わたしと、あの子


やんやと騒ぎ立てるクルーを睨みつけたローはネッドを連れて船内へと入った。
照れているのだろう。後ろから黙って付いて行くネッドは彼が耳元を赤くしている事を指摘しないことに決めた。
握られた手も熱い。
ローの船長としての威厳を損なわせてしまったのなら申し訳ないなと、ネッドは思う。

灯りのとられた通路は行き止まりに当たり、一度手を放されて梯子を降りるように促されて、降りたらまた手を掴まれる。
逃げたりしないのに。ローは信用しない。
どうやら目指していたのは船長室のようで無言のまま連れ込まれた部屋は薬品の匂いがした。

そして先程からずっとローに睨まれている。

「…ロー?」
「脱げ」
「え」

首を傾げたネッドに焦れたローは自分で行動を起こした。
ネッドの着ていたコートをはぎ取ると、彼はそれをぽいっと床へ投げ捨てて、ふん、と鼻を鳴らす。満足そうである。
そして改めて正面からネッドに抱きついた。
良く分からないがローからの接触は嬉しい。ネッドも成長した弟の背に腕を回した。
そう、ローはただ、未だに兄が忌々しいコートを着込んでいた事が気に入らなかったのだ。

「ロー…会いたかった」
「…くせェこと言うんじゃねェ」
「私は自分の思うことは伝えたい」
「…好きにしろ」
「なら、ずっと甘えさせてあげられなかった分、私はローを甘やかしたい。これも構わないか?」
「……ふん、」

悪い気はしなかった。
大人しく頭を撫でさせてくれるローはネッドの願いをきっと聞き届けてくれるだろう。
幼いころのように頬へキスを贈ろうとするネッドに彼は少し抵抗したが、今に慣れる。ローは抗わない。

「私を傍においてくれるか、ロー。今度こそ守りたいんだ。私は…きっと役に立つ」
「は、……“冷徹”を役に立たないと思う奴はこの船にはいねェ。言われなくとも、おれはそのつもりだ」
「……」
「どうした」
「その名は…嫌いだ」

少しだけ身体に隙間を開けたローがネッドの顔を見る。
相変わらずの無表情だ。けれど、ローには分かる。
どれだけ離れていても彼は兄の感情を読む術に長けていた。
昔からネッドの表情筋は不器用だ。
不機嫌ならばもっとそれらしい顔をすれば良いとも思ってはいたが。

「分かった、もう言わねえ…」

だからそんな顔すんじゃねェよ。
軽く額を突かれる。ローが喉をくすぐるように笑うものだからネッドも分かったと頷いた。

「ロー、私の正義はローの物だ。…受け取ってくれ」
「ありがたく頂戴してやる。ただし、返品は無しだ」
「……ああ!」
「フッ、これでお前も海賊だ。逃げようたって逃がしてなんてやらねェ…覚悟しろ」

真っ直ぐに見つめ返す弟の言葉はとても彼らしく、ネッドの胸にはもう何度目かも分からない波が押し寄せてきた。
ああ、ロー。
ネッドの家族はもう可愛いとは面と向かって言っては怒られるような年齢だが、彼は胸の中でひっそりと可愛いを連呼している。
口を滑らせてしまうとローは不機嫌になってしまうだろうから、今度から気をつけようと心に決めた。


クルーに紹介するとローに告げられた。

部屋を出ていく前にネッドの頭から爪先までを一度眺めた彼は、スーツの海賊ってのは締まらねェな、とぼやいていた。
それでも構わないと思ったのはネッドには今の格好がとても似合っていたからだろう。
将校以上はコートの着用が認められ、あとは自由に服装を変えられる。白が恐ろしく似合わないと思っていたネッドはネクタイ以外がすべて黒で統一されていた。
ローは自分と似たこの顔に、ハートの海賊団が揃いで着ているあのツナギは似合わないだろうなと思った。

「あ、キャプテン!」

白クマが出迎えた。
相変わらず動きに愛嬌があるクマである。
ラウンジにて集まってローとネッドの様子にそわそわしていたクルーは、ローが現れたことによりほっと息を吐いた。
船長の機嫌が良い。なんとか纏まったみたいだな。
ひそひそと交わされる囁きはもちろん彼らの船長にも聞こえている。

「全員いるな?」
「うん、みんないるよ! ねえキャプテン、キャプテンのお兄さんもうちに入るの?」
「ああ」
「わあ! 良かったね、キャプテン!」

白クマが可愛らしくてネッドは困っている。
身体はとても大きいというのに。我がことのように喜ぶ白クマにネッドは、よろしく、と声をかけた。
ローはそんなネッドの心を見抜いてそっと息を吐き、親指をピッと立ててネッドを指しながら改めてクルーに兄を紹介した。

「ネッドだ」
「……ロー。それだけか…」
「あァ? 十分だろ」
「いや…もういい。自分で名乗る」

あまりにも端的すぎて言葉がない。
何か文句あんのかよ、と顔に書いているローに断りをいれて、ネッドは自分を見つめるクルーに向かって軽く頭を下げた。
ピンと背筋を伸ばすネッドに倣い、自然と彼らの身も引き締まる。なにせネッドは彼らの敬愛する船長の兄だ。緊張せずにはいられない。

「トラファルガー・ネッドだ。元海兵、階級は少将、先日まで新世界にいたため此方の情勢には少々疎い。このたび、君達の船長に頼みこみ海賊へと転職する事に決まったばかりだ。これからどうかよろしく頼む」
「……か、固い」
「船長と被る顔して…この固さ…」
「違和感はんぱねェわ…」
「すっごく真面目そうなひとだね。…あ、僕はベポだよ。よろしくね!」

ネッドに対する反応は想像通りだ。
微妙な顔をするローにこっちこそそんな顔をしてみたいものだとネッドは羨ましく思ったとか。

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