分岐点 extra

悪戯ならばおまかせを


 This is the night of Hallowe'en
 When all the wiches might be seen;.
 Some of them black, some of them green,
 Some of them like a turkey bean.


ちょいと外れた調子で口ずさむ歌に、目の前のお髭がゆらゆら揺れる。
ラメ入りローブも同時にきらめいてかなり目に痛い。
ダンブルドアは楽しい事や歌が大好きだ。
彼がたまに聞かせてくれるリズムを、俺もいつの間にか覚えてしまうくらいには。

「ほっほ。楽しい歌をありがとうセネカ」
「いえ、お耳汚し失礼しました」
「マザーグースは好きかね?」
「まあそれなりに。昔はね、セブルスにも聞かせてあげたんですけど…楽譜が無い歌はどうにも調子が取りにくくて、」

ねえ、セブルス?
同意を求めるように愛しい弟へ笑みを向ける。
ティーカートの傍に立ち、ゴールデンルールズに則って抽出時間を測っていた彼は、なんとも微妙な表情に「かなり独創的だった」という言葉を添えて下さいました。
曰く、下手くそ、と。

「なんですと!」と彼の答えにむくれる俺を、ダンブルドアがまあまあと宥めてきた。
しかし目が笑ってるぜちくしょう。
つまりは彼もそう思ってるって事ですね。
今直ぐその半月眼鏡を叩き割ってくれようか!


うっかりクアッフル事件(俺命名)の後、久しぶりに開かれたお茶会には珍しくもセブルスが同伴してきた。
理由は二つほどある。
ひとつは言わずもがな。あれ以来、俺が一人で行動をしない様に彼が目を光らせていたから。
そしてもう一つは、俺達二人が彼の淹れてくれる紅茶を飲みたがったからです。

ミカサが送って来たブレンドティーを、セブルスが三人分のカップへ注ぐ。
ゆれる甘美な香りは、それだけでも俺たちを楽しませてくれた。
うん。味も絶品だ。流石はセブルス。
プロポーズの言葉は「君の淹れてくれる紅茶を一生飲みたい」に決まりだ。…なーんてな!

「良い香りじゃの。味もまろやかでミルクとの相性もバツグンじゃ」
「それは良かった。よろしければ、またお裾分け致しますよ?」
「ほう! それは嬉しいのう。では、ありがたく頂くとしよう」

お裾分けついでに「まだ名前が無いんで名前もつけてくれるとありがたいです」という言葉も添えると、彼は不思議そうにブルーの瞳を瞬かせた。

「うちの新人ティーブレンダーが初めて手掛けたオリジナルなんです。だからアルバスがそう言ってたと聞けばとても喜ぶよ。伝えておきますんで、名前の方も考えといて下さいね。…あ、もちろんセブルスが美味しく淹れてくれたことも伝えておくから!」
「…別に、それは良いだろ」
「チッチッチ、とても重要な事だよセブルス。初めての作品が褒められたんだ。なのに一役買った役者の名を上げないなんてことは出来ませーん」

紅茶をすすってファッジを齧るダンブルドアにも、同意を求めるように首を傾げる。
ココア味の生地に混ぜ込まれたキャンディーの触感を満面の笑みで楽しんでいた彼は、パリポリと音をたてながら「そうじゃのう」そう言ってまた口に含んだ。
ミカサの作ったキャンディーコーンファッジもまた、彼のお気に召したようですな…。

「ところでアルバス。僕に何か言いたいことがあるんじゃないですか?」

校長室に訪れてしばらく経って。
二杯目を楽しみながら俺の方から切り出した。
隣に座るセブルスが物珍しそうに向けていた視線をフォークスから戻し、此方へ顔を向ける。
彼女がイカの甲を啄む音が、暖かな室内で不規則なリズムを刻んだ。

「身体の方はもう良いのかね」

お髭を梳きながら問う彼に、僅かに首を動かして答えた。
あれからもう大分時間が経つのだ。
良くなっていなければ俺も困る。

季節はすでにハロウィーンも控えた、10月半ばだ。
脇腹の怪我と共に風邪も頂戴してしまったので、今年の流行をひとり先取りしてしまっていたけど。概ね元気です。
そう言うと、横から不機嫌オーラがじわじわ押し寄せてきた。…彼はまだ、あのことを話題にすると機嫌が宜しくなくなる。

