分岐点 extra

うたげの夜のなかで


「メリークリスマス、ルシウス先輩」
「今夜はお招きいただきありがとう御座いました」


朗らかに笑みを添えて俺が挨拶をすると、真面目腐った顔で堅苦しい挨拶をセブルスが述べる。
目の前に立つプラチナブロンドの青年はそれに応え、歓迎の旨を述べて薄く微笑んだ。

話す内容の打ち合わせは無し。
役割分担も特に決めて無い。
それでも、俺がお邸の規模や豪華さに驚いたとか、初めて招待されたパーティーの感想に子供らしい興奮を交えて相手方に語ると、彼も同意するように小さく頷く。時折、補足を交えて。
賛辞の言葉など青年にとっては最早聞き慣れたモノだろうが、無邪気に語る後輩に好感を覚えたのか「楽しんでいくと良い」と、落ち着いた声と鷹揚な態度を貫いていた。

周囲にはお互いの話しに興じる大人達。
子供達の会話など、誰も気にも留めてはいない。
ホスト側であるマルフォイ家の嫡男が相手をしている、という印象を残すばかりで、俺とセブルスは上手い事パーティーに溶け込めていた。

…たった一人の例外を除いては。


「――ルシウス先輩、お顔の色が優れないようですけど…どうかされたんですか?」

心配の色を乗せた声で俺が首を傾けると、見上げた先で青年の笑みが不自然な形で少し引き攣る。
どうかされてるからそんなに顔色が悪いんですよねー。もっちろん!
今にもヒクヒクと痙攣しそうな感じでありますぜ。
青白い肌は常よりも白く、冷たい印象を与える薄いグレーの瞳の奥では焦りの色がチラチラと顔を覗かせていた。
ほんの僅かな変化ではあるが、俺が分からない筈も無く、しかしそのまま不安げな顔で相手を気遣う。

――今夜のルシウス青年は、まさに貴公子と呼ぶに相応しい出で立ちで俺達の前に現れた。

黒いドレスローブを着こなしホワイトタイを締め、長いプラチナブロンドの髪も丸出しのオデコも輝いている。
やはり様になっているし、顔も良いから女性陣の視線も集め放題だ。
先程まで彼はホグワーツで見る姿よりも堂々とした立ち振る舞いでゲスト達を迎え入れていた。
此処は云わば、彼にとってのホームグラウンド。
彼の上に立てる者と言えば父親位なものだろう、と思う。
…な、の、に、だ。

「(…先程から一度もフソウを見ようともしない何て、)」

一体どんなトラウマを彼に植え付けたんだお前は!
後ろに立つ同行者へ、振り返って詳細を問い質してみたい気分で俺は一杯だった。
これは面識があるどころの話じゃない。
絶対に一枚や二枚は『想像を掻き立てられる素晴らしい写真』を所持持しているんじゃなかろうかと、俺は考えた。
若しくは『他人には絶対聞かせられない恥ずかしいエピソード』とか。
まあ大凡この予感は的中しているのだろうが。
…相手から何らかの弱みを握られている人間の態度というのは往往、似たり寄ったりでもある。


「先輩?」
「……いや、大丈夫だ。どうもしない…が、あー、その、セネカ、」
「(めちゃくちゃ歯切れわりぃなオイ)はい何でしょう、ルシウス先輩」
「……後ろの彼とは、どういった関係なのかね」

身を屈めてコソコソ耳打ちしてきた彼に、俺は内心笑いを覚えるが「あっ、そう言えば紹介がまだでしたね。僕ってばうっかりしてました」と、態とらしくうろたえてみた。
興奮し過ぎて礼を欠いていた自分を恥じるように。
何だか彼が不憫に思えてきた俺は、それを指摘もせずあえてみないフリを決め込んでいた。
おっと、別に面白がってなんかいないぞ?
まあプライドの高いであろう相手の不興を態々俺が買う理由も無いからな。

