分岐点 extra

夜々を数えた彼の歌


「さあお前たち、明日が何の日か知ってるか」


1月8日。
バン! とオフィスの扉を蹴破って登場した俺に誰よりも早く駆け寄ってきた男が勢い良く手を上げた。

「旦那とセブルス様のバースデーっス!」
「その通りだ変態。近い近い。離れろ」
「罵るお声も興奮剤ですってば旦那! 本日もグッとくるこの腰付き! たまんねっす! ハァハァ、」
「っ、『放せフランシス!』」

少年の域もとうの昔に脱した、立年の男である自分へも未だに鼻息荒くさせつつのセクハラを止めないフソウを『言霊』で弾く。
両手に荷物を抱えていた俺は無防備だったため、腰を狙われて撫で回され、鳥肌が立っていた。少しケツも揉まれたし。
お前ほんと手付きがやらしくて痴漢みたいなんだよ!

魔力を込めた言葉によってフソウは、顎を突き上げられたボクサーの如く上に吹き飛び、自分のデスクに落下して尻を強かに打ちつけていた。
凄く痛いといいな。
つーか今年でコイツも壮年と呼ばれる歳になる筈なのに…なんて落ち着きの無い奴だ。相も変わらず少年の尻を追いかけてもいるらしいし。
いや俺も人の事など言えたもんではないがな。
兄であるミカサに続いて古株ではあるが、有能でなければもっとシバキ倒したのに。

また狙われては堪らんと思った俺は荷物を手前のデスクに置くと、手を止めて注目していた十数名の社員達に向かって声を張り上げた。
セブルスと似た甘い低音が、広いオフィスに朗々と響き渡る。

「そういうことで俺は今夜から明日の夜にかけて連絡が一切取れなくなる。邪魔するやつは容赦しない。よって、用のある奴は今の内に直接俺の所へ来い。面倒な事は後日に回せ。以上だ」

質問や文句のある奴はいるか、と続けた俺に彼等はブンブンと首を振って「とんでもない!」という顔をしてくれた。
うむ。俺の意を良く酌んでくれる素晴らしき奴らだ。
頼れる副官ミカサの教育が行き届いている。
今出ている奴等にも伝達しておけと俺が伝える前に「直ぐに回覧しておきます! 社長!」という声も聞こえて来たしな。
まあ大体が野太い野郎ども声なのだが。

今までサボっていた分の仕事もこの日の為に消化してあるので、これを見る限り、俺の元へ来るのはミカサかフソウ位なものだろう。
一気に騒がしさを取り戻したオフィスへ背を向けた俺は、扉を潜る際に振り返り、

「ああ、忘れていた。そろそろアフタヌーンティーに丁度良い時間帯だろ? その箱に入っているのはドーナツだ。あー…嬉しさのあまり調子に乗って買い過ぎてしまってな。皆少し手を休めて甘いもんでも食べてくれ。…俺一人じゃ、とてもじゃないが食いきれないからな」

何かを言われる前に扉を閉めた。
言い逃げのような事をしてしまったぜ。

少し恥ずかしくなった俺は急ぎ足で扉から離れたが、一枚隔てた向こう側で生温かい眼差しを向けられている事が分かってもいた。
差し入れをする事は特に珍しい事ではない。
が、こうも大量に甘い物を購入してくるのは年に一度だけ、この日だけなのだ。
最早毎年の恒例行事と言っても良い。

俺の浮かれようを感じ取っている彼等とは、次に会った時が一番恥ずかしいんだよな。
そう思いつつ、緩みきった顔で愛しい彼へと想いを馳せていた。


***


セブルスから初めて貰ったプレゼントは絵だった。

勿論、俺から彼へ贈ったのも同じものだ。
父母から誕生日に贈り物をもらう意味さえ教えられずに育った幼い頃は、それが彼と俺の精一杯だった。
俺が説明してもいまいちピンと来なかったみたいだし。
恐らくあの頃の彼の中で誕生日というものは、歳を一つ取り、俺に「おめでとう」と言われて絵を貰う日なのだという感覚しか無かったのだろう。
貰ったからには自分も返すのだという義理堅さも、あの頃からだった。

