分岐点 extra

クリスマス休暇 1


休暇と聞けば大方の生徒はそわそわと落ち着きを無くし、それぞれ思い思いの予定を立てながら待ち遠しく感じるものだ。
スリザリン寮生であってもやはりそこは同じようなもので、自慢げにどこそこへ行くのだとか、誰其れのパーティーへ誘われたのだとか色々耳にする。
態々耳をそばだて無くとも。

それなりの家柄出身者は一族総出の挨拶回りや、婚約者や許嫁の顔見せ目的のパーティーで忙しい時期だろう。両家の結びつきを強く誇示するために。
将来を見越してコネクションを広げたいと考える者が多いのは、やはり流石はスリザリンだ、とでも言っておこうか。
もちろん、そういう生徒ばかりでは無いのも知ってはいるがな。

12月に入って積雪の高さが膝上まで達した頃には、帰省する生徒の名簿は大半が埋まっていた。


「――って事で休暇の間は会社に滞在してますんで。何かあれば其方へ梟を飛ばして下さい。それと、マルフォイ家のパーティーに招待されてしまったのでちょっと参加してきますねー」

ノリの軽さとフラットなもの言いはいつもの事。
偶に誘われるお茶会の席で俺はそう報告をした。
ルシウスからの誘いを受けて招待状も送られ、参加の返答を返してからの事後報告である。

報告を終えた俺は紅茶で喉を潤してから、金色の止まり木で羽を休めていたフォークスを膝に招く。
校長室の現在の主である彼――向かいのソファに腰を落ち着けている偉大なる魔法使い、アルバス・ダンブルドアは、マルフォイという名に反応して僅かに眉を寄せていた。
キラキラ輝く青い瞳の奥に少々厳しい光を宿して。
壁にずらりと並んだ歴代校長の肖像画たちからも小さな囁きが届く。
…約一名、尖った山羊髭のアレから熱い眼差しが俺に注がれているけど、当然の如く俺はそれを完璧に無視していた。

ばかやめろフィ二アス、こっち見んな。
もしダンブルドアに突っこまれてヘタな答えを返してみろ。…承知しないぜ?

「今日はクリームティーを楽しもうぞ」というご要望で用意された焼き立てのスコーンは、彼の手中でたっぷりのクロテッドクリームとジャムを塗りたくられたままで行き場を失っている。
良い香りを室内に広げている紅茶もお待ちかねだ。

「早く食べたら? 落ちそうなんだけど」と、見かねて俺が促せば、ダンブルドアは長い髭を汚すこともなく器用に頬張った。
既に三個目を食べ終えてしまった彼は、夕食を納める腹の余裕があるのだろうか…。俺は一つで精一杯なのに。
そう考えつつ彼からの探るような眼差しを横顔で受けながら、フォークスの美しい嘴を指先でなぞり、かふかふと甘噛みされて小さく笑いを零す。

「別に…お仲間になりに行く訳じゃ無いんですから、そう案じなくても良いですよ。アルバス」
「しかし…フーム…」
「真っ黒間違いない御家ですが、何分彼はまだ学生。有望な生徒を手懐けておきたいお年頃なんでしょう。…闇祓いの方々も当日は警戒に当たると聞き及んでますが?」
「…アラスターと連絡を取ったのかね?」
「いいえ、そんな事出来ませんよーアラスターおっかないんですもん。後で尋問されんのも御免ですし。護衛を頼んだ人物が教えてくれたんですよ」
「それは…例のお二人かの?」
「ええ。まさか未成年だけで出向く訳にもいきませんから。てかむしろ彼等の方がノリ気で…張り切ってるようですね。特に弟の方が、」

どうやらルシウス・マルフォイとは面識があるようです。
彼の性癖を顧みれば大体どういう間柄だったかは、想像出来ますけどね。
幼いルシウス氏はきっと素晴らしい美少年だった事でしょう。

