分岐点 extra

舌にのせた甘ったるい夢


Sideセブルス

僕はとてもイライラしていた。
部屋の中を腕組みをして歩きまわり、時々時計へと視線を向けてその秒針が進むごとに鳴らす舌打ちが増える。
短針は既に11の方向を指し示し、帰宅してからもう二時間が過ぎていた。

「……遅い、」

一体何をやっているんだセネカは。
いくらなんでも遅すぎるだろう。
ぶつぶつと呟き、また落ち着かなげに部屋を往復しては、苛立ちと腹立たしさで心配を塗りつぶしていた。



セネカがパーティーの途中で姿を消したのは直ぐに分かった。

いつも視界の端に必ず入れていたのに、ちょっと他の事(…はしゃぐフソウの事だが)へ気を取られている間に居なくなっていた。
セネカの事だから他のテーブルを回ってデザート巡りでもしているんだろう。
そう思ったけど、それは直ぐに違うのだと知れた。
ミカサが「そろそろ戻りましょう」と僕だけに帰宅を促したからだ。

「なぜだ」
「そう事前に指示を受けております」
「理由は? 何故僕一人だけで先に戻らなきゃいけないんだ。セネカは? セネカはどこへ行ったんだ。…ミカサ、お前になら分かるんだろう?」
「セネカ様は今、『重要なお客様』とお会いになっていらっしゃるのです。御一人で姿を消されたのも、それ故に」
「……客、…仕事の方か?」
「申し訳ありません。私にはそれをセブルス様へお伝えできる権限は無いのです」
「……」
「セネカ様はご自身の帰りが遅くなると見越しておられました。ですから、セブルス様だけでも先にお戻り頂くようにと、あの方は私に命じられました」

どうぞ。ご理解の程を。
事務的とも感じられる彼の態度。
静かに諭すミカサの言葉に、あの、事前に約束させられていた言葉がふと浮かんだ。

『連れてくけど、僕の言う事をちゃんと聞くように。約束だよ?』

……なるほど、そういう事か。
そうならそうと前々から言えば良いのに。
『仕事』に関して僕が口出し出来る事なんて無いのに。
僕にまた隠し事をするなんて…セネカのこういう所が僕は気に入らない。

「(後ろ暗いと思っているのなら、素直に話せばいいんだ)」

何も全て曝け出せっていうんじゃない。
誰しも秘密にしておきたい事はある。僕にだって勿論。
けれどセネカは、それが多過ぎて抱え込んで一人で突っ走る傾向があるから問題なんだ。

「(…チッ…気に入らない、人の気も知らないで)」

この時点で僕の機嫌は下降の一途を辿っていた。
ミカサが残るのだと言い、必然的にフソウと二人っきりで姿暗ましをして帰らなきゃいけないんだと分かると、尚更表情が険しいモノへと変わっていく。
そんな僕を見てランコーンがからかって来たのも気に障った。
…休暇明けにアイツを魔法薬の実験台にしてやる…。


ぶすっとした顔で門を潜り、高い生垣を抜け、見送るために付いて来ていたミカサへ僕は手を伸ばした。
身を屈めて首を傾げ、手を差し出してきた彼の手のひらへ『あるモノ』を託すと、ミカサは直ぐに理解を示して「承りました」とやわらかく微笑む。

「なに? それ…」
「アマゾナイトだ。別名、ホープストーンという」
「迷子石ですよ。これを使えばマーキングしている物を追えます。…セブルス様、対にしていらっしゃる品物は何になさったのですか?」
「セネカのリボンだ」

ずっと首から下げていたこの空色の石は、彼から譲り受けたものだ。
どんなことに使えるのかは自分で調べたけど。
…今こんな風にコレが役立つとは思わなかった。
これは広いと予想出来たマルフォイ邸で、セネカが迷子になった場合の対策として用意していたものだ。
アイツはそういうとこも抜けているからな…。
まさかクリスマスプレゼントにこんな呪いが掛けられているなんて、セネカも思ってはいないだろう。
大方、物騒な呪いが施されているのだと思っているに違いない。

