分岐点 extra

For you


「Hey セブルス! ちょっとその場でターンしてみて」
「旦那、旦那。ここの角度を下から攻めてみて下さいよ。かなりグッときますぜ」
「おい、そのやらしい目付きを止めろこのや…おお、」
「…ね?」
「悔しいが認めねばならんな…さて、カメラカメラ…」
「(スッ)」
「ん、サンキュー。気が利くじゃん」
「ふっふっふ、後で焼き増しという名のおこぼれを狙ってるんスよ」
「やっぱり。下心がオープン過ぎるが…仕方ない。今回だけは特別に許してやるさ。正し、その懐に仕舞い込んである隠し撮りネガと引き換えで」
「ええー? そんなぁ…」
「僕の許可なくセブを隠し撮りするからだ。――てことでセブ、腕を組んでちょーっと目線だけこっちにお願いね!」
「見下す感じだと尚良いと思うっスよ! じゃ、カウントしまーす。さん、にー、いち、」

そこの馬鹿二人…さっきから何やってるんだ…。訳のわからない会話を広げるな! 僕の周りを回るな! しゃがむな! 這うな! そして〜〜撮るなっ!

セブルスの叫びと共にカメラを構えて這いつくばっていた俺の視界が真っ黒に染まった。
ばふっ、ばふっ、という音が衝撃と共に顔面を直撃したことから、手近な所にあったクッションを投げられてしまった事を悟る。
おっと、つい興奮し過ぎちまったぜ。避ける暇もなかったよ。
子供の様にはしゃいでいた俺とフソウは顔を見合わせ、ふるふると肩を怒らせてるセブルスに、仲良く正座することを命じられてしまったのである。

「「調子に乗ってごめんなさい」」
「――いいから、先ず、カメラを置けっ」
「(パシャッ)」
撮るなぁ!!
「はぁはぁ」
「おいこら変態。鼻息荒すぎ」
「いやぁ…少年に罵倒されてると思うとつい興奮しちゃって」
「(駄目だコイツ…)」

早く何とかしないと。
いやもう手遅れか…。
俺は同類じゃないとだけ言っておくぜ。



さて、本日は12月24日。
クリスマスイヴだ。
イギリスでは店を早めに閉め、明日一日は店仕舞いしているのが普通だ。
この辺はマグルも魔法族も変わらないと思う。

毎日せっせと仕事をこなしていた俺も(鬼の副官から)やっと解放され、昼までには全ての業務を終了させていた。
全部片付けたのかなんて無粋な事は聞かないでくれ。
今だけは思い出したくも無い…。
「良いクリスマスを」と晴れやかな笑顔で帰宅していった社員達も、クリスマスのプレゼントを運ぶ梟達に全てを託し、今頃は家族の元でのんびりと過ごしている頃だろう。

――因みにそんな中、俺達はというと、夕刻から開催されるマルフォイ家のパーティーへと乗り込む為の準備に追われている最中である。
たとえ冷たい床に正坐させられていようとも。
準備中ったら準備中なのである。
女の子達のようにメイクをする時間や、なかなか決まらないヘアスタイルに悪戦苦闘しているとかじゃないけど。

主に悶えてます。


俺とフソウが興奮していた理由は目の前で仁王立ちしているセブルスの格好が原因だ。
理由を聞けば誰だって「仕方ない」と言って許してくれるはずだと俺は主張したい。力いっぱい。
本人には怒られてるけど。

「良くお似合いですよ、セブルス様」

少し乱れたローブを手早く整えてあげながら、今この中で一番冷静なミカサがそう言葉を添える。
それに便乗して俺達もうんうんと首を上下に動かす。
周りから褒められて急に居心地が悪くなったのか。
セブルスは落ち着かな気に視線を彷徨わせ、満面の笑みを浮かべた俺と目が合うと勢い良く顔を逸らしてしまった。
(しかしその間もシャッターを切り続ける俺)

今日のセブルスは一段と輝いていると思う。
俺の欲目だけでなく、本当にな!

俺が彼と自分の為に選んだのは、夜を切り取ったような落ち着いた濃紺のドレスローブだ。
この色は夜の闇にとても映える。
真白なウィングカラーのシャツには同素材で出来たタイを。
身体の線に沿って流れ落ちるローブの裾は、後ろの方が少し長い。
正統なドレスローブの型とはやや趣が違う感じかな。

袖口と襟元、ウェストコートに同色の糸でさり気なく刺繍が入れられているのは俺のリクエストだ。
生地にも織り柄と上品な光沢がある為、どちらも動く度に表情が変わってとても楽しい。

うむ。どこへ出しても文句無しだろう。
細身の彼を上手く惹き立てているうえに、上品さと大人びた雰囲気もプラスされていた。
…俺はこの刺繍と色を指定しただけだが、型も生地もお任せにして正解だったなあ。うんうん。
仕立て屋フソウ。中々の職人魂、確と見せて貰ったぜ。

