分岐点 extra

1 出立前、自宅にて


擦り切れたソファに並んで座り、母親が作っておいてくれた簡素な朝食を腹に詰め込んでいると、セブルスが眼の端で俺をとらえた。
白いシャツと黒いパンツ。
同じ装いの俺達二人。
我が双子の弟殿は背筋がいいなあ、等とのんびり思う。
本を読む時なんかは猫背になってしまうけどね。

「なあに? セブルス。さっきから僕の顔をチラ見しちゃって。準備ならちゃんと済ませてあるじゃない。――ほら、そこ。大丈夫、薬も持ったし。そんな心配そうな顔しないでセブ」

視線の意味を汲みとって答え、サンドイッチの最後の一欠片を口に押し込みながら苦笑する。
パサついてモソモソするパンは、飲み物が無いとちょっとつらい。
フンと鼻を鳴らして薄い紅茶を流し込んだセブルスは、それでもまだ気になるのか、そわそわチラチラと二人分の荷物へ交互に視線を動かしていた。

落ち着きのない様子があまりに可愛すぎて思わず噴き出しそうになる。

その気配を敏感に感じ取ったセブルスがじっとりと俺を睨むのに慌てて、
「やっと、今日から僕たちもホグワーツに行けるんだね!」
と、話題を逸らしてみる。
…ありがたい事にセブルスは直ぐに乗ってきてくれた。


「ああっ…そうだな、」


膨らむ期待に興奮気味な声と、いつもより血色の良くなった顔は素晴らしく可愛らしかった。その溜めが愛おしい。
ムフフと頬が緩みそうになって急いで引き締めた。
また睨まれては堪らない。
滅多に拝めない彼の様子を、俺はまだ堪能していたいのだ。

「時間にはちょっと早いけどもう出る? 席も確保したいし。行きのコンパートメントでリリーと一緒だと嬉しいなー」
「その考えには賛成だ。リリーとは……きっと一緒になれる。うん、必ず」

確信めいたもの言いに俺もまた頷いた。


***

2 心残り


「セネカ!」

目が覚めてから二日目。
医務室の番犬(!?)マダム・ポンフリーの厳重な監視下に置かれているはずのカーテンが勢い良く開いた。
鈴をころがしたような可愛らしい声と共に、ふわっふわの赤毛が胸へ飛び込んでくる。

「わっ、リリー?!」

ぎゅっと締めつけられて驚き、凭れていたクッションが二人分の重みで沈み込んだ。

「リリー、どうしたの?」

ほっそりとした肢体が、名を呼ばれて小さくふるえる。
すべらかでさわり心地のよい髪を櫛づけて背を擦ると、顔が持ち上がり、アーモンド形のエメラルドがゆっくりとまたたいた。

「……どうしたの、じゃ、ないわ」
「うん?」
「わたしだって、すごく心配したのよ!」
「……ごめんねリリー。でも、もう大丈夫だから。ね、」

心配してくれてありがとう。
リリーはそう言ってぽんぽんと、豊かな赤毛を軽く撫でて眉を下げる俺に「もう!すぐそうやって誤魔化すんだから!」拗ねたように頬をふくれさせた。
目尻に滲んだしずくを指先で拭い、気丈な様子をみせる。

嬉しいけど、泣きたくて。
怒りたいけど、でもやっぱり嬉しくて。
くるくると表情を変える少女にもう一度抱きしめられた。


「…ほんとに、よかったわ」


呟かれた言葉に頬がゆるむ。
そのまま俺はあまやかに香る髪へ額をよせた。

俺達の可愛い可愛い、幼馴染の女の子。
俺のいない間、彼女にはとても不安でもどかしい毎日を過ごさせてしまったのだろう。
セブルスはセブルスで不安定に陥り、自分の内に引き籠ってしまっていた様だし。

「いやー、随分と苦労を掛けてしまって…申し訳ないねえ」
「ならこれっきりにして頂戴。これじゃあセブの身が持たないわ」
「そう言われちゃうと弱いなあ…。善処します…」
「……わたし、セネカがその言葉を使う時は『出来ない約束は出来ない』と言っているのと同じだって、セブに教えてもらったわ…」

わお。
セブったら何をリリーに吹き込んでいらっしゃるんですか。
半眼でこちらを睨むエメラルドから逃れるように、頬をこりこりと掻いて誤魔化した。出来てないみたいだけど。
……。

「――ねえ、リリー。セブはとっても手強かったでしょ?」

「…? ……あら。ふふっ。…ええ、とっても! 私の言う事なんてちーっとも聞いてくれないのよ。セブったら」
「あらら、セブは頑固だからなあ…あんなに可愛いのに、」
「誰かさんがたっぷり甘やかしたんだもの。仕方がないわね」
「おやそれはいけない。じゃあ、その誰かさんが一番悪い奴だ。コレは大変。今度見かけたら懲らしめてやらなきゃ、ね」
「まあ!」

俺のとぼけっぷりに二人でクスクス笑うと、カーテンの隙間から覗いていた影が気まずそうにゆれる。
「だれだ」なんて疑問は今更確かめ合うまでもない。
なにせ途中からリリーと俺の会話は、その影へと聞かせるものへと変わっていましたので。