「後ろの彼等は本日の保護者代わりなんです。二人は叔父の会社に勤めていて、今日は送迎と護衛も兼ねて僕等にお付き合い頂いてるんですよ」

そう言って、ミカサ、フソウ、と順に名を証していく。
勿論、俺の会社トワイン社は、架空の叔父「マイクロフト・プリンス」という人物を社長として据えている事になっているので、嘘は言っていない。
俺が顔だけで振り返ると、ミカサは恭しくお辞儀をして慎ましい従者の構えを解かず、失礼に当たらぬ程度に自己紹介をした。
しかし、今まで我慢をしていた…何かを仕出かしてやりたくて堪らなかったであろうフソウがそのまま大人しくしている筈も無く。
一歩前へ出て俺の隣へ並ぶと、綺麗な一礼をし、

「お久しぶりです、ルシウス。卒業以来だね」

と、にこやかに挨拶をしたのである。
途端にルシウス青年は顔をピシリと強張らせ、片足が半歩後ずさっていた。
…逃げ出さなかったのは、彼のプライドと自制心の賜物であろうか。

「中々声を掛けて頂けないものだから、顔を忘れられてしまったのかと思ったよ」
「…スズヨシ」
「おや、フソウって呼んではくれねえの? 君と俺の仲じゃないか。ファミリーネームじゃあ此処に居る兄貴も反応しちゃうんだから、是非そっちでお願いしたいっすね!」

んん? と彼が身体ごと顔を寄せると、ルシウスの目が「冗談じゃない!」と訴えるようにキッと睨み上げていた。
その反応の良さに益々笑みを深くする変態。
そういう態度は変態のボルテージを上げるだけだぜ。
興奮を燃え上がらせる燃料にしかならないんだよ…ルシウス。

立ち位置を把握している男の影で、セブルスには見えなかったルシウスの表情は俺の位置からはバッチリ見えていて。
彼は目を丸くして見ている俺に気付くと、取り繕うよう咳払いをして誤魔化しにかかった。
本気で誤解されたく無いらしい。

「ルシウス先輩、…その、フソウとお知り合いだったんですか?」
「あー、セブルス、別に知り合いという程ではないのだよ。彼が在学中に…少々顔を知った程度であってだね、」

何も知らないセブルスの疑問に俺も便乗して首を傾げておく。
断じてこんな奴と親しい間柄では無い。と、ルシウスは実に嫌そうな顔で訂正を入れた。

「ははっ、知った程度だなんて冷たいっすねえルシウス。一緒に楽しいひと時を過ごした仲じゃないの」
「…っ、貴様は少し黙っていてはくれないかっ」

今度は混ぜっ返され、イラッとしたのか、少々キツイ物言いでフソウへ素早く囁いていた。
マジこの変態しつこいからなー。
いい加減ルシウスが可哀想になって来たぞ?
変態に見込まれて弱みを握られるとこうなる、という、良いお手本にもなっている訳だが…それにしても不憫過ぎる。
段々と状況を理解してきたセブルスの眉までもがヘタレてるじゃないか。

…てかおい、ドサクサ紛れに何してやがんだよお前は。
なんでそんな…見せつけるように俺の肩を抱き寄せる必要がある?
少々調子に乗り過ぎだ。


「ハァ…フソウ、」
「はい、なんでしょ。セネカ様」
「ルシウス先輩は僕達の大切な先輩なんだ。いくら君と面識があるからって、今は控えるべきだよ。ね」
「はーい了解しましたー。仰せのままに、ってね」

先輩のお力になるのも後輩の役目である。
俺の言葉に従い、大人しく後ろに下がるフソウ。
離れ際に肩をいやらしい手付きで撫でていくのも忘れずに。
…引き攣りそうになる表情筋を持てる限りの力で、総動員して保つ俺の努力を誰か褒めてくれ。主にセブルスとか。
まあ彼と俺の上下関係をハッキリ印象付ける為の良い演出にもなった訳ではあるが…。


「……セブルス、セネカ。ちょっと此方へおいで」
「「?」」

変態が離れるとルシウスに名を呼ばれ、二人で首を傾げながらも言われた通り近くに寄る。
なんだなんだ。
そんな怖い顔をして、何を言うつもりなんだ?
厄介で失礼な同行者に対する抗議を述べるつもりなのかね。
よろしい。それならば甘んじて受けよう。
そう考えながら、少し屈んで声を潜めた彼が何を言んだろうと思っていたら、

