分岐点 extra

溺れる四月の魚


『April Fools' Day』

それは一年の内で、この日だけは嘘をついても良いとされる日。
此処イギリスでは正午までにユーモアたっぷりで楽しいウソを仕掛け、午後になったらネタばらしをする、という感じが普通だったと思う。

各マスメディアもこれに乗っかり、大々的な大ウソをさらりと通常のニュースと共に流してくるので、うっかりしていると本気で信じてしまいそうになる。
その昔俺も実際に信じた事があるし。
だから、この日は特に気を引き締めておくといい。
腹を抱えて大笑いをする友人に指を指されながら「April Fool!」と、言われた日には本気で殴ってやりたくなるからだ。


バサッ!
朝食の席でふくろうが届けてくれた日刊予言者新聞を広げ、ざっと目を通した。
普段よりも身を入れ、自分にとって必要な情報を抜きとる為だけに字面を追う。
しかし、俺は直ぐに追う事を放棄することとなった。


「偉大なる魔法使いの新たなる偉業? ダンブルドアの髭、とうとう髪と繋がる」


一面のトップを飾る大きな見出しにはこう書かれていた。
何でも、髭を引っ張るとその分だけ後ろ髪が短くなるそうだ。
その際に痛みは全く無く「逆に痒い場所が刺激されてとても良い」との本人に寄るコメントまでが載せられていた。
まったくどうでもいい。

「……なんだこりゃ」

探し人、失せモノ欄にも一応目を落とす。
「元闇祓い、マッド・アイ・ムーディが失くした魔法の目の行方を探しています。御存じの方や目撃情報をお持ちの方は魔法執行部・闇祓い局まで」と書かれていた。
…アラスター…お前もかっ!

この嘘臭いイエローペーパー並みのどうでもいい内容。
もう少しまともな嘘を載せられそうなのに…このセンス。
いくらなんでも酷過ぎるぜ…。

「何か気になる事でも書いてあったか?」

難しい顔で紙面を睨みつけている俺をセブルスが訝しんだ。
隣で食事を取っていた愛しい弟の問いに「目が滑るような内容ばかりでした」うんざりした口調でこぼし、脇に除けた。
…除けることで今最も俺を悩ませている『最大の問題』を一時的にでも遠ざけたかったのかも知れない。

「どれもこれもくだらない事ばかり。暗いニュースを見つける方が難しいくらいだよ」
「そうか、ならばいい」
「読まないの?」
「勿論、後で読む。…お前も早く食べてしまえ。セネカのペースに合わせていたら授業に遅れてしまう」
「はーい」

間延びした返事を返してパンを千切り、ジャムをたっぷりと塗りたくってから口にお招きをした。
舌からダイレクトに伝わる極甘イチゴジャムの味。
果肉の美味さがぎゅっと詰まったその甘さに、ささやかな幸せを感じた。朝はこれだけで舌の上はパラダイスだ。

――今日のような日は、特に。

隣から呆れたような気配を感じつつも時間を掛けて一枚を完食し、満足感に満たされた俺はセブルスに紅茶をねだった。

「もういいのか?」
「うん。お腹いっぱい。…そして胸もいっぱいデス」

食事量の少なさに眉を寄せつつも紅茶を淹れてくれたセブルスは、ちらりと向かい側の席につくルームメイトへ視線を流し「あの食欲を分けて貰った方が良いな」等とぼやいた。
引き合いに出されたトーマは、既に四枚目のトーストを食べ終え、山盛りのサラダとベーコンを消化しながらもう一枚へと手を伸ばしている所だった。
体格に合わせて胃も大きい奴だからな。
…見ているだけで胃が満たされるような食いっぷりだぜ。


「ほら、もう行くぞ」
「ん、ん、んーんんっ!」
「カップから口を離してから返事をしろ」

あたたかな一杯を楽しんでからセブルスに促されて席を立つ。
「ま、待って、俺も俺も!」と、慌ててスクランブルエッグをかっこみながらトーマも立ち、まだまだ人の多い大広間から教室へと移動するべくその場を離れた。

俺の右にセブルスが並ぶ。
その反対側にはトーマが脇を固め、とろとろとした俺の歩みに合わせてスカートが揺れた。
足を動かす度にそれは絡みつき、剥き出しの肌を空気がなぜる。

……そう、スカート。

俺の右にいるセブルスも。
その反対に並ぶトーマも俺も、三人揃って何故か制服の下がスカートなのです。
ちなみに付け加えると大広間に居た生徒全員、皆揃ってスカートを履いていたんですよねー! あっはっは…はぁー…。



