分岐点 extra

マルフォイ家


イングランド南西部に位置するウィルトシャーの空は生憎の曇り空だった。
クリスマスイヴの夜なのに、白い贈り物を降らせる訳でも無く。
ただそこに留まる雲は東から垂れこみ、どんどん集まって来ている。
結構不気味だ。
なだらかな起伏を続かせる丘を駆け抜けていく冷たい風の音が、いかにもな雰囲気を演出してもいるようだった。

分厚い雲間を繋ぐ雷光が蛇もしくは竜のようだと、付近に広がるのどかな農村地帯の住人達が思ったとか、思わなかったとか。
確りと戸口を閉ざし、暖かな暖炉の前でパーティーの続きを始めれば直ぐに忘れる様な事だけど。
非魔法族でさえもが感じ取れる空気を、魔法使い達が感じ取れない訳がない。


そんな空気を裂くように、バシッ、という鋭いラップ音が、薄暗い林の中で突然弾けた。


圧縮し捩じられて歪んでいた身体が空間から押し出され、空気と絡むようにその地へと下り立つ。
くらりと襲う眩暈に頭をふらつかせるも、咄嗟に支えられたお陰で倒れるなどという醜態は晒さずに済む。
…ぶっ倒れて運び込まれる招待客など、ホスト側とて遠慮したいだろう。
小さく礼を述べながら気を配り、目の動きだけで周囲を確認し終えると「此処か…」噛み締めるように呟いた。

さわさわと風に揺れる木立の影から見え隠れするのは、高い生垣に挟まれる、整えられた小路。
その上ではアーチを描いて絡み合う木々が掛り、トンネルの様な入口を此方へ向けていた。
マグル避けと共に不可視の魔法が掛けられているようで、館の姿までは確認出来ずに終わる。

てか、漏れてる漏れてる。
陰気そうな気配が既にだだ漏れてるぞおい。
ただでさえ月の光も隠れてるのに、あんな真っ暗な道を通らなきゃいけないらしい。わお、憂鬱!
せめてパーティーの夜くらいはキラッキラに飾りつけときゃ良いのにさ。
俺が転んだらどうしてくれる!
こんな感じで脳内で散々喚いてから、俺は同行者達の方へと意識を返した。

さて皆さん。どうやら俺達は無事マルフォイ家が所有する敷地内へと到着する事が出来た様ですね、と。



――『姿現し術』の免許を持っているのがフソウだけなので、彼の両腕へ掴まり、鈴なり状態で移動してきた俺達。
(他に移動方法が無い訳では無いが…それはまあ、緊急用として温存させている)
初めて姿現しを体験したセブルスは、意地でも吐かなかった。
えらいえらい。流石は俺のセブルス。
密かに用意しておいたゲロ袋をそっと隠し、セブルスの状態が落ち着く頃合いを見計らうと、俺はズビシッ、と注目を集める為に挙手をした。

「じゃ、先ずは点呼からいきまーす。いーち、」
「はいはーい、にー!」
「3、ですね」
「……4」
「ん、セブ、元気が足りないぞ? まだ気持ち悪い? それともお腹が空いたの? もうちょっとで御馳走にあり付ける筈だから、それまで我慢してね!」
「…この緊張感の無さに呆れてるんだ」

それは俺達三人に対して言っているのだろうか。
まあ多分そうなんだろうけど。
無事の到着を記念し、取りあえず点呼でもしておくかと思ったので実行したまでで、深い意味は無い。
無さ過ぎて俺が空振ってるような気分になり、ちょっと悲しくなってしまったのはここだけの話。

さてさて。
時間も迫っているという指摘を受けて、俺達はマルフォイ邸へと足を向ける事にした。


四人で並ぶには狭すぎる小路をミカサが先頭を歩き、俺とセブルス、フソウという順で進んで行った。
用意の良いミカサが持つランタンの明かりを道標に、後方で灯されている杖灯りで足元を照らしてもらう。
じゃりじゃりと靴裏で踏みしめる音が覆い被さる木々の隙間に吸い込まれ、夜空へと逃げていく。
たまに踏みしめた砂利をそのまま蹴っ飛ばしてしまうのは…まあ、ご愛嬌ということで頼む。

道なりに進んで右へと曲がり、広い馬車道へと変わった。
「また無駄に長い…」と小さく愚痴を零し、繋がれた手を揺らして引っ張ったり怒られたりしながら、行く手に堂々と立ち塞がる鉄製の門まで辿りついた。

