分岐点 extra

どうしてこうなった


「(…嗚呼やばい。すげー生き生きしてるよ)」

アンティークと言えば多少は聞こえが良い、引き出しのあちこちに歪みが生じている薬棚に背を預けながら、カウンター越しに店主と向き合うセブルスから俺は心理的ダメージを受け続けていた。
…こうなることは予想していたけど。
けれど彼の成長を見守る立場からしてみれば、非常に複雑な心境です。


ダイアゴン横丁とホグズミードに姉妹店――いや、店主達が兄弟なので、この場合は兄弟店と言った方が正しいか?――を構えるMr.ムルペパーのアポセカリーは、扱う品物に少々偏りがあった。

右を見みれば毒物。左を見れば劇物。
急性から慢性毒性までと一般的な毒性を持つものから始まり、その手の動物や植物、菌類等から得られた、専門的な書物を開いてから初めて目にするような代物が並ぶ。
薄暗い店内にはそれら、店主のコレクションとも言うべき品物で埋め尽くされ、取引可能品目Bクラスの物でも普通にお取り寄せが出来てしまう。

そんな店に来て、セブルスのテンションが上がらない訳が無い。

「ゲルセシウム、ジンピースティンガー、ストリーラーに…ホグウィード。…すごい、セネカが僕に見せてもくれ無かったものばかりだ」

あたり前です。
エンジェルやエレガンスなどど名付けられた癖に、えげつない仕事ぶりをお約束する、そういう物ばかりじゃないか。


ビン詰めにされているのは、魔法薬の材料としてはマイナーに分類される有毒物質たちだ。
寡黙な店主によってそれらがお披露目される度、彼の瞳はキラキラと輝きに潤い、手が伸びようとして留まった。
賢明な判断だ。皮膚に刺されば一生忘れられない程の痛みを引き起こす強烈な毒物も陳列されていたのだから。
扱う店主がはめている手袋を見止めて思いとどまってくれ、俺はほっと胸を撫で下ろし――新たなる毒物を(心なしか嬉しそうに)棚から取り出そうとする店主に視線で待ったをかけた。

「Mr.ムルペパー…うちの子の反応が素直且つ新鮮で可愛らしいからといって、とっておきを見せびらかさないであげてよ」
「…む、」
「どうせ売る気も無いでしょ、それ。未成年にはさ。――それとセブルス。君の手持ちの資金では其処にある物のひと匙分だって購入出来ないよ」
「…わかっている」

そんなに不貞腐れないでおくれよ。心が痛む。
お前には売った覚えがあるのだが。と、店主のナイフで入れた切れ目のように細い瞳が言っていたけど、それはそれだ。

セブルスは我が社の材料庫にある一般的な素材なら自由に使用することも出来るし、ホグワーツではスラグホーンに断ればある程度自由に調合出来る許可も得ている。
が、厳重な取り扱いをするよう法で定められている危険物までも自由に扱えるのだと、勘違いさせてはいけない。と俺は思う。
せめてO.W.Lを受けられる年になるまでは我慢だよセブルス。

「(彼の探究心と向上心が強い所は褒められる部分なのだが、ちゃんとセーブしておかないとなあ…。汚れなき興味本位で、人を死に至らしめるような、その過程を楽しむ薬を精製させる訳にはいかないだろ。流石に)」

懇意にしているミカサからも事前に言われていたのか、店主がしぶしぶと商品を元の場所へ片付け始めた。
そのさまをじーっと眺めていたセブルスの眼差しが何とも名残惜しそうで。
先程まで常よりも油滑り良く語っていた唇が、拗ねた時にみせる形を作っていた。可愛い。


楽しそうにしていた所を邪魔してしまい少し申し訳なく思うが、段々と彼の先行きにかなりの不安を覚えてもいた俺の方が先に音を上げてしまった。
心も痛むが胃も痛い。
まるで初恋の熱に浮かされた恋人を目の当たりにしてしまったような、そんな気分にさせられて、切なくもあったし。

「(…ご機嫌取りは成功の筈なんだけどねえ、)」

俺に見向きもしないで商品にばかり気を取られるなんて、これじゃあ、一緒に来ている意味がないじゃないか。
そうは思わないかね? 我が愛しい弟よ。
何も「これが欲しい」とおねだりされるのを期待していた訳じゃ…ない、…とも言い切れない俺は、疚しくも心が狭い男だ。

「ほら、セブ。そろそろ此処に来た目的を思い出して。ゆっくりし過ぎるとランチの時間に遅刻しちゃうよ」

本日の来店目的は買うことでは無い。
俺の言葉に促され、拡大呪文の掛けられた肩掛け鞄からセブルスは羊皮紙の巻紙を取り出し、売り物をカウンターに並べ始めた。

大小様々なビンが次々と飛び出てくる。
その中身は、懇意にしている薬草学教授に頼み込んでホグワーツにある温室の一角を借りて育てた物や、暇を見て禁じられた森にて採取した薬草たち。
彼の丁寧な仕事ぶりが窺える処理を施されたそれらは、良質な魔法薬の材料だ。
キャンプに行った時に偶然採取した物も抜かり無く、適切な保存方法で詰め込まれていた。
その数は多く。適切な値段で買い取ってもらえばガリオン金貨を20枚ほど積み上げて頂けるだろう。

