分岐点 extra

兄さん、事件です


ベッドの中からおはようございます。
こちらスリザリン寮の隠れアイドルことセブルス・スネイプくんの兄、セネカ・スネイプです。
いやいや、10月にもなると朝方は寒くてベッドという名の天国から中々離れがたく感じてしまいますね。
ぬくぬくとして非常に快適であります。

現在の時刻は…午前五時という頃だろうか?
生憎と時計が定位置であるナイトテーブルの上からどっかに吹っ飛んでいるらしく――あ、見つけた。
デスク横の床に残骸が落ちている。
何があったし。

まあそれはさて置き、リポーターよろしく現在の状況をお伝えしている俺から報告があります。
面白いかどうかは兎もかく、笑えることがひとつある。

俺がパンツレスです。
もう一度言います。パンツレスです。
つまり、履 い て な い。

「(てか、パンツどころか衣類一式だけ姿暗まししちゃってんだけど)」

すっきりとした目覚めは感じている。
身体はちょっとだるいけど気分の上では爽快だ。
爽快ついでに全裸です。
うん、ここがおかしいね。
寝ぼけながら衣服を脱いじゃうような寝ぞうの悪さを俺はいつの間にか会得していたのだろうか…。

そもそも、昨夜はいつベッドに入ったのかも正直覚えていない。
俺の記憶はレギュラスの部屋に着いたあたりから途絶えており、記憶をいくら辿ってもさっぱりだった。
まあ、恐らく眠気を覚えてふらふら帰って来たのだろう。
そしてセブルスのベッドに入ってもぞもぞ衣服を脱ぎ始めたと。……いや馬鹿な。ありえん。
まずセブルスが黙ってねえよ。

「(つーか、さっきから後頭部にガン飛ばされてますよね、俺ェ…)」

ぬるく纏わり付く体温に抱きしめられて考え込んだ時間はそれほど長くは無い。
背後から俺を抱きしめて寝ていたらしいセブルスの目覚めは大分よろしく無いようだ。
これは振り向かなくともよく分かる。
射抜かんばかりに強い視線。
押し殺した腹立ちに息を殺して、俺がそちらを向くのを今か今かと待っている。こえー。

「――随分と、盛大なひとり言だな、」

ええ、そりゃあもう。態とですから。
冗談とノリに真面目を流し込んで自分の心境を垂れ流していた俺に巻き付けられていた腕が引き締まる。
それが段々と強くなっていたから、セブルスの胸に俺の背がぴったりと付いてしまっていた。
彼は…パジャマを着ている。なんだ、残念。

「おはよ、セブ」

体勢を変えて背をシーツに預ける。
ご対面した仏頂面は目の周りに薄青いクマを作っていた。暗やみの中でもハッキリ分かるほどぽってり腫れた瞼のせいで、セブルスの目付きはいつもよりかなり悪い。
それにちょっと目を瞠り「どうしたの、これ」と、頬に伸ばした手で触れながら「眠れなかったの?」重ねて問う。
疲れた顔には一、二歳老けこんだような哀愁が影を落としている。ほんと、何があったし。

「おまえ…ほんとに覚えて無いのか…」
「は……い?!」

確認のためというよりは独り言に近い口調。
まぬけな声を上げた俺は、突然、上掛けを跳ねのけたセブルスに乗り上がられて、気付けば首を絞められていた。
なにこれどういうこと?
こちらを見下ろしている彼に本気で息を止められかねん気迫を感じる。これはヤバい。腹圧的にも。

「お、重ぃ、ちょっと落ち着こう? ね、セブ」
「うるさい…お前が勝手に忘れたのが悪い! 自分ひとりだけ気持ち良く朝を迎えてさぞかしよく眠れたのだろうな、僕と違って!」

――おまえは、ずるい! いつもそうだ!

首と腹部にかかる圧でくらくらする。
さすがに苦しい。ぺちぺち腕を叩いてギブアップを伝えると首絞めの刑からだけは解放された。
生理的な現象によって水っぽくなった瞳に彼が一瞬だけバツの悪そうな顔をする。
あー、なんかよく分かんないけど…ごめん?
ともかく俺が悪いという事は十分身に染みたぜ。物理的に。

でも、朝起きたら全裸だった俺の気持ちも察してほしいかな!
じゃあ、僕だけを置いてさっさと寝たセネカに僕の気持ちが分かるのか!!
分かりません!
そうだろう! あんな惨めな気持ちは僕も生まれて初めてだ!

