幾つあっても足りないということ



寝不足。これは完全なる寝不足だ。
飲みなれないコーヒーを濃い目に淹れて、大量の砂糖とミルクを投入し一口飲んだ。

「……苦い」

まさに今の自分にはピッタリではないだろうか。
感情のままに大根を切って鍋に投げ込むと見た目にはあまりよろしくない味噌汁が完成していた。うん、味は問題ないから良いんじゃないかなと俺は思う訳で。

「いったぁ……身体がバッキバキだよ」

解すよう肩と首を回してなんでこんなに痛いんだ、と想いを巡らし、途端にわーっと叫びたい衝動に駆られた。実際は叫ぶ事も出来ないほど動揺してしまって、意味も無く蛇口を捻って水を流したんだけど。


考えるな、思い出すな、あれはきっと酔っていたから、絶対そうだ。


きゅっと蛇口を閉めて「そろそろ父さんを起こさないと」ふらっと身体を寝室へ向ける。
自分の部屋で大の字で寝息を立てている人もその後起こさなければならない。そう思うと少し憂鬱な気さえしてきた。

多分、昨夜のアレは酔っ払いの延長線上のそのまた何かだ、とまた勝手に俺は思う訳で。


あれから自分の上で熟睡してしまったアントニオさんを退けるのに、下から這い出るのに大分苦労させられた。
ただでさえ体格差があり過ぎるのに意識のない人間程重いのは無いんだなってまた一つ学んだ。俺の能力はそういう力仕事には向かないから昨夜程父さんを羨んだ事は無い。

「(寝ぼけて誰か他の人と間違えたのかな……)」

あれこれぼんやり考えていると「徹琉ー」催促する声が俺を現実へと引き戻した。

「はい、味噌汁」
「……あれぇ、もしかして怒っちゃってる?」
「そう思うんなら一人で帰ってこれなくなるまで飲まないでよね、いい大人が」
「ああいや、ほら、アレだ。……大人にも色々事情ってもんがあってだなぁ」

目を泳がせて何時ものようにへらへらと言い訳を続けようとする父さんに溜息を洩らした。直ぐに謝れないとこはどうやら父親似らしい。

「ア、ントニオさんも良かったらどうぞ」

俺達親子のやり取りをやれやれといった様子で眺めていた人にも味噌汁を勧める。声をかける時ちょっと詰まってしまったのに気付かないふりをして。

「……なんだ、これは」
「味噌汁です見た目が悪くても味噌汁です。……お酒を飲んだ次の日には良いんだって」
「ああ、じゃあ貰おうか」
「あ、はい、どぞ」

なんか、ぎこちない。
いつも後ろに撫でつけられている髪が、今日は下ろされていている所為かも知れない。欠伸を噛み殺して、重たそうに細められている目はまだまだ眠そうだ。あんなに良く寝てたのになんでだろ。


「あーー! そうだお前なんでうちに泊まって、しかも俺の可愛い息子のベットまで占領して、図々しいぞ独身ビーフ!」
「うるせぇぞ虎徹、お前と違って徹琉は優しいんだよ」
「てめーを寝せる為に用意したんじゃねぇっつーの!」

ガチャンッ!
大きな物音に二人揃って此方へ顔を向けた。

……頼むから今は心臓に悪い事を言わないでくれよ父さん。

幾つもあっても足りないということ



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