分岐点 extra

アルバス・ダンブルドア


目を覚ますと白い天井がまず飛び込んできた。
見覚えの無いそこは白とクリーム色を基調とした一室で、大きな窓に引かれた白いレースのカーテン越しに柔らかな光が射しこんでいた。

こんなに綺麗な空を久しぶりに目にした気がする。
これは夢の中なのだろうか?
夢ならば何故セブルスが居ないのだろうか?

生家の薄暗い室内と灰色の空を想いながら右手で光を遮ろうとする。しかし叶わず、指先が僅かながら反応するだけでシーツの上に留まっていた。
まだ寝ぼけているのかな、と今度は意識して握ってみるが掌の中でシーツがくしゃくしゃっと皺を生んだだけで終わる。
なんてことだ。まるで自分の物ではないみたいだ。

「これこれ、無理に動かしてはならんよ」

異常事態に言葉を失っている俺に嗜める声が聞こえた。
声のした方向へ顔を動かすと一人の老人が居た。
いつの間に来たのか、それとも初めからその場に居たのかは分からない。
マグルとは違う魔法使いらしい長いローブ。
長い髭と髪は銀色で、キラキラと輝く青い瞳を細めて俺を見つめていた。
穏やかな雰囲気は好々爺と呼ぶに相応しく、緊張に警戒を上乗せした俺に落ち着かせるように言葉を選んでいた。

「ここはどこですか?」
「聖マンゴ魔法疾患障害病院、と言って分かるかのう?」
「わかります」

先ずは一番初めに感じた疑問を口にする。
あっさりと返された答えに納得した。

「僕はどうして此処にいるんですか?」
「君は運良く闇祓い…大人の魔法使い達によって発見され此処に運び込まれたのじゃ。とても、とても幸運じゃった」

うんうんと魔法使いは何度も頷く。

「では、貴方は癒者(ヒーラー)?」
「いやいや、わしは癒者ではない。君を連れてきた魔法使いの友人じゃよ。そうじゃ! まだ自己紹介をしていおらんかったな。わしの名はアルバス・ダンブルドア。ホグワーツで校長をしておる」

驚いた。魔法学校の校長が何故この部屋に居るのだろう。

目を見開いてマジマジと上から下まで眺めた俺に、ダンブルドアは未だにこにこと微笑みを張り付けていた。
ゆっくりと身体を起こす俺を制すよう手を掲げた彼を無視し、ベッドに腰かけた。
相変わらず右手は動かなかったし、頭が酷く重い。
起き上がった事で彼がとても背が高いのだと新たに発見した。

「僕の名はセネカ。セネカ・スネイプ。助けて頂いてありがとう御座いました、と貴方の御友人に伝えておいて下さい。僕、帰らなくちゃ。弟がきっと心配している」

自分が着ているのが病院着と分かって衣服一式を探す。
今にもベッドから飛び出していきそうな勢いに、ダンブルドアが宥めるよう肩に手を置き押し戻した。

「おお、心配せずとも君の家族には既に連絡が行っておる。安心なさい。……セネカ、君には治療が必要なのじゃよ」

間近に迫ったキラキラとした瞳は俺の右手に視線を注いでいた。
袖を捲って二の腕まで露わにすると、手の甲からずっと白い包帯で覆われている痩せた腕が現れる。
包帯を取ろうと手を掛けたところで右手は彼に浚われた。

「本来君の様な子供に話すべき事ではない。しかし……君は知らねばならぬ。落ち着いて聞いてほしい。君の腕には―――呪いが掛けられておる」
「……呪い?」
「そうじゃ。非常に強い……闇の魔法じゃ」

そう言うとダンブルドアは懐から杖を取り出し包帯に向けた。
ひとりでにくるくると白い帯が解かれてくると、赤黒く変色した一本の傷痕が空気に触れる。
傷は手の甲から一直線に伸びていて、肘まで包帯が解かれてもまだ先がある様だった。

「肩の傷は既に癒えるおるが、この傷は非常に時間が掛る。今しばらくは入院してもらわねばならぬ」
「時間が掛るんですか?」
「長い時間と適切な治療と根気が必要不可欠じゃ。所で、君は君自身を傷付けた人物に心当たりはあるかね?」

なるほど、それが本題か。

再び巻かれ直される包帯を見守りながらそっと息を吐く。
流れるような会話の自然な成り行き。
此方の疑問に答えつつも一番の関心は其処だろう。
しかし困った事に俺はその答えを持っていなかったので小さく首を振る。

「わかりません」
「分からぬ、と?」
「顔は見ていません。黒いフードを被っていて、肌は白く瞳が……っ!」

赤い瞳。
そう言葉を紡ごうとした瞬間、突然雷に打たれたように身体が痙攣し頭が割れるような痛みに襲われた。僅かに身体が前のめりになる。
痙攣は右腕に留まり意思とは反対にひとりでに動き出し、真っ直ぐにダンブルドアの持つ杖を狙い、伸びた。

「(なんだ、これ!)」

信じられない面持ちで動き出した腕へ反対の手を伸ばすが、それより早くダンブルドアが捉えた。
杖を突き付け口の中で囁くよう呪文を唱え、じわりじわりと血の滲み始めた包帯を厳しい目で見つめる。暴れる腕は蛇のように蠢き、耳の奥底から聞こえたシューシューと舌なめずりするような声に鳥肌が立った。
治まった頃には俺は肩で息をし、全身に薄っすら汗を掻いていた。

俺の腕に掛けられた呪いは予想以上に厄介なようだ。

「大丈夫かの?」
「は、い…もう大丈夫です」

ぐったりと力の抜けた俺をベッドに横たえると、ダンブルドアは汗で張り付いた前髪を払って頭を撫でてくれた。
父親や母親にされた事がないその行為に何となく居心地が悪くなる。

「すまんかったのう。どうやら呪いをかけた本人の情報を聞くにはまだ早かったようじゃ……頷くだけで良い。君が見た人物の瞳は、赤かったのじゃな」

問うというよりは断定して確認しているかのような声。
頷くと痛ましい者をみるような目で俺を見るものだからつい「俺をそんな目で見るのはやめて下さい」と、ピシャリと撥ね退けていた。
彼の眼差しを、俺のプライドが受けつけなかった。
俺を通り越して呪いを掛けた人物へも憐れんでいるのも気に入らない。
こんな厄介なブツを押し付けられて腹を立ててもいたし。

「この傷は俺の油断と不注意から付けられてしまったものだ。貴方の所為でもないし、憐れまれるのも正直不快だ。俺はまだ自分の力で生活できるほど大人では無いけれど、自分の責任を人に預けるほど子供ではない」

年端もいかない子供が何を生意気な事を、と憤慨されるかと思ったがダンブルドは目をパチパチと瞬かせ「君は随分賢く、そして大人じゃのう」と悪戯っぽく微笑んだ。
なんでこんな事を言われるのだろう? と首を捻って「あ!」と声を上げて今更ながら自分の失敗に気付く。

そうだ俺。普通に喋っていちゃったじゃないか……。

普段なら有り得ない失敗に一人呻く俺。ダンブルドアは暇を告げて扉に手を掛ける。最後に、

「おお、そうじゃそうじゃ! 君を随分心配している家族がそろそろ到着する筈じゃ。…何せ君は一月の間眠っておったからのう」

カラリと開け放たれた扉から飛び込んできた影と衝撃的な事実に、俺は素っ頓狂な叫び声を彼の背に浴びせることになった。狸爺め……。

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