大変興奮していらっしゃるセブルスは一頻り叫んだあと、怒らせた肩を落ち着かせるために大きく息を吐いた。
そして、なんと、おもむろに自分の上着に手を掛けて脱ぎ始めたのである。
これは全くの予想外。
こちらとしてもまさにぽかんである。

「ちょ、いやほんと待った、セブルス。いくら今日が休日でも…さすがに朝から…ねえ?」

そこまで鈍くは無い。
お互いに脱いだ状況でヤルことと言ったらひとつである。普段ならば大歓迎のアレだ。しかし、積極的ですねステキと無邪気に喜ぶには彼の様子がおかしすぎたのだ。
それに、不思議とそういった興奮に結びつけようにも今朝の自分は少し「足りない」。
例えるなら満足しているという言葉がピッタリである。
…スッキリついでに煩悩の方も満たされてしまったのだろうか?

「ん、セブ…そういえば、トーマは?」
「知らん」
「……なに、ますます不機嫌になっちゃって。アイツ、また悪さでもした?」
「……」

唇は抵抗らしき言葉をつむぐ。
身体はやんわりと抗うよう身を捩らせる。
けれど、それだけだ。
くねらせる身体を抑え込む漆黒の双眸。その奥にこぼれ落ちそうなほど熟れた熱を見つけて、初めから形だけだった構えを解いて腕を伸ばした。

「(うーん、予約がどうのと昨夜は渋っていたのに、一体どういった心境の変化だ。嬉しいけど。セブも何だかんだで溜まってい、た……ん、んん?)」

てかアレ? もしかして初めて彼の方から誘われて、いる?

「(……ッ、うわ、まじか、…うわ、うーわー…)」

衝撃に撃たれている間に唇が近づいてくる。
あ、キスだ。
そう思った俺は受け入れるために瞼を下ろした、が、訪れたのは首筋を舐められた感触とそこから生まれるピリッとした痛み。

「ぃ、なに? そこ、なんで、」
「…僕が昨日噛んだ」
「かっ……、かんだぁ?!」

肌を炙った熱に驚いてセブルスの顔を見て、傷痕を労わる獣のような仕草と表情にどうしようもなくなる。


***


「なんじゃ、随分とご機嫌のようじゃのう」
「ふっふっふー。あ、分かります? 滲み出ちゃってます? 年甲斐もなく幸せオーラにあてられてしまった感じですか? でも分けてはあげない!」
「……ほれ、このサインで終いじゃ」
「明らかなスルーに僕は少し傷付きました」
「傷ひとつないように見えるがのう」
「おや、心は繊細なんですよ? こう見えても」

けろりとした顔で声だけは悲しそうに。
向かいに腰掛けているダンブルドアはそのご立派な髭を数回しごいた後、よっこらせ、と年寄り臭い声を出して席を立った。
おいこらそこ。態とらしく腰をさするな狸じじい。

「これで契約は完了となります。どうも、ご理解とご協力、まことにありがとうございます、ダンブルドア校長」

居住まいを正して営業スマイルを振りまく。
俺は今だけは生徒では無く、一企業の代表として校長室を訪れている。
渡された羊皮紙にしっかりと彼のサインがあることを確認してくるりと纏めると、手元にある契約書の中身をなんとか盗み見ようとしていた絵画の住人たちは、顔を上げる頃には居眠りを決めこんでいた。
相変わらずの野次馬根性。実にうっとうしい。

「いやいや、これしきで生徒たちの安全にも気を配ってもらえるというのならお安いご用じゃよ。――して、今学期だけの契約で良かったのかね?」
「ええ。多少の面倒でも一年ごとの契約の方がこちらとしても都合が良いので。…二回目のホグズミード行きで奥様たちがどうでるかを見極めてから来年を検討したいと思います」

この場にいる人間とセブルスはすでに知っていることだが、今年から、通販一択で勝負していた我が社はホグワーツ校のホグズミード休暇期間中だけ『特別に』売り子を送りこんで物品販売をする。

相手取るのはあくまで生徒――子どもたちなので、ダンブルドア印のお墨付きを今夜は頂きに来たのだ。
こちらの立て前は新たなる集客と市場調査だが、本音は別のところにある。
まあその間、生徒達に目を光らせておくことを条件に含めてならと許可したこの爺に抜かりは無い。

「もののついでに先日急病で職を辞されたDADAの教授も補充を願いたいものじゃが、そちらの人材派遣は請け負っておらんのかね?」
「…特定のヘビに対する異様なまでの拒絶反応による『持病の悪化』に見舞われた教授は大変お気の毒さまでした。まあ、考えておきましょう。うちの社員に代わりが務まるような輩がいれば、ですけどね」

ニヤッ、と唇の端を持ち上げた俺にダンブルドアも食えない笑みを浮かべた。
どうせお互いに利益のある事だ。
半年ほどの専属契約ならばあてが無い訳じゃない。
子どもにとって無害で、人畜無害にみえそうな…できれば変態じゃないのが。

契約書をソファの横に控えていた黒づくめの青年に手渡して、俺も立ち上がる。

「じゃあ、僕はそろそろ寮へ戻ります。ミカサもお疲れさま。この御老人の長い世間話にとっ捕まる前に会社に戻るんだよ?」
「ほっほっほ、ひどい言いがかりじゃのう」
「お見送り致します、社長」
「いや必要無い。外にセブルスを待たせているからね」

