「それじゃ、行ってくるから父さん達も仕事に遅れないようにね」
とんとんっ、靴を鳴らして振り向くとだるそうに壁に凭れかかった父さんが「おーう」ひらひらと手を振って見送る。
中学に通って、ヒーローアカデミーにも所属する俺も結構多忙だ。
とてもじゃないがヒーローには向いてるとは思えない自分が通うというのは、結構気が引ける気もするが。
「頑張れよ」
くしゃっと髪を撫ぜられて「子どもじゃないんだから」ふくれっ面で言うと「子どもだろー」益々もみくちゃにされた。
中学生になってまでそんな事をされるなんて、楓と同じ扱いとかやめてくれよな。
気恥ずかしくなって頭を振ると、ふと、アントニオさんと眼が合う。
合って、しまった。
「あ、ああ、い、いってきますっ!」
盛大にどもってくるりと身を翻し、体当たりする勢いで玄関をくぐり抜けた。
そのまま足は可能な限り早く、もしかしたら外での使用を禁止されている能力も発動させてしまっていたかも知れない。
その証拠に体が軽い。
景色は全て後ろへ流れ、驚いて振り向く人達もあっという間に追い抜いて、俺の事を視認できなくなっている。見られなきゃ良いってもんじゃないけど、今だけはちょっと見逃してほしい。
この時ばかりは俺の能力が高速移動型で良かったと、心底、思った。
真っ赤に茹で上がった顔は火が出そうなほど熱い。いやこれはきっと燃える。間違いなく炎上する。父さんにもアントニオさんにも見られてないよなぁ、と祈るような気持で天を仰いだ。
ばくばくばくばく。
鼓動がまた煩く主張する。
アントニオさんと目が合っただけだ。
でも、少し開かれた唇を見て昨夜の濃厚な口付けを思い出してしまい、鼻の中を抜けるお酒の匂いも一瞬蘇った。
潰さないよう圧し掛かられてた事には俺だってとうに気付いていて、布越しに感じた体温と重さと男らしい体臭が、自分の洩らしたあの声さえもが、身に余る劣情を煽り立てているようだ。いや、なんだ劣情って、なんだそれ。
中学生にはその刺激は強すぎるんだってば!
とりとめもない事を延々と考えて、既に目的地が近い事にはっと気付く。
辿り着く寸前で路地裏に転がりこんだ俺は、息を吐いてその場にうずくまった。
とてもじゃないがこんな顔で学校に入れないし、正直一人にしてくれという感じだ。だってやっと一人になれたんだし。
「うわー……絶対、変に思われた」
アントニオさん本人に昨夜の事を聞くのは恥ずかしい。第一、どう切り出したらいいのか。「昨日の夜、俺にキスしましたよね。覚えてますか?」……いや無いよ、それは無い。直球過ぎるだろ。変化球くらい投げろよ。
悶々と膝を抱えて座り込む俺に、無情にも始業のチャイムが鳴り響いた。こんなに悩んでいるんだから空気を読んだらいいのに、なんて子供みたいな身勝手だ。
次に会うとき、どんな顔して会えば良いのか全然分かんない。
「おい、徹琉のやつ、どしたんだ?」
「……さあ、な」
「え、お前なにそれ顔赤くして、きもちわりぃ」
「うっせぇ、ほっとけ」
レベル1の呼吸