もう離さない


「…ネッドさん、このままでは船長がダメ人間になると思う」
「? どうしてだ?」
「あんたが甘やかしてばかりだから、」

ペンギンの一言にネッドは不思議そうに瞬いた。
ネッドには全く自覚が無かったからである。
ダメ人間製造機発言をされたことに怒りもしないネッドは、ここ最近の自分の行動を振り返ってみた。
だめだ。分からない。ネッドはローを甘やかしている気は全く無かった。

ネッドに割り当てられた部屋は船長室に隣接している。別にネッドは大部屋に放り込まれても構わなかったが、そこはクルーが遠慮した。よって、他の誰よりもローと接触できる機会が一番出来た。
訓練をみている間はローも隣にいる。
航海士であるというべポに新世界での話を聞かせる時も、ローは必ずネッドの隣で耳を傾けていた。

朝は起こしに行って、朝食も共にとるし、夜寝る前までずっと行動をするのは最早あたり前だ。
風呂から上がったローが髪も乾かさずに出てくれば呼び寄せてタオルで拭くし、眠ろうとしないローに手を引いてベッドまで運んであげる。手を握ったままローが眠りに陥るまでを見守るのが、昔からネッドの楽しみの一つだった。

「おかしな所は一つとして無いように私は思うが」
「いや…十分甲斐甲斐しいじゃないか…」
「しかし…私がいなければ彼は夢見が悪い。…またあんな顔をさせるくらいなら、私は」

ローは夢を見る。
ネッドと過ごした幼い日の夢を。ネッドが自分を置いていった冬の朝を。繰り返し夢に見る。
それをネッドが知ったのは乗船した次の日の朝だった。

眠る前まで自分の手を握っていたはずの兄がいないと分かったローはネッドを探した。
血相を変えて。部屋へと掛け込んできたローはとても悲しそうな顔でネッドに縋りついた。
あれは、痛い。
二度とそんな顔をさせるかと思ったほど、ネッドの心臓を締めつけた。どこにもいかないのに。ローは信じない。
もう一度この手を失うのを恐れている。

「…船長がずっとあんたを探していたのはおれたちも知っている。まさか海兵になっているとまでは聞かされてなかったが」

ペンギンは帽子の奥で眉を下げた。
彼から見ればローは完璧な人間だが、ネッドが絡むと不安定になることも知っている。人間らしい一面だと思う。
世間では残忍で有名な“死の外科医”トラファルガー・ローも、兄の事となるとどうしてもタガが外れる傾向にある。
それで尊敬を損なう事は無いがあのローはちょっとこわい。

仲が良いのは喜ばしいが程々にしてくれよ、と言ってネッドに背を向けて雑務に帰って行くペンギン。
自身無さそうな声でネッドはああ、とそれに答えた。
良いクルーをもったな、ロー。
船長としてのローには人を惹きつける力があるし、慕われてもいる。それが誇らしくもありとても嬉しい。


自覚は無いがネッドはローを存分に甘やかしている。
すべてローのやりたいように己が身を任せていた。
今ネッドが身に付けている物だって全部ローが選んだものだ。
いつまでも海軍に居た頃のままでいたネッドに、ローは自分の所有印を求めた。

それなりに栄えた街で見繕った服はやはり黒を意識されたものだった。
襟の高い外套に細身のスーツ。靴と剣帯だけは何故か白。
どこから調達してきたのか、学生帽のようなものまで手渡されてクルーにお披露目された時は流石のネッドも恥ずかしく思った。
禁欲的な黒にそこだけを覗かせた白い肌。
長い睫毛を震わせてほんのり頬を色付かせた朱は罪深くクルーの視線を奪って、ローを不機嫌にさせたけれど。

背に背負ったジョリーロジャーはネッドの覚悟だ。
これでどこへ行っても彼が海賊だという証しになる。

ハートに紛れた一点の黒はそれはそれは目立つ。
船を下りる時は必ずローも隣に居た。
後ろにはベポがいて、どこかにネッドが注意を向けると決まって兄の名を呼ぶ。
どこへも行かないのに。やはりローは信じない。

見目形の良いネッドとローは酒場に行っても注目を集めた。
娼婦はもちろん、給仕の女だとて色目を使う。
大体においてそういった好意に疎いネッドは、自分の見た目に惹かれてきた者に声を掛けられても相手の目的には気付けない。
海軍に所属していた頃は男からもそういった意味合いの視線を送られていたネッドだが、疎い彼を守ったのは同期の友人たちだった。

男としての機能がまったく役に立たないという話では無かったが、ネッドは物欲にも色欲にも目を向けない奴だ。
酒が進み、クルーがちらほらと夜の街へと消えてもネッドは見送るだけで腰も上げずにただローの隣に居た。
弟の性事情に首を突っ込む事もしないで、ローが誘われてのればネッドは宿の前で事が済むのを待つ。
初めはローも何してんだ、と言わんばかりの顔をしていたが事が済めば女と共寝をする気もないので好きにさせた。

ネッドに彼を甘やかしている自覚は無い。
ただ、ローの好きにさせて、ネッドも自分の好きなように動いているだけの話だった。

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