分岐点 extra

白々しい誤解


おい止めろルシウス。
そんなあからさまに視線を逸らすな、視線を。
見なかったフリをしたいのは俺の方なんだぜ?


高速で。という俺のオーダー通り、ラバスタンは恐怖に引き攣る少年を捕まえ、荷物のように小脇に抱えると姿暗ましをして姿を消した。
怪しい老婆の次は、厳つい男の登場。
彼の視点から見ればさぞ恐ろしかったであろう。
これに懲りたらもうノクターンになど足を向けなくなれば良いと思うよ。

そして俺は硬直していたルシウスを半ば強引に伴い、元来た道を引き返す歩みに並ばせていた。

「…今のは何かね?」
「錯乱効果のある悪戯グッズですよ。煙は上がっても直ぐに薄れますが、効果はそのまま留まるタイプで…追ってこられては困る相手に対して特に有効な物です。特に、ストーカーとか変態とかストーカーとかに」
「……そ、そうか…」

一つ目の角を曲がる際。
そうそう忘れちゃならんと、後方に向かって何かを投げる動作をした俺へルシウスが問う。
逃げずに、本当に聞きたかった事とは違う事を口にした青年は薄い唇に困惑を引きながらも。
来た時と同じように俺を引き摺り込もうとした影から、庇うよう俺の肩を抱いた。

なんとも紳士的な振る舞いだ。
でも、俺は君によろめく女性達とは違うんだからそれはヤメロ。

埃っぽい空気に混じって届いた、嫌みのない、上品な香水の香り。
俺が先導している筈なのだがルシウスはエスコートを崩さなかった。

「(在学時に散々弄った記憶はあるんだがなあ…)」

ホグワーツを卒業した彼には、もう、俺を監視して報告を上げる任も義務も無いだろうに。
それでも彼は態度を崩さず、まるで預けられた貴重品を扱うように守られてむず痒くなった俺は「…まさか彼も掘り起こせばドMが開花するんじゃ、」なんて。
本人が聞けば真っ向から否定して怒りそうな事を考えてしまう。


シュウシュウと白煙を上げるそれを背に、仕方なくそのまま進み、セブルスがいる店の通りを挟んだ路地まで来て漸く俺の足が止まった。
ルシウスもそれに倣う。
急ぎ足の連続で少し息の上がっていた俺は、さりげなく彼の指を肩から外しながら、とくとくと跳ねる胸を押さえた。

セブルスは…まだのようだな。
薄暗い表通りに面した窓からは中の様子は窺えなかったが、通りに人が立つ気配は感じられない。
それを確認して、改めて青年を振り仰いだ。

「――さて。一月ぶりになりますか、お久しぶりですねルシウス先輩。此方で会えるなど素晴らしい偶然です」
「…叶うならば此処で君と出会いたくは無かったぞ、私は」

整った眉をひそめ、続けて「セネカ、君ひとりか?」と辺りを探りながら問う彼に「そんな不用心な真似、僕がするとでも?」逆に聞き返す。
すると…見下ろすルシウスの気配がそわそわとし始めた。
どうやら彼は連れがセブルスであるとは思っておらず、消去法で変態の同行を疑っているらしい。
先程の煙幕も彼の不安を駆り立てているのだ。

「(…だからと言って、俺が当然のようにアレを伴っているのだと思われるのも癪だぜ)」

呆れ半分。笑い半分に同情を少々。
「セブルスなら其方のお店ですよ」タイミングを遅らせて白状すると、あからさまに青年の強張りが肩から抜けた。
そして、取り繕うように小さく咳払い。
…本当は変態がそこの角から此方を盗み見しているけどな。出歯亀乙。

「先輩も御一人でお買い物でしたか?」
「嗚呼…そんな所だ」
「ふーん。…あっ、そういえば先程の通りにはボージン・アンド・バークスが在りましたものねえ」

迷子の少年を追っている内に足を延ばしていた13B地区にある、ルシウス御用達の店の名を上げる。
薄いグレーの瞳に合わせて盗み取った心からは、予測通り、脂っこい髪をしたMr.ボージンのへつらう顔が。

「(うわわっ…気持ち悪っ!)」

内心で後悔。俺は直ぐにリンクを切り離し、細く尖った顎から視線を落として青年のローブに包まれた胸元で止めた。
意図に気付き青年の白い指がそこに触れる。
さきほど肩を抱かれた際に頬へ当たった硬い感触を、ルシウスの指先が愛でるように撫でた。
見上げた表情はしれっとしたもので、俺は肩を竦める。

「…何をお買い上げになったかは追求致しませんが、あまり足が付くようなルートは選ばれぬ方がよろしいですよ」

ルシウスの家には、呪われた品物やその手の毒物が多く隠されていると聞く。
…どのような用途に使われるか今は置いておくとして。
魔法省が立ち入り調査にでも入れば、例えどんなに御立派な家名を掲げていようとも、危うい立場に立たされてしまうだろう。

