分岐点 extra

イリーガル・ムーブ


さて。結果から申しますと、彼らは衝突する事はありませんでした。
その代わりと言っては何ですが…俺は現在、医務室のベッドでおねんねの状態であります。

マダム・ポンフリーによるお叱りの言葉を聞きながらという、ね。


「まったく、どうして直ぐに此方へ来なかったのですか。骨にヒビが入っていたことにも気付かないなんて!」
「あてっ、あててっ! …マダム、僕もそれが不思議でなりませんでした。まさかアレだけでこうなるなんて」
「…また誤魔化しを言っているのではないでしょうね」
「ええ、もちろん。僕の目を見て下さいよ。嘘を言っている者の目ですか?」
「……」
「ね?」
「…ハァ…骨折を起こしやすい所です。以後お気を付けなさい」
「はーい」
「最近調子が良かったからと言って過信しすぎるのも如何なものかと思いますよ。さあ、これを飲んで。飲み終わったらひと眠りなさい」
「……マダムー……これ、一番酷い味の奴じゃ「何か言いましたか」あ、いえ、何でもありませんマダム。ほんと、何にも」

彼女が俺用の魔法薬が並んだ棚から持ってきた骨折薬を見て、過去にその強烈な味を体験済みである俺は苦い顔をする。

ああくそっ。
朝の仕返しが巡り巡って返って来たとかそんな運命いらねえよ!
つーかお釣りがくるだろこれ!

ゴブレットに注がれた薬を見つめて数秒。
ゆっくりと慎重にベッドから身体を起こし、腫れぼったく感じる瞼に手のひらを当て「ああこの分では熱も出るな」と溜息を一つもらす。
濡れた制服から清潔なパジャマへと変わっていた上着を捲って、脇腹に張られていた大判の湿布を見てさらに顔を歪めた。

マダムによる診断結果は、右肋骨の亀裂骨折とのこと。

そう。俺はなんと。シリウスから受けた流れ弾で肋骨にヒビが入っていたらしいのである。
…通りですっげぇ痛いと思ったわけだ。
あれで気付かねえ俺が鈍すぎる。



――ここに運び込まれる前のことを思い出すと、いったい何匹苦虫を噛み潰したのか分からないほど酷い顔に俺はなった。


全身濡れ鼠状態な俺。
それを取り囲む、普段からあまり関係のよろしくない四人組。
アレはどうみてもいじめの現場と誤解されるような状況だった。
普段の行いが良くないから「流れ弾に偶然あたりまして以下略どぼん」なんていう言い訳もすんなり信じてもらえまい。

特にセブルス。
まず否定から入って疑って、証拠を抑えたとばかりに監督生や寮監へと報告をしに行くだろう。
そう容易に想像が出来た。

勿論、彼らを擁護する義理など俺には無い。
ほんと、全くと言ってよいほど無い……が、邪な考えを先に見据えていた俺にとって、そう大事にしてほしくはなかった。
そして。何よりも俺が「いじめを受けた」などと言うつまらないレッテルを張られることに抵抗があったのだ。

いじめかっこ悪い。
いじめられた方もかっこ悪い。
そう捉える子供は、決して少なくは無いだろう。

子供同士のいさかいに親――この場合は寮監の先生――が乗り込んでくる状況は確かに手っ取り早い。
だが、彼らが絡んでくるのは今に始まった事では無いのだ。
教授方は親から子供達を預かる身ではあるが…言っても効果のない彼ら相手では、その場を収めてもまた同じことの繰り返しだろう。

「(…まあ、実に利己的で俺らしい理由を述べたが、その根底には疚しい思いでいっぱいだったんだけど)」


セブルスとリリーの姿を捉えてからほんの数秒でこれらの事を弾き出した俺の悩める脳は、穏便にこの場を治める策をすでに練り終えていた。

湖を背にその一歩を踏み出す。
未だ鬱陶しいほど眠気は襲っていたし、クアッフルをまともに受けた所が痛くて堪らなかったが俺は頑張るぜ。そう思っていた。
丸く収めることは叶わずとも、仕切り直しはまだ可能だと考えていたのだ。

しかし――不幸にもそれは叶わず。
またしても思いもかけない出来事が俺を…俺たちを襲った。


「――?!」

ブシャアアアアッと豪快な水飛沫を上げて湖の水が噴きあがる。
大量に巻きあげられたそれの降りかかる様を、その場にいた者たちは驚きに見上げたまま硬直した。
それは俺も例外ではなく。
背後で起きていた事に振り返ることが精一杯で…。