「セブ。いつまでもそんなとこに居ないで、入っておいでよ」

声を掛けると、想像通りの表情でセブルスが顔を覗かせた。
むっつりとした無表情の中で目付きだけがキツイ。
でも、ちょっと唇がつんと尖っている事から、先程の抱擁シーンと会話で彼が機嫌を損ねてしまっている事は分かる。


リリーの髪から顔を上げた俺は彼女にイスを奨め、自分の横をパシパシ叩いて、満面の笑みでセブルスを迎えた。
そこはもちろん、ベッドの上。
つまるところ俺の横に座りなさいアピールである。

フン、とそんな俺を鼻で笑うセブルス。
しかしそんな態度も俺にとっては、ダンブルドアの顔面にレモンキャンディーを投げつける様なものだ。
乱暴な仕草でカーテンを閉め切るとセブルスは、大股で前を横切り、ドカッと体重を掛けて座った。

もちろん。俺が指定した場所へ、だ。
俺に背を向けたままだったけど。

「僕は拗ねてなどいない」
「まだ何も言ってないよ」
「今から言おうとしていただろ。…はなせ、」
「お断りだー」

彼のお腹に腕を回して肩へ頭を預ける。
ふーっと長い息を吐いて落ちる薄い肩に「もういい、好きにしろ」と言われているような気がした。
ふっふっふー。リリーとくっ付いていたのを見たくらいで、拗ねちゃだめだぜ、セブルス。
そのままリリーと目だけで忍び笑う。
まあ、くっ付いているので彼にはモロバレだったけど。

「あ、そうそう、リリー」
「あら、なあに?」
「グリフィンドール入寮おめでとう。やっぱり、僕の思ったとおりだ。…そのネクタイ、とても似合っているよ」

初孫をあやす祖父の如く、相好を崩し改めて制服姿を褒めると、リリーは少し恥ずかしそうに頬を染めた。
…この場にカメラが無いのがとても残念だ。
退院したら是非とも俺の天使たちをフレームに納めたい。

「ありがとうセネカ。…でも、セブとは別れてしまったわ」
「それは仕方無いよ。組み分け儀式での決定はここでは絶対、…だ、…―――あ、ああっ! しまったー!

大きな声で叫んだらセブルスの肩がビクッと波打った。
ゼロ距離だったのでとても驚いたのだろう。
すぐに振り向いたセブルスに「いきなり叫ぶな!」なんて怒られてしまったが、今まさに気がついた事によって打ちのめされていた俺の耳は、右から左へと素通りさせていた。

セブルスの肩から頭を起こすと、なんとも情けない顔でリリーへと俺は訴えていた。

「…セブルスの組み分けを…この目に焼き付ける事が、できなかった……」
「……」
「……」
「ああっ、なんてことだ! 一生に一度だけしか無い一大イベントだったのに何をのうのうとベッドで寝ていたんだ俺ってやつは!! 空気読め昏倒! 悪質な嫌がらせか! …ハッ、体調にまで裏切られてる?! 当初の予定では初々しいセブルスが緊張してカチコチになったままドキドキする胸を抑えて組み分けされるのを生で拝んでいたはず、な、の、に! ……くっそ、絶望した!!」

幸運にもここは医務室だ。
この絶望に効く薬があるのならば今直ぐにでも処方してくれ! 安らぎの水薬か? それとも鎮静薬か?
全く以って効くとは思えないがな!
特効薬はセブルスですね分かります。

「…セネカらしくて言葉もないわ」
「……頭が痛い」
「セブ〜、リリ〜、…あたまがくらくらしてきた〜」
「馬鹿、それだけ喚けばあたり前だ」
「セブの言う通りよ」
「うぅ…ふたりともつめたい…」
「……はぁ、」

眩暈を起こしてクッションに沈み込む俺。
呆れつつも、上掛けを引っ張り上げてかけてくれたセブルス。
…しょぼくれてしまった俺の頭をなでてくれた手はとても優しかったです。

そんな俺達をリリーは「困ったひとね」と言いたげな顔で見守っていた。

うっ…ほんとにショックだ。
暫く引きずりそうなほどの大打撃だぜ。
こうなったらダンブルドアから記憶を抜きとって、ペンシーブを借りて飽きるほど見てやる!(飽きる気はしないけど)
記憶の中のセブルスの周りを360度ぐるぐる回って舐め回してやる…!

