分岐点 extra

新学期、交わる足音


9月1日、9と4分の3番線。
真っ赤な車体が横付けされたプラットフォームで、俺達は友人と再会を果たした。

「こういうのを…不公平っていうんだろうねえ…」

混雑時をさけて早めに到着していた俺とセブルスは、もうすでにコンパートメントを確保し済みだ。
重たい荷物だって全部運びこんである。
それを見越して、あとから悠々とやってきた友人に対して一言くらい文句を言ってやっても良いんじゃないか?
と、俺は思うわけで。

――なんで一人だけそんなにニョキニョキと育ってんのさトーマ! 成長期独り占めか! こっちにちょっと返しなさい!
再会してすぐにいわれの無い非難をあびるだと!?
自分に非が無いとでも言うつもりか
俺が悪いの?!

久方ぶりに会ったトーマ・ランコーンは、もう五年生でも通じるほどに背丈が伸びてしまっていた。
心なしか筋肉も付き、細かった身体の線もそれなりの厚みがある。
よほど有意義な時間をすごせたのだろう。
日に焼けた肌も夏の始めよりも色濃い。

…俺とセブルスも入学時よりかは身長も伸びてはいたものの…やっぱり、これは不公平すぎるぜ!

「セネカ、こいつに弁当はやるな」
「うん。そうだね。これ以上の栄養を蓄える必要だって感じないもんね」
「ちょ、ちょ、なんの話?!」
「ミカサが『多めに作っておきましたので、ご友人方と一緒にお食べ下さい』って持たせてくれたお弁当の話さ」

座席の上に置かれた大きなバスケットには、種類も具も豊富なサンドイッチやサラダが、ぎゅぎゅっと詰め込まれている。
デザートはカスタードプティング。
ポットには紅茶も入っていた。

クリスマスの前に食べたシュトレンや、俺達宛で送られてくるお菓子などでその美味しさを知っていたトーマは「そんなあ!」と、悲鳴のような声をあげて、眉をへにゃりと垂れさせた。
…図体だけはでかいが、中身はまるで子供のままだな。

「(まあ、あんな量はとてもじゃないが食べ切れないから、最終的には彼の胃へ納まることになるんだけどね)」

結局のところ、俺とセブルス二人の八つ当たりである。
成長著しい友人たちからのささやかな、ね。
声変わりの兆候さえない俺達は、純粋に彼のことが羨ましいのだ。

――『ある事柄』に関しては、彼よりも何歩もリードしちゃってるとは思うけど。


「あっ、セブ。先に座ってて。僕ちょっと行ってくるとこがあるから」
「行くって…どこへだ? もうすぐで出発の時間だぞ」
「ん? あっちにチュニーを見つけたから、行ってきますくらい言ってこようかなーって、」
「……」
「セブ、眉間にシワ寄せないのー」
「…乗り遅れないようにしろよ」
「おーけー、分かってるよ! …あ、トーマ。いつまでも落ち込んでないで、さっさと荷物を運びなさい」
「…うぃーっす…」

めちゃくちゃ気乗りしない、不満を鳴らしそうな顔をしているセブルスに背を向け、人ごみをかき分けて目的の人物へと俺は駆け寄った。


「チュニー!」
「…! …セネカ、」

すらりとした肢体にスカイブルーのワンピースを纏った少女が、俺の呼びかけで弾かれたように顔を上げた。
夏らしいとても涼しげな格好だ。
ぽつんと、一人所在なさ気に立っていたのが気になっていたので、ああ声をかけて良かったな、と、ほころんだ顔を見て俺も笑みを浮かべる。

「一週間ぶり。リリーの見送りに来てくれたの?」
「え、ええ…」
「ふうん。そっか。…よかった」

昨年ここで気まずいまま別れてしまった少女たちの関係は、どうやら少しずつ縺れを解き、一年をかけて元の関係にまで修復されたようだ。
今日ここへ来てくれたのが、何よりの証しだ。
俺も手紙のやり取りをして援護射撃を送っていたのだけれど、いくらか手助けになれていたら良いなとは思う。

それでも、たまに顔を覗かせる彼女の「嫉妬」は、やはり根が深い。
近い存在だからこそ尚更、彼女はその違いから目を逸らせないのだろう。
もう「生まれそこない」なんて悲しい言葉をリリーに投げかけるようなことは無いけれど…時折見せる羨望の眼差しは、リリーへと向けられた。