彼にとって誕生日を祝うというものがやっと理解出来たのはダンブルドアと出会い、彼からも贈られてくるようになってから。
俺以外の人から祝われるのを不思議に感じてたセブルスは、勿論始めは戸惑っていた。
きょとんとして顔中に「?」を浮かべて、プレゼントと俺を交互に見て首を傾げるのだ。
それが非常に可愛かったので俺は良く覚えている。

――それからは年齢を重ねる毎にセブルスが工夫を凝らして行く様が本当に微笑ましかった。

ああ、そうだそうだ。
忘れてはいけない…これを語らずには居られない思い出がもう一つある。
セブルスのプレゼントで一番インパクトがあったのは、ホグワーツに入学して二年目の冬に貰った『アレ』だな。


「ちょっと歪なチョコレートケーキ!」
「その話題は出すなっ」
「え、何でだよ。俺は凄くうれしかったぜ? セブルスのいじらしさと努力と愛が一遍に感じられて。確か…ミカサに頼んで教えて貰っていたと聞き及んでおりますが?」
「……形が歪なうえに焦げてもいた、見るに堪えん物だった」
「そんなこと無いって。すげえ美味かったし。それをぺろりと平らげた本人に言っちゃう?」
「……もう黙れ」

ムスッとして眉間に皺を深く寄せたセブルス。
そこにキスをしてから少し身を離すと、顔を逸らした彼は持っていたゴブレットを口に運び、ワインを含み、未だにニヤニヤ笑いを止めない俺を睨み上げていた。


俺は今、ホグワーツに居る。

じっとりとした湿り気と仄暗さを湛えた、凍えそうな程寒い地下に。
真冬のホグワーツ内で最も不人気で、生徒が絶対訪れたく無い場所ナンバーワンであろう魔法薬学教授のプライベートルーム内で寛いでいる。
セブルスの膝上に跨って。
彼の首に腕を回したり髪を梳いたり、時折こうして唇を寄せて我が物顔で寛いでいる真っ最中だ。
…そういえば、その昔に幼い俺もこうして彼の膝で身を預けてた事があったなあ。いや懐かしい。

「今ここに、生徒や他の教授方が駆け込んできたらえらい吃驚するだろうな」
「まるで来て欲しいような口ぶりだな」
「いや〜、面白そうだなって思ったら、さ」
「トラブルを誘発するような発言は控えて頂けませんかな」
「言ってみただけなのにか?」
「セネカが口にするだけで面倒事が呼び寄せられるし、増えもする。…覚えが無いなどと言わせはせん」
「…俺は呼び寄せているつもりは無いんだけどね」

少し肩を竦めてからワインを呼び寄せ、空いた彼のゴブレットへ注ぐ。
熟成をして澱んだ濃い赤紫色の液体は血の色を連想させた。
ふむ。神の子イエスキリストが最後の晩餐で杯に満たされたワインを取り「これはわたしの血だ」と言ったように、これは本当は血の味がするのかも知れない。

どろりとした液体を舌でころがし、甘みを帯びた罪の味を飲み干す。

目の前で上下する彼の喉を下りてゆくさままでを想像した俺は、底から湧き出でた罪悪感からそっと目を逸らした。
我ながらなんとも馬鹿馬鹿しい想像をしたもんだ。
そう内心笑い飛ばしながらも少し顔を近づけ、ふんわりと香った果実の香りに安心をしてしまった。
急に顔を寄せた俺にセブルスは、訝しげな眼差しを投げてよこすが首を振って誤魔化す。

「(言える訳が無い。
その杯に満たされているのが自分の血であったら等と考えたことなど…)」

浮かれ過ぎて頭がどうかしているらしい。
セブルスと違って酒が殆ど飲めない俺にとって、やはりその味が分からないだけで最早未知の部類だ。故の想像の産物と思えば…まあ。
この体質だけは、生前と変わらない。

俺が飲むと酔うというよりも、潰れると言った方が正しいとの証言はセブルスからだ。
以前試しに飲んでみた時は直ぐに意識が飛んで色々分からなくなったしさ。
この際、味については彼に聞けば懇切丁寧に、且つマニアックな事まで詳しく答えてくれるのだろうけど。たとえ知りえたとしても飲めやしないが。


