分岐点 extra

Unwitting Mistake!


Sideセブルス

クラスは静まり返っていた。
セネカの事で頭がいっぱいだった僕は、セネカの前に出現するモノの事にまで気が回っておらず、心の準備が遅れていた。
だから。出てきたモノのあまりにも意外な姿に言葉が出て来ない。

「……へ…蛇?」

面喰ったような擦れた声はいったい誰が呟いたのか。
冷ややかな教室に響いた小さな音は尾を引いて、相対するセネカの背とソレに集まる。
そうだ。蛇だ。
アレは間違いなく、スリザリンのシンボルである蛇。

「(い、意外だ…)」

これが他の者であれば僕は吹き出していただろう。
だって滑稽じゃないか?
属寮のシンボルを一番恐れているなど、エリート意識の高い者が多いスリザリンでは誰に言っても笑い物にされる。
それにしてもなんて大きくて立派な…って、感心している場合では無いな。

「(…だからセネカは行きたく無かったのか、)」

どんなに恐ろしいものが出てくるのかと身構えていたクラスメイトたちの緊張も、途端に緩んだ。
なんだ、蛇かと。
うすら笑いを浮かべている者さえいる。
僕はさり気なく全体を捉え、その顔ぶれを覚えていた。緊張が緩んだ一瞬にこそ人は本音を出し易い。
…全部セネカの受け売りだが。

恐らく彼らは、腐臭漂う亡者やミイラ男、バンシー、薄汚いワーウルフなど、如何にも子供が怖がりそうな化け物が出てくるとでも思っていたのだろう。
貧困な想像力だ。が、僕もまあ…似たり寄ったり。
血の苦手な片割れの事だから、そういう感じのクリーチャーが不気味に這いずっているのではとヒヤリとしては、いた。
流石の僕もビビッドピンクな臓腑のはみ出た死体など御免である。


――僕らが驚きに囚われていた時間はそう長く無い。ほんの一、二分程度のことだと思う。

衣装箱から太い鎌首をもたげ、獲物を見据えながら舌を出し入れしていた大蛇に動きがあった。
緊張が戻る。
濁った黄色い目がニタリと細まり、たった今脱皮したばかりのようななめらかな皮膚の上で鱗模様がぬるりと光った。
大蛇はシュー、シュー、と舌を踊らせながら巨体を移動させて、あっという間に距離を縮めてしまっていた。

ヒィ、と息を飲む小さな悲鳴。
教壇近くに座る女生徒が顔を覆って、棒立ちをするセネカから目を逸らす。

「(…まさか、怖くて動けないのか?!)」

ガタッと椅子が激しくぶつかった。
思わず杖を握りしめながら立ち上がり、止めに入るはずの教授を仰ぐ。
これは中止にすべきだ。直ぐに引き離さなければ。
真後ろでも激しい音がした。
何故か――教授はセネカと一緒になって、頭を殴られたような顔で突っ立っていた。役に立たない。
…よもや教授まで蛇が苦手だとか言うんじゃないだろうな。

「ふ、ふふ……ぬるぬるてらてら……二度目ましてこんにちは…」

……なんか呟いてる!

「選りによってお前かよ…こっちは、二度と御目になんて掛りたく無かった――ぜっ!」

ぎょっとするほどセネカの声は不気味で甘い。
まるで耳元でささやかれているような錯覚を起こした。
肩に絡む指で髪を掻き上げ、喉を唸らす低い音が耳朶を舐める。
そう容易に想像出来てしまうほどセネカの声は近く、(たぶん無意識の内に魔力を込めてるんだ)、駆け出そうとした僕の足は止まっていた。
視界の端に顔を赤くさせて耳を押さえるクラスメイト達が映り込む。

リディクラス!

セネカが叫んだ。
パチン! と弾ける音がして、蛇の鱗がふわっふわの仔猫みたいな毛に変わり、ポンポンとその場でゴムのように跳ねる。
…成功だ。
周囲からわっと歓声があがった。
随分と冷や冷やさせられたが、どうにかやっつける事が出来たみたいだった。

ぎこちなく加点を言い渡す教授と言葉を交わすセネカに僕はやれやれと息をつく。
何も起こらずに済んで良かった、と。
…安堵したらしたで、動揺して立ち上がってしまった自分が急に居た堪れなくなった。…後で文句を言ってやろう。

そう僕が心に決めていると、

「おい、セブルス!」
「…なんだ」
「踏ん張っていた方がいいみたいだぜ」
「…は? っ、ぐはあ!?」

文句を言う理由がまたひとつ増えた。
切迫したランコーンの声へ問い返す前に、僕の身体は拘束されていたのだ。
もとい…セネカに抱きつかれていた。
勢いが付き過ぎていたのか。僕の尻はイスへ無事着地をしていたが、背凭れへガツンとぶつかった部分がとても痛い。

