分岐点 extra

胸にかかげよ我らが杖を、


真昼でも灰色の雲が寝っころがって居眠りを決めこんでいるスピナーズ・エンドから飛び出すと、澄みきった青い空が広がっている。
今年もまた暑い夏がやってきたのだ。

ダイアゴン横丁に本社をかまえた我が社も、今年で四回目の夏を迎えていた。

大通りのショーウィンドウで商品をより魅力的なものとして映るように演出している他の店と違い、通販一択で勝負している我が社は、それはそれは見かけは平凡で、ある特定の方々から見ればみすぼらしい構えである。
しかし、セブルスを此処へ案内したあの日から、日々こつこつと俺が改築やインテリアの購入に精を出しているお陰で内部はかなり広い。

今や俺だけでなく、社員達にとっても過ごしやすい環境となっていた。
(スポンサーであるダンブルドアさまさまだ。いくら感謝をささげても足りない)

愛しい弟曰く、こんなとこに金をかけ過ぎてどうする、とのことだが。
気持ちの良い仕事をしたいなら、先ずは良い雰囲気作りから始めるべきだと俺はおもうけどね。

セブルス立ち入り禁止区域(視覚的に色々目に毒なため)のオフィスは、とても広く開放的で、マグルの会社を参考にしたガラス張りの部屋だ。
各担当部署ごとに仕切られてはいるものの、基本的にみな自由に行き来していて、明るくて、体育会系的ノリなやつらばかりが自然と集まっている。(体格的にも)
今のところ離職者は少なく、年を追うごとに人員は増えていた。

それなりに名が売れてきているというのもある、の…かな?
まあ何にせよ。会社が順調に成長している証しだ。
少数精鋭から徐々に大所帯へと変わりゆくうちは、今や世間からある種の注目を浴びてもいた。

ふむ。我が社の売りはオリジナルブランドの商品と、どんな場所へでも笑顔で配達をしてみせる! という熱い意気込みだろうか。
(てか、これは俺が言いだしたことではなく、彼等の間で自然と生まれたモットーである。体育会系の体質が会社に浸透してしまっていてとても面白いと思う。…誰が最初に言い出したかはすぐに分かったけどね)


そんな我が社には、思いつく限りの様々な商品を取りそろえてある。が、ターゲットは主に学生と女性だ。
特に、主婦層からの支持が高い。
…リピーターである彼女達のお目当ては商品というよりも、それをお届けする、魅力的な笑顔を振りまく男たちの方だと思うけど。

「バラエティーに富んだカッコイイ男性配達員ばかりの通販会社」というイメージが、何故か一人歩きをしている現状。
これが「ある種の注目」の内容である。

……俺が意図して選抜したわけじゃないが…まあ…見た目が水準よりも上な男たちが多いことは認めよう。うん。
主婦の口コミはすごいと思うし、実際、ありがたいです。
商品と共に彼女たちへ潤いをお届けしていますって感じですね分かります。

顧客リストの中に「モリー・ウィーズリー」の名を見つけた時には、今日も良い天気だなー、などと遠い目をして空を仰ぎ見てしまったけど。


まあこんな風に会社についてお話したが、どこの企業にもあるように、ここには社外の人間へは語ることの禁じられている事柄だって、いくつもある。 
身内であろうとそこに例外は無い。

例えばそれは、

この会社の社長が(つまり、俺のことだが)未だに成人もしていない、ホグワーツに在学中の子供であるという事とか。
本社全体にはあらゆる防護策がほどこしてあるだとか。
社員証のかわりとして彼らの胸で光り輝く「メダイユ」が、忠誠の術の織りこまれた特別製の物だとか。

――この開放的で明るいオフィスの下の、そのまた下に位置する地下に、どんよりとした闇に沈む陰気で暗い地下牢が存在するのだ、とか。そんなとこ。


『Authorized Personnel Only』


そう書かれたプレートのかけられた、特殊な鍵がかかったドアをくぐり抜けて階段を下りた場所に、それは存在する。

真新しい空気を取り込むことも出来ないそこは、圧迫感を感じさせるほど天井が低い。
俺のような子供でも、立っているだけでもやっとだ。
ホグワーツで使用されている地下牢教室よりもかなり狭く、佇むだけで肌がふつふつと粟立つほどに冷えている。