「君が医務室から退院して直ぐに落とした雷はわしの耳にもよーく届いておるよ」
「おやまあ、そうですか。それはそれは」
「ほっほっほ。友人を叱ってやれるのは中々勇気のいることじゃのう」
「あれはそう言うのとはちょっと違いますよ」

諸事情によりヤツ当たりも含まれていましたから。
窘めているのか面白がっているのか良く分からないダンブルドアへ、全く悪びれもせずに俺もファッジを齧った。
セブルスがその時のことを思い出すように、態とらしく大きな溜息を吐いていたけど。


医務室から自由の身になった俺は、自分に誓ったことを有言実行し、大広間で盛大にやらかした。
セブルスに伴われて直行した、朝の大広間で。

ええ。自分の身に何が起こるかも知らずにやってきたトーマを捕まえ、彼を言葉の魔力で縛り、犬のように「おすわり」をさせましたが何か。
そんでもって。お腹をグーグー鳴らせて、情けなく眉をヘタらせた彼の目の前で朝食を楽しんでやりましたとも。ええ。
居合わせた生徒の視線がとても痛かったのを覚えております。

だってアイツ。
なんかきゅんきゅん泣くんだぜ。
俺はお預けをくらったのに一人で脱チェリーなんぞしやがったくせにー!

「…あの時はお前が悪魔に見えたぞ」
「おや、おめでとうセブルス。君は降魔の術に成功したのかい? だが残念! あの場には術のサークルは描かれておりませんでした!」
「供物がお菓子限定の悪魔だがな」
「それじゃあアルバスも召喚出来ちゃうねー」
「わしはこのファッジでも十分釣れるがの」
「OK、分かりました。百味ビーンズを用意しておきます」

シリウスに「おすわりの刑」を実行するのはやめておいた。
罰則を受けるのならば、彼への罰はもう良いかなとも思ったので。
泥の上に屈辱を重ねても面倒だなと思ったとも言う。
まあそんな機会があったとしても、セブルスガードがキツ過ぎて隙がなくて出来なかったと思うけどさ。
結局ハグリッドとの約束にも彼が付いて来たし。

「(…レギュラスにはちっと悪いことしたなー。彼の事は別になんとも思ってねえのに)」

トーマの箒に同乗していた彼にも俺は謝られていた。
実兄が怪我を負わせたという事実も合わせて。何度も。
基本的に俺が入院中は、セブルスとリリー以外のお見舞いはご遠慮させて頂いている。
だから尚更なのか。顔も見れない謝ることも出来ない間、レギュラスは大層落ち込んでいたらしい。
これはトーマとルシウスからの情報だ。

「兄には僕の方からも言っておきましたので」と言っていた、小さな黒わんこの発言が妙に気になるこの頃であります。

「(しばらくはシリウスが大人しかったのも彼のお陰という訳か…)」

しっとりと口の中でほどけたファッジとキャンディーが織りなすハーモニーに、いつもの配分で甘くした紅茶で潤いを与える。
そんな過去の事よりも、これから迎えるイベントの話題が俺はしたかった。

「ま、今年のハロウィーンは最高に楽しませて頂きますので。楽しみにしていて下さいね、二人とも」


***


10月31日。
この日の朝は、毎年甘ったるいパンプキンの匂いから始まる。
ハロウィーンを迎えたスリザリン寮はぷちパニックを起こしていた。

「なっ、なんだ?!」
「やだ…これ、取れないわよ!」
「――ハロウィンだからってこんな悪戯っ! 一体、誰がこんなことを仕出かしたんだ!」

一般の生徒はもちろんの事。
普段から優雅たれと、誇り高きスリザリンに恥じぬ振舞いを心掛けたまえ、と厳しい顔で告げる監督生でさえも顔が引きつるような事態が起きていた。

頭からにょっきり。
お尻からもひょろり。
男女問わず、眠りから覚めたスリザリン生は皆、ネコ科の耳と尻尾を生やしていたのである。

もちろん。全寮生に広まったパニックは俺の元へも訪れていた。
ベクトルが全く違っていたけど。


うわーーーー! セブルスかんわぃいいい!!
「うるさいっ、見るな!」 
「ちょ、手で隠すその仕草すっげえかわいい…なにそれ狙ってんの?! きゅんきゅんするだけだから逆効果だよセブルスー!」
「お前の目はどうかしている…」
「ねえねえさわっても良い? ぎゅってしても良い? そのぼわって膨らんじゃってる警戒尻尾もいじらせて!」
「許可する訳な――う、わっ!」

