わたしは飛びたつ
あれから毎日のようにネッドはマルコにせっつかれて甲板に出ていた。
その度にエースも顔を出すようになり、いつの間にか噂を聞きつけて他のクルーの姿も自然と集まって手配書の見本市の出来あがりとなった。
ネッドがそれで困った事と言えば、エースが頻りと手合わせを申し出てくることだ。
張りあうようにマルコもとても煩い。
ネッドの太刀は白ひげに預けてある。
しかし、武器一切を持たぬネッドでもエースは構わないというのだ。“自然系”相手にそれは些か骨が折れる。
六式と覇気があるとはいえ、熱くなったエースの炎に焼かれては後が困るのだ。
けれど何とも無理な相談だと言っても引かないエースに、とうとう押され気味であったネッドは根負けした。
それに不服を申し伝えたのはもちろん、マルコである。
「エースとやるなら、おれともやれよい」
「ただの仕合だろ。大人気ないぞ不死鳥。そこは末っ子に譲っておくものだ」
「うるせェよい。これが黙ってられるか」
「キミとでは勝負がつかない。加減もきかないうえに不完全燃焼で終わるだけだ。そして船が壊れる。被害は甚大だ」
「エースは船を燃やす」
「燃やす前に止めるだけだ」
その言葉の通りネッドは早々に決着をつけた。
瞬発的に高めた剃でエースの後ろを取り、首裏にひたりと指をあてていつでも指銃を撃てる状態で彼を止めた。
嵐脚で目くらましをかけられて囮に残されたスーツを追っていたエースは瞳を瞬かせながら、ネッドに参ったと言わせられていた。
ガンを飛ばしてきているマルコがとにかく怖い。
「火拳、これは仕合だ。だからキミに怪我を負わせることは私には出来ない」
これが戦場であればどれ程に恐ろしいことか。
本領を発揮できないまま降参を促されたエースは改めてマルコの凄さを知る。このひとがマルコの好敵手。
マルコが執着する理由がエースにも分かった気がした。
なぜ少将止まりだったのかが不思議なほどネッドは強い。
…おいそこの南国果実頭。笑ってんじゃねェよ。
コーティング船が魚人島を過ぎり、海面を突き破る。
懐かしい前半の海に顔を出したモビー・ディック号は、シャボンティ諸島に連なる島のひとつへと巨体を近づけた。
立ち寄らなくても良いと白ひげに申し出たのはネッドの方だ。
あとは自分の力で島に上陸するだけである。
白ひげから直々に返された太刀は馴染みの重さを腰に添えた。
ネッドよりも遥かに巨大な海の覇者は、最後にまたあの冗談を言ってネッドを困惑させてしまう。
それほど気にかけて頂ける覚えは全く無いのだが。
ネッドはありがたいお言葉だといつもの無表情で言って、また彼を笑わせていた。
「不死鳥。世話になった」
別れ際にマルコへ向けた言葉は随分と素っ気ない。
これはいつものことだ。
しかし慣れ合う気は無いと思ったが、悔しいことにマルコのお陰で大分気が紛れていたのは事実である。
エースの明るさも、白ひげの懐の深さも、何もしないで手を出さずにいてくれたクルーにもネッドは感謝をしている。
たとえ次に会った時にまた敵同士だったとしても。
受けた恩は忘れないのがネッドである。
「次に会うときはアンタも海賊ってわけかよい」
「…さあ、それは会ってみなければ」
「どっちにしろアンタはもう海軍には戻れねェんだ。腹ァ括れよい」
「そうだな…」
「期待してるよい」
「いや、するなよ」
マルコとネッドの軽口も随分と増えた。
結果が分かったら教えろよい、と番号を渡す姿には流石に閉口するばかりだが、やっぱりネッドはマルコを嫌いでは無かった。
好きでも無いけど。
だから白ひげクルー一同よ。そこで温かく見守るのは正直止めて頂きたい。
「またな、不死鳥」
いつかと同じセリフをまた口にする。
青い炎を纏わせて浮上してきた焼き鳥はもちろん、ネッドが懇切丁寧に甲板へと叩きかえしてやった。
過去|未来