分岐点 extra

家族の肖像


夕食はセブルスお手製のコテージパイだった。
彼がキッチンで調理をする傍らで、調合する時ともまた違う手付きをほほ笑ましく見守る。
「なんだか新婚さんみたい」という呟きは見事に黙殺されたが、傍から見ればそんな感じであった。

「に、新妻…でも夜は逆転なんですね分かります」
「いい加減その沸いている頭を何とかしろ。流しに突っ込みたくなってきた」
「う、はい。すみません…」
「…そろそろ離れろ。火傷をしても知らないからな」
「はーい。うわっ、美味しそう!」

オーブンでじっくり焼き上げられた熱々のパイにナイフを入れると厚みのある二層が顔を見せた。
マッシュポテトは中がホクホクしていて、そこに肉汁を染み込ませた牛肉のフィリングがまた絶妙で美味い。
味付けに誤魔化されて細切れに(…と言うよりも、最早あれはペースト状だったのでは無いかと思う)されていたニンジンも特に抵抗なく食べられた。

取り分けられたパイにグレイビーをたっぷりかけ、セブルスが「もう止めろ」と言うまで、俺は美味しいをひたすら連呼していたのだった。


狭いキッチンに古びたダイニングテーブル。
二脚しか無いイスに向かい合わせで座って、温かな家庭料理をふたりで分け合う。
食事中の話題は主に俺の留守中はどうしていただとか、魔法省はどんな感じだったとか、お互い気になることをそれぞれ口に上げた。

「フクロウがエレベーターに?」
「そそ。省内連絡用のフクロウが上にぶら下がってんの。もうね。怖いよアレ。いつ糞を落とされるか内心ビクビクしてたのさ、実は」
「不衛生だな、それは。他にもっと良い連絡手段を採用すればいいのに。管理部は何をやっているんだ」
「あー、うん。それなんだけどさー…」
「…………まさか、」

眉を小さく波打たせた彼とは反対に、眦を下げた俺は「そのまさかですよ」と先を引き継ぐ。

「呆れた。証人側で出廷してくるだけじゃなかったのか?」
「うーん、そのつもりだったんだけどねえ…ついこの口が出しゃばっちゃって」
「その『ついで』にはまた良からぬ企みが含まれてそうだが?」
「おっとセブルス、感が冴えてますね! でもこれ以上は秘密だから――あ、おかわり」

よそわれて返って来た皿には、崩れてもったりと固まるマッシュポテトだけが折り重なっていた。…おう。肉が無い。

「…ま、まあ…近いうちにまた魔法省に出向く予定なんかもあるけど、プレゼンに赴くのは僕じゃないんで」
「ほんとセネカは…転んでもただでは起きぬ奴だな…」
「どうせなら、起き上がる前に足払いして地に相手の顔面をめり込ませてから立ち上がりたいものです」
「……」

おや。どうしましたセブルス。何を想像しましたか? 目が若干死んでるようですが。しないから。思うだけだからほんと。多分。

セブルスは尋問についても詳しく話を聞きたがった。
しかし、子供に聞かせるような、楽しくて、思わずワクワクと先を強請ってしまう様な、そんなエピソードなど無い。
何よりもクラウチの顔を思い出すだけで折角の食事も不味くなる。
という理由を付けて法廷でのやり取りは詳しく語らなかったが、彼の瞳を介してヴィジョンを送ってあげると、眉を寄せながらも興味深そうにしていた。


――二年の終わり頃から開心術を習い始めたセブルスは、俺と瞳を合わせて相互交信する術を改めて学んだ。

必要な記憶(ヴィジョン)を瞳の奥に散りばめて、額を突き合わせ、俺が送信したものを受信役である彼が受け止める。
これは未来で一度、セブルスの思いを覗こうとした時。
その時に繋がりかけたあの感覚を頼りに考え付いた、俺達だけの伝達方法だ。
元々心を通わせることに強い反発の無い俺達だからこそ、苦痛もなくすんなりと交わせる情報伝達は、非常に効率が良い。