そう続けた俺にダンブルドアは重い息を吐く。
言いだしたら聞かない性格を理解していらっしゃるのだ、彼は。
了承の意を空気で悟った俺は「すみません」と眉を下げて謝る。
俺だって、ホグワーツでの安閑とした日々をぶち壊すような事態だけは避けたい。けど、折角餌にかかってくれて得た機会を無駄にしたくないとも思う。
此方でも万全の備えをしていくのは勿論の事。
万が一の事態が起きたとしても、自分一人なら切り抜ける自信くらいはある。…まあ、不安材料を上げるとしたら体力方面だが。

「適当に擦り寄って、情報収集してくるだけですから、」
「セブルスもそう承知しておるのかね?」
「…あー…彼は…」

もごもごと言い辛そうに口を動かした俺に、ダンブルドアが首を傾げた。
俺の脳裏に先日セブルスと交わしたやり取りが過ぎる。
…すごく激しかった。
今回は危険だから君は連れていけないんだって言ったら「だったら尚更お前を行かせられないだろ!」なんて怒られちゃいそうだったから、最もそうな理由で誤魔化したのに。
セブルスも頑固だ。一度こうと決めたら貫く。
結局、駄目だ僕も行くと譲らない俺達の戦いはセブルスの「お願い」で呆気なく終結を迎えたのだけども。
別にセブルスのドレスローブ姿を拝みたい誘惑に負けたとかそんな訳無いですほんと。

「…………連れて行かないって言ったら、…めちゃくちゃごねられてしまって…」
「最終的に頷いてしまった、と」
「……はい」
「ほっほっほ。…セブルスにかかれば、お主も片無しじゃのう」

ダンブルドアが楽しそうに肩を揺らす。
まったくその通りなので俺も言い返せない。
がくりと項垂れて顔を両手で覆うと、フォークスが慰めるように嘴を髪に埋めてきた。
ずぼっと埋まる感じが気に入ったのか、暫くその状態は続いたのである。

…たまに嘴が刺さって痛いっす、フォークスさん。


***


「まあ! じゃあ二人とも、めいっぱいおめかしして行かなきゃね!」

パン、と両手を合わせてリリーが楽しそうにこう言った。
クリスマス休暇が始まり、ホグワーツ特急に帰省する生徒を詰め込んで出発してから暫く経っての会話である。
俺とセブルスとリリー、そしてちゃっかり混じっているトーマという、四人だけのコンパートメント内は既にお茶会へと発展していた。
勿論、此処を占拠してお得意の邪魔避けを施しているのでイケメン黒髪と悪戯眼鏡は入ってこれません。悪しからず。
…うちの子に言い寄る「悪い虫」は俺の目が黒いうちは近づけさせやしねえよ!

自分の事のように喜ぶ彼女の瞳はダンブルドアに負けない位キラキラと輝いている。
やはり女の子だ。こういった話題は好きなのだろう。
語尾にハートを散らして、うっとりと夢見るように瞳を細めている。

マグルの一般家庭で育ったリリーの頭の中では、魔法族のクリスマスパーティーってどんなに素敵なのかしら、という想像が膨らんでいるっぽい。
…実際は煌びやかな世界と社交辞令の裏側では、陰謀渦巻く腹の探り合いが展開されているんです。
でも君の素敵な夢は壊したく無いので俺は黙ります。うん。

「リリー…おめかしって…僕らは男だ。君たち女の子のようにひらひらしたドレスを着るわけじゃない」
「あらそんなこと無いわよ。折角のパーティーなんだからカッコ良く、ビシッと決めて行くんでしょ? ね、セネカ」
「勿論だよリリー。既に衣装は手配済みさ!」
「…は?」
「流石セネカね」
「お褒めに与り光栄です、お嬢様」

おどけた様に畏まってお辞儀をすると三者三様の反応が返る。
リリーはちょっと恥ずかしかったのか口に手を当ててクスクス笑い、セブルスは呆れたように溜息を吐いて俺の頭を小突いた。
俺達の向かい側、リリーの隣に腰かけてたトーマはそれを眺めながら俺達が持ち込んでいたシュトレンを黙々と食べている。
(シュトレンはミカサが月初めに送って来たドイツの菓子パンだ。あちらではクリスマスを待つ間、これを毎日少しずつ切って食べながらクリスマスを心待ちにするのだ。…が、俺は待ち切れずつい全部食べてしまう。日が経つ毎に練り込まれたドライフルーツの味が生地に染み込んで美味しくなっていくのに…いつも、)

