分岐点 extra

少年と帝王さまと、…しもべ?


絢爛なる宴から一歩離れると、無人のエントランスホールを横切った。
導き手はいない。
しかしどこへ向かえば良いのかは何となく分かる。

「(ああいう手合いは、大抵、最上階で待ち受けているものだ)」

物語の定番。ラスボスは難解なダンジョンの奥で「来たか…勇者よ…」と高笑いを添えてふんぞり返っているものである。
俺は勇者ってガラじゃねえけど。

ローブの上を撫でて手札を確認し、軽い靴音を大階段に落としながら他人の家というのもお構いなしに先へ進む。
二階を通り過ぎ、三階へとまた昇り、誰にも見咎められる事無く最上階に辿りつくと長い廊下が眼前に開けた。
突きあたる壁も遠く薄暗く、人の気配もなんら感じられない。

うむ。無さ過ぎて逆に怪し過ぎるぜ。
油断無く神経を研ぎ澄ませてその廊下を歩き始めると、頼りない明かりに影が浮かび上がり、足を止めた。

「…へび、」

おいおいおい。マルフォイ家。
この家は孔雀だけに止まらず蛇までもが放し飼いなのか?
しかもコレ、かなりデカイぞ…
子供サイズならば余裕で飲み込めそうな程の大蛇。
そんな大物が俺の進行方向で太い胴体をカーペットの上でくねらせていたのだ。
蛇は俺に気付いているようで、ずるりと身を揺らし鎌首をもたげると、シュー、シュー、と舌を口から出しながら丸い虹彩を細めて笑んでいた。

…なんだよおい。
まさかこの俺でディナータイムと洒落込むおつもりかい?
生きたまま丸飲みされるなんて御免だぜ! と、こんなとこで攻撃か、回避か、猛ダッシュで逃走の三択に悩まされてしまった。(その内二択が逃げ腰だとか言うなよ…だってコイツマジでデカイし!)

思いもよらぬ障害に内心で焦る。
しかしそんな俺をヤツは嘲笑うかのように、巨体を揺らして再び床に伏せると、奥へ向かってずるずるくねくねと這い始めた。
頭にはてなを浮かべながら見守る俺を、少し進んで振り返り、またずるずるくねくね進んでいく。

「(…これは、ついて来いと、そういう意味か?)」

どうやら導き手はちゃんと居たようだ。
人ではなかったが。
餌としてロックオンされてなくてホントに良かったぜ…。
そう思いながらパチリと懐中時計を開き、視線を落としてまた閉じた。上蓋の裏に描かれた大樹には『ある変化』が起きており、これで心置きなく挑む事が出来る、とローブをばさっと翻した。

ランプの明かりにぬらりと光る蛇柄。
その後を追っていると、実にスリザリンらしい演出だ、皮肉気な笑いが喉から洩れる。
セブルスには決して向けない、冷ややかな笑みがそこには刻まれていた。

程なくして、蛇の歩みはひとつの扉の前で止まる。

一際立派な大扉は薄く開かれており、中からこぼれる光が廊下に線を伸ばしていた。
尾を引きずってするりと蛇が滑りこんでいく。
ここが目的地なのだろう。
恐らくこの先に、あの男が居るのだ。
重い扉を俺は…押し開けた。

しかし、


「「ステューピファイ!(麻痺せよ!)」」
「―――!?」


踏み込んだ途端、赤い閃光が一瞬にして視界を染め上げていた。


***


「…随分と過激な挨拶だ。此方は招きに応じてここへ来ているというのに、」

閉じられた扉に背を向け、キツイ眼差しと低い声で俺は苦言を述べた。

「…それとも、僕を試した、という訳なんでしょうかね」

掲げていた手に納まる魔法具の蓋がカチッと音を立てて閉まる。
失神呪文を吸い込んだソレは仄かな熱を帯び、くるりと手のひらを返すと、まるで魔法のように消えていた。
蒼然たる光に浮かび上がった室内の様子を捉え、長い事胸の奥で燻り続けていた憤りがふつふつと込み上げる。