その結果、見事に濡れ鼠の大量生産。
俺とグリフィンドール四人組は頭から水を被り、無言で自分の足元を見つめ、頭上から響く高笑いにその元凶を知る。

「はっはははははは! いい手応えだ、流石はコーナリングに関しては優秀とされる箒! ――どうだレギュラス、俺の華麗な技は! すげえだろ!」
「――! ――!?」
「ハッ、凄すぎて声もでねえか! ならお次は空中三回転捻り背面滑空だ!」

いったいどんな技だそれは。
あと、お前の同乗者は怖過ぎて声が出ねえんだって。


鼻の筋を通った水滴が地面へと混じるのを見つめたまま、己の表情筋がひくりと痙攣したのが分かった。
またもや空からの襲撃者だ。
恐らく猛スピードで突っ込み、水面を箒の穂先で抉って水を巻きあげたのだろう。そう見当を付けた。

いや…だからな…練習するならテメー等はもう少し場所を選べ。ちゃんとした練習場があるだろ。
並べたてられた文句は脳から直接胃の腑へ落ち、出口を求めて暴れまわった。

「…ナイスなカットインだ…は、ははっ…」
「おい、大丈夫か?! …セネカ?」

幸運にも離れていた事で被害の免れたセブルスが、気遣わしげな声で俺の名を呼ぶ。
思いのほかそれは近くで聞こえた。
しかしセブルスの呼びかけには答えられず、俯きながら暗く怪しげな笑い声をもらすだけの俺。

嗚呼、まいった。
この感情の高ぶりようは、揮発性の高い魔法薬が入ったビンの栓を、力任せに開けた時に良く似ている。…あれはひどい惨状になった。
馬鹿が。折角ここまで我慢してきたのに。

そう。瞬間的な怒りに身を任せた俺は己の喉へ杖先をあて、

「誤魔化す手間がはぶけて助かった――――、などと言うと思うなよ、トーマ・アルカード・ランコーン!

ソノーラスで自分の声を大音量で響かせていた。のである。

…正直、その後の事はあまりよく覚えていない。
呪文を放ったかどうかも曖昧で、何を言ったかもきれいさっぱり忘れてしまっていたのだ。


閑話休題。
そして今、ここにいるわけだが…。

恐らくあの後、俺は意識を失ったのだと思う。
そうで在りたいと思うのは俺の願望も混じっているからか。
うーん…なにもやらかしていないことを切に願うぜ。
寝ぼけている時と怒った時に色々とやらかす覚えが俺にはあるので。

「…セブ、怒ってるかなあ」

目下、俺の心配事はそれに尽きる。
気付いた時に目の前にあったのはマダム・ポンフリーの呆れたような顔だけだった。
セブルスもいなければリリーもいない。

昼食の時間もとっくに終わったのだろうかと、備え付けのナイトテーブルの上に置かれた銀時計を取って確認したくもあったが、いつマダムが入ってくるかも分からない状況では迂闊に動いてはならないような気がする。また雷を落とされたくはない。


そうしたままゴブレットの薬になかなか手を伸ばせずにいると、仕切られているカーテンの向こうから声が聞こえてきた。
噂をすれば影。マダムのお声だ。
どうやらお隣にもベッドの住人がいるみたいだな。

「完全とは言えないのに無茶ばかりする生徒が多くて困りますね。貴方も、それを飲んだらひと眠りなさい」

ベッドを仕切るカーテンの向こうから聞こえた彼女の声はやはり呆れていた。いつもお疲れ様です。
シャッと音をたててカーテンを引き、遠ざかっていく足音。気配も遠ざかる。

じっと息を殺したままお隣の様子も窺っていると…重い溜息と共に小さな唸り声が俺の耳に届いた。
おっと。どうやらあちらも同じような心境のようだ。
誰だか知らないが俺もその気持ちはよーく分かるぜ。
ご褒美が無けりゃ踏み込む気にもなれねえもんな!

ちらりと視線を自分の分であるゴブレットへ戻し、一口も減っていない薬を見てつられたように俺も溜息を漏らす。
……やはり飲まねばならんか…ハァ…。
コレ飲んだらセブルスがちゅーしてくれるっていうご褒美はまだデスカ。あ、無いですか。そうですか。
…口移しでも別に構わねえんだぜ?