招待客の多い夜だ。感知系の魔法でも掛けられているのか、音も無くひとりでに開かれた門を潜り抜ける。
「不用心な」と思う前に、常に門を監視する者がいるのだと察し、肩越しに振り返ったミカサと目だけで頷きあった。
通り抜けた瞬間から静寂は取り払われ、今まで囲んでいたイチイの生垣が音を吸収していたのだと気付く。
なるほど。こういう使い方もあったのかと、一人妙な所で感心もする。

広い前庭を望む瀟洒な洋館の前まで来ると、隣で黙って首を巡らせていたセブルスはその大きさに驚いていた。
「凄いな」と呟く彼に「そうだね」と軽く同意しておく。
流石は魔法界のアッパークラス(上流階級)、マルフォイ家だ。
『あの』ブラック家でもここまで立派な屋敷は持ってなかったと思う。

敷地面積がどれ程あるのかは面倒だったから調べてはいないが、こういったカントリーハウスは大抵だだっ広い。
庭だってこの前庭だけじゃないし、ゲスト用のコテージも当然ながらある。その上、冬場は狩り場にもなるプレーグランドには森だって川だって勿論含まれるのだ。
ただし維持費はもの凄くかかるがな!

「…?」
「どしたのセブ、首なんか傾げちゃって」
「いや、今…何か白いモノが動いたような…」

足を止めずに、彼が見ていた方を俺も向き、どこからか噴水の噴き上げる音が聞こえるなーと耳を澄ます。
一階の菱形窓へと視線を移し、そこから降り注ぐ光に映し出された『白いモノ』を二人で同時に見つけた。
……おいまさかの孔雀とか。
ああでも確かにこれは白い。白孔雀だ。孔雀まで飼ってるのかよマルフォイ家。

「…狩りの獲物にでもするのかな」
「そんな訳無いだろ、ばか」
「ですよねー」


蛇のドアノッカーがとぐろを巻く玄関扉まで近づくと、またもひとりでに扉が開かれた。
杖を振ったフソウが明かりもランタンも消す。
後ろへ下がった大人達を従える形となった俺とセブルスは、エントランスホールへとその一歩を踏み出した。

広いエントランスはとても豪華で贅を凝らしてあった。
大理石の床を覆う、柔らかく靴を受け止めたカーペットは毛足が長く、踏み心地が大変良い。
落ち着いた照明の光で輝く、豪奢に飾り立てられた壁の装飾も階段の手摺も、見事な彫刻が施されていた。
見上げた天井に描かれたフレスコ画も見事な出来栄えだったが、あまり見上げ過ぎるとアホ面を晒す事となるのでさり気なく逸らす。
…壁に掛かる肖像画達の顔色が皆揃って青白いのはマルフォイの遺伝なのだろうか。

うん。どれもこれも、夜の闇を抜けてきたばかりの俺達には些か眩し過ぎるぜ。目がしぱしぱしてきた。

そこへ音も無く進み出てきたバトラー登場。
中老も過ぎた白いお髭の紳士だ。

俺は彼へたった今気付いたのだという風を装い「セネカ・スネイプとセブルス・スネイプだ」ハッキリと名乗る。
無表情だった面に僅かな笑みを引き、ようこそいらっしゃいました、と迎え入れられた俺達は更に奥へと促された。


***


案内された大ホールは本当にでかかった。

一階の天井をぶち抜いて二階との風通しを良くした、とでも言えば高さは伝わりやすいだろうか。
先程のエントランスホールに続いて此方もまた金が掛った豪奢で贅沢な作りのダンスホールだ。

円形の高い天井には金で装飾された精巧なフラスコ画。そこから幾つも吊り下がるのは、光を放つ美しいシャンデリア。
磨き抜かれた大理石の床もピカピカに輝き、ホールを囲む壁には明かりを招き入れる為の天窓が並んでいる。
その下では外へと繋がる扉が開放されており、庭園を楽しむためにか、時折男女のペアが出たり入ったりしていた。
…大方は二人っきりになるのが目的っぽいけど。
外は寒いけど、二人で行くなら熱々ってことだね分かります。

ホールに集まっている招待客の年齢も実に様々だった。
始まってからそう時間が経っていないらしく、あちらこちらで自己紹介や、再開の挨拶を交わす者達が多く見受けられる。
その間を泳ぐように、上等なシャンパンやワイン、子供へはジュース等を渡すボーイ達が取っ付きにくそうな顔で歩いていた。
(マルフォイ家の使用人には愛想を良くしてはいけない決まりごとでもあるのだろうか…)

出席者の殆どが純血主義者であるのは先ず間違いないだろう。
その所為か、華やかな音楽で満たされた大ホールには些か排他的な空気が漂っている。…俺の偏見かな?

