分岐点 extra

君のなかにいる俺って、


ベッドの上に広げられたふたつのトランク。
毎回、荷造りの度に悩まされる俺は空っぽな四角を見下ろしてむうんと唸った。

成長に合わせて新調した普段着や制服は勿論。
新しい教科書も――特に、今年からは選択教科の分も増えている。
羽ペンや羊皮紙など細々とした物も二人分ともなれば非常に嵩張って仕方無い。

一年を過ごすホグワーツに必要な物といったら大抵はコレで十分だが、重い薬箱や魔法薬の実験道具とか、新たに買い足した書籍その他諸々を詰め込むとなると…今年の俺達はどうしてもトランク一つ分では事足りなさそうだった。

本は縮小魔法をかければ何とかなりそうだけど。
まず、根本的な問題。量が多過ぎる特に俺の。
誰だ! 蛙チョコレートの山なんて築いた奴ァ!
俺でした。

「なんだ、まだ悩んでいたのか、セネカ」
「…う、うーん。もうちょっと…かな?」
「一時間前にも同じ答えを聞いた」

呆れ顔で入って来たセブルスの両腕には、持ち込み分の仕事が。
…優秀な副官殿は初日から俺を忙殺させる気の様である。
彼の背後にて気味の悪い笑顔を浮かべながら憑いているフソウの腕には、彼がまた、頼まれもしないのに仕立てた俺達の洋服が抱えられていた。

「うわ、余計な荷物がまた来たか」
「そーんな事言わないで下さいよー」
「…じゃあ、その分と言わず、此処にある荷物ぜーんぶ入るようにトランクの中広げてよ。んで、ついでに全部詰めて。そしたら持ってく」
「はいはーい。まっかさーれよー!」

スイーツを目の前にした女子のように、身をくねらせて歓声を上げたフソウが鮮やかな杖さばきを見せた。
裁縫の腕も然ることながら、見かけによらずこの変態は家事魔法が得意だ。
逆再生される映像の如く、次々と多過ぎる荷物たちが詰め込まれてい……おい今、無駄にパンツが踊りながら畳まれていったんだが…態とかこの野郎!

最後にしゅるりと空を切ってネクタイが滑り込むと、トランクの口がパックンと閉じられた。
ふむ。これで悩まされていた荷造りも終了だぜ。
あとは此処、本社で夏季休暇最後の夜を過ごしてホグワーツへ向かうだけである。

「じゃ、荷物は俺が先に一階へ下ろしときますんで。御二人とも、おやすみなさい。今夜は寝不足になる様なこと、ムフ…しちゃダメっすよ?」
「一言すげえ余計。でも、助かったよフソウ」
「いえいえーアレぐらいお安いご用ッスよ。……所で、あー、旦那?」
「ん?」
「…まだ、喧嘩中なんすか?」

トランクの持ち手に手を伸ばす際。
扉に寄りかかって腕を組みながら此方の様子をじぃっと…それこそ、睨むように見つめているセブルスを指してフソウが苦笑する。
0.03937007874015758インチ(つまり、1ミリ)でも触れれば飛びかからんばかりの眼光は、俺とフソウが話す間もずっと注がれ続けていた。
俺は、それに僅かに首を振り…否定をする。

「ケンカとはちょっと違うよ」と。
実際。お互いに色々言いあう事はあっても本格的な喧嘩にまで発展させた事のない俺達にとって、これは喧嘩というカテゴリーには分類されてはいなかったから。

「…セブルスがずっと、一方的に燻り続けて居るだけだから、」


***


愛して病まない双子の弟と兄弟以上恋人未満と言っても差し支えないかも知れん関係をじわじわ進展させて三年目。
ノクターン横丁で偶然出会った元先輩、ルシウスとの密会現場(?)をセブルスに有り得ない誤解付きで目撃されてしまった俺は、残りの休暇中、ことある毎にその時の事を引き合いに出され少々ウンザリさせられていた。

その日の帰宅後は予想通り、速攻お着替え。
「もう置いて行きません」「反省しています」と罰則でやらされるような書き取りを延々と六時間。
休暇が明けるまでの一月丸々、会社への通勤はセブルス付きで送り迎えをされる事となった。
…別に、一人でこっそりルシウスに会いになど行かないのに。


「(つーかこれは…嫉妬された、と受け取っても良いのだろうか?)」

キスをしていただろ。
そう誤解をして怒りを露わに俺を締めつけたセブルスの態度は、俺の勘違いで無ければそうなのだろう。と思う。
だとしたら、嬉しい。
俺の努力も少しは報われているという事ではないだろうか。

…だけどな、だけどなー。
「セネカはキスが好きだからな」とか「気持ち良ければ相手は誰でもいいのか」とか、厭味ったらしく言われた時は流石に傷付いたぜ。
なんでそうなる。

俺はキスが好きなのではなく、セブルスとのキスが好きなの! 相手だって君以外など御免だよー!
そう面と向かって叫べたら楽だったんだろうけど。
彼に、何言ってんだコイツ、みたいな顔をされたら心が抉られるだけでは済まない。しかし誤解は解かねばならぬ。