「――急に飛び込んでくる奴があるか!」
「馬鹿な! 僕ほどのセブルスまっしぐらが他にいるはずも無い!」
「ごめん。俺ちょっと今の意味分かんねえ」
「ああああ、っき、きもちわるい、きもちわるい、きもちわるい…!」

耳元で訴えられて――痛みに呻いていた僕はうろたえて戸惑う。
こんなに震えてしまうほど嫌だったのか?
それでもちゃんと立ち向かって……セネカを、偉かったなと、思いっきり褒めてやりたくなった。
でも。ここがどこで、今は授業中だという事も忘れていなかった僕は、全身を使ってホールドしに掛るセネカを引き剥がそうとする。

クラス中が僕達を見ているんだ!
ベタベタされるのは別に嫌じゃないけど…二人っきりの時なら兎も角、衆目のある中でされるのは凄く困るし恥ずかしい。
いつもなら僕が嫌がるから、セネカなりに考えて控えてもくれていたのに…。
お前みたいに大胆な事が出来るほど僕の心臓は強く無いぞ!

「きょ、教授…」
「は…はい!」
「(チッ、なんでそんなにビクついているんだ、大人の癖に!)兄は気分が優れないようなので、い、痛ッ――! …医務室に、連れて、…行きますっ」
「…きょ…許可します、Mr.スネイプ、」
「あはははは! いっ、いってらー」
「馬鹿か! お前も手伝うんだ、ランコーン!」

自分と同じ体格の人間を軽々と運べるほどの力が僕にある訳が無い。
付添人が増える事も教授に許可をもらい。
首にセネカを巻き付けながらという…なんとも情けない恰好で僕らは教室を後にした。

…くっそ…好奇の視線が痛くてイラッとする。

でも。僕の腕の中に飛び込んできたセネカが、いつも通りの調子を取り戻していたように見えたから。
少しだけ僕が嬉しく思っていたなど…セネカには秘密だ。


***


「セネカって走れたんだなー、初めて見た」
「……」
「まあ、直ぐにバテるし、転ぶからしないだけなんだろうけど。…それにしても意外っちゃ意外だなあ。まさかの蛇かよー。この前は平気でぶつ切りにしてたってのに、」
「……」
「やっぱ生と干物の違いか? なあ?」
「煩い、知るか! そんなことは本人に聞けっ」

僕だって知らなかった、なんて。認める事さえ悔しいのに煩い男だ。

「所でセブルス、」
「…なんだ」
「そろっと振り向いても「許可無く此方を向いてみろ。今度は僕の手で腹がねじ切れるほど笑わせてやる…」

トーマ・ランコーンは呪文学で『元気の出る呪文』をセネカにかけられていた。
当然ながらそれは失敗で、威力が強過ぎたあまり――笑いの発作が止まらなくなって。
空きコマを挟んだ変身術の授業が始まってもゲラゲラ笑い続けていたのだ。

「うえっ、勘弁してくれよ…。もうアレはこりごりだ。まだ腹がいてぇんだぜ? これ以上腹筋が割れたらどうしてくれる」
「さらりとムカつく奴だなお前は」

嫌なら戻れば良いだろ。むしろ立ち去れ。
と、苛立ちも露わに告げる僕。
肩を竦める後ろ姿にいつでも振れるように上げていた杖を下ろす。
医務室に着いてからもう何度も交わされているやり取りだった。
だが、僕とて今の体勢が体勢なので…許す筈も無い。

医務室へセネカを連れて――どちらかと言えば運んできた、と言うのが正しい――来たは良いが、セネカが僕に絡みついて離れないのだ。
それはもうガッチリと。
両脚まで使ってホールドされている。

…こどもか!

マダムには苦笑いをされるし、ランコーンは僕が羽交い絞めにされているのを見て楽しもうと考えている。
正直、連れてくる場所の選択を間違えたと思う。
医務室に連れて来られるのが嫌だったからと言って、この抵抗の仕方は止めてもらいたい。

セネカの重みでベッドから動けない僕は、今すぐにでもスリザリン寮へ帰りたくて仕方が無かった。

「セブルス、入りますよ」

マダムの声と同時にカーテンが開く。
顔を出した彼女は僕たちを見て、今度は呆れたような表情を浮かべながらこう告げた。

「私は今から温室の方へ薬草を分けて貰いに出かけてきます。そろそろ次の授業が始まりますが……その様子では無理そうですね」
「…すみません」

顔が熱くなるのが分かる。マダムにはまた情けない所を見られてしまった。

「謝らずとも結構ですよ。もし、私が戻らない合間にその子が落ち着いたのなら、この薬を飲ませて寝かしつけてしまいなさい」
「いえ、今日は連れて帰ります」
「そうですか? では、よろしく頼みましたよ。――Mr.ランコーン」
「はい? 俺?」
「貴方は次の授業に遅れないようになさい。付き添いは一人で十分なのですから。……あら、」