でも正直に言わせてもらうと、新参者にはこの空気は入りにくいと思うんだ。すっごく。

立食形式らしく、庭に面していない方の壁際にはテーブルが並べられ、その上にはお愉しみの一つである豪華な食事が。
最近目にするのが育ちざかりで食欲旺盛な子供たちばかりだっただけに、ゆっくり食事と会話を楽しむ大人達の姿に、俺でさえ場違いな所に来てしまったのではという感覚に陥りそうになったぜ。
…まあ、先程からローストビーフやターキーを切り分けてくれる魔法のナイフが小太りの男の前で忙しそうに動いてるのを見て、ちょっと安心してしまったのだけど。
俺としては色取り取りの具材やパテを乗せられたカナッペや、クリスマスプティングとかミンツパイのほうが気になるんだけどなー。超うまそう。

「セブ、おなかすいた」
「……ルシウス先輩への挨拶が先だろ、普通」
「うん。そうだね。でもさー…あっちはまだまだ人が途切れそうに無いしさー」
「まあ、…確かにそうだが」

入口付近でいつまでも突っ立ってる訳にもいかないと思い、壁際付近のテーブルへと移動していた俺達はそう囁き交わす。

中央の人だかりの間から見え隠れする二つの銀色――恐らく、背の低い方がルシウス・マルフォイだ。
ホスト側であり、後継ぎという立場である彼は今、引っ切り無しに擦り寄って来る招待客達から声を掛けられまくっている真っ最中なのだと俺は見た。
まったく御苦労な事だ。
ああやって幼いうちから社交性を鍛えられてきた『彼等』にとっては、極当たり前の光景なんだろうけど。

『今行ったってモブに弾かれてぺしゃんこにされてお終いだよ』
「…セネカ、そういう口は慎め」
「んん? 僕はなぁんにもいってませーん」

近くに寄って来たボーイを呼び止め、飲み物を受け取ってにひっと笑うと、セブルスは呆れたような顔をして俺からグラスを奪って飲んでいた。ひどい。


いつもより硬い表情で、どう振舞えば良いのかと戸惑っているセブルスをからかいつつタイミングを窺う。
暫くそのまま談笑していると、丁度扉から入って来た一団に目が止まった。
夫婦と思わしきペアが二組。
続いて顔を見せた俺達よりも年下と思われる少年が一人。
髪色も含めれば全身真っ黒な一団は顔も知れ渡っているのか、名のある名家なのか、奥へ進むと直ぐに声を掛けられ、気位高そうな顔で応じていく。
それを別段係わる事もないだろう等と思いながら眺めていると――遅れるように入って来た子供の顔を見て、俺はくるりと背を向けていた。

『やべー…面倒なのが来た…』
「どうした」
「…シリウス・ブラックが来てる…」

いやあの家が招待されてない何て思ってはいなかったけど。
でも奴の事だからばっくれたり何だりして出席しないだろうと踏んでいたのにさ。
大体だ。あのブラックが寄りによってグリフィンドールに入った、所謂彼等にとっての「面汚し」的な息子を、こんな公の場へ連れて来るなどと思うか?
それとも「うちの恥じ晒しを紹介します」みたいな嫌がらせなのか?
だとしたらすっげえ不快だなー、陰険め。

そういう考えにまで至るとシリウスに同情してしまいそうだ。
未だに純血というものに拘り、血族を縛りつけようとするあの家に生まれた事を憐れにとさえ思う。
…ん? でも未来じゃシリウスは、あの家の『家主』だったよな?


俺越しにシリウスを確認したセブルスは、露骨に不快感を露わにした顔を作っていた。

「こんなとこで顔を合わせたくなかったなあ…」
「まったくだ」
「運が悪ければますます誤解を深めそうだよね、色々と。ふふっ、…休暇明けの悪戯が楽しみ過ぎてつい手を出してしまいそうだよ。ああ、勿論冗談だよ?」
「フンッ、今まで僕の事を止めていた奴の言葉とも思えないな」
「怒ったセブは過激すぎるじゃん」
「…やり過ぎるという点なら、セネカも人の事は言えないだろ…」
「わお、痛いとこ突かれた。でも僕は大人な対応を貫きたいとも思ってますけど」
「……」
「やられたらやり返すっていうのは、相手と同レベルにまで自分を落とすって事だからあんまりやりたくは無いんだけど」

でも僕だって、もしセブが怪我とかしちゃったら相手に決闘でも申し込んじゃうかもね。

そう笑いながら告げると、何故だかセブルスは若干引いた様な顔をして口元を引きつらせていた。
少々顔色も悪い気がする。
首を傾げてグラスを傾けていると、セブルスはちらりと視線をミカサへと投げ、向けた彼に黙って首を振られると何とも言えない表情で俺を見た。


失礼だな君達。
俺だって子供相手に本気なんて出したりしないってば。多分。


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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
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