「……夢の終わりはまだですか…」

朝起きてから何度思ったか分からない台詞を呟く。
それを素早くキャッチしたセブルスに「歩きながら寝るなよ」と注意され、手を引かれながら、彼の膝上でゆれる薄い布と白く眩しい膝小僧をながめた。

…微妙な心境です。マジで。



さて。俺の頭を悩ませていた『最大の問題』についてご理解頂けたものとして話しを進めよう。
――この問題が発覚したのは起床後の事である。


朝、いつもの如くセブルスに揺り起され目が覚めた。

ねむたくて抵抗して。怒られて。ごねて。
それはもう大きな大きな欠伸をしながら、んー、っと伸びをしてベッドから転げ落ちた。
(まあ正確には、落とされた、が正しいけど)
そして、まぬけな叫び声を上げながら不時着した俺は、目の前にそびえ立った滑らかで白い『おみ足』を…見ツケテシマッタノデス。

「…………セブ」
「目は覚めたか」
「え、…いや、…うん。まだ寝ぼけてるみたい…」
「そこで寝るなよ」
「は、ハハッ…うん…」

取りあえず両手で瞼をごしごし擦ってみたが、変わらず目の前には、見慣れた白い足が存在していた。

ほそくてやわらかな、セブルスの足。
うっすらと筋肉の線が浮かび始めたばかりの、成長途中であるそれは、少女のものとそう大差もない。
そういう年頃でもあるし、元々彼は細いのだ。
未分化から抜け出したばかりである少年の肌はキメも細かく、たしかな弾力を持ってはね返り、触れ合うととても気持ちがいい。

やがて丸みも取れ、大地にしっかりと両脚をつけて駆け出すようになり、ゴツゴツとした骨の浮く男性らしいものへと変わるだろう『それ』。

くびれた足首を覆う純白の靴下から繋がるふくらはぎ。膝小僧。太もも。順を追って視線を上げていくと……ひらりと揺れるスカートにまで辿りついた。
膝上ギリギリで揺れる、スカートまで辿りついた。
うん。…大事な事なので二回言いますね。

「(……なんとも倒錯的な恰好をしていらっしゃる。朝から少し刺激が強すぎやしませんかね?)」

さかしまな心を抑えつつ立ちあがり、上から下までセブルスの姿をまじまじと眺めた。
ネクタイの色は違えど、普段のリリーと同じような恰好をしている。
…ついでに付け加えるとルームメイトの彼も同じくスカートを履いていた。

「ねえトーマ。ガニ股はやめなよ…」
「あーん? 男はみんな股間にぶら下げてるもんを避ける為にガニ股になるもんだろー。なあ、セブルス」
「下品な発言など聞きたくもない」

セブルスはともかく、男の生足何ぞ拝んだって俺は全然嬉しくない。
その場に唖然と立ちすくんでいたら、寝ぼけているのだと勘違いしたらしいセブルスにパジャマを引っぺがされた。
言われるままに着替えさせられている間も俺は「夢の終わり」をただひたすらに願い続けていたのである。

――しかし、


「え…俺も履くんですか?!」

スカートを差し出されて履くように促された時は、流石に驚いた。
いやいやいや。無理無理無理。
セブルスならばどんな格好をしていても可愛いと思えるけど、俺がするとなれば話が違う。

「(これは一体、どんな罰ゲームだよ!)」

ダンブルドア絡みの、ホグワーツ全体を巻きこんでのものであるならば「ふざけんな!」と言って校長室へ殴りこんでいる所である。
しかし依然目の前に立ちはだかる俺の愛しい弟は「早くしろ」と、真面目な顔で俺の手へとスカートをぐいぐい押しつけていた。
首を振って拒否しようとすれば、彼の眉間にしわが…。

「(くっ…こうなれば…腹をくくるしか無いのか?)」

仕方なく受け取り、おずおずと片足をその薄い布へと突っ込んだ時は……なんともいえない気持ちになった。
情けないような、切ないような、多分そんな感じの。
その手の趣味など俺には無いので、快感など芽生えようもない。

腰まで引き上げてホックの止め方が分からなくてモタモタしていると、見かねたセブルスが手伝ってくれたのにも、非常に複雑な心境へと押し遣られた。
…めちゃくちゃ下がスースーして心もとないッス。
この下には下着一枚しかないという無防備さ。
何故だか無駄にもじもじしてしまいそうになる。

…女の子たちは毎日こんな心もとない恰好でいるのか…すげえな。

素直に感心し、そのまま談話室まで下りて。
大広間まで辿りついた時には驚きを通り越して俺は半ば放心状態だった。
頬を抓ってみても、痛いと思うばかりだ。
日刊予言者新聞に目を凝らしてみても、この『最大の問題』に対しての記事を見つける事は叶わなかった…。