「良いかい二人とも。彼とは出来る限り二人っきりにならない様に気を付けるんだ。いいね。人気のない所へ誘い込まれたら大声を出して助けを呼ぶように。分かったか?」
「特にセネカ。君は相当気に入られているようだが…気を許し過ぎぬようにしなさい」

…と、とても真剣な表情で忠告を頂いてしまいました。
意外に優しい先輩としての一面を覗かせた彼に、少々罪悪感を覚えてしまった俺である。
や、すまんかったね、ルシウス青年よ。
心の中で謝罪を述べながら、セブルスと二人で相手に倣い、真剣な表情で頷いておいた。

多分この忠告の内容は…実体験に基づくものなんだろうな…。
妙に説得力がある。



ワルツが流れダンスが始まると、ルシウスはパートナーであるナルシッサ・ブラック嬢を伴い俺達から離れていった。

彼の婚約者であるナルシッサは同寮のスリザリン生で、ルシウスより一学年下の五年生だ。
初めて間近で御目にかかり、言葉を交わした彼女は、美しいブロンドを結いあげた色白美人さんでした。
まさに美男美女カップル。
シャンパンゴールドのエレガントなドレスを纏い、胸元とくびれたウエストラインを強調させたとても魅力的なこのひとは、浮名を流すルシウスには少々勿体ない程だ。
…彼女が本妻として納まる頃には、この火遊びも落ち着くとは思うけど。
全然そんな気はしないけど、一応言っておく。

――彼女との対面にあたり当初は、ブラックという姓がネックとなり係わりを持つ事へ二の足を踏ませていた。
しかし、同じ寮でもあり、ルシウスの婚約者であるナルシッサの事は不可避の出会いでもある。
このままルシウスと交流を深めるという事は、彼女と係わる機会も増えると言うことだ。
上っ面の厚さには自信があるものの…ついやらかしてしまう癖が俺にはあるので、慎重に付き合って行かねばならないな。

「(ふむ。……やはりルシウスも、ナルシッサも、このままあの男へ傅くのだろうか)」

年若い少女特有の瑞々しさと、家柄故の自身に流れる血への誇りを兼ね添えたナルシッサは純血を尊ぶ一人だ。
そうでなければマルフォイ家へと嫁ぐ事も叶わないし、そもそも選ばれない。
彼女は闇に心酔しているというよりも――むしろ、そう、世間知らずそうで、ただただ刷り込まれた純血主義の思想をさえずる小鳥の様なのに。
…何の疑問も持たず抱かず、血を残す器として生きる人生に満足しているのだろうか。

少女からふわりと香った香水は、その甘さだけを俺に残していった。


「…セネカ、」
「ん? なあに、セブルス」
「ぼうっとするな。ぶつかるぞ」
「はーい」
「ハァ…考え事か?」
「……ちょっと、ね、」

開けたホールの中央ではくるりくるりと回る優雅なひとがた達。
老いも若きもみな円になり、まどろむひかりのなかで螺旋を描き続けていた。
『俺』が捨ててきた渦の中心は、未だ強固なしこりが硬さを保ち、取り憑かれたように同じステップを踏み続けている。
彼等はその靴底を真っ赤に染め上げながら踊り続けるのだろう。
親から子へ、子からそのまた子へと伝え続けながら。
注意を受けたばかりなのに俺は、自然と視線が吸い寄せられていた。
…やはり100年やそこらで人は変わらないか。…否、『変えられない』のか?

数回瞬いて視線を引き剥がす俺を、眉を寄せたセブルスが、じっと食い入るように見つめていた。


***


「あ、セブルスとセネカだ」

宴も中盤に差し掛かり、セブルスと談笑しながら料理に舌鼓を打っていると、聞き覚えのある明るい声がポンッと投げ入れられた。
同時に振り返って見たその先には、先日別れたばかりのルームメイトの姿。
彼は「エイブリ〜、マルシベール、俺、あっちに行くわ。またなー」と、一緒に居た子供達から離れ、此方に駆け寄って来た。
セブルスの補足に寄れば、彼等も同寮の生徒らしい。

