分岐点 extra

本能のつぼみ(前篇)


ふと、違和感を感じて目が覚めた。
羊水にくるまれた胎児のように丸めていた身体を少し伸ばし、緩慢な動きで瞼を擦る。
眠くて、眠くて。直ぐにまた上まぶたと下まぶたがくっ付いていく。でも、違和感が邪魔をして夢を結ぶ前にほどけてしまう。

あたたかくて気持ちが良いのに、邪魔をしないでもらいたい。俺はまだねむいんだ。すごく。

のろのろと、普段よりもとてもとてもゆっくり動く腕が違和感の元を探して下りる。
温もりの溶けたシーツの上を滑り、自分の腹を優しく締め付ける腕に触れ…これはセブルスのものだな、と思う間もなく顔がニヤけていた。傍から見たら絶対キモいな、俺。
自分の笑い声で目が覚める日も、いつか来そうだ。

――しかし、そんな笑いも即引っ込む事になる。


「……ん?」

先ず思ったのが、何故自分はシャツしか着ないでベッドの中に居るのか、という事。
素肌へ直に擦れるシーツとまどろみの気持ち良さに誤魔化されていたが…これはいったい、どういうこと?
指先が違和感の元へ触れて更に俺は混乱をした。
ありえない。嘘だろ?
おい俺、夢を見ているのならば今直ぐ覚めろ非常事態だ!

…有体のままに報告します。俺の下着がぐっちょりとした水気で滲みていました。

冷たく湿ったソコは、本来ならば渇いていなければとても恥ずかしい場所だ。
おねしょをする歳でも無い。
この身体になってからそんな失態も犯してはいない。
ならばこれは…と、通常運転とは程遠い脳が答えを漸く弾き出した。

「……夢精…」

所謂、大人のおねしょって事ですね分かります。
俺に精通がきたって事なんですね、なんてこったい!
身体が順調に成長した証しでもあるこれは、やはり避けては通れぬ道だったか…。
てかこの違和感って、もしかして、俺の中にしつこく居座る性衝動ってやつ?

「……マジか」

セブからのちゅーにムラムラしちゃってたのかよ俺ってば。
相変わらず俺の身体は正直者ですね。とほほ…。

眠れない理由はよーく分かった。
いや抜けば済む話しってのも分かる。経験済みですし。
けど、俺の直ぐ隣にはセブルスが寝ているし、何よりも、早くコレを処理してしまわなければ朝を迎える頃にはカピカピ下着の完成となってしまう。
それは避けたい。
恥ずかしい言い訳など口にしたくない。
そう思い、一先ず杖でエバネスコしちゃいましょうと、杖無し魔法が出来る癖に、寝ぼけた頭は杖を捜して闇に手を彷徨わせ、上体を起こしてしまった。

結果。それが…不味かった。

背にすり寄ってきた温もりが漏らす小さな声。
ぎくりと強張って動きを止めた俺の身体。
それだけならばまだ良かったのだが。
……腹に回ったままの手が逃がさぬとばかりに…俺の下半身を捕まえていたのである。

ピンポイントすれすれの位置を。


***


「…ん、セネカ?」

悶々とする思考をやっとのことで宥め、心地良いまどろみの淵に落ちたはずの僕は、自分の腕から逃げようとした温もりを捕まえていた。
隙間を埋めるように身体が勝手にすり寄っていく。
まだ朝には早い筈だ。
もう少し寝ていたらどうなんだ。
というか、僕を寝せろ。
そう言いたくても唇がもごもごと動くばかりで、僕は重たい瞼と格闘しながらセネカの腰を引き寄せた。

「…っ、ちょ、せぶっ」

バランスを崩した身体が傾き、枕の上に頭がボフッと落ちる。
どこか焦った声を漏らすセネカを無視して抱きしめた僕は、自分に寝心地の良い体勢を探すことしか頭には無かった。

手が、なにか気持ちの良いモノに触れている…。
あたたかくて滑らかなそこは僕の手に吸いつき、しっとりと汗ばんでいた。
…なんだろ、これは。
目を閉じたまま眉を寄せ、未だに良い体勢を探し続けていた僕はその正体を探るべく手を動かす。

――腕の中の片割れが身を固くして息を詰めたことに、寝ぼけていた僕は気付く事も無く。
引き寄せた時にセネカの着ていたシャツが捲れてしまっていた事も、僕は全然気が付いてはいなかったんだ。

何度か撫でた僕の手は、薄い布に指が引っ掛かった事で動きを止め、何とはなしに引っ張って、セネカがビクッと大げさな程震えたのが分かった僕はパッと目を開けた。
そして直ぐに自分が触れていたものの正体を知ると、慌てて手を離して身体を起こしていた。
ナイトテーブルに手を伸ばしてランプのスイッチを入れる。
ベッドの上に広がった頼りない明かり。
照らし出されたセネカの顔は耳まで真っ赤になっていて、口に手の甲を押し当てながら、困ったような顔をして僕を見上げていた。

