分岐点 extra

ドラマティックアイロニー


寮へ戻り医務室で用を済ませ、午前中の授業を特になんの問題もなく終えると、気付けば時刻は昼時にさしかかっていた。

…少しだけねむい。
噛み殺せなかった欠伸がくありと出て目尻に涙が浮かぶ。
睡眠時間を調整したツケか、頭が少し重く、気を抜くとふらーっと宙へ視線が流れていった。


訂正。少しじゃ無くてかなり眠いようです。


「目が完全に死んでいるな」
「生きる屍とは僕のことさ…」
「全く面白くない」

気だるく冗談を言ったらセブルスにスパッと切られた。
いつもながら見事な切り口ですね。
真っ直ぐ前を向き、だらだらと歩く俺の手を引きながら「それ見たことか」と彼が横目で睨む。

「だから言っただろ、午後まで持たないって。…少し休んだらどうだ。丁度良く午後からの授業まで空き時間もある。僕が荷物を寮へ置いてくるから、セネカは先にリリーとの待ち合わせ場所に向かえ」

いいか、真っ直ぐにだぞ。寄り道などするなよ。
午前中の最終試練、魔法史の教室から出てすぐにそう言われ、一階へ下りると大広間の扉前でセブルスと別れた。
レポート用に図書室から借りた資料も奪われてしまった…。

セブルスが出したコマンドにNOという選択肢がありません。
俺はそんなにひどい顔をさらしていたのだろうか?

「路地裏に迷い込んだら五分と経たないうちに浚われちまいそうなくらいぐにゃぐにゃしてるぜ、今のセネカ」
「…意味不明」
「うわ。大分ボケてんなー…ほんとに大丈夫か?」
「…ちょいちょい振り返るセブがかわいいのは分かる」
「そこはいつも通りなのかよ」

地下へ続く階段の一歩手前で振り返ったセブルスへ、待ってるよ、という意味を込めてひらひらと手を振る。
すぐに察した彼は口の端を少し上げて応え…そのままローブをふわりとなびかせ、黒い背が下りていく。

…ッ、な ん た る 破 壊 力 !
普段滅多に笑わないのに、こういうさり気ない所で決める彼の表情がたまらない。
狙ってるの? いや狙ってねえよなー、だってセブルスだもの。
あと、すごく機嫌がいいよね。
じゃないとあんな風に返してくれないもんな!

「……あ、鼻血でそう…」
「弟の反応で鼻血出すなって」

鼻を抑えて悶える俺。
残念なものを見るような瞳で見下ろしているトーマ。
それを偶然見かけた他寮の生徒も、その光景に慣れている(かもしれない)同寮の生徒も、みな訝しむ表情で脇を通り抜けていった。


***


ざわつき始めた大広間に背を向けて、石畳の回廊をひとり、とろとろと歩いた。
トーマはいない。
彼はレギュラスへの生贄…じゃなくて、昼食の時間もこちらを待っているであろうレギュラスを気遣い、大広間で昼食を取るそうだ。

なんとも面倒見の良いことだな。
トーマに兄弟はいないと聞いているから、多分、弟が出来た気分にでもなっているのだろう。
またクィディッチの話に花を咲かせたり、昼食後は練習にでも連れていくのかも知れない。

――俺は外堀から埋められていっていることにも気付かずに「いい傾向だ。そのまま頑張りたまえ」と、密かにエールを送っていたのである。


回廊の中ほどで外へと出られる石造りのアーチが見えた。
硬く冷たい石畳から、ひらけた世界へ。
やわらかな草を踏みしめると、青々とした芝生が風の流れにあわせてゆらいだ。

天には澄んだ青。
地にはきらめく緑。
暗さに慣れた目がまばゆい光を受けてちくりと痛む。
それくらい、城の外はとても良い天気だ。

目的地はここからさらに行った、湖のよく見える庭園。
そこが『我らがナイト』――リリーから指定された待ち合わせ場所だ。


『 KnightからHatiへ
こんばんはハティ。今日、自由時間に厨房をかりてお菓子を作ったの。教えてもらってとても良かったわ!
でも、どうしてあんなに大勢ハウスエルフがいるって教えてくれなかったの? とってもとっても吃驚したんですからね! ハティは意地悪だわ。
…本題から少しそれたわね。渡したいし、感想も是非聞きたいから明日の昼食は一緒にとらない? この前と同じ場所でどうかしら? 』



