すなおになりたい



「はー、おなかいっぱい。もうデザートだって食べらんないよう」
「なんだ、いらねえのか?」
「食べる」

即答すると、くはっ、と噴き出したアントニオさんに唇を尖らせた。なんですか、もうっ。


予想に反して俺の腹ってば現金なもんで、満腹になるまで肉を詰め込んだ。
流石はクロノスフーズのヒーローさん。美味しい焼肉をご馳走になっちゃって俺は終始ご満悦だった。
アントニオさんもお酒を飲み上機嫌で俺の話を聞いては合槌を打って笑ってくれる。
頬をほのかに染めグラスを傾ける仕草が妙に色っぽい。運ばれてきたアイスを食いつつ上目使いでチラ見する俺って、なんか、……うん。

「今日はごちそうさまでした」

店を出てぺこっとお辞儀すると無言でくしゃっと頭をかき混ぜられた。一瞬二ヤケそうになったのを堪え、そのまま前を行ってしまった背中を急いで追いかけて薄暗い夜道を歩く。ゆっくりとした歩幅のアントニオさんとは対照的に、早まる鼓動と歩調がリズムを刻んだ。

歩く度揺れるはねっ毛を見つめながら、俺はこのままどうなりたいんだろう、ふと、疑問が浮かんだ。

時間が経ち過ぎてもう今更聞くのもどうなのかなって思う。問う事だけに重要を置いてたから、言ってしまったその後の事まで想像できないでいた俺は、まだまだガキだったって事なのかな。
認めたくないが事実だろう。
あの日の出来事は俺の胸の中だけに仕舞いこんで、また新たな切っ掛けを望めたらな、なんて。

「(ふむ、恋でもしている気分だな……)」

初恋は自覚症状が無かったため何のカウントも無い。可愛いなとか綺麗だなとかそういうのはあるけど、何か違うと感じる。
一目惚れなんてまさに憧れの域。
俺的にはそんな交通事故みたいな恋を一度はしてみたいとは思うけど。

「(ま、あれも交通事故みたいなもんだよな)」

事故から始まるゆっくりと落ちていく恋。例えるならばそんな感じ。でも、友達や同じ年頃の女の子達が話してるようなキラキラしいものではないのさ。……朝起きたときの下半身の違和感とか、もう、誰にも言えないレベルだろ……せっつねー。
相手が年上の、しかも父親と同年代の同性となれば尚更だ。

「はあ、」
「どうした、疲れたか? それとも食い過ぎて腹でもいてえのか?」
「違いますよ、そこまでガキじゃありませんし」
「んなむくれた面で言われても説得力ねえぞ。お前もあっという間に歳を重ね俺等みてえなおじさんになっちまうんだ、まだ甘えてろよ」
「……大人はずるいですよ。直ぐにみんな忘れてしまう」

やばい、何言ってんの俺。
つい顔を逸らす。消え入りそうな声は喉を震わせ、眉の寄った目頭がじわじわと熱を帯びる。あ、ダメだ、泣きそう。今にも飛びついて、泣いたら、たぶんとても楽。
衝動を振り切るようアントニオさんを追い越して先に家に辿り着き、鍵を開けながら追いついた彼に問いかけた。
自分のいやに明るい声が耳触りだ。

「アントニオさん、ひとりは寂しい俺の為にちょっと寄って行きませ」

続く言葉は音にはならず、絡めとられた腕の中へ、胸の上へと押しつぶされて弾けた。
濡れたシャツを頬に擦り寄せて「なんでここで泣いちゃうかな、かっこわりぃ」ゆるゆると腕を持ち上げきつく唇を噛んだ。

ねえ、なんでアントニオさんの方が泣きそうな顔してんの。

すなおになりたい



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