ディープエラー



この状況はいたいなんだろう。

まるで自分の身に起こった事ではないような心地で瞬きを繰り返す。


「……ぅあっ、ん」

口の中を蹂躙する熱くてやわらかい湿った何か。反射的に押し返すと逆に絡めとられ痛いくらい吸い付かれ甘く噛まれた。驚いて引っこめるともっともっとと深く追われ、引きずり出される。
経験した事も無いこの熱さにもうどうしていいか分からなくて、泣きそうになって。
唇を覆う自分よりも大きな口の中にみっともない泣き声を注く事になり、息を奪われた。

「(あんっと、にお、さん)」

肩を抑える大きな手のひら。
胸にのしかかる逞しい胸板とその重み。
昔からよく知っている人の筈なのに、今はまるで全く知らない他人になってしまった様に感じられて、怖い。
お酒の臭いが鼻まで上ってきて自分まで酔ってしまったんじゃないかって錯覚もする。


確か俺は酔って潰れてしまった父さんを迎えに行った筈だった。


仕事で嫌な事でもあったのか、いつもよりぐてんぐてんに酔っ払ってしまった父さんは最早自分だけでは運べなくなっていた。
途方に暮れる俺に一緒に飲んでいたアントニオさんが「家まで運んでやる」と申し出てくれたのはとってもありがたくて。喜んで一緒にタクシーに乗り込んだ。

寝室に運び込んでベットに放り込むと「じゃあな」なんてかっこよく帰ろうとしたもんだからつい、

「泊まってけばいいじゃないですか」

自分のベットを貸すからと、ふらつく足元を指差し、俺は父さんのとこにでもソファーでも良いからって。

「ねえ、そうしよう、アントニオさん」

困った様に笑うアントニオさんを力いっぱい引きとめた。
おじさんと子供というより歳の離れた友達。懐いていた自分が彼に会うと常より少し我儘になることは自覚している。
手を引かれるまま付いて来てくれるのが嬉しくて、つい調子に乗って「家に帰ったってどうせ一人でしょ」なんて軽口を叩くと頭をこつんと突かれて、笑って、

あと少しでベットという所で躓いた俺は、掴んだままだった彼の手に思いっきりしがみついてしまった。

俺の力が強過ぎたのか、思ったよりもアントニオさんの酔いが回っていたのか。倒れ込んだ衝撃に呻いていた俺が気付いた時には、既にアントニオさんの腕の中だった。

事の顛末なんてこんなものだ。


「(だからって、こんな、ぁ……!)」

息継ぎも満足にさせてもらえず意識を朦朧とさせていた俺は、腰の辺りから上へとなぞる動きに驚いて、顎を逸らした。
アントニオさんの、手だ。

「い、……やだぁっ」

糸を引いて離れた口から洩れた声に、えっ、と自分でも驚いて目を丸くして、頬を伝った涎をシーツに押しつけ熱を逃がそうと身を捩る。
何も考える余裕など無い。
兎に角こんな姿を見られたく無くて、顔を背けたまま身を硬くした。


「……徹琉……?」


熱い息が頬を撫でる。

夢から覚めたばかりの様な声が、何故ここにと不思議そうに名前を呼ぶ。
すると突然、押しつぶされそうなほど重みが増す。腹も胸も圧迫され、その所為で滲んだ雫がぽろぽろっと目の端から零れた。

「アントニオ、さん、アントニオさ……」

鼻が詰まったような上擦った声は語尾を震わせて消えた。名を呼ばって肩や二の腕を叩いて、どいてどいて、と懇願する。

ぎゅっと瞼をシャツに押しつけると、深い寝息と早くなった自分の鼓動が身の置き場を無くしていた。

ディープエラー



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