「忌々しい事ではありますが、今の魔法省は此方へ足を踏み入れたと知るだけで痛い腹を探りに来ますよー。…僕の知り合いの話ですけど、それで危うくアズカバンに送られてしまう所でした」
「フンッ、君に言われるまでも無く十分に心得ているさ」
「貴方が抜け目のない方だとは僕も存じています。けれど、現場を押さえられてしまえば元も子もありませんから。……先程の僕のように、ね」

少し気分を損ねていた顔から、何とも言えない微妙な顔を器用に披露してみせたルシウス。
喘ぐように薄い唇が言葉を選ぶ。
即座に、

「アレはただのストーカーです。それ以上の係わりはありません全く」

と、音になる前に言葉をさらって俺は切り捨てた。
おいデコッパチ。何を言おうとした、何を。
…少し特殊な場面に出くわしてしまったからといって、俺を変態のお仲間にしないで頂きたい。

そして。
ラバスタンとの不健全なアバンチュール(?)について全て話すことは出来ないが、ルシウスの中にある可能性の芽を潰すために、俺は出来る限りの努力をしたのだった。


「――大体ですね。拾ってきた捨て猫を飼うのとは訳が違うのですよ? 押しかけ家具志望の上にストーカー行為。後ろを振り向けば奴がいる。何をやっても何を言ってもあっちには悦びに変換されちゃうし、無視無反応でいるにも周りから何とかしてくれ〜と言われちゃうし。
僕にどうしろというんですか? 迷惑しているのはこっちの方ですよ?
それに…あんなにゴツくて硬い、見ず知らずの男といる所をセブルスに見られてしまったらと思うと…うぅ…考えるだけでも恐ろしい…幻滅されたら僕は立ち直れない」

ごめんね。うちの子の視覚的にも教育的にも悪いから、君をうちで飼うことは出来ないんだ…。
拾ってきた仔を元の場所に返す時に呟く、子供のお決まりのセリフに似た何かを脳内で再生させながら、説明というよりは愚痴に近いことをつらつらとルシウスに向かって力説した。
俺もそれなりに鬱憤が溜まっていたらしい。
お陰さまでひどく同情された。

彼は、可哀そうな後輩の肩に優しくふれながら「私の方からも、その…少し言っておこう」と苦い声を落とす。

「……お知合いなんですか、」
「私までそのように疑う目で見ないでくれ、セネカ」
「え、だって」
「ハァ…彼の家とは少しばかり付き合いがある。私のフィアンセであるナルシッサの姉が嫁いだ家だ。…それと、」
「『あの人』の元で共にお仕えする同志だから?」
「……っ、」

さっとルシウスの表情に動揺が駆け抜ける。
ヴォルデモート。闇の印。
フードを被った黒い影と左腕。
再び合わせた瞳の中で記憶が断続的にチラつき、閉心術の素養に乏しい――これは、彼の性格を考えれば直ぐに導き出される答えだ――男の心から、俺の欲しいモノが次々と流れ込んできた。

しかし。それも一瞬の事で。
同情を誘って引っかけた俺を威嚇するように睨むと、次第に嘲るような笑みへ変えてクッと喉を鳴らした。
それを全て迂闊な己へ向ける。
自分の立場と俺の境遇。
ふたつの繋がりの間で瞬時に答えを察した彼は、やはり頭の回る男だったのかと俺はちょっと見直した。

「聞かされていたのか…あの御方に」
「いいえ。直接対面したのは『あの夜』が最後です。でも、何れそうなるとは思っていました。非常に残念なことに」
「フッ。そうか…」

整った顔立ちに複雑な色を刷き、壁に左手を付いて身を屈めた彼はフードの隙間に顔を寄せ、俺の耳元へ息を吹き込むようにそっとささやいた。

「何れ君も此方側に来るとあの御方は仰っていた。勿論、私もそう確信している」

落ちた影に潜む肌は、透き通るように青く。
恐れと、期待と、底に漂う野心の欠片が、青年の瞳に薄い膜を張り、俺はこの時、嗚呼そうかと、彼の変わらぬ態度の理由を悟る。

「その時は君も…セブルスを、」
「――んな訳無いでしょ」

馬鹿が。俺の愛しい弟の就職先はホグワーツだと、そう決まっている。
俺はともかく。彼の未来(さき)を自分達の都合に巻き込もうとするな。
あの子は安定した職業に就くんだからさ。
しかも。この俺が。彼を闇に誘うとでも?