俺だって子供の様な癇癪をおこしたい訳じゃない。が、相手の顔を見てしまうとどうしてもな…。

――中央に据えられた豪奢なイスに座り一連の流れを眺めていた男は、クツクツと喉を震わせながら俺を待っていた。
まるで玉座に君臨する王のように。
手のひらを振るだけで愚か者の首を刎ねることの出来る独裁者は、記憶の通り、闇そのものの様な男だった。
ちょっとばかし顔がイケメン過ぎるけど。


「それで? …満足のゆく成果は得られましたか? ヴォルデモート」


静かな怒りを孕んだ音が男の名になる。
思いの外その声はよく響いた。
恐れる事無く口にした俺に、刹那、殺気めいた視線と息を飲む気配が同時に向けられる。
全く動じる事無く受け流す俺に男が薄い唇を持ち上げ、宥めるような口調で語りかけてきた。

「フッ、そう熱くなるな」
「これを怒らずに何に苛立ちをぶつけろと言うのさ。相手が『僕じゃなかったら』今頃は聖マンゴのベッドの上でおねんねだ。…脆弱な子供の身体に失神呪文なんて…それも二つ同時に。当然の怒りだね」
「だが無傷だ」
「そんなのただの結果でしょ」
「…随分と拘る」
「……」
「『持ちモノ』の熟し具合を量るのも俺様の特権だ」
「…未だ『それ』に承諾した覚えは無いんですけどね、僕は」
「お前の意思など関係無い」
「あらカッチーン。相変わらずだなこのやろう」

実に腹立たしい。
言葉使いだけでも下手に出ていたら、コレだ。
俺も話を聞かない奴だとセブルスに散々言われるけど、それに輪を掛けてコイツはひどい。
少し話をしただけで頭痛を覚えた俺が額に手を当てて呻いていると、

「――ッ、この餓鬼! 黙って聞いていればご主人様に向かってなんて態度を…! 口の利き方に気を付け、……? ……!?」
「お話の途中で口を挟むのはマナー違反ですよ、Ms.」

始めに失神呪文を仕掛けてきた厚ぼったい瞼の魔女が黒髪を振り乱しながら杖を向けてきたので、先程とは違う、同型の魔法具を取り出して『黙らせ呪文』を飛ばしておいた。
ふふん、反応速度だけならお前らには負けねえよ!
一瞬、己に起きた事が理解できなかった彼女は、喉と口元を抑えて慌てている。
すると直ぐに、俺が何かをした、と感づいた彼女は無言呪文で攻撃をする為に再び杖を振り上げていた。

「止めろベラ」

男が制し、杖を振り、言葉を取り戻す。
ベラと呼ばれた魔女は「しかし!」と反論しようと口を開いたが、男の鋭い眼光がその勢いを萎ませていた。
眼差しだけでこんなにも怯えさせるなんて、お前どんな恐怖政治を部下に強いてるんだよ…。

「先程も見たが…貴様、面白いモノをもっているな」

ヴォルデモートは俺の持つ道具に興味を示し、優雅な動作で足を組み変えると赤い瞳を細めて俺を手招いた。
近寄る気になんてならねえけど。

「もしや貴様がソレを作ったのか?」
「…それなりに手先も器用なんで、ね」
「ほう。…中々面白い成長を遂げているようだな。ホグワーツでの様子も先程耳にした。なかなかどうして、優秀だそうではないか」
「それはどーも。てか、大体こんな物騒な場所へ何の準備も無く僕が出向く訳無いでしょ。外も、内も。…それに、僕ら未成年は魔法を使ったら直ぐにバレる」

ああ、もしかしてそれも狙いの内?
そう言うと男は、さあどうだろう、と底の窺えぬ表情で嘯いた。

――この魔法具は俺がこの日の為に用意していたものだ。
自分に向けられたあらゆる魔法を吸い込み、放つ事が出来る代物。ダンブルドアが所持していた火消しライターからヒントを得たものである。
まだ名は無いが一般向けには売るつもりの無い、俺専用の魔法具だ。
死の呪い、許されざる呪文までは試した事は無いけれど…こうして予め呪文を入れておけば非常に役立つ。
こんな風にね。