「よう二人とも、メリークリスマス」
「メリークリスマス、トーマ」
「なんだ、居たのかお前」
「うぉーい…ひでえ言い草だなセブルス。せめてメリーくらいは言ってくれよ」
「「メリートーマ」」
「ちょ、おい、そこでハモんなって双子!」
「冗談だ。いちいち真に受けるな」

ハンッ、と馬鹿にしたように鼻で笑うセブルスに俺は苦笑い。
セブなりの親しみを込めた挨拶なんだけど…まあ分かりにくいよね。
…あれ? もしかして今、初めてファーストネームで呼んであげたんじゃね? どんだけツンデレなんですかセブったら。

「てかトーマ。今日のパーティーに出席するなんて僕らには言って無かったじゃん。だからセブは拗ねてるんだよ」
「拗ねてない」
「と、言ってるけど?」
「セブは素直じゃないから」
「…チッ、勝手に言ってろっ」

おやおや、どうやら機嫌を損ねてしまったようだな。
此処に居る理由を話し始めたトーマの話を要約すると、家でゴロゴロしてたら伯父に「お前の親父を引っ張ってこい。そうじゃなきゃ出席しないだろアイツは」とか何とか言って引っ張り出された。らしい。
本人的には来る予定等全くなかったとも。

「へー、そう」
「興味の欠片も無いような返事をどうもありがとなっ!」

喚くトーマを置いて俺はデザートに取りかかっていた。
扱いが酷いって? 通常運転だよ。
目を輝かせてお菓子に釘づけとなった俺にセブルスは長い溜息を吐き、新たなる少年の登場に歓喜の声を上げた変態から一歩引いていた。
すまんセブ。後は任せた。
俺を菓子が呼んでいるんだ。この誘惑は逆らい難い!

ウキウキと手を伸ばした先には、飴細工で出来た美しいボンボニエール。
その宝石の様に輝く繊細な器に詰まった、これまた宝石の様な色とりどりの飴達。
一つ摘んで口に運ぶと、直ぐにほどけて優しい味が広がった。
その感じが気に入って一つ二つと放り込む。
素朴な味わいの多いイギリス菓子と違い、見た目にも楽しいスイーツ達は俺のハートをがっちり射止めていた。
ふむ。正直意外だな。フランス人のシェフでも雇い入れているのだろうか。
そうして暫くは甘い誘惑に酔いしれていた。


「…ん?」

ふと、視線を感じたような気がしてキョロキョロと周りを見渡す。
後ろを振り返りセブルス達を確認して、ホールの中央を見て、また首を巡らした。
決して強い視線では無かった気がする。
けれども、どうにも粘っこいような…寒気を覚える様な…不可解な視線だったことが気に障った。
またひとつ飴を口に頬り込んで眉を寄せた俺に気付いた同行者は幸い居らず。
出来るだけ不自然にならぬように、また視線を彷徨わせ…何かに誘われるように入口付近へと目を向けた。

すると、

「……ッ、」

蛇の様にするりと、尾を引き摺るように消えていった黒いローブを見つけ、瞬く事も忘れて俺は凝視していた。
おいちょっと待てこら。
アレって、…まさか。

「(……うわー…マジかー。くじ運良過ぎだろ、俺)」

一瞬、今まで奴がこのホールに紛れていたのかと思った。
けれど『あの男』がこの場に堂々と現れれば、それなりに動揺が走るとも思う。
仮にも、今もっともトキメキを覚える『闇の魔法使い様』だ。たとえマルフォイ家のパーティーであろうと、迂闊に姿を現すとは到底思えん。
考え暫くその辺りへと目を向け続けるも、その周囲の人間に変化は見られなかった。

「(…もし、アレが俺だけに見えていたとすれば、)」

誘われているのだと、考えられる。
好奇心のままに赴いて失敗した過去が俺にはあるので、またそれを狙っているのかも知れない。
それとも態とか?
だとすれば、分かりやすい演出をどーもって感じだな。
小馬鹿にされているような気がしてならんが、

「(――俺が誘いだと気付いて、あえて来るのだと見越しているのならば、)」

それに乗るかは、俺次第。


「(……ごめん、セブルス)」


意を決した俺は心の中で彼に謝罪を述べ、そっと、その場を後にした。

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