薬の入ったゴブレットを置きつつ、厳しくランコーンに言い渡していたマダムの視線がふと、止まる。

「首に…打ち身、かしら?」
「っ、」
「小さなモノですが痣が出来ていますね。セネカの事ですから、また寝ぼけてどこかにぶつけたのでしょう?」

僕の首に回されている腕が今、明らかに強張った――。

数泊呼吸を止めたセネカに僕はハッとして。
伸ばされた指先が髪をかき上げてしまう前に「そういえば昨夜、ベッドの支柱にぶつかってた様な…」と、嘘で唇を滑らせて、マダムの目から鬱血痕を隠していた。

「(……まさか、)」

二人が立ち去るのを待つ間、僕は一度捨てたはずの臆説を再び浮上させていた。

「(やっぱり、僕が昨日何をしたのかを…セネカは…)」

少しの後ろめたさ。軽い高揚感。
急にドキドキと胸が早鐘を打ち、緊張してきた。
…聞かなければいけない。それは分かっている。
けれど、焦りばかりが空回りしていて上手い言葉が見つからず、段々と手のひらも汗ばんできた。

自分から話を切り出すのは…とても勇気がいった。


「――セネカ。お前、気付いていただろう」

何がとも言えずにそうささやく。
しかし。不自然なほどセネカは無反応で、それが逆に僕を落ち込ませた。

「…嫌だったのか、」

ぽつりと呟いた言葉は自分の言葉なのに、僕へ思わぬショックを与える。
そうだ。どうしてその可能性を考えてもいなかったのか…。
僕は「セネカが知ったらきっと喜んで今以上に煩くなる」と、ずっとそう思っていた。
…なんだ。結局は「自己満足を正当化する為の独りよがりな言い訳」だったのか。

「嫌だったのなら、僕がした事は……気持ち悪かった、か?」

勝手に自惚れていた自分が堪らなく恥ずかしくて――情けないほど声が震えた。

「っ…ち、違うっ! そんなこと、全然思って無い! てか、なんでそうなんの?!」

勢い良く身体を起こしたセネカが必死な顔で叫ぶ。
だからお願い、泣かないで。
僕は泣いてもいないのにそう訴えてきた。
鼻の頭から耳朶まで真っ赤にさせながら。
セネカはゆれる黒い瞳を潤ませて、僕を正面から見返した。

けれど――またしても勢いが付き過ぎたのか。セネカは「あれ?」とマヌケな声を残して重力に従って後ろへと落ちて行く。

…ほんとの馬鹿だ。考え無しにも程がある。
幸いにして、僕の膝に(勝手に)座っていたのが良かった。
慌てて腕を掴んで引き上げ事無きを得て、セネカを抱きしめる。…世話が焼ける奴め。

「頭から落ちる事がお望みだったか、」
「うっ…ご、ごめんなさい…」
「……ボガートの件にしても、今にしても…あまり此方を冷や冷やさせるな、馬鹿」

返事の代わりか再び巻きついて来た腕がぎゅっと締められる。
そして今度はゆっくりと顔をあげて、僕と視線が交わると、うろうろ瞳を彷徨わせた。
実に挙動不審である。
掴まえていなければ今にも逃げ出してしまいそうなほど落ち着きが無い。

「……あんまりジロジロ見ないでよ、セブ」
「どうしてだ」
「凄く、その…言い難くてデスねえ…」
「何が?」
「……僕が…あー…その、」
「言え。ちゃんと言葉にして…教えてくれ」

何を言われようとも僕は、受け入れるから。

「〜〜だから! セブは勘違いしているって! そりゃ、確かに…気付いてはいたけど、さ」
「(…やっぱり)」
「……セブ、また何かとんでもない勘違いをしてるね…」
「お前がハッキリと言ってくれないからだ」

余程言い辛いことなのだろう。
セネカ はさっきからモゴモゴと何かを言いかけてはひとり悶えていた。
此方は何を言われても良い覚悟は出来ているのに、ちっとも進まない。

だから、つい。
僕は気の迷いを見せた。

「正直に言ったらキスをしてやる」
はい! よろこんで! 僕は昨夜、セブが拙くも下手くそなキスマークを付けていたのも知ってますし、実は夢だと勘違いしてました! あと別に嫌じゃ無かったですし、むしろドンと来いとか思っちゃってましたし、どうせなら僕にも見える位置に付けてもらいたかったなーとか、寝ぼけてる時じゃなくてしっかり覚醒している時にこそお願いしたいなとか考えてました! でも予想外に恥ずかしすぎて考えるだけで照れちゃって言えませんでしただからねっとりと濃いのをお願いしますね!
「…………」

効果てきめん過ぎて逆に引いた。


***

Unwitting Mistake(うっかりミス)

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