分岐点 extra

クリスマス休暇 2


キングス・クロス駅から一歩外に出ると、コートの隙間から刺しこんだ冷たい夜気が肌を撫で、ぶるりと肩を震わせた。
隣に居たセブルスに「馬鹿だな、マフラーを忘れたのか」と問われて素直に頷けば、彼は自然な動作で自分の首から解いて分け与えてくれる。
流石は俺のセブルス。行動が紳士です。かっこいいよ!
彼の気遣いと温もりに瞳を細め、思わず「セブの匂いがする…」ボソッと呟いたら額にデコピンを頂いてしまったけどな。

セブルスの匂いを嗅ぐ俺の癖は未だ健在だ。
一度嗅がれる側に立った事もあるのに、その恥ずかしさと居た堪れなさを知っているのに、俺は全く改める気が無かった。
愛情表現の一つだと思ってくれ。
…たぶん俺は、彼の肌に、薬品や薬草の匂いが染みつくまでに浸るその日々を…待っているのかも知れない。

少しづつ成長していくセブルスを愛おしく思い、優しさに触れる度に抱きしめてあげたくなる。けれど。時折。
自分を包み込んでくれるあの大きな腕も…俺はとても恋しくなるのだ。

雨でも降った後なのか、見下ろしたアスファルトは泣いた後のように湿っていた。


「では皆様、此処からはタクシーで移動して頂く事になります」

凛とした声が夜に溶け込む。
先導していたミカサが振り返り、道路に沿って停車しているブラックキャブを示しながらそう言った。
少し戸惑った様子を見せたセブルスとトーマへ「マグルの移動手段の一つだよ」と、俺が補足を入れている間に、運転手に行き先を告げ終えたミカサがドアを開き、さあ、と乗車を促す。
そこへ俺が加勢として二人の背を押し後部座席へと乗り込ませる。
向かい合わせになっているシートへ、セブルスの隣へ俺も乗り込むのを確認すると、ゆっくり景色が動きだした。

「セブ、トーマ。顔が強張り過ぎて大分面白い事になってるけど?」

そう俺が笑いながら指摘すると、二人分の恨めしげな視線に睨まれてしまったぜ。解せぬ。
ははーん。アレか。列車や地下鉄以外の移動手段は初めてだから緊張してるんですって主張かね君達。なるほど。
でもバスは待つ時間が惜しいし、乗り合わせる人も多いので此方の方が断然便利だと俺は思うんだけど…。
まあ少々割高ではあるが。

「セブルス様、トーマ様。馴染みの無い乗り物にとても驚かれたでしょう。大変申し訳ありませんがお二人には少々我慢して頂く事となります。御気分が優れないようでしたら直ぐに私へ申しつけ下さいませ」
「……あのー、様ってガラじゃねえんですけど、俺。出来ればフツーに呼んでくれると、」
「申し訳ありませんが承服致しかねます。性分ですので」

勘弁してくれと言うトーマをミカサが完璧な笑みを添えてさらっと流す。窓の外で次々と走り去るネオンの光を受け、キラリと輝いた眼鏡を押し上げる仕草までついて来た。
…妙に似合ってはいるが、彼の役作りはどの方向を目指しているのだろうか。


目的地が同じ方向なので「では、ご一緒に如何ですか」というミカサの提案で今此処に居るトーマには、簡単に俺達の関係は説明済みである。
主とその従者です、と嘯(うそぶ)くミカサに素早く訂正を入れたのはセブルスだが。
初めは驚いていた彼もミカサの俺達への恭し過ぎる程の態度で一応納得したらしいが、まさか自分までそんな風に扱われるとまでは想像が及ばなかったみたいだ。
見ている分には面白いので俺も止めはしない。
それも計算ずくで接しているミカサも中々良い性格をしている。

細々とした説明を副官へ丸投げした俺は、車が走り出した時から動かなくなっていたセブルスをそっと窺い、シートへ背を預ける事も無くピンと背筋を伸ばしている彼へと身体を寄せた。

やだセブたらすげえ可愛い。
緊張してるのか、窓の外に流れる景色さえ楽しむ余裕もちょっと無いみたいだ。
イブニングタイムのロンドンをキャブで移動する機会なんて滅多に無いのにさ。勿体ないぜ。
ライトアップされた夜の街中は、日中とはまた違う顔を覗かせる。
是非見てもらいたいし、俺も彼と楽しみたい。
あれは何だ、これは何だと瞳をキラキラさせて聞いてくるセブルスに、俺が知りうる限りの知識で応えてあげたい。
まあ…ムードたっぷりの街中を抜けるこの車中に俺とセブルスの二人っきりだったら、もっと良いんだけど。

そう思いながら肘で彼の脇を押して更にひっつくと、狭い、抗議する声がやっと聞こえてきた。
わお…眉間の皺が深い深い。
解そうとぐりぐり指先で伸ばしてたらパシッと叩かれてしまい、それでもめげずにまた伸ばせば、今度は捕まえられてびったんとシートへ押し付けられ、封じられてしまった。
手を繋ぎたかったんですねわかります。

「セブかわいい」
「セネカがむかつく…」
「む、心外だなー。僕はセブの緊張を解そうとこんなに一生懸命なのにさ」
「……お前、そもそもなんでそんな慣れた風なんだ」
「いや乗った事あるし。ねえ、ミカサ」
「はい。以前、視察にお付き合い頂いた折に何度か」
「乗り方だってちゃんとマスターしたしねー。…あ、そうだ。この際だから二人共覚えておけば? 僕らはまだ魔法でパパッと移動は出来ないし、また乗る機会もあるかもね。後、僕とセブはキャブデートをするべき」
「お前なあ…」
「煙突飛行や姿現しよりも不便かもだけど…、利点を上げるならば魔法省に探知されて追跡される危険性も無いってとこかな。因みに、ちょっとリッチな気分になれて観光も出来て疲れないとこも」
「…追跡云々にもの凄く突っ込みたいが…一番の理由はそこだろお前」
「セブ? なんで頭抱えてんの?」
「……もういい」
「でしたら、休暇明けに実践してみては如何でしょうか」
「お、ナイスだよミカサ。それいただき!」
「おい、勝手に決めるな」
「てことでミカサ、説明よろしく」
「承知致しました」
「無視か。僕の意見もたまには聞けっ」
「つーか、セネカが説明するんじゃねえのかよ…」
「うん? こういうのは僕よりミカサのが良く知ってるし、僕はセブと夜景を楽しみたいんでそっちに専念します」
「「……」」
「諦めて下さい、セブルス様、トーマ様。セネカ様がこういうお方なのはお二方も良く御存じでしょう?」

なんてやり取りをしている内に二人の緊張もうまく解れ、好奇心の疼きだした二人と共に窓へ張り付いて眺め、目的地へ着くまでの道のりを楽しく過ごす事が出来たのである。
予め頼んでおいた通り、少し遠回りをして。

黒い車体が漏れ鍋の前で停車をする頃には、俺はすっかり御機嫌で、鼻歌でも歌えそうな気分でいた。


***


翌日からの俺の予定はとても忙しく、有能な副官によりキッチリ管理されていた。

24日に行われるマルフォイ家のクリスマスパーティーまでに、俺がこなさなければならない仕事が山積みになっていたからだ。
社長室の執務机の上には、どっちゃりと書類の山がひぃーふぅーみぃー…。
枚数を数えたらこれ多分鬱になる。
目を通しておかなければならない企画書から、社長である俺のサインが必要な書類(これが一番多い)と、新たな悪戯グッツの開発と…来春に向けてのカタログの見本誌と来夏の…あー……もう並べ上げるのも面倒になって来た。
兎に角、多い、という言葉だけを胸に留めておいて頂きたい。

つか変態ショタコン男からの報告書が気持ち悪いラブレターにしか見えないんだけど何ぞコレ。おいふざけんな。やり直せっつーの!
さり気なく混ぜられているデザイン画のモデルがどう見ても俺かセブルスなんだけど、さっ。
コイツのイマジネーションの元は俺等かっ?! やたらと半ズボン推しとか欲望のまま過ぎんだろが!

「ギギギ…癒しが欲しい!
「社長。叫ぶのはストレス発散にもなって宜しいとは思いますが、手を休めずにお願い致します」
「鬼…鬼がここにおるで…」
「おや、一体どこの鬼でしょうか? 日本ですか? それとも、グリンゴッツにお勤めの小鬼めの事で御座いましょうか?」
「今まさに目の前で新しい書類の束を抱えてきた真っ黒い鬼めの事だよー!」

右手でサカサカと羽根ペンを走らせながら、左手で資料を捲る。その頭上では、自動筆記羽ペンが羊皮紙の上で踊っていた。
なんて器用な奴だ、俺ってば。
自分で自分を褒めてやりたくなる。
俺の体調と体力を考慮して小まめに休憩を挟んでくれるけど、それでもこの羊皮紙の山は減っていかない。
てかむしろ増えてんだろ。なんかそんな気がして来たぞ!?

「ほぼ正解です」
やっぱなー! チクショー!
「このようなご時勢です。ホグワーツへ梟便で送れるものも限られておりますし、社長がお倒れになっていた間に滞っていた分も少々上乗せさせて頂きました」
「ああもう! 今度からアルバスんとこの暖炉に乗りこんで来い。俺が許可取っておくから。因みに運ぶのはお前オンリー。フソウは却下だ! こんなに溜めこまれて一気にしわ寄せが来るのなんてもう御免だぜ!」
「はい、社長。仰せの通りに」

満足気に頷いたミカサは恭しくお辞儀をして退室して行った。
はいはいはい。
もう余裕が無いから言葉遣いにも気を配ってらんねえっつーの!
先程よりも早く、しかし正確にペンを動かしながら俺はひとり唸る。
癒しが欲しい癒しが欲しい。
セブルスが欲しいセブルスが欲しい。
セブルスをぎゅっとしていちゃいちゃして 癒 さ れ た い !

こっちに帰って来てからは彼と過ごせる時間が減りっぱなしで俺はひじょーにツライ。
食事の時間も共にしてるし、夜は同じベッドで寝てるけど、寝る間際まで俺は資料と睨めっこしてるしで気遣ってくれる彼との会話も儘ならない状態だ。
いじらしいセブルスは極力俺の邪魔にならない様に我儘さえ言ってくれねえしな!
俺にくらいもっと我儘言ってくれても全然構わねえのに。
そしたらもっともっと頑張れちゃうのにさ。

ああ。今頃は居住フロアで、ひとり寂しく課題を進めているであろうセブルスの事を思うと、もう、もう…、


「あー! もー! セブルスが寂しがって泣いてませんように!!」
「誰が泣くか!」
「んん? ――セブルス?!」

なんということだ。
俺の願いが通じたのか、はたまた俺の心の叫びが届いたのか、扉を開けた状態で彼が顔を覗かせていたのである。
驚いた俺は少しの間固まり、次いでパッと羽ペンを放り出して椅子から飛び降りた。
ぐるりと机を回ってセブルスの元へ駆け寄る間に、彼は持っていたトレイをテーブルに置いてソファへと腰を下ろしていた。

「セブルスー!!」
「ぐはっ!」

やべえしまった。
ついタックルする勢いでセブルスの腰へと飛びついてしまったぜ。
腹を圧迫されて息を詰めた彼は肘掛部分にぼふっと倒れ、ぎゅうぎゅう腰を締めつけ続ける俺の頭をぽかりと叩いた。
痛くないので全く障害に何てならないぞセブルス。

「いきなり飛びかかって来るな! 危ないだろ!」
「ぬぅおおおセブだー! 癒しだー!」
「ぅ、わ、やっ…めろセネカッ! 腹に顔を擦りつけるなバカ!」
「ついでに匂いだって嗅いでます!」
「そんな報告なんていらない! …っ、心配して顔なんて出すんじゃなかった!」
「だってなんでか今日のセブからは甘い匂い、が……ん? 心配?」
「……そうだ」
「セブが、僕を?」
「……他に誰がいるっていうんだ」

抵抗を続けていたセブルスは、心なしか(否、確実に)ぐったりとしながらそう答えた。
俺の頭と顎を突っ張る様に掴んでいた腕はそのままに。
彼の腹から顔を上げた俺は、じーっとセブルスの顔を注視し、横を向いてテーブルの上を見て、また顔を元の位置へと戻してにへらっとだらしない笑みを浮かべる。
途端に彼は、無理矢理自分の方から俺の顔を背けるように手を動かす。
ぐえ、…今ちょっと俺の首が可哀そうな音を立てたんだけどセブルスよ…。
照れ隠しという名の愛がイタイデス。

セブルスが持ってきたトレイにはティーポットと二人分のカップ、それに、美味しそうなクッキーが仲良く並べられていた。
そういえばそろそろ休憩時間だ。
ミカサが来ても良い頃合いである。
時間きっかりに顔を出す筈の彼が来ない。と、なると…本日はその役目をセブルスが態々買って出てくれた、と見て間違いは無いようだ。

これはかなり嬉しい。
すごくすごく嬉しい。
先程までの渇きが癒されるように、心がじんわり熱を帯びる。
そうと分かれば名残惜しく思いながらも拘束を解く。
彼がもそりと起き上がり、再び、懲りずにまた首元へ絡みつく俺を今度はちゃんと受け止めてくれたセブルスは、大きな溜息を吐きだしていた。

「少し離せ。このままだと蒸らし過ぎて渋味が出る」
「はーい」
「…やけに素直だな」
「だって、折角セブが僕の為に持って来てくれたのに、頂かないなんて選択肢は僕の中には存在しえない。叫び過ぎて喉も渇いちゃったし」
「あれだけ喚いていればな」
「え? 聞いてたの?」
「…ドアの外まで丸聞こえだっただけだ」

そんなに長い間叫んでいた記憶は無い。
ミカサが来てから吠えてみたり文句を言ってみたり、という辺りが一番自分でも喧しかったと思う。
つまるところ、彼は先程から…その前から社長室前に居たという事だ。

こっそり様子を見に来ていてくれたのだろうか?
部屋から出てはいけない何て事は言って無いけど、引き籠るようにじっと出ては来なかった彼の行動に俺は驚かされていた。
行ったり来たりと、扉の前をウロウロしていたのだろうか。
…想像するだけで鼻血が吹き出そうなレベルの可愛さだぜ。
本人に言うと確実に機嫌を損ねるだろうから言わないが。

セブルスが淹れて手渡してくれた紅茶を飲みながら、自分のした想像にムフフとひとりニヤついてお茶請けのクッキーへ手を伸ばす。
サクッとした歯応えと舌を楽しませる甘みに暫し夢中になる。
丁度小腹も空いていた為、二枚三枚と休みなく口に運び…ふと、真横から注がれていた視線が気になり、手を止めた。

おい何故そんなに真剣な顔で俺のことを見つめてるんだセブルス。
非常に食い辛いんだけど。
アレか。あまり食い過ぎると夕食が食えなくなるから止めようとしてるとか、そんな感じなのかね。

「どしたのセブ…僕の顔に何かついてる?」
「…いや…うまいか?」
「? うん。すごくサクサクしてて美味しいよ?」
「そ、か…なら良い」
「? 変なセブルス」

ぎこちない動きで頷くセブルスにはてなを浮かべながらも、特に咎められなかったのを良い事にもう一枚、サクサクと音を楽しみながらぺろりと平らげていた。

彼から香った、甘い匂い。
もう少しだけ頭を働かせていれば、このクッキーの製作者が「誰か」など分かっていたのに、俺はとうとう最後まで知らずに再び仕事へと戻っていった。

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