「(まあ…どうやら彼は送信役にあまり向かないようで、だからこそ未来のセブルスも俺に使って来なかったのだと思うが)」

閉心術に関しては元々才覚のある彼だ。
これは比較的労せずに学び終えた。
後は彼独自に技術を磨き、熟達していくだけである。

ちなみに。セブルスの料理の腕前が上達したのは、俺に隠れてこっそりミカサに師事していたからです。

小食の癖に偏食家な俺にあの手この手でニンジンを…じゃなく、効率良く栄養のある物を食べさせなければとひとり考えていたらしい彼の、なんともいじらしい理由と努力の賜物だ。
それに加え、俺の料理の腕前が壊滅的だったのも――見た目は食欲をそそるほど美味そうなのに、味が破壊力抜群なポイズンクッキングだったのも、また一つの理由なのだと思う。

しかしセブルスよ。
そんな女子力高くして君はどうなりたいの?
魔法薬学だけでなく、料理の方でもキッチンマスターになってしまうおつもりなのかい?

…いや、リリーもお菓子を作って女子力を徐々に高めてはいるけど。
彼女は対ジェームズ・ポッター用の物理的女子力も高いけど。
まあ今はそんなことどうでもよろしい。
脇に置こう。

リリーの方が俺よりも腕力が勝っているなんて余計に悲しくなるだけだぜ…。



食事を終えると、「後かたずけは良いからさっさと風呂へ行け」彼にそうすげなく追い払われ、入浴を済ませ、今はひとり居間で返事の滞らせていた手紙の処理に追われていた。
送り主は仕事関係以外、見慣れた名が並んでいる。

幼馴染である姉妹とルームメイト。
それに、下級生のレギュラス・ブラック。
住所を教えた覚えは無いのに届いた物に関しては「魔法界だから」という一言では、あまり納得したくないものである。

ペーパーナイフで封を切りながら、可愛らしい封書から香る花のにおいや、ちょっとした不満、適当な文章に伏せられた暇と催促に少し笑う。
これは時間を作ってセブルスと一緒に、彼らとも会う機会を捻り出さなければ。
俺が誘わなければ家に閉じこもったままでいる彼にカビが生える前にな…。

やがて入れ違いでバスルームへと姿を移したセブルスの、タイルを叩く水音が聞こえ始め、一日の終わりが刻々と近づく。

「…そろそろ、彼女が帰ってくる頃合いかな、」

仕事柄か、擦れ違うことの多い母親の顔がふいに浮かび、マントルピースに置かれた置時計へ視線を流す。
火の気のないそこに並べられた写真の中では、今よりも幼い兄弟の肖像が仲良く寄り添っている。
両親のものはどこにあるか俺には分からなかった。…否、もしかしたら、撮った事など無いのかも知れない。

それほどにこの家は両親の影が希薄だ。

とっくりと更けた夜に色褪せた壁紙を覆う、黒と茶でギッシリ埋められた本棚には、二人で選んだ書物達。
あまりにも不便で狭すぎたバスルーム以外、家主に許可無く俺が手を加えたものはそれ位で。
使いこまれた家具はそのままに時の経過を曖昧にさせていた。

人が住まなければ、家は荒れる。
埃を被り、空気は澱み、小虫がのさばる。
俺達が居ない間、彼女は自分の生活スペースだけに手を付けるが、あまり掃除というものに熱心ではない。

鮮やかさとは縁遠い生家は本当に小さく、誰がどこに居て何をしているのかが直ぐに知れる。
昔は両親の争そう声が二階にまで届いていたのだから、ほんと、幼いセブルスにとっては良くない環境だった。
酒を過ごす父親も、イライラと神経質に爪を立てる母親も、もう此処には居ないが。

「(……セブルスがいなければ、俺はきっと、何の未練もなくあっさりとこの家を捨てて行ったんだろうな)」

孤児を装い、院に身を隠し、そして何食わぬ顔でホグワーツへの招待状を受け取る。
セブルスがいなければ彼らを家族とさえ認識したかも怪しい俺は、セブルスを介さなければ、家族の殻を自分から被る事など決してしなかっただろう。