あー…ちなみに、今現在俺がいる場所は、まさにその噂の地下牢だったりするんですけどねー。マジで寒い。


「――じゃあ、僕はそろそろお暇しちゃいますからね。あんまり帰りが遅いと、心配性な家族に怒られちゃうんで」

もしもーし、聞こえてますかー?
そう言って爪先でつんっと暗闇をつつくと、ジメジメとした石畳に這いつくばっている影がもそりとうごめいた。

「あ、良かった。ちゃんと意識はあるみたいですね。ひとり言とかほんと空しいんで、次に会った時はちゃんとお返事して下さいね。…約束ですよ?」

温もりを持ったその影はもちろん、人間だ。
彼は、この夏の間、お世辞でも快適とは言い難いここに仮住まいを余儀なくされてしまった男である。

ストレートな言葉で表現すると監禁ってやつね。

見た目はがっしりとした、恵まれた体格を持つ男だ。
歳の頃は二十代前半とまだ若く、顔付きは野性的で精悍。
タカのように鋭くつり上がった瞳はギラギラとした攻撃性を放ち、その身にしたたる残虐性を主に買われていた、と聞いている。

――この男の名はラバスタン・レストレンジ。
今もっとも魔法界をお騒がせしているしつこくてお稚児趣味でいやらしい男、ヴォルデモート卿の忠実な下僕のひとりである。
「なぜそんな男がここに居るのか」という疑問への答えは、あとで分かる事なので以下省略。


「(そもそもだ。俺の想い描いていた未来には、こんな予定などありはしなかったんだけどなー)」

と、自分の足元でうずくまりながら呻く男を見下ろしながら、俺はうーんと一頻りうなってから首をひねった。
だらしない顔のまま悶える男が、俺の靴にほおを寄せようとしたので、さっと足を引いてよけながら。

ちょっとばかし過激な『しつけ』を施された男は、全裸なのに、何故か身体全体がしっとりと汗ばんでいて、熱っぽい吐息をこぼしている…。

…ああ、誤解を招く前にすこしだけ言い訳をしようか。
彼の衣服を剥いだのは俺じゃない。
脱臼をしている肩も、肌の上で生々しい色を残したすり傷と裂傷も、俺が負わせたわけじゃねえ。

もともと俺は血が苦手である。
自分が流したものでさえ気持ちが悪いとおもうくらいなんだ。
まあ必要に迫られれば実行しただろうが…痛めつけて快楽を感じるような異常性癖など、俺は持ちあわせていない。


ちらりとまた、男を見下ろす。
そしてまた、あさっての方へと視線をそらした。

「(……ものすごく期待を込めた眼差しでガン見されていたんですけど。マジでこの男、どうしてこうなっちゃったのさ…)」

彼の『しつけ』をする役目を買って出たのは俺だ。
つまりこの変わりようの原因は、俺、ということ。

今回ばかりはやり過ぎたか、と、ちょっとばかり反省しなければいけない気がした俺である。


***


重い音を立てて閉じられたドアに背を向け、いそいそと階段を駆けあがった。

そして俺は物の見事に。盛大にこけた。
…どうやら湿気で滑りやすくなっている階段は、俺には優しくしてくれなかったようです。

「おわっ! 旦那! 大丈夫っすか?!」
「…すっげえいたい…」

快活な声に這いつくばりながら答えた。
…地味に痛いうえに、ちょっと鼻を擦った気がするぜ。
差し出された手を掴もうと思い、しかしそれよりも早く脇に差し入れられた手に寄ってぶらんと持ち上げられていた。

「おいやめろフランシス」
「あーらら。鼻がちょっと赤いっすねー」
「無視か。そしてこれ幸いと抱きしめんな」
「あんなえげつない事やるのにやわらけえ〜。このギャップたまんねえっスね! …すーはーすーはー」
「はうっ! ばか、首にっ、顔を埋めるのを、やめ、っ…ろ!」
「…………なんか旦那ってば、最近色っぽくなってきて無いっすか…?」
「は…はぁ?!」

なに訳の分かんねえこと言ってんだコイツ。
お色気担当はセブルスの方だろ。俺じゃねえ!