合流する事が難しいと感じたら使って欲しい。
そう言葉も添えると、ミカサは僕の目を見て、確りと頷いた。

『……兄弟そろって…相手にストーキンググッツを贈り合ってたなんて…なんか、すげえ偶然…』
『それだけお互いの事を案じていらっしゃるのですよ』
『旦那のアキレス腱はセブルス様だもんな〜。ま、これで不安要素も取り除かれて、今頃は安心出来て思いっきり暴れてんじゃね?』
『そう事が上手くいく相手だと良かったのでしょうが…
『大丈夫! だって、旦那だしさ!』
『……貴方のその自信はどこから来るか。一度じっくり話し合うべきですね』
『やだ兄貴何でそんな怒ってんのっ?!』
「…ニホンゴで会話されると、流石に分からないんだが…」
「ああ、申し訳ありませんでしたセブルス様。少し灸を据えて置きましたので、」
「そうか」
「フラン、おイタをしてはいけませんよ?」
「……うーい…」

こうして、僕はフソウと共に会社まで戻って来た。
ベタベタと纏わり付こうとしていた彼を早々に部屋から追い出して、ドレスローブから着替えて一通りの準備も終えても、まだセネカは帰ってこなかった。



ああイライラする…。
思い出したら尚更このイライラが止まらなくなっていた。
何の連絡も無い事がとても嫌だ。
ただ待つ事しか出来ないのがすごく辛い。
……顔を見せたら一発ガツンと言ってやらなきゃ、到底治まりそうにないな。

眉を寄せて時計を睨み続けていると、コンコン、ドアをノックする音が鳴り、僕は弾かれるように振り返った。

「――セブルス様。起きていらっしゃいますか?」
「……起きてる」
「失礼します」

ガチャリとノブの回る金属音と共にドアが押し開かれる。
背の高い彼が視線を落として僕を見つけ、腕を組んで仁王立ちして待ち構える姿に小さな苦笑を零した。
片眉だけがそれに反応して持ち上がる僕に近寄って来る。
彼の背後へちらりと視線を流しても、セネカは姿を現さず…少しだけ不安の色が僕の顔に滲む。

「大分お待たせしてしまい申し訳ありません」
「…別に」
「大丈夫ですよ。セネカ様はご無事です。やはり合流をするのに手間取ってしまいまして」
「その肝心の本人はどこに居るんだ。顔を見せなければ、帰って来たなんて、いえない」
「ああ、…えー、そうです、ね…その通りですね、確かに」
「…?」
「いえ、ちゃんとお連れ致しました、のですが…その…」

彼らしくも無い奥歯に物の詰まった様な言い方。
…何なんだ、一体。
どうしたと言うんだ。
困ったように眉を下げたミカサが僕へ石を返す時に、小さな声で耳打ちをしてきた。

「…とても落ち込んでいらっしゃるようなので、あまり今夜は責めないで差し上げて下さいませんか?」
「落ち込む? セネカがか?」

すっと身を引いて扉の方へと戻っていく後ろ姿に、首を傾げながら訝る。

「さあ、セネカ様」

ドアの隙間からちょっとはみ出ている濃紺のローブ。
隠れているつもりなのかもしれないがバレバレ過ぎる…。
ミカサに促されてそろそろと顔を覗かせたセネカは、僕のことを見て、きゅっと唇を引き絞ると此方へ近寄って来た。
俯きがちにとぼとぼ歩くセネカ。
僕の前で止まると、静かにドアを閉めてミカサが退室していった事で痛いほどの沈黙が落ちる。


「…随分と、遅い帰宅だったな」

先にそれを破ったのは僕だった。
なかなか顔を上げないのに焦れて、つい、苛立ちを乗せた冷たい声が出ていた。
ビクッと過剰なまでにセネカの肩が波打つ。

「……ごめん、なさい、」

消え入りそうな声。
謝罪を口にしたセネカの手は、ローブの袖を皺が残りそうな程キツク握りしめていた。
相変わらず顔も上げないで、小さく震える肩に、僕の方が待たされて怒っているのに…何だか僕の方が悪い事をしているみたいじゃないか、と少し罪悪感が芽生える。

「(…セネカはずるい。こんな、目の前ですごく落ち込んでいる様子を見せつけられれば、僕の方から寛大な態度を示さなければいけなくなるじゃないか…)」

気まずい空気が流れる。
僕のイライラは次第に治まりをみせていたけど、口を開けば傷つける内容しか飛び出て来ない気がして、開く事を躊躇っていた。
…取りあえず、着替えさせることから始めないと。だな。
その前にと、頭の先から爪先までを順に観察して無事を確かめていたら、行きとは違う、パーティーで別れてしまった時とは違ってしまっている個所を見つけ、僕の目が光った。