むぐむぐと咀嚼し、これまた持ち込んでいたポットのコーヒーを飲んでからトーマは口を開いた。

「セブルスの事となると手回しも早いなー。お前らが招待状貰ったのって11月過ぎだろ? ホグワーツに居たのに良く準備できたな」
「そこはソレ、変態のハリキリテンションのお陰という事で」
「…へんたい?」
「なっ、アイツに頼んだのか?!」
「え、うん。…嫌だった?」
「……そうじゃ、ない、…けど、」
「どういったモノにするかは僕の希望を伝えてあるし、採寸の必要も無いからそこは安心して。性格に難はあるけど、腕は確かだ」
「違う、僕が言いたいのは――「セブルス、」

「連れてくけど、僕の言う事をちゃんと聞くようにって約束したよね」

そう言ってにんまり笑う俺から、セブルスはムスッとした顔で目を逸らし口を噤んだ。
また何か金銭面に関する事を気にして言おうとしたのだろう。
でもその件に関しては譲る気は無いのです。
ごめんね、セブルス。
でもぶちゃけ言うと俺の望みも叶える為なので全く気にしないで良いのさ。
内心では「おめかしセブルスひゃっほーい!」なんだから。

「てか、ああいう場はさ。基本的にドレスコードはブラックタイなんだから、持ってない僕らが新調するのはあたり前なのだよ。そこんとこはご理解頂きたいのですけど、セブルス・スネイプくん」
「…分かった」

不満そうな顔をしたままセブルスは頷く。
その様子を見て調子に乗った俺はリリーの方へ向って「いえーい」と親指を立てて笑い、後ろからセブルスにパコンと叩かれてしまった。
…ぐ、…ちょっと舌噛んだんだけど…!
口を覆って渋い顔をした俺へセブルスは、ハンッ、と鼻で笑ってから読みかけの本を取り出していた。
ぬおぉ、なんて悪い顔をするんだセブルス…! そんな顔したら色々捻じ曲がってしまうよ?!
挟んでいたブックマークを仕舞って開かれたページに視線を落とした彼へ、俺はずいっと顔を寄せて詰め寄る。

「いったいよ! 今の舌噛んだ!」
「そうか、それは良かったな」
「良くないから!」
「はいはい」
「セブ…ハイは一回までだよ」
「突っ込む所はソコか」
「……」
「…何をしている」
「セブが本を読んだら膝を貸してもらえなくなるので邪魔をしてます」
「また寝る気…か?」
「え、うん」
「――だめだ。窓の外でも見てろ」
「えー、けちー。てか、変わり映えのしない風景を見るよりも、僕はセブルスを観察している方が良いんだけど」
「はいはい」
「…っ、またソレか!」

「……まーた俺達を無視して二人の世界に入っちまってる」
「あの二人は最後にはいつもこうなるわ」
「やっぱリリーちゃんの前でもか…」
「そうよ。ああやってセネカをあしらってるけど、律儀に返事してるから本当は本なんて読んでないのよね。…まったく、セブも素直じゃないわ」
「ふうん?」
「トーマ、貴方にもよ」
「…俺?」
「許した人の前じゃないと、セブルスはあんな風にセネカの相手なんて、しないわ」

彼、自分でも気付いて無いんじゃないかしら?
可愛らしく小首を傾げてリリーはトーマを見上げる。
幼馴染達を通して知り合った彼とは今まで話す機会はとても少なかったが、彼女は二人の様子から感じ取れた事を素直に喜んでいた。
寮は別れてしまったけど、リリーにとっても二人は大切な幼馴染だ。
行きの時みたくセネカが目覚めない何て事が起きない様に、彼が絶対に眠らせない様にしているのもリリーにはお見通しなのである。
ぱちくりと目を瞬かせたトーマは少し俯いて、短い髪に指を入れてガシガシと掻いた。
二人の幼馴染である彼女から改めて言われるとなんだかムズムズする。