ジタバタもがく俺の抵抗も、体格の差で埋めてしまう男は意に介さない。多分、可愛い抵抗と思われているのだろう。
そのまま地下階段から出たフソウは、兄の待つ部屋へと足を向けた。
くそっ、思いっきり匂いを嗅いでやがる…!

「ミカサー!」
「はい?」
「お待たせ兄貴、御届け物でーす!」
「たすけてー!」
「おやおや…またですか、」

すらりとした長身の黒衣が振り返った。
バーンと足でドアを開けて入って来た弟と、その腕から助けを呼んでいる俺という状況を見て、副官殿はやれやれと肩をすくめている。
力関係が如実な彼らだ。
弟は無言の圧力に屈し、大人しく彼に差し出された俺はそのまま受け渡しをされる。

「マジで荷物扱いとか」
「やー、どちらかてゆーと子猫ちゃん扱いっすねー…あ! 今度セブルス様と猫耳つけていちゃいちゃして下さいね! 俺が見ている目の前で。是非!」
「だが断る」

ふかふかのソファに下ろしてもらい、適当に変態をあしらいながら、ミカサの淹れた紅茶を飲んで一息つく。
明るい応接室にさわやかな香りがふわりと広がった。

今年とれたばかりの、春摘みのファーストフラッシュだ。
香りのよいこれが俺のお気に入りだと知っている彼は、指定が無い場合はよくこれを淹れてくれる。
うちは茶園と契約もしているため、毎年必ず、こうして季節ごとに採れる紅茶が楽しめているのだ。社長特権万歳。


「さて」

一杯を飲みほし、カップを置く。
話しをするために二人が向かいに座る姿を確認してから、足を組んだ。

「デス・イーター、ラバスタン・レストレンジは堕ちた」

真面目な顔で俺がそういうと、片方は神妙な顔で頷き、もう片方は微妙に笑いまじりな顔で応じた。
この夏の間をかけて『しつけ』を施した男は、俺の努力の甲斐あってさきほど『お願い』に頷いたばかりである。
これはその結果報告だ。

「もう彼は、うちの社員には手を出すこともない。肩の治療を済ませたらどこか適当な場所に放しても良いよ」
「承りました」
「フソウ。襲われたアビーの怪我はどう?」
「あー…傷は癒えてますけど、復帰にはもうちょっとかかりますかねー。なんせ磔の呪文を受けてますから」
「……もうちょっと念入りに躾けるべきだったか」
「「いえ、アレでもう充分です(っす)」」
「あ、そう」

なにも声をそろえてまで言わなくとも。
昔の友人に習ったとおりの『しつけ』を実践していたまでで…あれは決して俺の趣味故の行いじゃないんだけどねえ…。

「つーか、大の男がいたぶられてるのに下半身をギンギンにさせていく姿なんて…そんなのに興奮なんて覚えたりしないよ俺…」
「新境地への開拓をお手伝いしてしまいましたからね」
「なにそれめっちゃ精神的ダメージくらった気分になる」
「旦那ってばマジその方面の才能ありますって。俺は逆に少年を性的に開拓したい派っすけどネ!」
「いや、そんなこと聞いてねえから」

はっはっは。
まったく褒められてる気がしねえな!


――俺達がラバスタン・レストレンジという男を捕縛したのは、一年の学期末も過ぎ、夏季休暇に入ったばかりの事だ。
なんでも、配達を終えて会社に戻る途中で出くわしてしまったのだという。

『うちの社員に手を出したデス・イーターを捕まえちゃったんですけど、…これ、どうします?』

そう彼等から連絡を受けた当初の俺は…それはもう、怒り心頭、という言葉が当てはまるような感じだった。
(みるみる表情を失くしていく俺に、事情の分からぬセブルスがうろたえた、という話しは余談である)

狙われたのはもちろん偶然だ。
物騒な世の中になっているから、気を付けるようにと言ってはいたのだが…。

「(純血でも、逆らう相手にはまるで容赦がない、な)」

今年の春に入社したばかりのお針子、アビーはマグル生まれではない。しかし、相手が悪かった。
ひとりで行動していたのもまた裏目に出た。
…暴力的でサディズム傾向の強い相手に追い詰められた彼は、駆けつけた時にはひどい有様だったのである。
その昔に自分が受けた仕打ちを思い出すほどには。