「セネカ、リボンはどうした」
「……っ!」

疑問に思った事を素直に出しただけだった。
でもセネカはそうは捉える事が出来なかったようで、勢い良く頭を上げると今にも泣きそうな顔で「セブ!ごめんなさい!」と叫んだ。
僕と同じ真っ黒な瞳がゆらゆらと揺れ、驚く僕の顔を映す。

「い、いつのまにか、解けてた、っみたいで…! 探したけど、み、見つかんなくって、ミカサにも手伝ってもらったんだけど、でも、どこにも無くって、」
「セネカ、落ち付け」
「折角セブがくれたのに、貰った日に失くして、も、どうしたらいいか分かんなくてっ、でも見つかんなくて、いつ落としたのかも分かんなくて、いや多分あの時だと思うんだけど、」
「セネカ!」
「――っ、うー! うー!」
「……ハァ……分かったから、落ち付け。…頼むから」

…なるほど、落ち込んでいた理由はソレか。
矢継ぎ早に言葉を重ね、止め方も忘れてしまったかのように話しだしたセネカ。
その勢いも、頭ごと引き寄せて胸に押し当てる事で漸く止まった。
うーうー唸って尚も話そうとする身体を放さない様に抱きしめて、耳元で同じ言葉を僕は囁き続ける。
落ち着かせる為に背をさすっていると少しずつ強張りが解けていく。

全く…世話がやける…。
抱きしめていた力を弱めて額を合わせる。
そしたら、泣きそうな顔が更に崩れてしまって…ちょっとだけ僕は焦ってしまった。
セネカに泣かれるのは、すごく、その…困る。

「形あるものはいつか必ず壊れるし、無くなってしまう事もある。そう僕に言ったのはセネカの方じゃないか。起きてしまった事にいつまでもくよくよするな」
「……だって、」
「リボンならまた贈る」
「…そういうんじゃないもん」
「また懲りずに探しに行かれて待ち続けるのなんて御免だ。僕に何も言わずに消えられるのもな」
「う! …ごめん」
「謝るくらいならもうするな」
「…ぜんしょします…」

確約する気の無い返事に少しムッとする。
嘘を吐きたく無いからって、そうやって誤魔化すな!
そう言いたいのをぐっと我慢して顔を背け、身体を離してバスルームへと向かう為に横をすり抜けた。
身体が冷え切っていたセネカを風呂へ叩き込む為に、だ。

「(あんなに身体を冷やして、……っ、ばかだ、セネカは)」


悲しまれて喜ぶ自分の方がもっと馬鹿だと思った。


失くしたと分かった瞬間、きっと、僕の事で頭が一杯になったセネカは、失せモノ探しの呪文がある事さえ頭からすっぱり抜けていたのだと思う。
そう結論づけて立ち止り、着替えの事にまで頭が回っていなかった事に気付いて振り返った。
自分で用意してバスルームに来い。
そう言おうと思って。

「(――――な、なんで、……なんで、泣いてるんだっ!?)」

身を捩じった状態で僕は固まった。
途方に暮れた顔で佇んでいた半身の瞳から、大粒の涙がぼろぼろと零れていたからだ。
泣きそうだとは思っていたけど、まさか本当に泣いてしまうなんて。
ど、どうしてだ!?

「お、ま、待て、セネカ! な、泣くなっ!」
「…へ?」
「無自覚か!」
「…ん? …うえ、なにこれ…」

心底不思議そうに首を傾げるセネカは本当に自分が泣いている自覚も無いようだ。
傾けた事でまた透明な雫がころりと落ちた。
手で擦っても次々と溢れてくる涙が頬を濡らし、動揺する僕の前で床へ混じる。
ギクシャクと錆び付いたように動きを鈍くした手足を動かして近寄ると、またどうしていいか分からなくなって視線がうろつく。
無意味に手を上げ下げしている僕はかなり滑稽だ。

全くと言って良いほど泣かないセネカだから、僕は本当に、こういう時どうやって泣きやませれば良いのかが分からない。
前に一度、――あの痛ましい姿で泣き叫んでいた夜に見たきりだ。
取りあえず頭を撫でてみたはいいけど…本当にどうしたら…。