「「…砂糖でも入れたらマシな味にならないかな」」

やだなやだなと一人ごねていたら、見事なまでに声が揃った。
思ったことまでシンクロしちゃうとか。
驚いたのはお隣も同じようで隔てられた空間に沈黙が横たわる。
聞き覚えのある声に少しためらいつつも、結局、思いついた名を口にすることを俺は選んだ。

「もしかして…Mr.ルーピン?」
「…うん」

なんと彼もまた医務室へと逆戻りか。
体力が回復したからと言って月の満ち欠けに影響を受けるのは変わらないのに、箒に乗ってはしゃぎ過ぎたか。周りも気遣ってやれよ。
まあ、その点に関しては俺も人の事は言えないが。
…ん? そもそもあの愉快な御友人たちは君の秘密をご存じなのかい?

痛む所を極力動かさないよう、そろそろとベッドの端まで移動した俺は杖を握り、マダムに悟られないようカーテンを少しだけ動かす。
それはあちらも同じだったようで、お互いの顔が確認出来る程度の隙間を開けてリーマス・ルーピンが顔を覗かせていた。

…何故彼は気まずそうな顔をしているのだろう。

あれか。俺がスリザリンだからか。
でも君は未来では、嫌がる俺に自分から進んで係わってこようとしていましたが。
普段は悪戯っ子コンビに付いている今の彼からしてみれば、彼らが絡む対象であるような奴とサシで話すことはそんなに躊躇われるものなのだろうか。

俺はセブルスよりも取っ付きやすいぞ?
噛みついたりしないぞ滅多に。
ははーん。それともシリウスのように「クソみたいなスリザリン」とベッドを並べて休むこと自体が嫌だ、とか?

「(俺としては邪魔をする輩のいない状況も珍しいから、ちょっとくらい交流を図ってみたいんだがなあ…。何もお手てつないで仲良く遊ぼうって訳じゃないのにさ)」

彼を安心させるようにいつも通りの表情を心掛けて「君もマダムに怒られちゃった?」と聞けば、ルーピンは僅かに目を見開いて、情けなく眉をヘタレさせて小さく頷いた。

そして訪れる沈黙タイム。

俺は意識を失う前の事を彼に聞きたくて堪らなかったが、ルーピンの方も俺に聞きたいことがありそうな顔をしていたので彼に少しだけ猶予を与えた。
あまり長いこと沈黙が続くようであればガンガン突っ込んでやろう、と、素知らぬ顔の下で考えながら。

「…砂糖」
「え?」
「薬に砂糖って…入れてもいいのかなって」

聞きたいことってソレかよおい。
まあそんな訳は無く。恐らく本題とは全く違うことを投げて俺の反応を窺うことにしたのだろう。
相手が友好的かどうか調べる為の軽いジャブ的な?
ま、こっちの質問もなかなかマジっぽいがね。

「んー、僕も是非投入したい所だけど……効力が落ちるし、薬液が変質する恐れがあるからオススメはしない。魔法薬に詳しいひとならまず止めると思うよ。普通はね。味を変えたいなら調合段階で調節するしかないかな。それか、いっそのこと錠剤に加工するとか?」

杖を振ってクッションを出現させながら彼の疑問に答える。「無言呪文…」という呟きが聞こえたが、それも丸っと無視して。
作業を終え、俺が凭れかかっても痛みが伴わない体勢を選び横になると、漸くルーピンは本題を口にする気になったようだ。
番犬が起き出さないよう、忍び込む盗人の足音のように抑えられた声音に彼の戸惑いが滲む。

「さっき、マダムと話しているのが聞こえちゃったんだけど」
「うん?」
「…肋骨にヒビが入ったって、」
「あ、うん。僕も全然気付いていなかったけど、そうみたいだね。だからこんなひどい味の薬と格闘する羽目になってるんだけどさー。…まったく、魔法薬はすべからく甘いシロップ味へと統一すべきだね。君もそう思うだろ?」
「……」
「Mr.ルーピン?」

また口を噤んだ彼に首を傾げ、もう一度名を呼んだ。
気まずげな表情は変わらない。
いや、むしろ、先程よりも肩身の狭くなったような、申し訳なさそうな感じになってしまった…ような? んん?


――ごめんね、


もの凄くためらったあとのそれは唐突に放たれた。
思わず耳を疑う。
髪と同じ鳶色の睫毛が何度も上下するさまを見つめ、うっすらと色づいた真新しい傷の数を頬の上で確認してから、漸く俺は息と共に言葉を返す。

「は? なんで君が謝るの?」
「だって、シリウスが当てたクアッフルの所為でそうなったんだよね?」
「まあ、…うん」

否定しようのない事実である。

「スネイプ。彼が君に怪我を負わせてしまったのは変えられない事実だ。…でも、あの時、シリウスにも悪気があった訳ではないのも本当なんだよ。それだけは分かって欲しい」

君の弟は相当お怒りのようで聞きいれてもくれなかったけどね。
そう、さらりと爆弾発言をくれたルーピンは視線を下げ、上掛けの上で組まれた指をより合わせていた。
ああなるほど。
つまり彼は友の弁明をしたい訳だ。

