分岐点 extra

かくれんぼだーれだ?


獅子寮カルテット――そうセネカが称する彼らも、まったく例にもれず初めてのホグズミード休暇を満喫していた。

いの一番にゾンコの悪戯専門店に駆け込んだのはジェームズとシリウスだ。
ジェームズはお気に入りである通販ショップのカタログを毎夜眺めるほど、この日を楽しみにしていたらしい。
直に商品を手にとっては次なる悪戯の構想を語ってふざけ合いながらも、思い切りよくカゴに次々投げ込んでいった。

ふたりは糞爆弾と臭い玉を大量に購入しなかなか満足のいく買い物が出来たようだった。

もちろん、ピーターがハニーデュークスへ行きたい、と控え目に提案したのには誰も賛同しない者などいない。
大歓迎だ。
甘ったるいヌガーの匂いが立ち込める店内でリーマスがひどく時間を掛けてチョコレート菓子を選び、これまた幸せそうな顔で抱え込むと一行は満足した様子で店を後にした。
最高だと口々に言って。

「バタービールでも飲みに行かないか」

ハイストリート通りでジェームズが提案をした。
三本の箒で飲める泡立った熱いバタービールはホグズミードに来たら一度は口にしたい飲みものだ。
去年までは、上級生がホグズミード帰りに持ち込んで談話室にて飲んでいた姿を彼らは羨ましく思って眺めていた。
今年は自分達の番である。
羨望の眼差しを受けてキメ顔で「来年を楽しみにしてろよ」と下級生に告げるのだ。

行こうぜ、とシリウスも元気に頷く。
ぼくお腹が空いたなあ、とはピーターの声だ。

ウィンドウショッピングを楽しむ生徒たちを横切り、二列になって四人は三本の箒へと向かった。
地図とかがあれば便利だろうね。
どこに何があるのか自分の居る場所はどこか、一発で分かるガイドマップみたいなのがあれば欲しいとリーマスが言う。
いいね、それ。無いなら作っちゃおうかとジェームズが笑った。
その横では、すれ違った女性徒の集団を目にしてシリウスがあからさまに嫌そうな顔をしていた。

「チッ…媚び売った顔しやがって、気に入らねえ」

見慣れているようで見慣れない『twine』の看板。
巷で騒がれている有名な通販会社がこのたび、特別に構えたひとつの店は、見るからに上等な男たちが甘い顔をして客を惹きつけていた。

シニョリーナ、そこのお嬢さん。
商品を片手にしっとり微笑む。
イタリア訛りの強い青年が中でも目立ってきゃあきゃあと華やぐ少女たちを侍らせていた。
商品と売り子。どちらが目的かなど聞かなくとも明確である。

なお、おもしろくないのは何も彼に限った話では無い。連れ合いに放っておかれている男子諸君も多くはこの意見だろう。

「まあまあ」とリーマスがのんびり笑った。
確かに彼らがいたお陰でどの店も女子率が異様に低かったが、仕方が無い。今日だけ特別だろ?
ジェームズが想い人リリー・エヴァンズを探して早々にガックリしてしまうほど、本日のホグズミードは常よりも誘惑が散りばめられているのだ。


「あ、」

数分も歩いた頃だろか。ジェームズが声を上げた。
こじんまりした店構えの戸口からふたりの女性徒が出てくる。
彼女たちは同学年のグリフィンドール生だ。
目敏いジェームズは今朝方そのふたりがリリーと連れだって寮を出たのを知っていた。
きょろりと回るハシバミ色。風にかき混ぜられたくるくるの黒髪を右手でわしゃりと更に乱して、ジェームズが首を傾げる。

はて。おかしい。傍らにリリーがいない。
歩き進めると風に乗って少女達の会話が耳に届いた。

「まったく驚いたわ。彼、ずいぶん気が利くのね」
「ええ、そうねえ。まさかどの店に行っても『今日はお支払いは結構ですと承っております』なんて、口をそろえて言われるとは思わなかったけど」
「ああ――もしかしてアレが、君たちから彼女を奪う埋め合わせってやつ?」
「用意周到よねーほんと」

手に持つバタービールに口をつけながらこんな会話を交わす二人は、やっぱり男は財力もなくっちゃね、と少女が持つしたたかな一面を覗かせながら近づいてくる。
歩みが止まった。先頭にいたジェームズの。
自然と続いていた三人も顔を見合わせて立ち止まる。