「(…ハッ、…そういえば、こういう時の対処法をセネカに教わっ――だ、ダメだ! アレを、僕の方からなんて、出来る訳がないだろっ)」

けど、混乱する頭では他に良い方法が思いつかないのも確かだ。
知識を詰め込んでいる時の方が余程楽だなと思った。
知らないことは、勉強をすれば良いんだから。
……。


意を決し、両手で頬を包みこんで額へ唇を寄せると、セネカがびっくりして目を大きく見開いた。
止まらない涙で濡れた頬にもキスを落とす。
僕の方からすることは滅多にないので、たったこれだけのキスで恥ずかしさが込み上げた。
くっ…こんなに僕が頑張っているのに、どうして止まらないんだっ。

「泣くな」
「せ、せぶ…」
「泣くのはもうダメだって、言っただろ」

躊躇いがちに唇へ自分のそれを押しつけると、首に腕が回され。
僕の侵入をセネカが許した。


…別に、セネカとのキスが嫌だっていうんじゃない。
始めはなんでこんな事をするんだって思っていたけど、慣れてくれば気持ちも良いし、あったかいし、何よりも…セネカが喜ぶ。
でも正直これはとても恥ずかしいと思う。
心臓がバクバクして煩くなるうえに、なんだかいけないことをしている気分になる。
親愛のキスはまあ…いいとして、こんな、恋人同士がするようなキスは、普通、兄弟ではしないものじゃ無いのか?

「(…セネカが考える事はいつも突飛過ぎて、僕にはまだ理解できない事が多過ぎる、)」

お互いに舌を絡め合いながら、まだ幾ばくかの余裕が残っている内に腰を引き寄せると、手のひらの下でセネカの腰がビクビクと跳ねた。
別たれた貝殻の合わせ目をくっ付けたように、お互いの身体がぴったりと重なる。
息苦しさの中で薄目を開けると、切なげに眉を寄せて僕に応える顔が視界いっぱいに広がった。
…くぐもった声を漏らして自分から角度を変えてきた。
目元を赤く染めているセネカは、僕と同じ顔のつくりのはずなのに……こういう時だけ、なんだか色っぽい。
セネカなのに。
見てはいけないモノを見てしまった気分にさせられる。


――涙は、もう、止まっていた。


どれくらいそうしていただろう。
突然セネカの膝がかくりと崩れ、慌てて支えて直ぐ傍にあったベッドに運んだ。
呼吸する術を学んだ僕は以前よりも余裕を保てる事ができ、腕で顔を覆って苦しそうに喘ぐその隣へ腰を下ろし、覗き込む。
眉を寄せる事で火照る顔を誤魔化しながら。

「大丈夫か?」
「…う、ん。ちょと、いつも、っより、疲れてたから、それ…だけ、」
「そうは見えないから聞いてるんだ」
「待て、っほんと、待って、」
「……なんで隠したままなんだ。もう泣いて無いなら顔を見せろ」
「っ、いや待って、ほんとっ、――頼むからっ」
「……」
「うわぁああああセブ! 見ないでってば!」

拒否されてムッとした僕は、頑なに顔を覆う腕を掴んで無理矢理どけて、その顔色を確認して驚いた。
セネカの顔が真っ赤に染まっていたからだ。
これ以上ない程に。
真白な首元も同じ色に染め上げて、必死に僕から顔を背けようと頑張っていた。
それも直ぐにくたりと落ちてしまったが。

「……だから言ったのに」
「……自分からもする癖に」
「ぼ、僕からは、いいの!」
「…される立場になると弱いんだな、お前は」
「〜〜っ、うっさい! セブの馬鹿! イケメン!」

そう言って迫力の無い顔で僕を睨むと、背を向けてセネカはふて寝を始めてしまった。
…着替えてもいないのに、このまま寝る気か?
このまま寝るなと叱っても既に眠りの波が押し寄せているらしいセネカは動こうとしなかった。
とろんとした顔で呂律のまわらない、訳のわからない事ばかりしか言わない。

「…ほんとに、手のかかる奴だ」

起こす事を早々に諦めた僕はドレスローブとベスト、タイと靴、…少し迷ってズボンも脱がせて転がす様に移動させて、上掛けを掛けてあげた。
その隣に自分も滑り込んで明かりを落とすと、日付がとうに変わっていた事に気付く。


「メリークリスマス、セネカ。…おやすみ」

温もりを分けるように抱きしめて眠ったその夜は、なかなか寝付く事が出来なくて…とても困った。


(心臓がうるさい…セネカの所為だ、)
(…くっそ!)


***

番外編に「63話その後」のお話があります。
前後編のお話で、後編は「鍵のお部屋」行きです。

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