「ふうん…」

俺がおもしろくなさそうな声を漏らすと、ルーピンは少しだけ肩に緊張を走らせた。

「なるほど。言いたいことは分かった。でも、だからといって君が謝る必要など無いんじゃないかな」
「あの時は僕も一緒になって楽しんでいたからね。君にいち早く気付けた位置にいたのも、その、…僕だから。だから一緒にいた僕にも「それは違うなあ」

言葉を遮って杖を振る。
自分目掛けて振られたルーピンは、一瞬、身構えて顔を引きつらせたが、何も起こらなかったのが分かると機嫌を損ねたセブルスみたいに眉間を寄せた。

あは。笑うつもりなど無かったが、ちょっと失敗。
持ち上がる唇を叱咤しながらも、顎をしゃくって、彼に自分の枕元に備え付けてあるナイトテーブルを見るよう促す。
そこには綺麗にラッピングを施されたお菓子の包みがひとつ転がっていた。

「薬を飲んだあとの口直しにどーぞ」

言って身体を起こし、面喰ったような顔をしたルーピンの見ている前でゴブレットを持ち上げて薬をあおった。
途端に口中に広がる何とも言えない苦み。
どろりとした薬液が喉の奥に引っ掛かって、涙目になりながらも全てを飲みきった。ふう。子供のお手本にでもなればこれ幸い。

「…う、まっず」
「君の方こそこれが必要なんじゃ…」
「ああ、大丈夫。まだ持ってるから遠慮なくどうぞ。それすごく美味しいからもっと欲しければ言って」

どうして自分にくれるのか理解できない、と、俺を見つめる瞳が雄弁に語る。
…ルシウスから貢がれたお菓子だよと一言添えたら、受け取ってはくれなさそうだなこれは。
お高いだけあってかなり美味いのにね。


クッションを消して元通りに戻し、また慎重に身体をずらしながらベッドに身体を横たえた。
じわじわと熱の上がり始めた身体が休息を求めていたのだ。
ルーピンがもたらした情報に寄ればセブルスがお怒りらしいし、その一戦に備えて一休みしなければ。
じゃないと負ける。
…ああ…この分では今夜の約束もお流れだろうなあ…ちっくしょー…。

シリウスてめぇー!
トーマのバカヤロー!
次に会ったらてめえら二人は『おすわりの刑』だ! 覚悟しやがれ!

うっかり気を緩ませれば、俺は悔し涙を浮かべてしまいそうだった。
気力を振り絞ってぐっと我慢。
そして、上掛けも被ってから先程さえぎった話しの続きを述べる。

「あのね。かもしれない、だろう、という可能性の話しで謝られても困るんだ。まあ確かに連帯責任は生まれていた『だろう』が、それならちょっと人数が足りないとは思わないかい? それに…君はあの時真っ先にこちらを気遣っただろ? 駆け付けてくれただろ? だからそれで君の分はチャラということで折り合いをつけたいとも思う。Mr.ルーピン。君は謝って彼の弁明をして満足するかも知れないが、僕としてはいらないものを押しつけられた気分さ。例え、肝心な誰かさんが謝る気が無くっても」

「僕は求めてもいないものはいらない」

「君の言う通り悪気が無いのならアレは事故だ。犬に噛まれたと同じようなもんでしょ? あと、僕も今はそれほど怒ってはいないよ。…多分ね」

口を挟む隙を与えずにたたみ掛けると、呆気にとられたルーピンを置いて瞼を下ろした。
俺の中ではもう、彼とこの話題に関して言葉を重ねる必要性が感じられなかったのだ。
ただ一言。君が気にする必要もないことなんだよ。そう言えたら良かったんだろうけど。

とろりとした眠気に誘われ、感覚が遠くなる。
「わるいけど、そこしめといて」と、もごもご口を動かしてルーピンに後始末を頼んだ。答えは聞こえない。

「…ああ、もし、君が叶えてくれるなら彼らの普段の悪戯をたしなめてやってよ。行き過ぎる前に。君がストッパーになって、や、…て……」


すとんと意識を沈める直前に。
出来ればスネイプじゃなくてセネカって呼んでもらった方が助かるな。なんて思ったが、結局、言えずじまいだった。そして都合良く忘れる。

嗚呼。セブルスから事情を聞く時のことを考えるとこの眠気も覚めてしまいそうだ。

***

イリーガル・ムーブ。つまり、無効手。

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