「グッジョブだフソウ」
「おっ、やった! 褒めて貰えたぁあ!」
「この生地はどこで? うちでは扱って無い品だと思うんだけど」
「訳あり品で流れてきたヤツが偶然手に入りまして。ちゃーんとお値段も程々に抑えてありますからね!」
「よしよし、良くやった。だから顔を近づけないでよね! ――てかこの刺繍のチョイスも面白いなー。悪魔の罠とか。良く見ないと分かんないと思うけど。…これ、蔓の先端て…蛇?」
「ご名答ーっス。やあ、まー、ぶっちゃけますと刺繍を担当したのは俺じゃないんすけどね! トウィルフィット・アンド・タッティングに勤めてるお針子のアビーちゃん(男)にお手伝い頂きまして」
「へえー…良い腕だな…うちに引き抜きたい位には」
「へへっ。旦那にそう言われると思って声だけは掛けてありますよ?」
「――ミカサ」
「では、クリスマス明けにでも」
「うん。よろしく」

軽くヘッドハンティングの予定を交わし、俺も着替える為に冷たい床から漸く立ち上がった。
勿論、ちゃんと部屋から変態を叩きだして何重にも鍵を掛けてからな。


着替えさせてもらっている間、セブルスは四脚のスツールに腰掛けて俺の方を見ながら待っていた。
皺の出来やすい生地なため、無駄に動くことをせずにただじっと。
手持ち無沙汰なのか、慣れた手つきで着付けていくミカサの動きを目で追い、物珍しげに首を傾けて眺めている。
…すごくやりづらい。
てか見過ぎだぞセブルス。
そんなに凝視しなくても俺の着替えなんて飽きるほど見てんでしょうが。

衣擦れの音と時間だけがこの場に流れていく。
タイだけは自分で付けて襟を正されチェックを受け、最後にローブを羽織ると完成だ。
セブルスと同じ夜のようなドレスローブは、俺が着るとちょっと残念な出来栄えな気がするな。
これは俺の感想だけど。
やっぱ中身の違いか。間違い無い。

「――さ、出来ました。セネカ様も良くお似合いです」
「ん。ありがと」
「では私とフランも支度をして参ります。カフスはその時にお持ち致しますので」
「りょーかい。しっかり引っ張って行ってね」

穏やかに笑いながら「心得ております」と言い出て行く背中を見送る。
扉の外に張り付いていた実弟を容赦なく引き摺っていく後ろ姿は、とても頼もしいモノとして映った。
「ちょっとマジ兄貴! 耳引っ張らないで! 俺も旦那を抱きし――じゃなくて一言言いたかったのにぃ!」…なんて叫び声が聞こえた気がしたけど、俺は何も聞いていないので悪しからず。

パタンと閉じられるドア。
気配が遠ざかると直ぐにセブルスへと意識を移した俺は、くるりとターンをして見せ、未だに此方を見続ける彼の前に立つ。

「どう? セブ」
「…どうって、」
「ほら、似合うとか似合わないとか、」
「……ここに座れ。髪を結うぞ」
「ええー…もう。ちょっとくらい言ってくれても良いのにさあー」

文句を垂れながらも素直に言う通りにする。

自分に対して適当過ぎる俺の髪を結う役目を彼が担っているのはいつもの事なので、異論は全く無いんだが。
それにしたってだ。
一言くらい感想を言って欲しかったなあ…。
まあ、セブルスだし。仕方ないか。


ブラシで髪を梳かされ、慣れた手つきでサイドへ流され纏められていく。
斜め前に立つ今日の彼は、服装に合わせたのか前髪は上げられて横へ撫でつけられており、思わずキスしたくなるようなデコが露わになっていた。
恐らく、ミカサ辺りに助言を頂いたのだろう。

幼い顔立ちに背伸びをした髪型。
微笑ましいような、可愛いような…ううん…たまらんね!
キリッとした意志の強そうな眉を視線でなぞり、高い鼻筋を撫で、真っ黒な瞳の中に惚けた面で見上げている俺と、目が合う。

「セネカ、どうした。急に黙り込んで」

訝しげに見つめ返されてしまったので「かっこ良くてドキドキしてました!」と、この時俺は返そうと思っていた。
しかし実際に出てきた言葉は、

「抱きしめたい衝動と戦っている」

だったのである。
正直過ぎる俺の答えに、セブルスは少し面喰ったような顔をして「皺になるから出来ないだろ」と、ちょっと勝ち誇ったように鼻で笑って下さいました。
ちくしょー…これは何て拷問なんだ…。
あのおデコにちゅーしてやりてえ!