……てか今更言うけど…ご主人様ってなに。
何のプレイなのさソレ。
奴の僕になるとそういうプレイを要求されるんですか益々御免なんですけど。


「…いつもまでそこに留まるつもりだ。俺様の傍へ来い、セネカ」

全然近寄ってこない俺に焦れた男。
このままでは『あの日』のように死の呪いでも飛んできそうだ。こうして対峙するのは『二度目』ではあるが、なんとなくそんなパターンに持ち込まれそうな予感がしていた。
流石にこんな身体ではこの人数も捌けない。
無傷で帰るには男の要求にちょっとばかりは寛容にならねばならん、か。磔の呪文も勘弁願いたいし。
明らかな反抗の意を唱え続けるのは賢明とは言えない。

仕方なしに殊更ゆっくり、距離を詰めながら改めてぐるりと室内を見渡し、この場にいる人間の顔ぶれを確認する。
男の他には銀髪の魔法使いと神経質そうな顔の魔法使いが両脇を固めていた。そして先程噛みついて来た黒髪の魔女も。
…それと、

「あれ? 先輩、こんな所においでだったんですね」
「セネカ、」
「…ここは精神衛生上とても悪いと思いますよ」

フソウと対峙した時よりも更に顔色を悪くしているルシウス青年を発見。態とらしいほどに普段通りに声を掛ける。
彼は全身で「今ここで声を掛けるな!」と訴えていたが、俺には彼の事情など関係ないので気にせず笑う。
真っ黒間違い無いが明らかな黒へと塗りつぶされただけだ。
今最も恐れられている闇の魔法使い、ヴォルデモート卿と親しそうに…とはお世辞にも言い難い感じで言葉を交わす後輩を、彼はどんな気持ちで見ていたのかね。
先程の魔女のように「全く以って不敬な!」という風には思ってはいないみたいだけど。
しかし今まで俺に抱いていたイメージを粉砕してしまった事だけは確かだ。


そうして悪足掻きのような時間稼ぎを経て…とうとう男が目前に迫る。
足を少し開き腰に手を当て、出来るだけ不遜な態度に見えるように俺は立つ。
彼等にどういった説明をしているのかは分からないが、周りの者達にそんな態度も許されるのだと、そういう風に見られれば上々だと思う。

俺がこの場に赴く気になったのは「あのヴォルデモート卿がお気に召している子供」という印象を持たせておくのも悪くない、と思ったまでだ。
…主が目を掛けているモノに手を出す事は、主の意に反する行為だからな。
先の魔女も諌められた事で迂闊に攻撃しようなどとは思わぬ筈だ。
内心でどれだけ苦々しく思っていようとも。
まあ…直情的っぽいから気休め程度にしかならないとは思うけどね、彼女には。…後ろを見せたらヤリそうだ。

――ヴォルデモートは俺を生かし続け、その征服欲を満たすために必ず手に入れようとする。
ヤツは俺に死の呪いを放たれているという過去があるにも関わらず、逆に興味を深くし、先程のようにしつこく勧誘してもくる。
俺に寛容な態度を見せ続けているので必ずしも見当違いな考えでもない。と思う。

…俺の意思など関係無いらしいし。…ムカつく!