愛を与える喜びも知らずに。
家も血の繋がりも厭い。
新しい生の母体とその種という認識だけを持ち、またさっさと楽隠居を決めこんでいたに違いない。

――幼き日に。記憶が戻ったばかりの頃に。「あの日」から両親の争そう声が絶えたこの家は、俺にとってはそれ程度のモノなのだ。


長針が短針を追い越し、物思いにふける俺を呼び戻す。
重い肺を空にすると俺は仕事関係等、緊急で無いものは明日に回す事と決め、未だに濡れそぼっている髪をタオルでガシガシと掻きながら、セブルスが風呂から上がるのを待ち遠しく思う。
心も体も疲れている日は、セブルスと思いっきりイチャイチャするに限る。

そんな中、錆び付いた蝶番が羽を広げ、音をたてて再び閉じられた。

ギッ…バタン、

夜風に乗って独特の臭気が一瞬、鼻をかすめる。
帰省中は掃除と脱臭に気をかけていた生家に、放置された生ごみのような湿った空気が溶け込んだ。
俺はゆっくりと音に振り返って、帰宅した人物に目を止めた。

「おかえりなさい、母さん」
「……あら、帰っていたの」
「うん。夕方にやっと」
「そう」

短い返答。
母親は俺と目を合わせずに会話をこなす。
いつもの事なので特別気にはならない。
これでも、ホグワーツへ入学する前よりかは会話が増えた方なのだ。

上着を脱ぎながら居間を通り過ぎようとする彼女へ、俺が再び声をかけた。

「母さん。夕食はまだ? まだなら、セブルスが作ったコテージパイが冷蔵庫にあるよ」
「あら…そう…セブルスが…じゃあ、頂こうかしら」

セブルスの名を聞き、のっぺりとした無表情を少しだけ歪ませた母親。
その視線は壁を無意味に見ている。
流れるように、俺は横顔をつつく言葉を投げかけた。

「父さんの様子は…どう?」
「……」
「いや、ごめんなさい。今のは聞かなかったことにして」

小鼻に皺を寄せた彼女から目を逸らし、こっそりと溜息を吐く。
彼女の視線が尖ることは、問う前から分かっていた。

父親は今、病院で療養中だ。
ずっと行方の知れなかった――あえて探そうとしなかった彼の行方を彼女に教え、俺がそうすべきだと判断してマグルの病院へと押しこんだ。
見つけた時には既に重度のアルコール依存症患者となっていた彼が、もはや自分の意志だけで断酒する事も叶わないほど、溺れていたから。

…それを悲しいと思うよりも先に、憐れが先に起った俺は、やはり薄情な息子である。
理由を知らぬ他人から見れば、厄介払いをしたとも取れる判断を、俺は事務的にこなした。


気まずい沈黙が落ちる。
時計の針が秒針を進め、濡れた髪を鬱陶しく感じる。
俺を射抜く彼女の前から立ち去るのがベストだとは分かっていたが、なんとなく、立ち上がるタイミングが掴めずにいた。
すると、

「――セネカ。まだこんなとこに居た、の、…母さん?」

バスルームから出てきたセブルスが顔を出した。
タオルを首にかけてほんのり頬を上気させていた彼は、直ぐに空気を察し、パタパタと足音をたてて俺に近寄る。
「おかえりなさい」母親にそう告げて、先程俺が言ったことと同じような事を述べながら、俺の頭を自分のタオルで、彼女の視線から隠すように覆って乾かし始めた。

「…何か、言われたのか」

彼女がキッチンへと消えた後。
身を屈めて耳元でそっとささやくセブルスの声色には心配が滲んでいる。

「ううん。特に何も」

身を任せたまま手紙をしまう俺に彼はそれ以上口を開かず、粗方乾いた髪を指で梳いた。
しかし、それに納得したかと言えばそうではなく。
右手を掴まれて連れ出されるように二階へ押しこまれ、ベッドの上へ強引に座らされる。

「ほんとに、何も言われて無いんだよ? セブは心配性だなあ」

薬を渡されて飲まされて、寝る支度をテキパキとこなすセブルスの肩へ愛撫するように優しく語りかけた。
…母親と上手くいっていない事が申し訳なくなるのは、こういう時だ。
彼は、俺が少しでも傷付かないようにと気を使ってくれるが、俺にとってはセブルスが自分の方を向いていてくれるだけで十分なのに。

別に修復するつもりも無いのだから。

「…僕が我慢ならないからだ、」
「……」
「セネカは、とても優秀な魔法使いなのに、凄いのに、あの人は…それを知ろうともしない」
「この家の稼ぎ頭だってことくらいは知ってるよ?」
「茶化すな、馬鹿。そういうことじゃない」
「うん。分かってる」

丁寧に巻き直された包帯をなぞる指にそっと手を添える。
にじり寄って軽く伸びをすると、瞼の上で悩まし気に寄せられていた眉がさらに中央へ。
常に意識して閉心術を磨きなさい、という俺の言いつけは、今は破られている。

「(困ったときは曖昧に笑う俺の癖は、もう、見破られているのだろうか。…そんなに瞳をうるうるさせていると、取って食っちまうぞ?)」

くっ付く眉間に唇を触らせて離れ、彼の頬にかかる髪を払う。
もう彼女についてはお終いにしておきたい俺は、明るい口調でセブルスをからかう事にした。

「ところでセブ」
「…なんだ」
「僕のいない間、ソロプレイにはチャレンジしてみましたか?」
「………………は?」
「いやだって、いつも一緒じゃないか、僕達は。したいと思っても隣で僕が寝てるし。だったらほら、この度は絶好の好機でしたし…チャレンジするなら、ねえ?」

ならば是非感想を! とにこにこ語る俺は悪魔の微笑みを。
一瞬固まったセブルスはパシンと己の額を手のひらで叩き、項垂れると、首を振りながら呻いていた。
うぅ、と細く紡ぐ彼の吐息は呆れと苦悩と羞恥が混ざり合って…何ともおかしな具合である。

「あれ? もしかして上手くいかなかった…とか、」
「……」
「いたっ! あれ、ちょ、…セブルスさん?」
「…セネカがいないと出来ないなど、そんな、わけ、無い、だろ!」

弾かれた鼻を押さえている間に、力任せにベッドの中へと追い込まれてしまった。痛い上に、くるしい。
灯りを消した彼が体重をかけて俺を潰しながら、隣へ潜り込んでくる。

「…そもそもだ。そんなに、あ、アレは、日常生活では必要なことではない!」
「え?! そんなこと無いでしょ?! セブくらいの年頃だったら、毎日ベッドの中で頑張っていてもおかしく無いはずだ!」
「どこの基準だそれは!」
「一般常識だと僕は思うよ!」
「アホか! そんな常識はドブに捨てて来い!」

ボリュームを落として小声でささやく会話のなんとも可笑しなことよ。
したくないの? そういう話では無い。じゃあどうなの。何がだ。したの? 言うか! じゃあする? どうしてそうなる! …と、もぞもぞベッドの中で言いあう内に、

「僕は別にいいから、シたいなら一人でしろ!」
「隣に君が居るのに?! やだよ恥ずかしい!」
「だったら――、」

後ろを向かされて、ガッチリと抑え込むように抱きこまれる。
セブルスの胸に背をくっ付け、彼の腕が腹に回るこの体勢。下半身に手が伸びる。
何事か?! と慌てた俺の息は次第に甘く乱れ始め、まさぐる指に脳を掻き回された。

つまり、俺は、意地になったセブルスに…疑似ソロプレイを…ススメられてしまったのである。
そういう事じゃないんだけど、な。
けど、まあいいか。

うちの子は俺に毒されて、とんでもない方向へ進み始めているかも知れない。

***

「鍵のお部屋」で二人の様子をのぞく▼

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