一人悶々と邪な衝動を抱えていると「出来たぞ」タイミング良くセブルスから動くお許しを頂く。
知らず詰めていた息を解放した俺は肩の力も抜き、ふと、いつもとは違う違和感に気付いて、横に流されていた髪を摘まみ上げた。

「…リボン?」

ベルベットで出来た深いボトルグリーンのリボンだ。
確りと結ばれているそれはお辞儀する事もなく、整えられた蝶々が綺麗に羽を広げていた。
正装に合わせてミカサが用意しておいたのかなと、首を傾げながら繁々と眺め、セブルスへ問うような目を向けた。…ら、

うん。
ごめんセブルス。
今の君、すごく解りやすい。
そんなにそわそわしたり頬を恥ずかしげに染めたりされちゃあ…見ただけで全てを理解してしまうんだけど。
しかも何でそんな「分かれよ! 察しろよ!」という雰囲気をバシバシ飛ばしながら睨むとか睨むとか。
もう眼力ハンパないんですけど。
……。

「(パシャッ!)」
だからなんで今撮るんだ!?
「…え、や、思わず。条件反射で。リボンを用意したのが自分だと言いたいけど照れちゃって言葉が出てこない今日のセブがカッコイイのに可愛い過ぎて思わず。これ、クリスマスプレゼントだと解釈してもOK?」
「……っ、か、可愛いが余計だ!」
「え? だって『セブルス可愛い』は正義でしょ?」
「そんな正義はどこにもないっ!」
「ぶぶー、人の数だけ正義はあるんですー。――で?」
「…何が、で、なんだ」
「ク、リ、ス、マ、ス、プ、レ、ゼ、ン、ト?」
「……そう、だ。一日早い、けど、」

「安物だけど、呪(まじな)いをかけておいたから…」

絶対に外すなよ。
そう最後は強い口調で言ったものの…慣れないサプライズをした所為か、顔が真っ赤だ。
うわなにこれ。すげえジーンときた。
かけられてるのがどんな類の呪いなのかという不安と疑問が、かーなーりー浮かぶけど、それも些細なことだよな!
突然のプレゼント攻撃に感激した俺はスツールから立ち上がり、カメラをサイドテーブルへ置いて、彼の手を取った。
体温の低いセブルスの指は、いつもより温かかった。

「セブ、ありがと。すごく嬉しい」

引き寄せた手のひらへ自分のそれを重ね、僅かな重みを残して、そっと開く。

「セネカ…これは?」
「僕からも一日早いクリスマスプレゼントだ」

ふっくらとした丸みの残る柔らかな手のひらの上で、金属の擦れる音が小さく鳴る。
俺から彼へのクリスマスプレゼントは、銀の懐中時計だ。
上蓋は銀無垢。三時の位置に竜頭がある横向きタイプの。
驚いたセブルスがバッと顔を上げ、思わず握りしめられた手のひらから銀のフォブチェーンが零れ落ちた。
返そうとする手を押し留め、自分用にも同じ物があるのだと言うように、もうひとつ取り出して見せる。
これまた形も輝きも全く同じ、双子の様な銀時計だ。

「考える事は同じだねえ。僕も今日の為に用意しといたんだ。やっぱ正装っていったら、懐中時計があると恰好も付くよね」
「でも必ず必要だという物でも無いだろ。それに、なんだかすごく高そうだぞ…」
「そうでもないよ。半分は僕が組み立てたからね。流石に中のムーブメントまでは一から作れなかったけど」
「器用すぎるだろ…」
「これ位器用じゃないと会社経営なんてやっていけないのだよセブルスくん。…あっ、ねね、セブ。ちょっと蓋を開けてみてよ」
「……?」
「いいからいいから」

セブルスは不思議そうな顔をしながらも、言われるままスイッチを押す。
バネ仕掛けの上蓋が開かれると白い文字盤が現れ、ほらここ、と、彼の視線を指先で導いた。


――上蓋の裏に広がる世界。
そこには、星屑の砂地に立つユグドラシルが濃紺の夜空に枝を広げていた。


「…きれいだな」
「へへっ、気に入った?」
「…うん」
「そ、良かった」

冷たいガラスに閉じ込められた大樹を指先で撫でると、機械仕掛けの心臓が、コチコチ、コチコチ、ちいさく囁く。
細く紡がれた鼓動に滲む想いを、少しでも伝えようとするかのように。
――時の砂を敷き詰めて出来た砂地には、佇む少年も蛇も、あえて描かなかった。

…うーん。やっぱり俺ってば、結構ロマンチストなのかねえ。
愛の理想主義者。ははっ、ガラじゃないなあ!


パチッと蓋を閉じ、チェーンを釦穴にピンで引っ掛けてウェストコートのポケットへ時計を入れてあげる。
同じ様に自分もチェーンを垂らしてポケットへ仕舞うと、

「…ありがと」

小さな声が鼓膜を揺らした。


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