「(…別に、君は稼がなくとも良いんだけどねえ、)」

とは思うが、決して口には出さない。
俺からのお小遣いを頑として受け取らない彼のプライドを想えばこそ。
こうして偶に資金調達を挑むことでセブルスの自尊心が保たれるのなら、横槍は厳禁だ。

「(まあ、受け取って貰えていない分はグリンゴッツにあるセブルス名義の金庫に、着々と積み上げられているんだがな)」

確実に怒られるのでこれも言わない。
つーか言えない。
将来、困った時にでも使って頂ければそれで良いのだ。

金貨が山と積まれる頃にはもう手遅れさ。
リストに並べられた名と物品を品定めする店主に、物怖じせず、真っ直ぐな姿勢で挑むセブルスを眺めながら、俺はひっそりと笑みを浮かべた。


***


時を刻む音だけが隣に寄り添うこと10分。
再びの放置プレイ状態である。
窓辺で、埃の被ったままのディスプレイを「掃除くらいしろよ」と気にしていた俺は、灰色の路地を横切った小さな影に直ぐさま気付ける位置に居た。

「…お、……なんだ?」

木製の格子窓に顔を寄せ、通りの空気を嗅ぐように鼻を動かして、今し方見たシルエットを追って記憶を手繰る。
目の前を過ぎ去った金髪。向かった方向。
一瞬、視線の高さから確認出来た背恰好は己と同じくらいの、小柄な影だった。

闇をひるがえす魔法使い御用達のノクターン横丁。
此処でフードも被らずに訪れる者など、余程の自信ある者か、身の証を立てる必要もないとする役人か、間抜けな迷子だけである。

「(ふむ。…俺の読みが正しければ…今通り抜けたのは、)」

確実に迷子だ。それも子供の。
シルエットが消えた方向とてダイアゴン横丁へ向かう方角では、無い。

直ぐに子供らしき影が消えた方向へ、物乞い同然の格好をした老婆が、客寄せ笑顔というには些か野卑な笑みを浮かべて滑るような速度で追って行く。
嗚呼。アレはやばいな。
目敏い闇にカモがロックオンされている。

「(うわあ…いやーなものを見てしまった…)」

眉の毛を逆立てて眺めていた俺は、老婆の商い方法と商品と醜穢なる趣味を思い、憐れな仔ネズミに訪れる未来が芳しく無いモノだと知っていた。
老婆の商売道具は人の生爪。
特に。子供の手足に生えるやわらかな爪を泣き叫ぶ口を抑え込んで剥ぐのがお好きな老婆の趣味は、厭わしく残酷である。
……。

「ねえ、セブルス」
「…ああ」
「少し席を外しても良い?」
「ああ」
「直ぐに戻ってくるけど…」
「ああ」
「君の方が先に終わって、僕の姿が見えなくて不安になっても泣かないでね?」
「ああ」
「…うん。聞いて無いんだね。分かっていたけどさ」
「ああ」
「……」

くっそ! セブルスの馬鹿!
単調に返される返事はただの条件反射なのだ。
セブルスに一言「僕の傍に居ろ」と止められたならば別に無視しても良いかなと思っていたのにさ…ちくしょう!

「…御店主、少し席を外します」
「……」
「僕の頼んだ商品のこと、忘れないで下さいね? ムーンカーフの糞ですよ?」
「…む、…う」
「今まで卸していたリーエムの血の代用品については、また今度書面で。来月出版分の『進歩する魔法薬』という雑誌も是非読んで下さい。…僕の論文が『不本意ながら』掲載されることになっているので、」

用件を告げてフードを被り直し、ガラガラとドアベルを鳴らしながらドアの隙間から滑り出る。
入り口から一歩脇に退けた俺は、指先で軽く空気を弾き、サインを受け取って近寄って来た影に素早くささやいた。

「やあ出歯亀クン。護衛ご苦労さま。僕は少し抜けるけど、彼が出て来ようとしたら引き止めておいてね」
「お一人でどちらへ行かれるんっすか?」
「ただの人命救助だよ」
「…ああ、…アレっすか、」
「うん。子供相手だとどうにも目覚めが悪く思えてね。ついでに、ストーカーも追い払ってくる予定」
「りょーかいっす。お気を付けて」

また何事も無かったかのようにスルリと離れたフソウは闇と同化する。
大股で路地を横切り、迷子の追跡を開始した俺は狭い道幅の暗い通りを急ぎ足で進み始めた。
こっそり後を付けていた変態の存在にセブルスは気分を害するだろうが、まあ、大丈夫だろう。
俺を引き止めなかった彼も悪いのだ。