「重い」
「尻に当たるクッションが少し固いなー」
「叩くな。文句を言うのならば降りろ、セネカ」
「それはいやだなあ」

そう言って腰を浮かし、血流の悪くなった位置をずらす。
俺の体重を支えている彼の膝が痺れ無いように。
此方に来てから何度も重いだの、動けんだのと言われているが、俺には全く退く気が無い。
セブルスも何だかんだ言って腰に手を添えたままだし、偶に何気なさを装って下りてきては腰から太腿にかけてのラインを行き来していた。

変わらず君は素直じゃないよね。
言葉と行動が噛み合って無い。
もしかしたら本当に無意識なのかも知れないけど。

まあ別に横へ座って寄り添うのもアリではあるが、それは去年やったので今年はこのまま、日付が変わるまで陣取っていようと思う。
重いだろうけど、ここは彼に我慢して頂こうと俺が決めた。


「日付が変わるまであと30分ってとこか…」

時計を確かめて呟く。
テーブルに目を移せば、用意されていた料理も粗方腹に収め、水を飲む様なペースでセブルスが空けたワインの瓶が数本転がっている。
少し…飲み過ぎじゃないか?
無理矢理休みにした俺と違って明日も彼は普通に授業がある筈なのだが、こんなに飲んでも大丈夫なのだろうか。
酒気を帯びたまま教鞭をとる事など、真面目なセブルスに限って有り得ないとは思うが…。

視線を戻して顔色を窺うも少し顔色が良いなと思えるだけで、そういつもと大して変わらないと俺には見えた。
…いや、少し訂正する。
寧ろ常よりも色気がムンムンですね。

ワインで湿らせた唇や色をのせた目元が、先程から頻りと俺を挑発している気がしてたまらん。
ゴブレットを奪ってそのまま、あんな事やそんな事にもっていってしまいたくなるじゃないか。
主にベッドを軋ませるような激しい運動方面で。

「…おい」
「うん?」
「セネカ、それを奪ってどうするつもりなのだ?」

セブルスに声を掛けられてはたりと気付く。
あらー…無意識の内に有言実行しちゃってたぜ。

俺の手はいつの間にやら彼の手からゴブレットを奪い、それを置き、酒を飲んでいつもより体温の高くなったセブルスの胸に手を這わせていたのである。
おい俺、幾つかボタンも外しているとか、おい俺。
これはもう本能というか、願望というか、欲望が身体を乗っ取った末の行動だな。
俺じゃないけど犯人は俺です、みたいなね。

はしたない自分を恥じながらも熱っぽい視線で見つめると、考えている事が直ぐに読みとれたのか、セブルスも同じ熱を瞳にちらつかせていた。
ふたりの間に訪れた沈黙は、溺れてしまいそうになるほど甘ったるい。

お互いの鼻が触れるよう所まで顔が近付く。
胸にはらむ浅ましい期待までもを覗かれては堪らないと、瞼が少し伏せ気味になる。
それが気に入らなかったのか、セブルスは眉根に力を込め、指先でくいっと顎を持ち上げてから腰を強く引き寄せた。
…尻が非常にお伝え辛い場所の上にあるんですけど、セブルス。
おまけに尻もやわやわと揉まれ…え、もま、…え? セブルス?!

慌てる俺に軽くリップタッチをしたその唇は意地悪そうに吊り上がっていた。

「私は明日も授業があるのですがね」
「いやー…こんなに飲んで大丈夫かなって、心配もしてたんだけどさ」
「お前は何のために此処に乗りこんで来たのだ?」
「い…祝いに…」
「では後小半刻ほど待て。望みは直ぐに叶えられる」
「うえ?! ちょ、ん、」

うおい、酒臭い!

噛みつくように奪われた口付けはアルコールの匂いがした。
咥内に押し入って来た舌も思った通りいつもより熱を持ち、些か強引でもある。
奥底にうごめく欲を啜りあげるように、セブルスは強く吸いついて奪い尽くしてから俺をソファへと引き倒した。

「セ、ブ、やっぱ、酔って、」
「口を利く余裕も無くしてやる。その気があるのならば…耐えられるように手心を加えるくらいはしてやろう」

耳元で低く囁かれて言葉が詰まる。
再び開かれることを甘受しながらも先程の台詞に内心悶えてもいたが、それも直ぐに頭の隅へと追いやられた。


幾度も角度を変られるうちに息が上がり、どちらのものか判別付かない透明な雫が頬を伝い落ちていく。
こぼれる吐息と湿った音が会話の代わりに室内を満たす。
粘膜の隅々にまで熱をうつすよう舐められて、掻き回され、思わず浮かした腰を布越しになで上げられた。
その手付きがなんともいやらしい。