そうだった。忘れていた。
面倒がってセネカをシャツだけでベッドへ寝かせたのは僕だったのに。


「…す、すまなかった。少し、その…寝ぼけていた、」
「……セブのえっち」
「え、えっち?!」
「直に腰を撫でられるわ、パンツは引っ張られるわで思いっきり恥ずかしかったんだぞ…」

そう言って自分も身体を起こしたセネカは恨めしげな眼差しを一度僕に向けると、背を向けた。
周囲を見渡して首を傾げる後ろ姿。
少し気まずいながらも、その様子を訝った僕は「どうした」と聞き、「杖を捜してるんだ」と言われて「ローブの中に入ったままだぞ」思い出しながらそう返していた。
途端にガックリと項垂れる肩と頭。
…何故そんなに打ちひしがれているんだコイツは?

まったく意図の掴めない僕を置いてセネカは、僕に背を向けたままベッドから降りようとしていた。

「おい、どこへ行くつもりだ」
「…いや、その…ちょっと、」
「風呂に入りたいなら朝にでも入れ。そんな恰好でうろつく様なマネはするな。風邪を引くし、もし途中で奴に見つかったらどうする」
「てか何で僕はシャツ一枚なんでしょうか…」
「それは――お前が、着替えずにそのまま寝てしまったから、」
「つまりはセブが僕をこんな恰好で放り込んだと…」
「ぐっ、」

喉の奥で息と声を詰まらせた僕は、ついカーッとなって、「そもそも、お前が悪いんだろ!」と、怒ったような声で言ってその両肩を引き倒していた。
あっ、と声を上げる間も無くセネカがごろんと転がる。
スプリングのきいた柔らかなベッドに背を受け止められたままセネカは、顎を反らして僕を見上げ、目をまん丸に見開く。
そして、フンッ、と息も荒く鼻を鳴らした僕も…視界に入ってしまったあるモノに目を見開いていた。
突然の行動に驚いていたセネカも僕の視線がどこへ向いているのかが分かると、わたわたとシャツを掴んで引き延ばしてソレを隠す。

「み、…見た?」
「……セネカ、」
「……はい…」
「この歳で、その、……おねしょか?」

ぺらりと今まで寝ていた上掛けを捲りながら僕がそう聞くと、直ぐに「ち、違うよ! …っ、これは、違うから!」青ざめた顔色から真っ赤に色を変えて叫んだ。
既に眠気が吹き飛んでしまった僕の脳には、闇に浮かぶ真白な両脚とその中心が焼き付いていて、セネカがベッドから抜け出そうとしていた理由に答えを出していた。
言い訳はとても見苦しいと思う。

「じゃあ、それはなんだ。それが証拠だろう?」
「だから違うって! これは、いや…そのっ、確かにそうでもあるが違うっていうかなんと言いますか、避けては通れないことが起きてしまったと言いますか何と言いマスカ…兎に角、違うからっ」
「結論だけ言え」
「…う! ……マジ、きちくだよ、セブは」

はぁ、とぐったりしながら溜息を吐いたセネカ。
此方の方がそうしたいのに、お前は分かっているのか?
このままでは色々具合が悪いと思ったのか、腹を括ったのか。
むくりと再び身体を起こしたセネカは僕と向き合うと、恥ずかしそうに顔ごと逸らしてボソボソと呟いた。
紡がれた言葉に、僕は耳を疑う。

「……おとなの、おねしょ、です」
「……は?」
「〜〜っ、だから! 大人のおねしょ! つまり! 夢精ってこと!」
「む、せい?」

単語として言葉は伝わったがその意味が上手く飲み込めなかった。
しかし段々とその意味合いが浸透していって、驚くとともに顔が熱くなる僕。
それとは反対に落ち込んだらしいセネカは、ベッドに手をついて項垂れ首を振って身悶えていた。
「何度も言わせないでよ! 恥ずかしい!」と、くぐもった声をシーツに籠らせる姿になんだか申し訳ない気持ちになってしまった。
夢精って、その、つまりはアレだよな…。

「精通か」
「ぐはぁ! 直球!」
「…お、おめでとうと言うべきなのか? ここは、」
「確かに成長の証しではありますが、こんな恥ずかしい事で祝われてもっ」
「す、…すまない」
「謝られても恥ずかしいものは恥ずかしいさ……うぅ…セブが寝ている間に処理しちゃおうと思ったのに…」

