強くあらねばと


ひゅ、と耳元をかすめた音から数歩後退して、膝を曲げて腰を落とし、首元を狙った白刃をかわす。
次は左。今度は後ろか。足癖も悪いな、と鋭く落とされた蹴りを払って後方へ跳躍した。
ネッドを狙う気配はかわされる事で段々と熱を上げてきているのか、先程から急所ばかりを執拗に追っている。

「ロー、そこまでだ」

動きを止めて構えを解く。
無防備をさらしたネッドにローはひたりと白刃を押し当てた。首の皮一枚、ギリギリで。
もう終いかよ、と太刀を納めながら呟く声に滲んだ悔しさは、ネッドをほほ笑ましい気持ちにさせる。
目隠しを外して弟の肩を叩く。覇気使いとそうでない者の差をこれで彼は実感しただろう。

「これが見聞色の覇気だ。ローが今感じた通り、相手の気配を感じ取れるだけでなく次の手を先読みもできる。対する敵の強さも計り、見えない敵の数も位置も大凡把握できるので修得すれば得難い武器になる」
「…誰でも使えるのか?」
「もちろん鍛錬をすればな。ただし生半可な努力無しには無理だ。時間もかかる。覇気使いは数こそ多くは無いが…中将クラスは覇気を使えるものばかりだぞ」

他に質問はあるか、と続けたネッドに見学していたクルー達はブンブンと首を振った。
ローが手玉に取られていた。完全に。いくら能力を使わないという制限を掛けられていたからと言っても。
彼らにとっては己が目を疑うような光景である。


ネッドが乗船するにあたり、彼へ真っ先に与えられた役割はクルーの戦闘指導だった。
ローがそうしろと言うのでネッドは断らない。クルー全員の底上げをすることは延いてはローの為にもなる。
強さは必要だ。偉大なる航路をゆくためにも、ローを守るためにも。彼ら自身の身を守るためにも。

そこから転じてネッドの話になり、どんなことが出来るのかと聞かれてネッドは覇気と六式の事を話した。
しかし説明は為されても完全に理解することは出来ないだろう。
そこで百聞は一見にしかずと、ローに太刀を抜かせた。
別に他の者でも全く構わなかったがローがやりたいと自分から申し出てきたのだ。

「目で見ることに頼り過ぎるな。気配を読み、相手の呼吸を感じろ。…といきなり言っても無理があると思う。…目隠しをしたままジャングルにでも放り込めば嫌でも開花するとはおもうが…」
「それなんてイジメ!?」
「イジメだなどと人聞きの悪い。これもまたひとつの訓練法だ。荒療治だがな」
「ねえねえ、ネッドさん」
「なんだ、ベポ」
「ぶそうしょく? は見せてくれないの?」

可愛らしく挙手した白クマにそうだな、と頷いて彼らに良く見えるよう腕を上げた。
武装色によって黒く変化したネッドの腕を見て、誰かがやべえべポがパンダになっちまう、と言った。
まさしくそれは今ネッドも考えていたことである。べポは白クマだからべポなのだ。

「一度に説明する事でも無いだろうから六式につては後日でも構わないだろう。…あれは海兵が使用する技だが何もそこに拘らなくとも良いと私は思う。盗めるモノは盗め、使えるものは利用すればいい。そこは君たちに任せる」

私を利用しろと言外に告げるネッドにクルー達は僅かに逡巡した後ローを見た。
視線を感じて、船端に腰をもたせ掛けて傍観していたローは、好きにしろと短く返答を返す。
ネッドにクルーを鍛えろと言ったのはローだ。
船長である彼の許しが出たことで彼らは安心したように息を吐いて、よろしくお願いします、と元気な声が青空に高く響いた。

走り込みと筋トレは基本だがな、と無表情でネッドが言うとそれも嫌そうな悲鳴に変わっていたけれど。

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