落ちかけた看板。崩れた壁。建物に遮られて細く切り取られた灰色の空を拾い上げて、舞い上がった砂ぼこりに瞳を眇める。
途中、壁際で蹲る人影や如何にもな怪しい風体の男に手招かれたりもしたが、全く引っ掛かる事もなくすり抜けて行く。
そして。そう時間もかからずに迷子を見つけた俺は、袋小路にて予想通り追い詰められていた子供の、その顔にフードの下で目を見開いた。

「(おっふ…なんてこった。同じ年頃だろうとは思っていたが…)」

やはり俺はくじ運が悪い。
否、ある意味では良いのだけれど。
なんて名だっけ。えー…あー…確か…、

「ひっ! …うえぇ…やだ、ッ放してよう!」
「(……ピーター、なんとか?)」

老婆に腕を掴まれて顔色を真っ青にさせている少年は、紛れもなく同学年のグリフィンドール生だった。
名はうろ覚えだが、確か、いつもシリウスやジェームズ・ポッター達の後を付いて回っていたぽっちゃりした少年だ。
何故、彼はたった一人でこのような場所へ迷い込んでしまったのだろう?
一人で冒険するには此処は些か危険すぎるぞ少年。

乱れて鳥の巣頭になっている金髪を振り、大粒の涙を瞳いっぱいに溜めこんでいる子供を眺めながら、暫し首を捻る。
引き摺られていった後がヤバいだけなのでまだ余裕だろう。と、目前で厭らしく笑う恐怖に怯える少年の心情を置いて疑問に悩む俺は、やはり親切でも無ければ正義感に溢れてもいない。

…ふむ。だが、そろそろ助け舟を出してあげるべきだろう。
粗相をしてしまった後では目も当てられない。
にじり寄っていく老婆の背に視線を注ぎながら俺は口を開いた。

「――ラバスタン。居るんでしょ、そこに」

冷ややかな声音が宙に溶けると、可笑しなことに…壁に寄りかかろうとしていた隙間へ温もりを持った家具が出現した。
半ば予想していた事なので俺は慌てず騒がず、当然のような空気を纏いつつもソコへ腰を落とした。
無駄なものは一切無い、引き締まった筋肉で出来たイスは硬くて座り心地が悪く、荒い吐息が気分を落ち込ませる残念仕様だ。

「まったく…呆れるね。ストーカー行為に家具志望とは。どうして君はそんな変態に堕ちてしまったんでしょうね、ラバスタン」
「はぁ…はぁ…」
「……次に会った時はちゃんとお返事をと。解放する前に僕は言ったよね?」
「あっ、ぐぅ!」

俺の首など容易く捻れそうなゴツイ手のひらを、靴裏で抉るように踏みつけた。
非常に痛そうである。が、痛みに呻く声にさえ何となく悦んでいるような艶を帯びている。
とっても不快です。
ほんとラバスタン。お前どうして此処までドMになった。

先程フソウに話した「ストーカー」とは勿論この男の事である。

去年の夏季休暇中に躾けた男は、解放した後も俺との蜜月がどうしても忘れられ無かった様で…。
ご覧下さい。今でも立派な変態です。
隙あらば「イスとして御使用下さい」と言わんばかりに四つん這いになり、姿を見かければコソコソと後を付けてくるのだ。

会社を探してウロウロと探り周り、社員を見つけてメダイユを見てはうっとりと悦にイって身悶える。そんな変態がいるとの報告が殺到し、俺の耳に届く頃には目撃情報が両手を越えていた。
しかし、デス・イーターとして活躍をしなくなったのでは無い。
ヴォルデモートにもちゃんとお仕えしている(という風に言うのもおかしいが)彼は、時折、主の情報を俺にもたらすので…完全な厄介払いをしてしまうのは少々惜しい気がする。

「ストーカーの手ならもう足りてるんだけどね…」

ホグワーツではフィ二アス。
休暇中はラバスタン。
俺の周りにはやはり変態が集まる。何故だ。
客観的に見たら完全に異常な体勢のまま、尻の下で悶える男を冷めた目で見やる俺もかなりの残念仕様ときた。

「…知り合いには絶対に見られたくは無いものだな」

しかし。現実は俺に甘くない。


「――…っ、」

ふと名を呼ばれた気がして顔を上げる。
目の前には薄汚れた壁。
右の行き止まりには憐れな少年と老婆。
ならば左か…と、首を巡らした俺は即座に顔を上げた事を後悔した。

真っ黒なフードからこぼれ落ちる月の光。
長いプラチナブロンドは見覚えがあり過ぎて、知り合いで思い当たる人物もひとりしかいなかった。

「…ラバスタン。そこにいる子供をダイアゴン横丁に送り返してきて。高速で。…僕の声が聞こえているなら即行動しろ」

立ちあがると同時に、男は袋小路へと特攻を開始する。
優雅に振り向いて裾を払うと俺は、茫然と立ちすくむ青年の元へにこやかに進み出た。
取り繕う事など…今更無理だろ俺の馬鹿。

「タイミングが良すぎるのも如何なものかと思いますよ、先輩」

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