台無しだよ。
未だに蹲ったままセネカが言ったことに、僕は少しだけショックを受けてしまった。
つまりは僕に何も言わないで、こっそり着替えて、何食わぬ顔でベッドにまた戻ろうとしていた、と?
僕の知らない間に。また秘密を増やす所だった?
…確かに恥ずかしいし、言い辛い事ではある。
でも、少しくらいは言ってくれても良いんじゃないか?
どうせ何れこうやって僕に問い詰められるのなら。

――それに、


「ずるい」
「…え?」
「ずるいと言ったんだ。自分だけ先に大人になるなんて、」
「……もしかして、セブルスは、えー、……まだ?」
「…………わるいか」
「え、いや、悪くはないっす、けども、」

パッと顔を上げてモゴモゴと口籠らせたセネカは、「そっか。まだだったのか」と呟き、ちらりと僕の下半身へと目を向ける。
思わず反射的に手が出ていた。

「あでっ」
「どこを見ているんだ!」
「や、つい」
「くっ…自分が先にいった優越感から出た態度ということかっ」
「なんでそうなるのさ、もー」
「フンッ。今に見ていろっ」

…何が今に見ていろなのかは、自分でも良く分からない。
痛がって頭を擦りながらもセネカは、何かを思案するように顎へと手を添える。
僕はそれを腕組みしながらぶすっとした表情でずっと眺めていた。
…今度は何を言い出す気なんだ。
拗ねていると指摘されれば怒りを露わすくせに、僕はこんな態度を改める事も出来ずに憮然とした顔で次の言葉を待っていた。

するとセネカは、あっ、と声を上げて何かを思いついたような顔をする。
うろうろと視線を彷徨せて口元を覆い、ちらちらと頻りに僕の顔を窺ってはうんうん呻いていた。
言いたい事があるならハッキリ言え。
強い口調でそう言った僕に、頬を掻いて視線を明後日の方向へ向けながら口を開いた。

「えっと……確かめる方法が、無いわけじゃない、よ」
「確かめる? 何をだ?」
「…………精通があるか、ないか、」
「どうやって?」

ギシッとベッドが軋む。
目を上げると、セネカの顔が思ったよりも近づいていて、思わず身を引いていた。
体重を乗せて片手を付くとまたベッドがギシリと揺れる。
至近距離で動く唇に、僕は寝る前に自分からした行為を思い出してしまい、でも、逸らす事も出来ずにその動きを追っていた。
…またあのドキドキに襲われると思うと、どうしていいか分からなくなりそうだ。


「――セブの『ここ』をマッサージしてあげるんだよ」


太腿に置かれたセネカの手が滑るように内側を撫でて、中心へとやわらかく触れる。
自分以外が触れた事もないような場所に突然。
驚いて僕はその手を掴んでいた。
兄弟といえどもそんな事を許した事は無かったのに、

「ば、いきなり、何をするんだっ、」
「だって。こうした方が一番手っ取り早いし、」
「…っ、だからって、」
「じゃあセブはやり方、分かるの?」
「……すこし、くらいは、」
「やったことは?」
「お前…よくもそんな聞き辛い事を口にできるな…」
「だって、先に恥ずかしい事を僕に言わせちゃったのはセブの方じゃないか。お相子だよ」
「さっきの仕返しかっ」
「違う違う。ぜーんぜん。…で?」
「…………少し、知識があるだけで、…触れた事もない」

同年代のランコーンは、偶に聞いてもいないのにそういう風な事を僕に話してくる。今まで全て聞き流していたが。
セネカが居ない時にだけ言うのだから、性質が悪い。
そう僕が告白すると「アイツめ…」忌々しそうに目を細めたセネカ。
珍しい表情に僕は少しだけ喉を震わせた。

「僕の方が先にセブへそういう知識を植え付けちゃおうと思っていたのに」
「お前…じゃあ、今まさに僕へしようとしている事は何だ」
「ん? その言い方ではノッてきましたか?」
「そうは言っていないだろ」
「じゃあ止める? それとも、こういう事には興味がない?」
「……興味がない、というと、嘘になる、な…」

ふいっと顔を背けながら僕が言う。
多分僕の耳はとても真っ赤になっている。とても熱いから。
視界の端でセネカの口元が楽しそうに吊り上がるのを捉えた僕は、言ってしまった、言わされてしまった事に悔しさが込み上げた。

僕だって男だ。
自分の性について知りたいと思う欲求くらい、ある。

「じゃ、決まりだね」

耳元へ、ちゅっ、とリップ音が届き、触れられた耳へと手のひらを当てた僕は観念したかのように重い息を肺から吐きだす。
離れていく顔を一瞥し、手を伸ばして後頭部を捕まえた僕は、苦し紛れに思いついた事をセネカの耳元で囁いた。


「僕だけが受けるなどと思うなよ――セネカ、」


***

続きは「鍵のお部屋」でお楽しみ下さい。

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