昨夜デスクの上に届いていた手紙につづられていたのはこういう内容だ。文面からも可愛らしさが溢れている。
スリザリンとグリフィンドールの仲が穏やかでないのは、リリーも一年を通して良く分かったらしい。
だから彼女は俺がオススメした連絡方法を通して、俺たちと楽しい逢瀬を過ごす。
(…最近ではどうやらリリーの方も、この、ちょっぴり秘密な関係を楽しんでいるような傾向が見えるけどな)

セブルスと一緒に読んで、俺は直ぐ様返事を彼女へと送った。


『 HatiからKnightへ
やあナイト、お誘いありがとう。もちろんOKだよ。僕とクイーンが君からの誘いを断った事があるかい?
意地悪だなんて心外だな。ただのサプライズさ!
手作りのお菓子すごく楽しみにしています。ではまた、真昼の鐘が鳴り響く頃に 』



ナイト(Knight)はリリー。
ハティ(Hati)は俺。
クイーン(Queen)は勿論、セブルスだ。

万が一手紙を落としてしまった時の為に、俺たちはこうした暗号名で実名を伏せている。
…因みに、ハティは北欧神話に登場する月を追い掛ける狼のことだ。
これは俺のアニメーガスが狼だからなのだが…自分の暗号名が気に入っていないセブルスからは少々羨ましがられていた。

――チェス盤の上で最強を誇るメジャー・ピース、クイーン。
プロモーションされたポーンはクイーンに変わり、キングに次ぐ価値を持つ駒となる。
だから、彼はQueenでいいのだ。

「(ふふっ…なかなかどうしてピッタリだと俺は思うよ、セブルス)」



さくさくと草を踏みしめて大きな樹の根元までやってきた。
目的地へ無事に到着。
任務完了を記念してぐーっと両手を広げて伸びをした。

かなり遠くにボート乗り場を見据え、背景に城を背負ったここは生垣も高く、座るとうまいこと隠してくれる。
太い枝葉を広げたそれは湖面にも影を落とし、空を飛んでも発見は難しい…かもしれない。
ふっふっふー。
すごしやすいこの木陰で、今日は俺の可愛い子ちゃん達とこれからランチなんだぜ。

「(てか着いたは良いがセブもリリーもまだかな……このままじゃマジで俺、寝ちゃいそうなんですけど…)」

くありとまた、欠伸がでてきた。
俺の眠気が繰り返し主張をしている。
天気は良いし暖かいし木陰は気持ちいいしで、絶好のお昼寝ポイントすぎるよなここは。
ああ、セブルスの膝枕が恋しい…。

首を解すようこきっと鳴らし、目を擦ってぐるりと周囲を見渡す。
ソーダ水で満たされたような湖は、空の色を映してキラキラと輝いていた。

「あーきれいだなー…」

底に沈んで見上げれば、きっと、世界はもっと清らかでうつくしく見えるだろう。
俺は泳げないけど。
ダンブルドアのようにマーミッシュ語を解し、マーピープルと親しくしていたらそれも実現できそうな気もする。

そんなことを考えながら、のんびりと足を伸ばしていたのがいけなかったのかも知れない。
湖面を覗きこもうと、近づき過ぎていたのも悪かったのかも知れない。
まあともかく。一番のファクターは眠気で鈍くなっている反応と、この幸せに惚けた頭か。


――ビュッと空気を裂く音と、横っ腹に受けた、思いもかけない強い衝撃。


「あ!」と叫んだ高い子供の声。
ぐるりと反転した世界の青と蒼。
湖に落ちたのだと――そう理解する前に浅瀬で尻餅をついたまま、今し方自分の身に起きた出来事に、俺はただただ驚いていた。

「…え、…ええ、え? はい?」

何がどうなってこうなったし。
なんで俺は今、全身ずぶ濡れで、胸の下まで完全に浸かっちゃってる状態なのでしょうか。
いや確かに水の中から見たら素敵だろうなとは思ったが…思っただけで、誰も実行してくれなんて言ってねえけど。
いらんお節介だ。つーか腹いてぇええっ!!