葛藤を抱えて悩んだ末、俺が「セブルス以外にキスはしません」宣言をするまでそう時間は掛らなく。
今まで彼にだけは嘘を付かなかった事が幸いし、その日を境に「キスをうんたら」という発言だけは、彼の口から紡がれる事は無くなった。

…しかしだ。セブルスにキスを仕掛けまくっていた事がこの様な形で裏目に出てしまい…大変悲しく思った俺である。

心も身体もアンバランスな思春期真っ只中な今。
カッとなったセブルスが言い過ぎることは良くあるのだが――本当はそんな風に思ってい無くとも、つい、責め立てている内にヒートアップした彼は思わぬ所から心をぐさりと突く。
それは俺も理解している。
でも、アレは結構ショックだった。
言われた日の夜。ズキズキと痛む胸を抱えて中々寝付けなかったほど、セブルスの言葉に深く傷付いた。

「(…愛してると囁くのは君にだけなのに、)」

どうして彼は分かってくれないのか。
鈍すぎるよセブルス。
君のことが少しだけ憎らしく思えてしまうよ。
けれど。否定もされず。煙たがりもせず。照れながらも受け入れてくれる優しい彼に付け込んでいる癖に、と。
未だ同じ想いを返されないことに不甲斐無さを感じ、落ち込んでいた。ヤルことはやるけど。


フッ、これが世に言う反抗期というやつか。
大好きだからこそ傷付けちゃうってヤツですね分かります。…ハッ、違うか!

「――んん? 待てよ待てよ…。てか、そもそも…あの子に大好きとか愛してるとか、そういうこと事態言われたこと無くね?」

「…なーにブツブツ言ってんだよ、セネカ」
「あれ、いたのトーマ」
「…もう一時間も前から向かいに座ってんだけど。俺も。レギュも」
「ほう」
「ほう、じゃねーよ! どんだけセブルス以外眼中にねーんだ、お前は」
「セブルスと他を並べること自体、間違ってるよ。うちの子がダントツで可愛い。その上、前よりも身長が伸びたからかな…最近益々凛々しくなっちゃって、彼の魅力に引き寄せられて変な虫が付いてしまわないか僕は心配で心配で、夜はぐっすりだけど、昼間は目が離せないよね」
「嗚呼、そーかい…」

久方ぶりの俺らしさをまともに受け、トーマは疲れたように脱力して沈み込んだ。
その隣では、レギュラスが何と返せば良いのかと律儀に悩み「そうですか…」と曖昧な笑みを添えて答えていた。
俺の背凭れと化しているセブルスは初めから聞き流していたり、手元の雑誌に夢中だったりで反応が無い。

9月1日、ホグワーツ特急の中。
もう突っ込む事さえ面倒になりつつあるいつものメンバーと共に、俺達はコンパートメントへと乗り込んでいた。



「あ、そういや誕生日プレゼントありがとな、セネカ」

車内販売のワゴンから華麗なるスルーをされた後。
去年よりも明らかに量を増しているバスケットの中から、いそいそとパ二ーノを取り出しつつトーマが口を開く。
プロシュット、ルッコラ、フレッシュチーズを挟んだパーネはミカサが今朝方焼き上げたばかりで、彼がかぶり付くと薄い皮がパリパリ良い音を立てた。

キングス・クロス駅から出発して早二時間。
いくらなんでも腹が減るのが早過ぎるのではと思う。

「とんでもねーチョイスだったけど…まっ、有難く使わせてもらうわ」
「まさかの、レギュラスやセブが居るのに此処で話題にするとか。しかも有難がれるとか。…半分は嫌がらせみたいなものだったんだけど、」
「いやいや。今言わなきゃ、お前流すだろー」
「あったり前でしょ!」
「……嫌がらせ? そういえば僕もセネカが贈った物が何かまでは知らないな」

貪るように読み耽っていた『進歩する魔法薬』――狸とセイウチ髭のゴリ押しで俺の論文が掲載される事となった雑誌だ。先日送られてきたばかりの本は既に端がヨレいて、何度も彼が読み込んでいるのが良く、分かる――から顔を上げ、セブルスが俺達の会話に興味を示す。

「別に聞かなくてもイイノニナー」
「トーマ先輩。セネカ先輩からは何を貰ったんですか?」
「って、こっちもかよ!」
「…え、あ…すみません。僕も気になってしまったものですから、」
「いーや、別に謝る必要なんざねえぞレギュ。そしてよくぞ聞いてくれた二人とも。
存分に驚け、なんとスキン一年分だ!