――その所為もあってか、最近セブルスは俺が彼女へ近づくのを、よく思わない。


「(ああやって顔をあからさまに歪めちゃうもんだから、ほんと、困ったものだ)」

多感な年頃のこどもたちの感情は、めまぐるしい、と、つくづく思う。
ちぐはぐで、センシティブで、清廉な青さを感じさせる。眩しいくらいに。
リリーとの問題が一息ついたとおもえば、今度はセブルスだ。
まるで今まで無理に継ぎ合わせていたパズルのピースが、ぱあんと離れてしまったような、そんな印象を俺は覚えていた。

「(もし、またはずみで。今度は俺のことを拒絶したって、俺の方は全然傷付いたりしないのに…)」

どちらかと言えば傷付くのはペチュニアの方だろう。
ツンと顎をそらしてお互いに背を向けあう二人には、やはりどこか似たような部分がある。
言っても、否定されちゃうんだろうけど。

「こちらを立てればあちらが拗ねるってか…難しいなーもー…」
「なによ急に…ぶつぶつ言って、」
「ううん。こっちの話。…あ、チュニー。今日のそれ、すごく似合ってるよ」
「!」
「チュニーの瞳の色とおんなじ色だ。クリスマスプレゼントも使ってくれてるんだね」

ハーフアップにされている髪をまとめているのは、レースや小花で華やかに彩られたサテンリボンのバレッタだ。
これはリリーと色違いで、俺からの贈り物だ。
上げてスッキリとした首元を見せる髪型は少女に大人びた魅力をもたらしていた。
今日はいつもより背伸びをしているなあと、俺は微笑ましい気分になる。

ペチュニアは前よりもすこし綺麗になった。
ホグワーツでいうなら四年生にあたる歳の少女は、そういう年頃なのか以前よりも身体の線がまるみを帯び、女性らしい形へと作り変えられていく途中の匂いが滲みでていた。
男よりも、少女たちの成熟は早い。

「(…いつか彼女もリリーも、子供を産んで母親の顔になるのかって考えると、なんだかひじょーに感慨深い思いが湧きあがってくるなあ…)」

これは恋でもしてるのかな? 素晴らしいことだ!
そう言って、にこにこと笑う俺の視線から逃れるように顔を背けた少女は、もじもじと手をこねさせてぽつりと呟いた。
そばかすの浮いた頬が、ほのかに上気している。

「…すごく綺麗だったから、使ってあげてるだけよ。…それだけだわ」
「うん。でも、ありがとう」
「っ、…は、早く行かないと乗り遅れるわよ!」
「うわ! そうだった! セブに怒られる! ――じゃ、慌ただしくてごめんね、また手紙書くよ!」
「きゃあっ!」

軽く髪をなでて、去年と同じく頭にキスを贈って走り去る。
ペチュニアの髪からは夏草のようなあまい香りがした。

この時、リリーにも同じノリで贈ることがある俺は、彼女の頬がリンゴみたいに真っ赤になっていたなんて知る由もなかった。

セブルスがよく思わない理由が、少女の内で開花しつつある、ある種の感情に対してだなんて。
俺はまったく気が付いていなかったのである。


***


「…おーい、セブー。セブルスくんやーい」
「……」
「ねーねー。いい加減に機嫌をなおしてよー。しゃべってくんないとつまらないよー」

ホグワーツ特急が走りだしてから、早一時間。
サンドイッチを片手にページをめくるセブルスは、完全に俺を視界から外して自分の世界へと旅立ってしまっていた。
先程から何度もこうやって話しかけているけど、彼はちらとも顔を上げてくれない。

「(不機嫌の原因はなんとなく分かるが…それにしてもこれはちょっと、頑な過ぎるんじゃないかねえ…)」

案の定、俺は乗り込むのがギリギリになってしまい、待ち構えていたセブルスから怒られてしまっていた。
そして今に至るのだが。
…中々機嫌をなおしてくれない彼に、俺は苦戦をしいられている。

「(この状態で放置しておくと、ますます彼の機嫌が悪くなるからなあ…)」

謝ってもダメ。気を引いてもダメ。
こうなった時はいつも最終手段としてあれそれを実行する俺なのだが、同じ空間にはトーマがいるため、それは逆効果にしかならない。
べったり張り付きたくとも、分厚い本が膝を占拠しているので、それも出来ずにいた。