おい。なんだかジェームズの雲行きが怪しいぞ。
僕に言われても困るよ。
シリウスがなんとかしたら。ふぇええ。
しかし彼女たちは気が付かないまま、

「リリーが帰ってきたらちゃーんとお話を聞かせてもらわなくっちゃね」

ぴくんとジェームズの肩が跳ねた。
なにが? 何を? リリーがどうしたって、

「幼なじみとのデートはどうだった、って?」
――それってどういうこと?!
「げ、ポッター!」

聞き捨てならない一言に、止める間も無くジェームズは詰め寄っていた。

僕という者がいながら浮気なのリリー?!


***


リリーのお友達とそれなりに画策して問題無く別れられた後、ふたりにとっては初めてのホグズミードを俺は連れまわされていた。

初めに手を付けたのはハニーデュークス。
セブルスにはきつく感じられた甘い匂いのなかに俺とリリーは真っ先に駆け込んだ。…店先にセブを置いて。
ドアを開けた瞬間に逃げられてしまった。
そんなに嫌か?

普段口にしているミカサお手製の菓子は確かに美味いが、たまにこういう安っぽい味も味わいたくなって、つい買い過ぎて怒られた。
ダンブルドア用に百味ビーンズも大人買いして。
(レギュラスへのお土産も買っただなんて言ったら機嫌を損なうのでそこら辺についてはお口をチャックだ)

次なる目的地はアポセカリー。
ダイアゴン横丁とノクターン横丁にある店の兄弟店――右を見みれば毒物。左を見れば劇物という例のアポセカリーだ。
セブルスと夏季休暇中に行ったあそこの二男が店主である。
ここでリリーとセブルスがお小遣いをはたこうとしていたので、ちょっとお待ちなさいよと、店主と俺が値切り交渉で火花を散らしていた。
それが結構楽しくて充実させて頂いたぜ。

まあ、こんな所に顔を突っ込む生徒がよほど珍しいのか、店主は大分あまくしてくれたようだけど。
良心価格はぼったくりノクターンとは大違いです。

グラドラグス魔法ファッション店は次回、お友達と寄るために取っておきたいというリリーの要望でウィンドウを眺めるに留め、スクリベンシャフト羽根ペン専門店ではおそろいの羽ペンを購入した。
なお、これくらいならば許されるかなと、全員分の会計をさっと済ませたらこっ酷く叱られた。
頑張っている学生さんのために少しくらいは良いじゃない…と愚痴をこぼせば「それはお前も同じだろう」という返答を頂く。違うのに言い返せなかった。悔しいです。

セブルスには俺と手を繋ぐために空手でいてもらいたいので、リリーの分も含めて荷物はフクロウ便をご利用。
ラブラブ…じゃなくて、ブラブラするならやっぱり荷物は邪魔だもんねー。

こんな感じでふたりに付いて回るだけで、体力の無い俺は結構クタクタだった。

これは明日の筋肉痛を覚悟せねば。
ハイストリート通りの片隅で次に行く算段を綿密にかわす若いふたりに、精神年齢おじぃ……げふんっ、な俺はひらりと手を上げる。ちゅうもーく。

「おふたりさん…ちょっとブレイク入れませんか…」
「あらやだ、セネカ…大丈夫?」
「疲れたか? そういえばここまで歩き詰めだったな。お前の足ではもう限界か…」

いや、自然な感じで肩を貸そうとしないで二人とも。
そこまで重症じゃないんで。

ダルそうに足を止める姿に左右から手を差し伸べられた。
うーん。二人揃うと協力態勢で介護しようとするふたりの心はありがたいけど、二割増しで俺が情けなく感じるぜ。
一先ず女の子であるリリーの手は丁重にお断りをいれて、セブの腕に縋りつくことで良しとしてもらう。
あーぬくい。さり気なくマフラーを巻き直してくれるセブルスやっさしー。

「ああ、セブくん…できれば腰に手を回して支えて頂けると、」
「調子に乗るな」
「楽なんだけどね」

むしろ抱きしめてくれても全然構わないんだけど。
そう耳元で彼にだけ聞こえる音量でささやくと、吐息にくすぐられたからか恥ずかしかったのか、セブルスの耳がピンク色に染まる。
…反応が可愛い。この場に誰もいなきゃ今すぐに襲ってキスしてやりたくなるよね。かわいい。