「すみませーん! 大丈夫ですか?!」
「もーシリウス。コントロール悪すぎー」
「あぁ? じゃあよけんじゃねーよジェームズ」
「――わあっ! きゅ、急にこっちへ来ないでっ、僕、落っこちちゃうよ!」
「「ピーターは箒のコントロールがヘタ過ぎだ」」

はて。聞き覚えのある声が頭上からしますがこれ如何に。
濡れてぺったりと張り付く髪を払い、俯いていた顔を上げ、俺が湖に落っこちた原因とものすごく係わりがありそうな者達の姿を捉えた。
青空を飛行していたのは、箒に跨った四つの影。

「(グリフィンドールカルテット。またしてもお前らかー!)」

視界の端からぷかぷか流れてきたクアッフルを見つけ、これが当たって俺は落ちたのだと漸く全てのことを把握した。
殺気も悪意も込められていない流れ弾ならば、俺が気付かなくて当然だ。例えボケていても。
恐らく彼らもトーマと同じで選抜試験を受けるために練習をしていたのだろう。
ジェームズ・ポッターが飛行術に長けているのを自慢していたと、リリーから聞いていたからな。

しかし…寄りによって俺にぶつけたのはシリウスかよ。
なんたる偶然か。
もうこの吸引力、呪いに近いんじゃね?

「…おい、あれ、スネイプじゃねえのか?」

そして初めに気付くのもお前かシリウス。
彼の問いでこちらへ意識を向けた四人組を、俺は無言でとっくりとながめてから、よっこらせと立ち上がる。
そしてザブザブと湖をかき分けるよう、態とらしーく水音をたてて岸へと這い上がった。
一言二言くらい苦情を言っても俺は許されると思う。うん。

「…君達。練習をするのはいい。けど、もっと周りに気を配ってやったらどうだい? 僕は男だからいいけど…もし、これが女の子だったら一大事だよ」

ここにはセブルスもリリーも来る予定なんだからな!
俺ならともかく、二人に被害が及んでいた場合…無事にお空で浮いていられると思うなよ。…叩き落とすぞ!

ふつふつと湧きあがる静かな怒りを、溜息へ無理やり変換。
かなり物騒な事を内に溜めこみながらも。
さあ、冷静になるのだセネカ・スネイプ。
今は怒りよりも謝罪よりも、お引き取り願うのが一番いい。

むしろ早く戻って二人に場所変えを提案するべきか?
…ああ、是非そうしよう。直ぐにだ!

「(こんな場面に鉢合わせたらセブルスの不機嫌メーターがMAXになる。せっかく約束を取り付けたのに、機嫌も良いのに。ここで台無しになどさせてたまるものかっ、)」


もと来た道へ身体を向け、杖を探って袖に手を入れると、ローブからぼたぼたと滴る水が地面の色を変えていった。
日差しは暖かいが冷たい水はこの弱っちい身体にはかなり堪える。
早急に乾かすか、着替えて証拠隠滅をしないと体調を崩してしまう。
うぅ…パンツまでぐっしょりとか。
下半身が不快で気持ちわり、ぃ…………んん?!

あーーーーーーっ!!
「わ! な、なに?!」

下りてきた四人が突然叫んだ俺に驚いて少し身構えた。
小柄な少年――そういえば、彼のフルネームを知らない――がビクゥ! っと過剰反応をし、箒を手から取り落とした。
が、今はそれどころではない。
さらばだ、我が冷静よ。

朝よりもしっかりとした足取りで、ルーピンが俺の元まで駆け寄って来た。シリウスも何故か一緒に。

「あれ? え、うそ、無い? え、え、おい!」

パタパタと濡れた身体を叩いて確認する俺に「ど、…どうかした?」と、恐る恐るルーピンが聞き「時計が無い」意識する前にするっと言葉が出ていた。
つーかセブルスから貰ったリボンも無くないか?!
どおりで先程からやけに髪が落ちてくると…。

やばい。懐中時計よりもそっちの方を失くす方が嫌だ。

「うわっ! つめてぇ…ッ何しやがる!」
「うっさいよMr.ブラック。元はと言えば君が僕を湖に叩き落としたのが原因なんだから水がかかるくらい我慢しなさい。男の子でしょ」
「ハハッ、シリウス。スネイプに怒られてるー」
「おいジェーム「大丈夫、僕もツイてるよ!」んなの分かってるし聞いてねーよ!」

…おい君たち。俺はそこまで言ってねえ。

「――だーくそっ! 大体、テメエがあんなとこでぼさっとしてたのも悪いんじゃねえか!」
「ハッ、…責任転嫁ですか。素直に認めることさえ出来ないなんて、実に君らしいね」
「なん…ッ、」

バサッとローブを脱いで、喚くシリウスへちょっとキツメな視線と言葉を送る。
俺に(こちらでは)睨まれたことのない彼は、その対応に少々たじろいで…何故か顔を背けていた。なんだ。おかしな奴だな。

「(ま、怒っているイメージはセブルスの方が強いからだろ)」

そう結論付けてチラリとその表情を確認するに留め、ローブの懐や隠しを探っていた。
…魔法具は、ちゃんとある。
なのに時計だけがない。
クッソ…ねえな…やっぱり湖の中か?