今日に限ってリリーは同寮のお友達と一緒だ。
彼女を味方につけて揺さぶる作戦もこれでは望めない。
…せめて歓迎会が始まるまでに、機嫌を直して頂きたいぜ。

「トーマじゃダメなんだよねー、トーマじゃ」
「ほふげどうじふぁ?」
「口いっぱいに頬張りながらしゃべらないでよ。お行儀が悪い。よく噛んで味わって、食べられることへの感謝を作り手に捧げたまえ」
「ふぉーいふぉーい」
「……ハァ」

まふりと俺もサンドイッチを頬張って、どうしたものか、と窓の外に流れる景色へ目を細めた。
青空にかかる雲は、少しずつ雲行きをあやしくさせつつある。
この分ではホグズミード駅に到着する頃合いには雨でも降りかねない勢いだ。

「(…ふう。セブルスの事ばかり考えていたから、今のところは全く眠気が下りてこねえ。…これも彼の手だろうか)」

昨年の失態があるため、俺だって眠気対策グッツを持ってきているのに。
トランプとかチェスとか、そういったゲーム的なものをさ。
まあ…それもセブルスが俺に構ってくれるという前提があって、初めて使えるんだけど。

「(うぅ…この沈黙と無視はすげえ堪える…)」

セブルスの宥め方にはテンプレートなど存在しない。
夏の間も忙しくしていたから、それも悪かったのかねえ…。
どうにもこうにも手詰まりな俺は、結局、隣から同じ書物をながめてすごすことと決めた。
相変わらず顔を上げないセブルスの肩へ、ことりと頭をのせて。


とんとん、たたん。ガタンゴトン。
列車がレールの上を走る音が絶え間なく続き、やがて辺りが暗くなってくると、ランプの明かりがコンパートメント内を照らし出した。
つり下げられたランプが、キィキィ、と揺れに合わせて音を鳴らす。

セブルスの肩に凭れたまま、こくこくと頭を揺らしてまどろんでいた俺は、本を閉じる音にそれをプツンと断ち切られた。
しょぼつく目を擦って顔を起こす。
ずっと同じ体勢でいたために身体の節々がパキパキと音を立てた。

「(あーやべ、うっかり気持ちよすぎて寝そうになってた…)」

いつから字面を追うことを放棄したのか、正直覚えていない。
向かい側席も何故か空いている。
なるほど。出ていったことに気付かないほど呆けていたらしい事くらいは分かった。

「よだれ。ついてるぞ」
「…え、マジ?!」
「制服を汚されてはたまらないからな。何度も拭うはめになったぞ」
「えー…ごめん。ありが、…と…………セブルス?」
「なんだ」
「ン、や…いいです。良いなら良いでそれで」

いつの間に機嫌が回復したんですか。
よだれの存在に気付くほどじっくり俺の顔を見てたんですか。
そう聞きたいものの、尋ねてまた下降されてはたまったもんではない。
本を開きながらハンカチ片手に拭う彼の姿を想像すると…かなりおかしい光景だけど。

ほっと胸を撫で下ろした俺に気付いているだろうセブルスは、横目でちらりと俺を見て、窓の景色を確認して立ち上がった。
夜空色に染まったホグズミード駅がもう目前に迫っていたのだ。
トランクへ本を仕舞う姿を見て、バスケットに縮小呪文をかけた俺も倣うように出しっ放しの荷物を片づけた。

ほどなくして、ゆっくりとブレーキをかけて車体が止まる。


「セブ、トーマは?」
「あいつは…お前が舟をこぎ始めた頃にでていったきりだ」
「ふーん。じゃ、ゆっくり行こうか。集合しなきゃいけない一年生と違って僕らは、別に焦らなくても良いもんね。要は間に合えばいいんだし」
「ああ、そうだな」

ガヤガヤと繋がるように出ていく生徒達の影をガラス越しに見て、浅く頷いた彼としばらく待つ。
その間に、森番の大きな声がここまで届いた。
遠目からながめた事があるくらいの、一方的な面識しかない森番ルビウス・ハグリッドは、山のように大きい背丈だけでなく、声量も相当なものらしい。

