネッドに教えてくれた。ネッドは、客として訪れたことは無かったが海兵として見回りに寄ったことくらいはある。

本部に詰めていた当時は部下をつれてネッドの様子を見に来たスモーカーに、偶には生きる事を楽しめ、と苦い顔で言われたものだ。
コーヒーをひと口啜る。後味に酸味が残った。
たしぎは、立派な海兵になっただろうか?
スモーカーの部下だというだけで彼女は苦労しているはずだと、少女とも呼べる頃から知る顔を湯気の向こうに透かして見た。

ふたりは既にネッドの敵だ。
たとえ刃を向けられたとしてもネッドは躊躇わない。
青い炎を空に移し、最後の一口を飲み終わるとゴミを捨てるためにネッドは腰を上げた。

「…白ひげのアイツの事を考えてるのか」
「どうしてだ?」
「火拳屋が捕まった記事をお前は捨ててねェだろ…」
「…“火拳”には恩がある。ローの元へ行く時、彼は私を応援すると言ってくれた。…とても、嬉しかった」
「……馬鹿なことは考えるなよ。お前はおれのもんだ」
「分かっている。白ひげのことは彼らの問題だ」

ローの分まで空のカップを受け取ると近くにあったゴミ箱へ投げ入れた。
白ひげの問題はマルコたちがどうにかする。
エースの家族が黙ってなどいる訳が無い。
ネッドは彼らに恩はあるが相手は壁の向こう、エースは大監獄に幽閉されている。ネッドには手の出しようもない。
ローの心配はネッドにとっては杞憂に思われた。

溌剌とした顔でべポたちが走り寄って来る。
出迎える前にローが立ち上がり、ベポがクレープを食べたいと言って売店に走るのをネッドは眺めていた。
ここを出たらまた街に繰り出す予定だ。

ペンギンが嗅ぎ付けてきた情報によれば、今このシャボンディ諸島には億越えのルーキー達が偶然にも立ち寄っているらしい。
全部で11人。異例の数だ。
ローもその一人だというのに、彼はその顔ぶれを実際に見てみたいと言う。

ネッドは海軍本部に近いはずのこの島で、ヤケに海兵の数が手薄な事こそが気になっていた。

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