「メリークリスマス、ヴォルデモート」
「俺様がその挨拶を返すとでも?」
「いいや、貴方にはまったく似合わない。浮かれる輩を冷めたその瞳で見下す方がお似合いだよ」

肘かけで頬杖を付きながら不愉快そうに眉を寄せていた男は、ピジョン・ブラッドの瞳に映る俺を歪ませてせせら笑った。
強気で生意気な口を叩く子供を前にしてこの態度。
察するに、機嫌が悪いようでも無いようだが…。

「俺様よりもルシウスの方が気になるか」
「会って二度目の男より、普段からよくしてくれる先輩の方が僕にとっては有用ですんで」
「だ、そうだが? ルシウス」
「…はっ、め、滅相も御座いません…私など、我が君に比べれば…」
「凄く優しいよねー」
「っ、セネカ、」

はっはっは、すごくお困りですかルシウス先輩!
最早可哀そうなほど紙のように白い彼の顔色。
言っておくが俺は別にいじめている訳じゃありませんから。

男は背凭れに深く身を預け今度は「右腕を見せろ」と要求してきた。
途端に俺は顔を歪め、右半身を後ろへ庇い嫌がる素振りを見せる。
想定内の切り返しだが。
しかしこんな人目のある所で晒すなど冗談じゃない。
これは飽くまで俺にとっては不名誉の傷なのだ。

「…痛い奴なら御免だけど」
「なに、少しばかり確認しておきたい事があるだけだ。貴様が抵抗などしなければ直ぐに済む」
「……」
「俺様に逆らうな、セネカ」
「ぅ、わっ、」

…おい、いきなり自分の膝に俺を乗せるとかどういう事だ。
部下達が居る前で変態行為でもする気か?
俺の中では未だ「この男、お稚児趣味かも」という疑惑が育っているのに。
セブルス以外の膝なんて嫌だっつーの!

男の動きは実に素早かった。
腰を右手でガッチリ捕まえると、左手が手袋をしゅるりと引き抜き、巻かれていた包帯を魔法で瞬く間に消し去る。
次いで袖を止めているカフスに手が掛り「捲られてたまるもんか!」と俺がもがいていると、冷たい感触と共に胴体へ先程の蛇が絡みついていた。

ぎゃ、きもちわりぃ!
蛇に寄る拘束プレイなんていらねえよ!
そんな変態プレイなんて望んでねえから!
…ッ、ひぃいい…っ、服の中に入ってくんなばか!

「きもちわるい、きもちわるい、きもちわるいっ」
ナギニ、そのまま抑えているのだ
「耳元でのパーセルタングってゆー破壊力もきもちわりぃー!」
「ナギニは気持ち悪くなど無い」
「そーいうんじゃねーよ! 俺は! ふわふわのにゃんことか、もふもふの狼とかそーいう動物が好きなの! 正し犬は却下だ!」
「うるさい。耳元で喚くな」
「〜〜っ!(顔にまで巻き付いてきやがった!?)」

…初めまして俺の弱点。
どうやら蛇に巻き付かれるのは生理的に受け付けないようだ。

見ている分には別に構わない。が、今や俺はぞわぞわと鳥肌を立て、ひんやりとした胴体の締め付けに気が遠くなりそうになっていた。
つるつるでひやひやで、きもちわりいったらねえぞこれ!
俺は先程までの勢いも、探り合いの雰囲気もかなぐり捨てて全身で拒絶する。これは想定外の成り行きだ。
今の形勢は俺にかなり不利。
こんな事ならやはり猛ダッシュで逃げだしておくべきだったと後悔しています…。

てか呼吸。呼吸が。息が出来ねえぞ!
貴様、俺を窒息させる気か!


「…あの、我が君…」
「なんだロドルファス」
「その、申し上げにくい事なのですが、」
「言ってみよ」
「……子供の様子が…」

申し上げにくくなど全くなかろうが!
もう少し早めに進言してやれよー!

ああ、と漸く異常に気付いた男は、大人しくなった俺の顔色を確認すると焦る様子もなく蛇語で囁く。
俺は酸素不足と暴れた事による体力の消耗、そして、生理的な気持ち悪さによる精神的ダメージも相まってぐったりとしていた。
そんな俺をヤツは改めて自分に凭せ掛ける。
霞む視界とぼんやりする意識で俺はそれらを感じ取り、内心ギリギリ歯を食いしばって耐え忍んでいた。

くっそ…この野郎…ちったぁすまなそうな顔をしろ!

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