ああ…言いやがったよコイツ。
しかも「スキン?」と、きょとりと不思議そうに首を傾げたブラック家のお坊ちゃまレギュラスに「男の子にとっての必需品という名の避妊具だ」はち切れんばかりの笑顔にジェスチャーを交えての説明まで付ける始末。
おい。下級生相手に何してんだ、先輩。

「品のない説明の仕方はやめなよトーマ。…あと、二人とも。ちょっと視線が痛い」
「常軌を逸した所業に引いている所だ。気にするな」
「けしからんもっとやれという事ですね?」
「…分かっていたがお前、馬鹿なんだな」
「ぐっさりと突き刺さる言葉をどうも!」
「…ええと、僕は余りにも予想外で、その、……とても大人っぽい贈り物だと…思いますよ」
「うん。無理に気を使われる方が傷は深いと今僕は理解した」

なに、この四面楚歌っぷり。泣ける。

「うんうん。お前らの感覚はまともだと俺も思うぜ。セネカが少し異常なんだよなー」
「ちょ、全ての責任を僕に擦り付けるような発言もヤメテ! ちょーっとジョークが効きすぎただけじゃん!」
「…そういやあ。うちのじい様も昔、同じような事を友達にされたことあるって笑ってたなあ」
「(ドキーッ! そ、そうだったー!)」

真っ赤になった顔とドン引きした顔に見つめられ、俺は少したじろぎ、その原因となったルームメイトをジロリと恨めし気に睨んだ。
くそっ、まるで俺がそれしか贈っていないような言い方しやがって。
プレゼントの本命はクィディッチ用のゴーグルだぞ!

「…あー、ゴホンッ、二人とも、少し誤解が生じている様なので説明をさせてもらうけど。アレはね、元はと言えばトーマの発言がいけないんだよ!」
「え、俺? …なんかしたっけ?」
「――忘れたとは言わせないよ。君のお友達…Mr.エイブリーとMr.マシベール。それと、その場に居合わせた男子生徒を巻きこんで僕からのお説教を受けた事を、」
「…嗚呼、あれか…」

昔を思い出すような口調で視線を宙へ投げ、トーマが胃の中へ残りのパ二―ノを収める。
セブルスも「お説教」というキーワードで事の繋がりが掴めたのか、汚れた雑巾を見るような目をトーマへ向けていた。
下級生で寮の部屋も離れているレギュラスだけは何が何やら、といった様子。

…うん。そんな説明を求める顔を俺へ向けるなよ。
あんまりこういう事を昼間っから言いたくは無いんだけど、な。


――時は遡ること二月半程前。
俺がトーマや同寮の男子生徒へしたお説教というのは、所謂、性のエチケットに関してのお話だ。

この年頃になればそういう話題に興味深々となる男の子達がいるのは当たり前だし、いくら幼くとも家柄が御立派であろうとも、悶々としちゃう夜ともなれば一人頑張っちゃう事もあるだろう。
(俺とセブルスも頑張るくらいだし)
だから経験者であるトーマへ色々と聞きたがるのも、まあ、当然の流れだった。

…そう。お察し頂きたい。
全ては彼らの好奇心剥き出しの会話を偶々耳にしてしまったのが始まりなのである。

「トーマ・ランコーン。持ち合わせが無かったからと言って、スキンも無しに行為に及ぶとは何事か」
「相手が別に良いとは言っても。男ならそこは譲るべきではないと僕は思うけどね」
「避妊をうっかり忘れた。でも、後から緊急避妊薬を飲めば大丈夫だろ…なんて、相手の身体に掛かる負担も考えずに軽い気持ちで飲ませるようなクズ。まさか誇り高きスリザリン生には…居ないよね?」

――等と。正坐をさせた生徒達を一列に並べ、女性の身体とのお付き合いと性病について小一時間ほど語らせて頂いたのだ。

俺、悪くない。
安易な気持ちで行為に及んだルームメイトが悪いのです。
俺、ほんと悪くない。
お説教の後半に上げさせて頂いた男の風上にも置けない一例が某デコ先輩でも。俺悪くない。うん。


「とまあ、こんな感じの経緯があったわけで、あのプレゼントは全面的に俺の厚意から来たモノなのですよ。レギュラス、OK?」

無理やり締めくくった事の顛末は、どうやら更にレギュラスに衝撃を与えた様であった。
なにこの子。
弱弱しく首振るなって。
一体どんな理想像を俺の上に作り上げてたのさ。

「あのねレギュラス。言っとくけど、僕、こういう事にも結構詳しいからね」
「は、はあ…それは何でまた、」
「ふふん。僕はセブのお兄さんだから彼の知らない事を先駆けて勉強しておくのは当たり前なのだよ。いざ聞かれたら答えられるように、ってね」
「おい兄弟ってそんなもんだっけ?」
「君は口を噤みたまえよトーマ。ケダモノに発言権は無い」
「ひっでえ!」

これでも付き合う子には紳士的で優しい人ねって評判なのに!
そう叫んだトーマを俺は丸っと無視した。
今も昔も、何故かこういう事に関しては知らないだろうと勝手に解釈して決め付けられている俺としては、譲れない主張であったのだ。

「…度肝を抜かれたような顔をされると実に爽快だよねえー。ね、セブ」
「ノーコメントだ」

お月さまのような目を見開いたまま固まっているレギュラスの顔は中々の傑作だった。
兄弟のいないルームメイトはまた勝手に色々と誤解をしてもいるようだが。

俺、ほんとわるくない。たぶん。

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