軽くステップを踏む足取りで出口へと向かう。
じゃあ、と後ろ手にひらひら手を振って、螺旋階段を下りていく後ろ姿に彼らは同じことを想っただろう。
あれは転ぶな、と。


***


ハロウィーンの匂いが届く前に滑り込んだホグズミード休暇は、生徒達がせっかく覚えた(かもしれない)歴史上の著名人や事件の名をすっかり忘れさせてしまうほどの陶酔を彼らに与えたようだ。
私服姿で玄関ホールに集まる彼らをながめ、いささかげんなりした様子のセブルスは小声でそうぼやく。
引率のマクゴナガル教授が許可書を提出し忘れた者はいないか、と厳格な声をいつもより張り上げて注意する姿に、俺も思わず隣で笑った。

「すごく、楽しみだね。セブもわくわくするでしょ」
「ああ…」
「リリーとの待ち合わせ場所は? ちゃんと覚えている?」
「忘れるものか。郵便局の前、だろ?」

しっかりと頷いて確認するセブルスに繋いでいた手を引かれる。
歩きだした生徒達に続いて俺たちもまた進みだした。
鼻の上を冷たい風が口付ける。
例年よりも早めに届いた真新しい重雪を踏みしめる音がいくつも重なりあってオーケストラになった。

恋人同士みたいに肩を寄せ合ってささやき合う間に、イギリスで唯一、魔法使いだけが住む村へとホグワーツ御一行は到着する。


幸運に恵まれた本日は吹雪く風も弱い。
雪ですっかり覆われたホグズミード村はたくさんの生徒たちで見る間に溢れかえった。
煉瓦作りの壁に尖った屋根。そこから伸びるお世辞にも真っ直ぐとは言い難い細長い煙突も、みな白い帽子を同じように被っていた。
ここで辺りを眺めまわして立ち止っている生徒は、白い息を口からこぼして初めて開いたパノラマの絵本を前に驚いている。

さあ、子どもたちが大好きな悪戯専門店だよ。
あっちはあまい匂いを漂わせるお菓子の家さ。行こう。
人気の店はすぐにひとを詰め込んでいく。
因みにとなりに佇むセブルスの首がもげそうなほど動き回っていて非常に面白かった。そしてかわいい。

「郵便局はこっちだ。おいで、セブ」

クスクス笑う声に呼ばれてハッと我に返る表情はあどけなくて、無防備そのものだった。
はしゃいでも別に誰も気に止めないのに。
自分を恥ずかしく思い、髪に隠れた耳を寒さだけでは無いもので真っ赤にさせたセブルスは誤魔化すように歩調を速める。
俺の右手を捕まえる手は、所謂恋人つなぎと言うものに俺から握り直されていたが、前だけを見つめる彼は気付いていないようであった。

「あ、トーマだ」

かなり前方に目立つノッポの金髪。
現在進行形でセブルスと(一方的な)喧嘩中のルームメイトは、身体の線を押し付けるように腕を組む少女と歩いていた。
たぶん、あれはレイブンクローの七年生だな。
ちょっと前にマルシベールが「才色兼備で胸の大きい彼女が出来たみたいだぜ」と教えてくれたのを思い出す。

「最近、談話室にもいないと思ったら…あんな美女を捕まえてたんだね」

セブルスは俺の呟きに無言を貫く。
なんか知らん内に(俺が関係しているらしいが)喧嘩を勃発させたまま彼らは冷戦中だ。まあ、冷却期間を置いていると言った方が正しい。
俺のアドバイスにより、セブルスの頭が冷えに冷えて、忘れたりはしないんだけどもう良いかなあというサインを見過ごさずに謝れと伝えてある。あるのだが…、

「(これはまた、長くかかるパターンだなあ)」

俺の経験上では無視無反応を返されるだけなら一月が最長。
これなら最高記録更新もありえるかも。
なお、朝起きたら全裸だったうえに、誘われて感動して、すぐに噛み痕やらキスマークにビックリさせられた日からまだ二週間そこそこだ。
あれからルシウスの話題にではなく、トーマとレギュラスという名にセブルスは冷たい。
(たぶん後者はとばっちりだと思うけど)


「――ああ、セブ、リリー見つけたよ」

遠目からでも確認出来るスカーレットオーク。
友人らしき少女ふたりと何やらお話中のようだ。
おかしいな。途中で別れてひとりで待ってる予定のはずだ。
身振り手振りを交えて説明している雰囲気をここからでも感じる。

「…どうする」
「う、うーん? そうだなあ…」

迷う目を向けるセブルスに少し考えて、名残惜しく手を離した俺は悪戯を思いついた唇でささやきかけた。

「セブはもうちょっとゆっくり歩いてて。それと、僕が合図するまで声はかけちゃダメだよ?」

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