暗い微笑みを浮かべる俺を、セブルスがなんとも言えない顔をして見下ろしていた。
やだなあセブルス。
君への愛があふれているからこうなるんですよ。


***

3 たった一人の組み分け儀式



「グリフィンドォオオオオル!!」

校長室に高らかに響き渡った声。
それを聞いた途端、俺は視界を覆っていたオンボロ帽子を引っ掴んで立ちあがり、ベシャリと床に放り投げていた。

組み分け帽子の声真似スキルなんざ身につけてんじゃねーよ!!
「ふぉっふぉっふぉ」
「アルバス! おふざけは止めにして頂きたい!」
「ややや、そう怒らんでもよかろう?」
「怒るでしょ普通に!校長ともあろう御方が何をなさっているのですか!」
「セネカ、今のわしはタダのお茶目なじじいじゃよ☆」
「〜〜ッ! 時と場と人を選んでそういう事をして下さい! ――ほら見て! セブルスがショックで固まっちゃったじゃないか!」

上機嫌で髭を梳くダンブルドアに、セブルスを見ろ! と指を指す。
俺の組み分けを見届ける為に来てくれていたセブルスは、ショックのあまり顔から色が抜け落ちていた。
目なんて限界までかっ開いちゃって…!
唇の色までおかしくなっちゃってるじゃないかよ!

「…グ、グリフィ……セネカが、グリフィンドール…」
「落ち着いてセブルス。違うからね? 今のは間違いだからね?!」
「っ、そんな、…僕だけがスリザリンなんてっ…」
「うわ、あ、あ、あ、セブ! な、泣かないでっ! 今からちゃんと組み分けさせるから! ね!」

ズボッ。

「おいこら組み分け帽子さっさと決め「ハッフルパフ!」――ジジィ!!!」
「ふぉっふぉっふぉっ」
なんで無駄にソックリなんだよ! いい加減俺に組み分けをさせて頂けませんかねえ!
「……」
「ハッ! ……セブ? い、今のも違うから…ね?」
「正しく忠実で…忍耐強く真実……」
「…なんでそんな急に、疑わしい目で僕を見るのさ…」

確かに誠実さとは無縁だけども。(自分で言うのもアレだが)
君達ちょっと俺に対して失礼過ぎね?


***

4 君がいないと


「…おい、セネカ、」
「……ぅん、ン…せぶ…?」

揺り起されて薄目を開け、瞼がまたおちる。
たっぷりと時間をかけなければ覚醒出来ない俺は、毎朝こうやってセブルスに起こされてゆっくりと目を覚ます。
それは入学前からかわらない、幸せな時間だ。

「んー…あと、…いちじかん…」
「馬鹿を言うな。朝食の時間が終わるぞ」
「……それは、こま、る…ぐー…」
「寝るな!」
「あでっ!」

まどろみと仲良くしていたら、風を切るような素早い平手が俺の頭に飛んできた。すげえ痛い。
仕方がないのでもそもそと上掛けから顔を出す。
ベッドの脇には、既にキッチリ制服を着こんでいるセブルスが仁王立ちしていた。

「まったく…なんで毎日起きるとお前は僕のベッドで寝ているんだ」
「…うーん、これ何てミステリー?」
「知るか」

そうなのです。
ホグワーツで生活を始め、入寮したその日から。
俺は毎朝起きるとセブルスのベッドで寝ている。
おやすみなさいをした時はちゃんと自分のベッドで寝ていた筈なのにねー。
そう言って首を傾げてみせる俺にセブルスは、何かを言いかけて、結局、また閉じた。

「寝癖もひでぇけど、寝相も悪いなーセネカは」
「うっさいとーま。てか君、ヴァンパイアクォーターなのに朝につよいってどーいうこと」
「からむなよ。俺に聞かれても困るっての」
「セネカ、いいから早く着がえろ」
「ふぁー…い…」
「寝るな!」
「っ! …いたい、」

目から涙が零れそうなほど痛かった…。
しぶしぶベッドから降りて、急かされながら着替えを開始。
…急いでいる時はセブルスに手早く釦を留められたり、ローブを着せられたりするんだけどね。
だから極たまに、甘えたいなー、なんて思っている時は殊更にゆっくりと俺は着替える。

今日は、まさにそんな気分の朝だった。

顔を洗ってから戻って来ると、スリザリンカラーのネクタイを締められて襟を正されて、ローブの位置を直される。
鏡の前に立たずともお互いの髪を直すのは、いつものこと。

「おはよ、セブ」
「ああ、おはようセネカ…っ、おい…」
「ふふっ。なに? セブ」

出来具合を確認し満足気に頷く彼の手をとって引き寄せ、朝のあいさつを素早く頬へ贈った。
ベッドの影に隠れて秘密のあいさつ。
なんとも甘美で刺激的だ。毎朝ごちそうさまです。
息が出来ないほどのキスで起こされたら、もっとごちそうさまですって感じなんだけどな!

鞄に教科書を詰め込むルームメイトの背へチラチラ視線をやる彼に「大丈夫だよ」と囁いた。
俺的には別に見られたってどうってことないんだけどさ。
セブルスは恥ずかしがり屋なので、気が気でないらしいが。
その内、絶対に気付かれちゃうと思うんだけどな。あはっ。

「……外ではぜったいにやるなよ」
「ん」
「いくぞ」

手を引かれ、俺の分の荷物まで持って出ていくこの紳士っぷり。
(ていうか過保護っぷり)
のんびり後を付いてくるトーマも、これにツッコミを入れる事はもう無い。


――毎夜、俺の寝顔を確認してから眠りにつくセブルスのために。
俺がベッドへ忍び込んでいるのも、彼は気が付いているのかも知れない。

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