「――! スネイプ?!」
「…あ? なんだ、ヤルのか?」
「好戦的な勘違いしないで。あと、ちょっと邪魔。どいて」

くるくるとローブを右手で纏めて左手に杖を持った。
そのまま進行方向、湖に向かってツカツカと大股で歩き、前を塞いでいたシリウスをのけて小柄な少年の真横で構えた。


「アクシオー! アクシオー! ――頼む!」


きらめく湖へ杖を振って、呪文を唱えた。
すると直ぐに水飛沫と共に影がふたつ、放物線を描いて俺の元へと飛んでくる。
クリスマスに失くしてしまったものと同じ、深いボトルグリーンのリボンと銀の懐中時計だ。

それらをしっかり両手で受け止めて、俺は思わず、ガッツポーズを決めていた。

「う、」
「…う?」
うわーー! よかったー!! 今度また失くしたらどんな風に顔を合わせたらいいか…っへーくしょい! …ずびっ。ありがとう湖。良くやった僕。この喜びを全てセブルスへ捧げたいと思います!! 愛を込めてマイブラザー!! ……あれ。てかあの時もこうして呼び寄せれば良かったんじゃ…ま、いいか。結果オーライ!」
「「「……」」」
「…ん? やあMr.ルーピン、本日はお日柄もよく。なんだ、元気そうじゃないか。今朝は見かけなかったから気分が優れないのかなと思っていた所だよ」
「えっ、あー…うん。ちょっとね。でもマダムから良く効く薬を貰ったから…今はほら、ご覧の通り」
「そうかそうか。それは重畳(ちょうじょう)」
「…?」
「いやなに。こちらの事だ」

急に機嫌を持ち直して晴れやかな笑顔を振りまく俺に、やや引き気味なルーピン。そして以下三名。

――彼がマダムから貰い服用した薬は、俺が医務室に置いて来た「速攻性回復薬」だ。
ワーウルフ化をして失われた体力さえも補う。
…ああ。別にボランティア精神が働いた訳でもなく、ルーピンへ仏心が芽生えたわけでもないぞ?
単なる知的好奇心による…実験的なアレだ。

「(俺と彼が交わすらしい『約束』の内容は不明だが、それに備えて今からデータを取っておくのも無駄にはならんだろ。…まあ、自分以外で効果を試してみたい欲求が鎌首をもたげたのも確かだが、)」

結果的にルーピンはこうしてピンシャンしている。
良かったじゃないか。
元気が良すぎて、逆に俺がずぶ濡れとなる羽目にはなったがな!
あれなんか釈然としない。


「あっ、そうだそうだ」

大切な事を思い出し、水没してしまった懐中時計を杖先で叩いた。
ぱかりと開かれて現れた文字盤の上で、カチコチ、硬い音をたてて時が刻まれている。
どうやら防水魔法はきちんと作用してくれたらしい。

愛しい弟へプレゼントしたものと同型の銀時計。
これには――彼に教えていないが――位置探知の魔法がかけられている。
つまりはこの懐中時計を持っていれば、どこにいようと追尾出来ちゃうという代物なのだ。

ストーカー? いいえ違います。
俺が会いたい時にいつでもセブルスの元へ飛んで行けるようにしたかったからさ! …あ、同じことですか。その通りですね。

「(…さて、セブルスは今どの辺かな?)」

上蓋の裏に描かれた美しい濃紺の夜空には、瞬く星がふたつ。
青く輝いているのが俺で、緑の光を放っている方がセブルスだ。
ふたつの星が寄り添う時は俺の隣にセブルスがいる時。


その距離が、ぐんぐんと近づいていた。


「(…ん? …んん? あれ、うっそ、やべー…)」
「「セネカ!」」
「(ぎゃーー! 恐れていた事態が…最悪の形で来てしまったー!)」

声を頼りに振り返ると、こちらへ向かっている少年と少女の姿が。
ええ。分かっていますとも。ええ。
前にも同じ様なことがありました。セブルスとリリーです。

二人とも…。なんつーおっかねえ顔で走ってくるのさ…。
リリー、君は女の子でしょ。

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -