分岐点 extra

密やかな刻印
(※後半、事後表現在り)


狸とセイウチ髭マジで覚えてやがれ。その御立派な髭をむしり取ってムシャムシャさせてやろうか。
…おっとすまない。口調が乱れた。
老人の髭で剃毛プレイとかほんと誰得。おえ。


ホグワーツでの生活がまたスタートした。
平穏な毎日。
きらめくスクールライフをエンジョイ! ってね。
しかし。此処でセブルスの中にブスブスと燻り続けている疑惑を、ゆっくり、時間をかけて全て取り払おうとしていた俺の目論見は初っ端から出鼻を挫かれていた。

原因は勿論。冒頭の髭じじいども。
そして…これが一番厄介、悪意の無い生徒達のささやきだ。

「やあスネイプ! …あ、兄の方な。そう、君ね。聞いたよ、学術誌に研究論文が載ったんだって? まだ三年生なのに凄いじゃないか」
「おめでとうスネイプくん。スラグホーン教授から聞いたわ。…え? どこでって…教授は授業中もずっと貴方の事ばかりお話されていたわよ?」
「グリフィンドール贔屓のダンブルドアに口利きを頼んだというのは本当か? ……そうか。ただの噂ならばいい。よもや誇り高きスリザリンの生徒がそのような愚かな真似をする筈も無いと思ってはいたが。悪かったな、疑って」

いつの間に広まったのか、故意に流されたのか。
とにかく、ホグワーツ生の噂好きと拡散力には驚かされる。

新学期初日の授業を終えた夕食の席。
俺は次々と言葉を掛けてくるスリザリン生に辟易をすると共に冷や汗をどっぷりと掻かされていた。
…だってコイツら、二言目には決まって、

「ルシウス先輩にはもう報告をしたのか?」

と聞いてくるもんだから…その…うん。
ぶっちゃけ、いい迷惑であった。

その名が出てくる度にセブルスの機嫌が下降していくことに、何故、彼らは気付かない。
食事をする手を止めたまま、フォークをへし折らんばかりに握りしめている彼の白く筋の浮きあがった手に、何故に早く気付かないもうやめてー!
なんなの? 鈍いの? スリザリン生ってそんなにスルースキル高く無かったよね?

「セネカ、眉間にしわが寄ってまるでセブみたいよ?」
「ははっ、やったね。お揃いだー」
「…そんなに嬉しく無いものなのかしら…」
「僕にとっては不本意な掲載への流れだったので全く」
「でも、あの雑誌は酷評される事で有名だけど、セネカの論文はとても評価が高かったじゃない」
「えー読んじゃったの? リリーまで、」
「報告してくれなかった薄情な誰かさんに代わってセブが教えてくれたのよ」
「…あー、それはほら、自分から言うもんでも無いと思っただけで…悪かったよリリー」
「そんな事だと思ったわ。だから、セブから雑誌を借りたの。彼、貸し出し用と保存用と読み倒し用に三冊持っていたじゃない」
「読み倒し用はもうボロボロだったけどね。てか、リリーに自慢するセブとか…嗚呼…可愛すぎるっ!」
「図書室ではお静かに」
「はーい」
「ふふっ。わたしにはとっても難解で理解出来ない所もいっぱいあったけど、素晴らしい発見ね。載るだけでも凄い事だと思うし、幼馴染としてわたしも貴方がとっても誇らしいわ。セネカ。もちろん、一番に祝って喜んでくれたのはセブでしょ?」
「…うん」

だからこそ複雑になっているのです。

『リーエムの血―代用品の発見と活用法―』
そうタイトル付けされたページをめくるリリーの横で、べたーっと行儀悪く机に突っ伏す。
まだ陽も高いあたたかな窓際席には、現在、俺とリリーの二人だけだ。
放課後の図書室。恒例の逢瀬を兼ねての勉強会は、学ぶ事よりもお喋りが中心となっていた。

…雲は悩みも無さそうでいいなー。俺、今すごく雲になりたい。ふかふかで気持ち良さそうだし…って、これじゃ雲を枕に寝てみたいだけじゃないか俺。


リーエムの血は魔法薬の材料だ。
体内へ摂り入れればこの上なく力が湧き、これを使った魔法薬などはとても高価な値段で取引をされていた。
非常に珍しく、市場に出回る事も滅多にない為、我が社でも入手困難リストに名を連ねる物質のひとつである。
故にこの代用品の発見によって供給量の確保とコストダウンが見込め、今まで停滞していた新薬の開発に新たな道が開けるのではと過分な期待が寄せられていた。

代用品にはまだ名が無い。
俺はただ、材料費を安く上げること位しか考えていなかったし、その必要を感じてもいなかったし、こっそり裏で捌けていれば良かっただけで…世間に公表するつもりも全く無かった。
それにこれは元々は生前の俺が発見し、特に使う事も無いだろうと放置していた研究を(今では大分世話になっている)『速攻性回復薬』を作る際、頭の中から引っ張り出してきただけだったから…。

つまり。この功績は『俺』のモノであるが『僕』のモノでは、無い。

その資料が偶々うっかり、スラグホーンへ提出するレポートに紛れていただけで。
内容を読んで瞳を煌めかせたでっぷり腹がダンブルドアを巻きこんで俺に説得を仕掛け、面倒がる俺を押しに押して押し切って…今に至る。
という経緯が、この度の掲載に結びついていたのだった。

ほら、不本意。
ダンブルドアに恩義を感じている俺が義理を盾に断り切れなかったというのも、ひとつの要素で一番の敗因だ。
狸とセイウチ髭爆発しろ。

「全部声に出ているぞ」
「出ているんじゃなくて出しているんだよ、セブ」
「あら、おかえりなさいセブ。探していたものは見つかったかしら?」
「それとも閲覧禁止の棚の前でウロウロして戻って来たのかしら?」
「…気色の悪い言い方は止せ、セネカ」
「あら、ごめんあそばせ〜」
「…ハァ、」

抱えていた本を机に置き、俺の前に座るセブルス。
そのまま一番上にある一冊を手元へ引き寄せて読み始めてしまった。
明らかに、会話へ参加するスタンスではない。
どうやら花を咲かせる俺とリリーの声をBGMに、穏やかな放課後を満喫するおつもりらしいな。

「…つれない」
「そう思うなら早く仲直りしちゃえば良いじゃないの」
「だから…ケンカじゃないってば」
「じゃあセネカが言う、その線引きってどこ?」
「うーん。一言では難しいなあ。そもそも、喧嘩の定義って人それぞれだ。つーか先ず僕が全然怒って無いじゃーん」
「…そうね」
「まあ、セブが不機嫌な原因はちゃんと分かってるから大丈夫だよ。大抵宥めの言葉にはつっけんどんで返されるけど…そこを除けばセブはいつも通りなんだし」
「つまり…仲が良すぎるからこそ拗れてるのね…」
「そーいうこと、に、なるの…かな?」

流石ですリリーさん。俺達の事を良く分かっていらっしゃる。


***


「ねえ、セブ。今年から僕らもホグズミードに行けるけど、どこか行きたいとこの希望とかある?」

シーツの上に投げ出した身体にしっとりと汗を掻き、荒い息が整うのを待って口を開く。
呼吸困難に陥ったばかりの声は僅かに擦れ、甘い余韻の籠る吐息をほうと漏らした。
うっとりと味わう、心地良い脱力感。
溜めこんだもやもやを吐き出した後の身体はすっかり力が抜けている。
俺よりも回復力の早いセブルスは、とうに身体を拭き終え、パジャマに袖を通している所だった。

うん。気持ちはすっごく分かるけど、もうちょっといちゃいちゃしてても良いんじゃなかろうか。

「おい。話をする前に何か羽織れ」
「残念ながらその要望には未だ応えられそうにありません」

4本柱のベッドを覆う、絹の掛け布が閉ざす世界。
天井から下がる銀のランタンがもたらす、僅かな光。
消灯時間が過ぎるのを見計らって良い笑顔を残して去ったルームメイトが居ないのを良い事に。
たっぷりといやらしく甘い時間を過ごさせてもらった俺は、当然ながら真っ裸であった。

「…そのまま寝られて風邪を引かれても困るからな、」

新しいタオルを持ったセブルスが、仕方無い、と言った感をめいっぱい出しながら俺に近寄る。
極力下半身を見ないように努める恥ずかしがり屋さんは、先程まで自分達が行っていた行為の後が残る身体を見るのが、とても恥ずかしくて仕方が無いのだ。
…俺だってマッパのままで恥ずいのにね。
でも処理まで任せてしまってほんとすいません。

彼が体重を移動させる度にベッドが僅かに軋み、伏せ目がちな漆黒が真上から見下ろす位置につくと、柔らかに押し付けられる布がぱくぱくと鼓動を高鳴らせたままの胸を優しくなぞった。

「…ぅ…ん、」
「ッ、…変な声を出すな」
「だって、セブの拭き方ソフトタッチ過ぎるんだもん。くすぐったいよ」

マイリトルボーイを再び元気にさせたいんだろうかこの子は。
つーか、君はもっと俺のあられもない声を聞いていたはずなんだけどねえ…まあ可愛いから許す。
俺の言い分を聞いて焦り拭き方を変えたセブルスは、染み取りの動作を真似た、とんとんと押し付けるような動きへと変えた。
いやだからそんなしげきをあたえるようなマネは…!

「――ぃ、でで、ちょ、セブ! そこはもっと丁寧に扱ってほしい…!」
「文句を言うな! こっちは恥ずかしいのを我慢しているんだぞ!」
「セブの息子さんはこんな風に扱われるのかい?! 違うでしょ!」
「ば、ばば、馬鹿か! お前はっ、」
「ほぎゅわっ…!」

思わず変な声が出たおおこわい!
セブルス、男の子の尻尾はもっと優しく扱って!
俺と君との約束な! な!?

魔法で青臭い空気を浄化する傍ら、ぎゃーぎゃー喚く俺。
程なくして。ふき取り作業をこなし終えた疲労気味セブルスに身体を補助してもらいながら着替えを終える。

上掛けを被せられ微妙な距離をとられたままベッドに潜り込むと、やはり疲れた身体は正直で、とろりとした眠気が直ぐに下りてきた。
普段から寝汚い寝像が悪い寝起き最悪と、三拍子揃ったなとからかわれる俺の睡魔は、容易く俺の舌を縺れさせる。
もぞもぞ距離を埋めて、灯りを消して更に眠りの奥へと導こうとする意地悪なセブルスにグリグリ額を押し付けた。

「や、まだ話すことある…」
「別に急ぐような話でも無い。向こうでリリーと落ち合うんなら、彼女が居る時にでもまた話せばいいだろ?」
「…こういうときに、他の人の名前なんて、ださない、で、」

君の想像以上に俺は嫉妬深いのにさ。

遠く渡りゆく意識と、寄り添う眠気の間。
音に出来たかも分からないままセブルスの匂いに包まれて眠りに落ちた。
窓を打つ水の音と、彼の鼓動を耳に寄せて。
言いたい事などまだまだ沢山あったというのに、心地良すぎて、身体の方が先に底へ沈んでいった。

城の地下に在りながらホグワーツ湖の水中に沈むスリザリン寮は、まるで羊水を湛えた母胎に包まれるような夢を蛇へと運ぶ。
誰もが寝静まる深夜。
身体だけが先に堕ちていった俺の意識は薄闇の海でまどろんでいた。


「…セネカ? …寝たの、か?」

未だ睡りの浅い耳が音を拾う。
確認するように囁かれた彼の声は、どこか頼りなく、縋るような響きを嗅ぎ取った俺の心を揺らした。
どうしたの? ここにいるよ。
弾ける泡の声が君に届かない。

しばらくじっと寝顔を見つめられる気配がし、セブルスの手が頬に添えられる。
なんだ。どうしたんだセブルス。
嗚呼そういえばおやすみなさいのキスをし忘れていたな…。
まさか…してくれるのかい?
でも俺、寝ているよ?

寝込みを襲うなんてセブルスはいけない子だなあけしからんやりたまえ。
なんて。
全く動かない身体をもどかしく思う傍らで、彼の行動に期待を持つ浅ましい咽喉が、かくんと、セブルスから背く方向へと捻られていた。

「(――?!)」

そうして訪れたのはやわらかな熱。
これは唇だ、と理解したのは、吸いつかれる感覚と皮膚を啄む僅かな痛みの所為。

「(……は? え、あ、うそ、…えっ、え?)」

産毛の生える項に何度も落とされる音。
吸いついては離れ。触れては吸う。
彼の吐く息が肌を舐めてくすぐったいなとぼんやり思った。

どうやら何か納得いかない様子のセブルスは…時折歯を立ててしまい人の項を責めて、同じ所へばかり唇を押し当てている模様。
なんだこれ。俺はもう夢を見ているのかな?
だとしたらなんて幸せな…下手くそ具合が可愛らしすぎて愛おしすぎるぜセブルス。

「…はぁ…」

ひとり脳内妄想で頭がイッた俺の唇から息が零れていた。
それにビクリと身体を震えさせたセブルスが、そろそろと俺の寝顔をまた確認。
ふむ。起きている様子の無い俺に彼はほっとしたらしい。
嗚呼ほんと。このセブルス、鼻血モノの可愛さだな…流石俺の夢。

安心したならばまた続きを見せてくれるのか?
という期待はあっさり裏切られ、首の位置を元へ戻したセブルスは…俺を抱え直して眠る体勢へと入ってしまった。残念。

俺も同じく、規則正しい寝息を彼に重ねる。
なんて素晴らしい夢だったのかと。
そう思いながら。


――そして翌朝。
俺はアレが夢などでは無く、現実に起きていた事と知る。

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