押し付けられた熱を擦り合わされる度にぞくぞくとした、背筋を撫で下りるものがあったが…慣れない味に俺はいまいち集中を欠いてもいた。
身体の芯にはともされたばかりの熱が燻っているのに。
溺れる魚の心地に似たもどかしさと物欲しさを、じわじわと重くなりつつある腰に纏わりつかせていた。

「ふ、はぁ、……う、変、なっあじ、」
「そうか」

呼吸の合間を狙って伝えるも素っ気なく返されて終わる。
ねっとりと味わう様に深く弄られながら眉根を寄せて堪えていると、またも角度を変え、混ぜ合わされた唾液を喉奥まで流し込まれた。
ごくりと音を立てて飲み下す俺を確認してからセブルスはやっと唇を解放し、身を起こすと甚くご満悦の様子で見下ろして来た。

セブルスのやつ…絶対に楽しんでいやがる…!
ねっちこく且つ時間を掛けたキスを施すのは毎度のことなのだが。
だがしかし、本当に俺が口を利けなくなるまでするとは…。

ぐったりとソファに沈みながら額に浮かんでいた汗を力なく拭う。
明らかに先程よりも上げられた体温と、咥内に残る仄かなアルコールによって暑くて堪らず、襟元を寛げて大きく息を吐いた。
てかほんと酒臭い。俺もセブルスも。
なんだか自分も酔ってしまったのではないだろうかという錯覚さえ覚えそうな程だ。

…くっそ、その昔は自分の方が色々と有利だったのに。
経験も知識も兼ね添え、彼の手を引いていたのは俺だった筈のに。

なのに今はご覧の通りだ。
やはり先に惚れた弱みだろうか。
可愛すぎると言っては昔散々からかって楽しんだ所為でこうなったのだろうか。
閨事において今はこれ程までに逆転しているのが悲しい現実です。

「また諦めの悪い事を…」
「ぅ…セ、ぶる、す、」

しれっとした顔でまたもゴブレットを傾けているセブルスが呆れたような顔をしている。
だからマイペース過ぎるって君は。
一体誰に似たんだそこだけは。
あ、俺ですねすみませんでした。だからそんなに睨まないで下さい。

未だにフラフラする頭を上げて身体を起こそうとすると、セブルスが腕を引いて自分の隣に座らせてくれた。
…疼く火種を燻らせた身体のままで放っておかれるのは少々辛い物があるな。
涼しい顔の愛しいひとがとても憎らしく感じられる。
様々な感情を込めた溜息を吐きだし、背もたれとセブルスに凭れながら、ふと、そういえばと時計を確認すれば、


「(……余裕で日を跨いでしまっているじゃねえか)」


既に15分は経過していた。
0時丁度に祝う予定が脆くも崩れ去っていた事に落ち込む。
項垂れて「セブルスのばかやろう」「どんだけ長い事ちゅーちゅー吸いついてたんだ」「でも悔しいけど気持ち良かった、くっそ!」と、ぶつぶつ言いながら拗ねる俺の耳に、カツ、という固い物音が届く。
セブルスがゴブレットを置いた音だと理解したのは、彼が俺に向き直り、その胸に引き寄せられてからだった。


「セネカ」
「…ん、」
「どうした。祝ってくれるのだろう?」
「…うぃ…」
「……先に私が口にしても良いのなら「だめ、だ」

言葉を遮って息を整える。
こればかりは譲るつもりなど無い。
さっさとしろと見つめ返す烏木の瞳に自分を映し、舌を滑らせて唇を潤わせた。
自分の中で一番極上と思える笑みを浮かべながら同じ日に生を受けた、この世で一番愛しいひとへと囁いた。


「セブルス、誕生日おめでとう。俺の元へ生まれてきてくれて、ありがとう」

「セネカ、おめでとう。お前がいたからこそ今の私は、ここにいる」


愛しているよ、俺のセブルス。
夜々の星を数えながらいつも君を想っている。

見つめあって、唇を寄せて。
軽くふれあうだけのキスはこの世のものとは思えないほど甘かった。

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