「(…普段から俺がしている努力も知らず好きな事を言ってくれる!)」

イラッとした俺は相手の首にするりと両腕を回し、額のつくギリギリの距離まで伸び上がって唇をつりあげた。
意地悪く。強い腹立ちを込めて。
しばらくはその奔放なナニが不全になるような呪いを掛けてやった。一月は悩め。

そして、ただ一言。

「ルシウス――俺を怒らせたいのか?」

爛々と輝く双黒に覗きこまれ、青年の背が波打つ。
真正面から浴びせられた不穏な魔力は彼にだけ向けられ、不自然なほど大きな音を立てて喉が蠢いた。
流石に今の失言が俺の怒りを煽ったのだと直ぐに悟ったのだろう。
ゆっくりと拘束が解かれると、ルシウスは不味いモノを飲み下した後のような顔を晒し――ハッと左腕を押さえ、表情筋を引き締めた。

「どうかされましたか?」
「……呼び出しを受けた。直ぐに、行かねばならない、」
「へえー。便利なものですね。でも、すごく痛そうだ。僕はそういう痛いのは御免だなあ。…あ、言付けを頼むようで恐縮ですが、僕がそういうのは好まない事と刺青のデザインがダサいので再び御断りを入れたいと、そう伝えて置いて下さい」
「?! 私に、そのまま伝えろと? ――ああ、いや、分かった。出来る限りの努力はしよう」
「あっは。ありがとうございます、先輩」

「……ルシウス、と」
「ん? なんです?」
「先程のようには…もう呼ばぬのか、」

そう言って、ルシウスは一歩下がり、バチンと姿暗ましをして行ってしまった。
本当は言付けなどしなくとも、彼の心を覗き込めばあの男に届く言葉だったのだが…まあ、良いだろう。
単に急いでいたからかも知れないが。
どんな風に伝えるのか、次に会った時に聞くのがとても楽しみである。
…てか、最後のは一体何のつもりだ?

了承の意を返されるとは思っていなかった俺は、少なからず、反省の色を俺に示したルシウスに満足をしていた。

「…旦那、旦那、…旦那!」
「うっせえ出歯亀。何度も呼ばなくとも聞こえてるつーの。…何?」
「ルシウスと呑気にお喋りをしている間に事態は急展開ッス」
「あぁ?」
「先ずは左手をご覧下さい」

建物の影からひょこっと顔を出したフソウ。
ちょいちょいと指で指された先へ、壁に凭れたまま顔を巡らせた俺は…俺は…。
速攻。姿勢を正して。良い子のお手本の如き姿勢を保ったまま、臨戦態勢に入っていた。
勿論…本能は逃げろと言っている。

あちらをご覧ください。
はい。向きました。
窓ガラスにベッタリ張り付くようにセブルスが此方を見ていますよ。
はい…そのようです。
ギリギリと歯を食いしばっていますね。
遠目からでも、良く、分かります…。

「(うぉ、お、お……い、いつから見ていたんだあの子ったら!)」
「旦那がルシウスと抱き合っていた辺りからッスね」
「人の心を勝手に読むな! この、馬鹿フソウ! てか何でもっと早く教えなかったんだ…!」
「お取り込み中は邪魔しちゃならんと兄貴から言われてるんで」
「お取り込み違いだぜ、ちっくしょう!」

冷静に笑いを交えながら返すフソウに突っ込みを入れている間に、ガラガラとドアベルの音を立ててセブルスが店内から出てきた。
おっかない顔をしたセブルスは、脇目も振らず俺の目の前へ。

言い訳をしよう。
疚しい事は一切、していない。
誤解される様な体勢だったが、セブルスに様々な誤解を抱かせるような感じではあったが。
それでも「何をしていた」と低い声で問い質されれば、申し開きを紡ぐ唇が強力接着軟膏を塗られた時と同じ効果をもたらす。

言い淀む俺の様子は相当のテンパリ具合だ。
しばらくその場で刺すような視線を浴び、不意に腕を掴まれると、グイッと力強く引き寄せられていた。
左手で腕を掴み、もう反対の手が首を捕らえる。

項に喰い込む指がカリカリとなぞるように引っかき、良く分からないが、同じ場所に何度も何度も爪を立てられて、痛みから逃げようと首を動かすと、尚一層、咎める視線を強烈なものにされた。

「…臭い」
「え、」
「香水臭いと、僕はそう言ったんだセネカ。こんなに香りを残されるほど長くあの人と居たのか、僕を置いて」
「(?! このパターン…覚えがある、ぞ…!)」
「――食事は取り止めだ。帰るぞ」
「…セ、セブ、あの、ものすごーく誤解をされている、ようです、が、」
「フソウ。僕らを今すぐに家へ送れ。直ぐに、だ」
「はいはい。じゃあ、しつれいしまーす」
「――うあ、ちょっ、マジかー!」

怒っているセブルスは細かい事を気にしない。
何故この場にフソウが居るのだとか、熱烈チューの現場を見られていた気まずさと恥ずかしさは何処へやったのか、とか。
ともかく。
俺の抗議は聞く耳を持たれる前に全て流され。
気付けば自宅の居間に居て。
空気を察したフソウの姿も瞬く間に消えていたのだった。

う、裏切り者ー!

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