声が波のように引いていく。
恐らく、一年生を引きつれて去っていったのだろう。

「いくぞ」

同じタイミングで立ち上がった俺達は、実にすんなりと下車することが出来た。
もうそこには、ほとんど人影が無い。
ガランとしたプラットフォームは灯りが乏しく、今にも涙を零しそうな曇天がひしめくように空を覆っていた。

「今にも落ちてきそうな天気だ」

そう呟いた俺の声へ被せるように、駅から逸れた馬車道から「おーい!」という声が聞こえた。
聞き覚えのある声に導かれて、でこぼことヘコんで歩きにくい道を進むと、やっぱり、そこに居たのはいつの間にか消えていたルームメイトだった。
しかも、オマケのようにその隣には、眩いプラチナブロンドをなびかせた青年が立っている。

「おせーっての、お前ら」
「馬鹿か。あんな混み合ってる中へ、セネカを行かせるわけにもいかないだろ」
「おう、なるほど」

そんなあっさりと納得するなよお前も。
ぶーたれていたトーマを簡単に治めてしまったセブルスも、極当然のように言うんじゃない。
ルシウスを見ろ。こちらを実に興味深そうな眼差しで眺めているじゃないか。

「お久しぶりです、ルシウス先輩」
「…お久しぶりです先輩」
「ああ、久しぶりだな二人とも。相変わらず仲睦まじいな」
「どうしたんですか? 先輩まで」
「コイツが何かやらかしたんですか」
「うおいセブルス…」
「いやいや、そうじゃない。君達が遅すぎると彼が話すものだからね。…もう少し待機して姿が見えなければ、探しに向かう所だったのだよ」
「あー…それはそれは、」
「「すみませんでした」」
「いや、良い。何事も無いのならばそれで」

夜空を映しこんで冷えた瞳を細め、ルシウスは形の良い口元をゆるく持ちあげた。
歩く尊大と影で俺が名付けた彼には、そんな表情が良く似合った。

彼はあのクリスマス事件以来、何かにつけ寛大な様子を俺達に見せる。
…否。どちらかと言えば、俺の方へ「見せつける」という感じだろうか?
寮内での彼が持つ影響力を考えれば、これはとても歓迎すべき待遇なのだろう。
が、この今まで通りの頼れる先輩面の下では、並々ならぬ葛藤が渦巻いているのを、俺はなんとなく感じ取っていた。


――「あの御方」と彼らが崇める人物が気を留める存在を、彼なりに色々考えたものの、扱いを図りかねてもいるようだ。


「(それとなく監視されている気はする。が、あまり此方に不利益となるような情報もそうそう流せない、といった所だろうか)」

なにせ俺の手内には、彼の弱みとなるものが握られている。
ばらまかれたり噂に乗りでもすれば、確実にプライドがへし曲げられるようなものを、だ。
そこは変態さまさまだな。
ヤツは実に良い仕事をしてくれていた。

あー…ちなみに余談だが、ラバスタン・レストレンジにとっても致命的となる代物が…いくつかある。
もちろん、これは俺の指示だが。


「ねえ、ルシウス先輩」
「ん? どうしたセネカ」
「今度、写真を――「!?」…一緒に撮りたいと思うんですけど、よろしいでしょうか?」
「…あ、ああ。なんだ、そんなことか。別に構わないが…」
「わあ! ありがとうございますー。今年で先輩も卒業されてしまうし…記念に一枚、欲しかったんですよね」
「……あー、その、…セネカ?」
「はい。なんでしょ、ルシウス先輩」

あの時の事をセブルスに洩らしたらどうなるか分かってんだろうな。
そう、言外に匂わせ続けて彼を牽制する俺へ、片頬をひくりと跳ねさせたルシウス青年。
悪戯っぽく瞳をきらめかせながら俺は笑う。
そっと指先を唇にあてた俺の仕草に、彼は顔色を青ざめさせた。
実に愉快な表情だ。

卒業記念、という名目で色々とひどい目に遭ってしまった彼には、もうこれだけで俺が「どの場面の写真」を握っているのかが分かってしまったのだろう。
がんばれルシウス。
卒業後もこうやってチクチク弄っちゃうようなヤツだからな、俺は。


そうして一行が乗り込んだ馬車は、ガタゴトと揺さぶられながらホグワーツ城へと向う。

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