黒いお耳と長い尻尾。
ふわふわのソレ等を生やしたセブルスへ俺は飛びかかった。
じりじりとソファに追い詰められていた彼は、一瞬ぎょっと目を見開き、俺を受け止めたまま一緒にもつれ込む。

「ハッピーハロウィン、セブルス! あまりにも魅力的な君の姿に一瞬にして僕の眠気が昇天をしたよ! 嗚呼ッ…、毛並みも滑らかで実に素晴らしいっ…!」
「〜〜ッ、セネカ!!」

力の限りぎゅっと抱きしめて頬擦りをすると、俺に生えていた尻尾が犬のようにパタパタと振れて喜びを表現する。
わたわた慌てて引き剥がそうとするセブルスの頬は、屈辱と羞恥で真っ赤に染まっていた。
あまりにも愛らし過ぎて俺の興奮が突き抜けそうです。

今ならいくら怒られたって構わねえ!
コレはやらなきゃ一生後悔するだろー!


さて。
お分かりだろうが犯人は勿論、この俺だ。
セブルスと迎える初めてのハロウィーンなので少々張り切らせて頂いた。
去年は参加できなかったし。
今頃はスリザリンだけでなく、他の寮も同じようにパニックを起こしていることだろう。

レイブンクローにはウサギ。
ハッフルパフにはクマ。
グリフィンドールにはイヌを仕掛けておいた。
当然ながら、証拠を残すようなヘマはやらかしていない。
これは夏季休暇中に思い付いていたことで、準備期間はそれこそたっぷりとあったのだから。

本音を言えば、可愛い姿をするのはセブルスだけでいい。

でも、彼の事だから自分だけがこんな姿でいるのはひどく嫌がるだろう? 
きっと一日中ベッドから出て来ない。
だから。彼が恥ずかしがらない様にと、ホグワーツ中を巻き込むという手段を取らせて頂いた…という訳なのだ。

な、に、が、という訳なのだ、だ! やっぱり犯人はっング、」
「しー…ダメだよセブルス。大きな声で言っちゃあ。部屋の外にまでもれちゃうじゃないか」
「…ぷはっ、…自分で常に防音呪文を重ねがけしているくせにっ…! いいから、直ぐにこれを解除しろ! こんな姿で人前になど出れるか!」
「あ、それは無理。効果を丸一日で定着させているから解除できないよ? もー、これすごい苦労したんだからね。神経を繋げるとこなんか特に」

絶句、というのはまさにこんな表情だろう。
あんぐりと口を開けている姿でもさえも可愛らしいな。
その間にと写真を撮り出す俺を、後ろから同じく茶トラの猫耳を生やしたトーマが呆れたような顔で頬杖をついていた。

「お前の執念がこわい」


たっぷりとセブルスで遊んだ後、ぶすっとした表情のまま動こうとしない彼を、トーマと力を合わせ両脇から捕まえて談話室へと下りた。

「…あれ? なんでまだこんなに居るの?」

談話室は生徒で溢れていた。
まるでラッシュ時の電車の中のように混雑したそこはいつもより騒がしく、冷えているはずの空気は暖かい。
無論、みな猫耳と尻尾を生やしている。
滅多に見れない異様な光景だ。

何故だろうと思いながらも、人ひとりがやっと通れるような隙間をかい潜って、出口を目指す。
途中途中で出会う顔見知りのこどもへ「トリックオアトリート!」をかましてお菓子を強奪してみたり、交換をして前へ前へ。

主に女子生徒を狙っているのは態とです。
何故なら男子生徒の持っているお菓子よりも絶対に質が良いからだ。

「やあ、Missノット。ハッピーハロウィン! アンド、トリックオアトリート!」
「おはようございますナルシッサ先輩。トリックオアトリート!」
「Missハルトン、おはよう。ト…え、くれるの? ダメだよー言う前に差し出しちゃあ。お楽しみが半分になっちゃう!」

Missハルトンとノットは同じ学年だ。
控え目な少女と一匹オオカミ気質の少女は、朝食の時間や授業でもたまにお話をする程には交流がある。
二人とも将来有望そうな美少女たちだ。

そんな美少女ゾーンを通過する頃には、俺の持っていたお菓子は半分に減り、戦利品袋はこんもりと膨らんでいた。
あっはっは。これは楽しい。
なんだか童心に帰った気分だぜ。
俺に付き合わされているぐったりセブルスも、こういう風に楽しんでくれたらいいのに。

儚い願いを抱えつつドアノブに手をかける。
すると、それを押し留めるように後ろから声がかかった。

「待てスネイプ。もしや、そのまま出ていくつもりか?」
「え、そうですけど…ダメなんですか?」

俺を止めたのはひとりの男子生徒だった。
胸元には良く磨かれた監督生バッチが光っている。
偉ぶった態度が少し鼻に付く、身体の大きな子供だった。猫耳が恐ろしく似合って無い。

たしか彼は…今年のクディッチ選抜でトーマにビーターの座を奪われた五年生だったような…?

どうやら彼はこの姿のままで寮の外へ出ては、スリザリンとしての威厳が失われると考えているようだ。
…なるほど。そういう風に思う輩もいるか。
目の前でスリザリンのなんたるかを説き始めた彼に「ハアそうですか」と、気の無い返事を返す。めんどい奴に捕まったなー。
つーか、半分は嫌がらせじゃねえの?
男の嫉妬は醜いね。

「…あ、ルシウス先輩」

右から左へ適当に聞き流していると、後ろからスッと進み出てきた長身へ笑みを向けた。
神経質そうな眉をくいっと上げたルシウスは、俺たちの前に立つ監督生の肩を、ぽんっと軽く叩く。
それ位にしておけという意味らしい。

「おはようございます先輩。トリックオアトリート!」
「ああ、おはようセネカ。君の事だから必ず私の元へ来ると思っていたよ。…ほら、」
「わーい、ありがとうございます!」

満面の笑みで受け取るとルシウスは少し困ったような、複雑そうな表情をして俺の頭をなでてきた。
目的の物が貰えたので取りあえず大人しくなでられておく。
…おいこら耳まで触んな、くすぐったいだろ。
ちゃんと神経も繋げてんだから首筋がぞわぞわするじゃないか。

その様子を眺めていた先程の監督生が後ろでめっちゃ悔しそうな顔をしている。
ルシウスが出てきたなら彼は引き下がらねばならない。

「セブルス。君は言わないのか?」
「いえ、…僕は…」
「おやどうした。随分と元気がないようだが…」
「先輩、先輩。セブルスはさっきまでセネカにおもちゃにされてたんで」
「…ああ、なるほど」

やめろよ君達、そんな目で俺を見るのを。
セブルスにも同情の視線を向けんなって。


「ねえルシウス先輩。ほんとに寮の外に出ちゃダメなんですか?」

先程は止められたので、彼にならとお腹を押さえて空腹をアピールするが、難しい顔をしたルシウスでさえも首を振った。
彼もこの姿に屈辱を感じているらしい。
ダメじゃん、スリザリン。

仕方ねえなと思った俺は、まるで今まさに思い付いたような顔をして、彼へある提案をした。

「――じゃあ、他の寮の様子も分かればみんな出てきますか?」
「…なに?」
「今から偵察部隊を派遣しますので、その報告を聞いてから考えを改めて頂きたいのです。だって、おかしいじゃないですか。我がスリザリン寮だけにこんな事態が起こっているなんて、」

まあ犯人は俺ですけど。
何食わぬ顔をしてそう提案すれば、気の進まなそうだった青年も多少は心が動かされたようだった。

「トーマ」

規格外の運動神経を持つ友人の名を呼ぶ。
同時にスッと取り出したのは、彼用に用意しておいたハロウィーンスイーツ。このジャックランタンや蝙蝠を模ったビスケットはミカサのお手製である。
ピンッ、と耳を立てて反応をしたトーマは瞳を煌めかせていた。
…見ただけで誰が作ったとか分かるなんて凄い奴だな。

「君の足なら五分で往復が可能だ。ご褒美が欲しけりゃ…分かるよね?」
「…くぅ、」
「期待通りの成果を上げたらお茶会にも招待してあげよう。セブルスの紅茶も、ミカサのパンプキンパイも君のものだ」
「任せとけ!」

さすがは食い意地魔人だ。
輝く笑顔を浮かべて彼は風のように走り去る。

俺はひらひらと手を振ってそれを見送ると、ルシウスを仰ぎ、何とも言えない顔をしていらっしゃる彼らへこてりと首を傾けた。

「やっぱり、あの食い意地はみんな身長に注ぎこんじゃってるんでしょうかね?」

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