「そういうのは帰ってからにしてくれ」
「え」

……良いのかよ。

ぱちぱちと瞳を瞬かせてセブルスの表情を窺う。
最近また少しシャープになってきた横顔に変化は見られなかったが、俺の視線から隠れるようにリリーの方へ無理やり首を固定しているようだった。
それがつまらなくて絡めていた指と指をきゅっと強めに握り合わせたら、彼の肩がビクッと跳ねる。
そしたら、今度は俺もビクッとなるような事が起こった。

やばい…………さらに強く握り返された。
なんなの。どうしてこの子最近ずっとこうなの。今日は朝から全開で可愛いんだけどさ。
俺の理性を試しているの?

「リ、リリー。一先ずどこかで休ませてやろう」
「じゃあマダム・パディフットの喫茶店に行きましょうよ。たしか、ここから一番近いお店はそこのはずよ?」
「いやあ…それは次回にしてくれるかい…お友達と」
「あら残念。とってもステキだって寮の先輩から聞いてたのに」
「? どうしてダメなんだ? セネカ」

マダム・パディフットの喫茶店と言えば幸せなカップルばかりが集う有名なデートスポットじゃないか。
そんな店に連れて行かれる年頃の男の気持ちもお察し頂きたい。無理です。
まずセブルスが耐えられないよ!

「是非とも遠慮させて下さいリリーさん。あそこは……うん。恋人が出来たら彼氏と一緒に行った方が良いよ」
「……当分その予定は無いわ」

セブルスは俺の様子と会話でどんな場所かを何となく理解したらしい。
ほら見て。絶対に行きたくないって顔してる。
ちょっと不満顔のリリーもそれを察したのか、仕方ないわねと諦めてくれた。


さて。相談の結果、元来た道を戻って三本の箒でバタービールを飲むことに決定しました。

「店が混み合っているようだったらバタービールだけ買って、どこか腰を落ち着ける場を探してゆっくりしようか」
「どこかって…どこにだ」
「うーん? ベンチとか?」
「……全部埋まっているようだが?」

ハイストリート通りに並ぶいくつかの休憩ポイントは、成程、すでにカップルや友人同士で満席のようだった。数もそう無いし。
少し切れた息が唇の隙間から白い靄にかわる。
じゃあ、と指先で下唇のあたりをやわやわ弄りながら言葉を選んでいるとリリーがふと思い出したように村はずれの小高い丘を指差した。

「叫びの屋敷の方ならひともいないんじゃないかしら」

叫びの屋敷とは――イギリスで一番恐ろしい、呪われた幽霊屋敷と言われているらしい。
夜になると恐ろしい叫び声が聞こえてくるんだって。
俺が死んで生まれ変わるまでの間にそういう噂が立ったらしいが、ゴーストなんてホグワーツにいれば珍しくもないだろうに。

「…なんでそんなウキウキした顔で提案してくるのさ、リリー」
「ふふっ。だって、面白そうだじゃない」
「普通はそこ怖がる所だよ?」

なんてことだ。
こんな所にグリフィンドール寮の悪影響が!

いや、元々彼女は好奇心旺盛なところがあったけど。
結構なおてんばさんだけど。
別に君が想像するような面白いものは無いと思うよ? たぶん。噂だし。

「ま、別にいいけど。ねえ、セブ」
「……入るのか?」
「まっさかあ! 近くに行って眺めるくらいでしょ。ねえ?」
「ええ」

三本の箒はやっぱり満員御礼で大変込み合っていた。
珍しくセブルスが率先して注文にいくと、リリーと二人並んで店先の置き物になる。

「……あ、」
「? どうかしたの?」
「いや、うん、ちょっと…。ねね、リリー。さきに行ってても良い?」
「え?」
「ちょっと、あー、下見に行ってきます?」
「どうして疑問形なのよ」

だって呼ばれているのだよ。悪い大人に。
なーんて彼女に説明できない俺は「良いから良いから。リリーはセブが零さないように気を付けてあげてね。待ってるから」と押し切る形でひとり店先から離れて叫びの屋敷方向へと歩き出した。

その先には――、


なんであの変態、あんな良い笑顔なの。うぜぇ。
お前は絶対来るなよと命じたはずなのに何でいるのさ。

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