――行き交う生徒は男女ともに薄いひらひらの布を腰で履いている。
教員達も、それに注意する事もない。
優雅に朝食を取るルシウスも。
控え目な笑みで挨拶をしてきたレギュラスも。

違和感など何も感じていないらしい彼等は、みな、ひるがえる薄い布からガニ股の生足を生やしていた。のである。


***


天に広がる青い空。
やさしく重なる、やわらかな木漏れ日。

悩める俺を余所に天気はすこぶるよろしい。
バスケットいっぱいに詰め込んだ食べ物をプレースマットに広げて俺達は、校庭の一角で昼食をとっている。
高い茂みが周りを囲んで外からは見えないっていう状況は、なんだかスピナーズ・エンドで遊んでいた幼い頃を思い出させた。

「もう! ポッター達ったら!」

プリプリと可愛らしく怒りながらリリーが、持っていたサンドイッチへとかぶりつく。
クリームチーズとオニオンスライス、真っ赤なトマトがサンドされたそれをシャクシャク咀嚼して、ごくんと飲み込む。

「もう少し周りの目っていうのを考えられないのかしら!」
「まあまあ。それが出来ていたら苦労はしないよリリー」
「まったくだ」
「チキンまじうめえ」

どうやら午前中の授業で、獅子寮コンビがまた何かやらかしたらしい。
しかし彼女が問題としているのはその何かの方では無く、彼等の立ち振る舞いに対して一言物申したいようだった。
曰く、スカートがめくれ過ぎて見ていられない、と。

「……男なんだから、その辺は仕方がないんじゃ無いかと…」
「それでも、よ。セネカだって目の前でパンツを見せられてごらんなさい。そんな考え、すぐに吹き飛んじゃうわ」
「…おう。ごもっともです」

男のパンチラなど御免こうむる。
どこぞの変態にとってはご褒美だろうが。
ポットから注いだ紅茶を手渡して謝ると、少しは溜飲を下げたらしいリリーに、にっこりと微笑まれた。


話していて分かった事は、どうやら彼女も、俺達がスカートを履いているという異常事態になんら疑問も持ってはいないということ。
…胡坐をかいて腰を落とすトーマに眉を寄せたものの、行儀よく膝を揃えた俺達は合格点を頂けた。
いや俺もセブルスに倣っただけなんだけどね。

午前中の授業など全然身が入らなかった。

イスに腰掛ければ直にその感触が伝わるし、汗をかけばじっとりと湿って気持ちが悪い。
立ち上がった時など、バリッと剥がれるような感じがしてひどく不快だった。
吸いついていたものを無理矢理剥がすような感覚がさ。
トイレも不便だ。
前方にチャックなどスカートには存在しない。
裾をたくし上げれば良いのか、なんて迷った時が一番キツかったぜ…。

そして、何よりも一番俺の神経が擦り減らされた原因は――セブルスだ。


「(…彼の足が他の人間の目に晒されているという状況が…すごく嫌なんですけど、)」

幼いころは勿論半ズボンだって履いていた。
けれどこれはスカート。薄いひらひらの腰巻同然のモノ。
転べばめくれるし、先程リリーが言ったように大胆に動けばパンチラだってしちゃうんだろ? パンツが見えちゃうんだろ?
階段を上がる時にやわらかな太ももを拝んでしまった時には、俺は大層焦りましたとも。ええ。とてもとても。

「(俺がドキッとするのに、俺以外がドキッとしないなんて確証も無いだろっ)」

いや多分それは此処ではお前だけだって。
そう言われるだろう事は俺も分かってはいたが。
でも男ってヤツはこういう時は馬鹿な事しか頭に浮かばないものだ。
お年頃なら尚更。(俺の精神年齢など今は横に置いておく)


好きな子のスカートの中身に思い馳せることなど、男子たるもの、一度は必ず経験するものなのです。


「(…ん? そういえば、セブの下着の色って…今日は何色だっ……いやいやいや、今何を考えた今何を考えた俺っ!)」

リリーと話しをしているセブルスのスカートへ視線を向け、向けてしまった自分の馬鹿さ加減に目を覆った。
……やはりいくつになっても男は馬鹿だ。
彼と人には言えない秘密を共有する仲になっても、やはりこういう事は考えてしまうらしい。
いや…むしろ増えた気がする。
一瞬にして悶々としてしまった若々しい脳は、午後の授業が始まっても悩ましく胸を騒がせた。


「…ねね、セブ」
「なんだ」
「今日のパンツって何色?」

夜になってソファで膝枕を堪能している時。
つい我慢が出来なくなって言ってしまった一言への返答は、顔面に降って来た彼の読みかけだったぶ厚い書物の一撃でした。

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