「(…思いだすだけで、胃の辺りがなんだかムカムカしてくるぜ)」

はぁー、と肺から上りつめた重い息を吐きだした俺は、テーブルの上にある資料へと目を落とした。
動く写真もいくつか散らばっている。
一番上には地下牢で今も悶えているであろう男と、その兄夫婦の写真がこちらに睨みを効かせていた。

それらを手にとってめくりながら、口を開く。


「彼はこれから、ケーリュケイオンのメダイユを見るたびに自分が受けた仕打ちを思い出すだろうな」

ケーリュケイオン。
それはギリシア神話にあるオリュンポス十二神の一柱、神々の伝令役であるヘルメス神がもつ杖のことだ。
商業の守護神でもある彼の杖を我が社はシンボルマークとして用いている。
頭には翼。
柄には二匹の蛇が絡みついた、伝令役の証しともいえる黄金の杖だ。
その意匠が刻まれたメダイユがなければ、社内に入ることはおろか、入口を見つけることさえ困難となる。

「これからは単独行動は一切許可しない。常に二人一組でチームを組むように。編成は…ミカサ、君に一任する」

視線は手元を見つめたまま、そう俺が命じる。
マルフォイ、クラップ、ゴイル、エイブリー、マルシベール、と、見覚えのある名前を飛ばして、最後の一枚で手が止まった。

ヴォルデモートと書かれた羊皮紙には、なんの情報も書かれてはいない。

奴が係わったとされている案件についての資料はまた別にあるものの…家系図や経歴といったモノは白紙同然だ。
つまり、人物像や交友関係を把握するために必要な「おいたち」という奴が、何も、ない。


「――うちの社員に手を出すということは、俺に杖を向けることと同じだ」


この言葉だけは、目の前の彼等に向かって語っているものではなかった。



資料をテーブルにほうって足を組みかえると、腕を組んで顎に指をそえ、しばし思案する。
(この姿がセブルスと同じ仕草だという事に、俺はまだ気付いていない)

「そもそも俺がこの会社の立ち位置として求めているのは、白でも、ましてや黒でもない」
「混じり合って曖昧に溶けた灰色だ」
「…どっちかつかずで、実に都合のよい。金を積まれればその分だけ仕事をしてあっさりと離れられる、傭兵部隊みたいな感じが望ましい。と、俺は思ってるんだけど…」

「おお…なんかそれ、カッコイイっすね」
「確実に嫌われ者街道をいくけどな。――ミカサ、今後は護衛のオーダーを受ける時は、相手の足元を見て金額をつりあげちゃって構わないよ」
「おや、よろしいのですか?」
「本格的に『護衛屋』家業にも精を出そうと思ってさ。…今までが安すぎた位だし、それくらい別に構わないだろ。安全が金で買えるくらいなら安いもんさ」

なんせ護衛につく彼等だって命をかけているんだ。
本当に必要としている、後ろ暗くて、切羽詰まった連中ならいくらかふっかけても必ず応じるんじゃね?
そう言って俺がニヤリと片頬をもちあげると、おだやかな笑みを浮かべた彼の瞳にも、意地の悪い光がともる。

「ふふっ。…では、そのように」
「頼りにしているよ、副官殿」

にっこり笑うと彼も極上の笑みで応えてくれた。
これで話しは済んだ、とキリの良いところで立ち上がった俺は、彼等に帰るむねを告げて暖炉へと向かう。

「新学期は明日からでしたか」
「そそ。だから早く帰んねえと、今頃セブがカリカリして爆発しちゃってるかも知んないね」
「では是非。時間に余裕がありましたら、一度こちらにお立ちより下さいませ。お弁当を用意しておきますので」
「わお! やった! ミカサの料理すげえ美味いから好き。セブも喜ぶよ、ありがと!」


じゃ、またねー。
俺はそう言って元気よく手をふり、ぼありと燃え上がったエメラルドの炎に飲み込まれた。

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