そんなトーマを置いて、相変わらず目の前では同じ顔をしたルームメイト達がじゃれあっていた。


吹雪く空と真白な雪原。
その間を縫うように、ホグワーツ特急の赤い車体が走り抜ける。
長い旅を終えてキングス・クロス駅へ吸い込まれると、我が子を待つ魔法使いで溢れたプラットフォームに蒸気を吐き出して、ゆっくりと停車をした。
昼にホグズミード駅で乗り込んだ時とは違い、夜の帳が落ちたフォームには等間隔に灯された外灯がまあるい光を広げている。
その白光も届かないような物陰にはじっとりと沈んだ闇がひそんでいるように思えた。

9月1日に此処を旅立って以来、久しぶりに下り立つ。

そんな気がするのは一年生ばかりで、上級生は荷物を持ってささっと下りてしまう。
行きよりも少ない荷物は小さなトランクに詰められ、抱え下り、家族の姿を探してキョロキョロと首を巡らせている。
それは俺達も例外では無く、リリーを先に行かせると一塊りになって9と4分の3番線に下り立った。
ホグワーツと同じく、ロンドンの風もひどく冷たい。

「トーマは誰か来てるの?」
「いんや、俺んとこは誰も。此処を出たら漏れ鍋に行って、暖炉を借りて煙突飛行で帰るつもり」
「僕達はどうするんだ? そのまま…行くのか?」
「うーん、ちょっと待って。お迎えが来てるはずなんだ」
「迎え?」
「そう、迎え。…あんな感じで」

俺が指を指す方向に二人揃って顔を向ける。
そこには、混み合う人の中でも目立つ長身の男が黒い髪を揺らして歩いていた。
トーマは見覚えの無い人物に首を傾げていたが、セブルスは男が誰か分かると「あっ」小さな声を上げる。

「…フソウ?」

眉を寄せてセブルスが名を呟くと、この雑沓の中で拾える筈も無いのに男が――噂の変態ことフソウ・スズヨシがちらりと視線だけを俺達に流す。
…タイミングが良過ぎてセブルスがちょいビクッとしたぜ。
彼はそのまま、獅子寮カルテット…じゃなくて目敏いジェームズ・ポッターに捉まっていたリリーの前でぴたりと足を止めた。
ほっそりとした少女に、顔だけは良い青年が膝を折り言葉を交わす。

流石は勇気ある騎士の住まう寮出身。
結構様になっている。
が、詐欺も甚だしい。
普段からあんな誠実そうな顔と態度をしてれば良いのに。

戸惑う様子を見せるリリーへ名刺を添えた手紙を手渡すと、フソウはぽかんと大口を開けていた彼等を置いてリリーを伴い、人ごみの中へと消えてしまったのである。
進む先で彼に気付いた上級生(男)が「げっ」という声を上げて次々と飛び退いていったけど…ほんと、一体どんな素晴らしい学校生活を送っていたんだか。

「到着が夜になるのは分かってたから、リリーの両親へ手紙を出して『安全な方法でお嬢さんを送り届けます』って事前に伝えてあるんだ。だから彼女の迎えは『アレ』。うちはああいう護衛のお仕事も引き受けてるからね。今はまだ、極々個人的なモノに限るけど」

「うち?」とまた首を傾げたトーマには「後で説明したげる」と言い置き、複雑そうな顔で見送っていたセブルスの肩をぽんっと叩いてから手を繋ぐ。
フォームの出口付近に立つ『お迎え』を丁度見つけた俺は、トーマの事も促して未だに蒸気を上げる車体から離れた。
アレで中々腕の立つ魔法使いだよ、と今言ってもめちゃくちゃ疑いの眼差しを向けられそうだなあ…。
一応成人済みの魔法使いであり、尚且つ、卒業してからはうちの会社で荷物を抱えながらそれなりの修羅場というモノを経験させて(させられて)いるんだけどね。彼は。

「(…否、彼も…か)」

我が社の副官、ミカサ・スズヨシは中々の鬼でもある。
柔和そうな見かけに騙されてはいけない。
彼は人事管理にも長けている。
個々の能力に釣り合わぬ仕事は決して回さないが、新兵をいきなり戦場に送り込む鬼教官のような手荒さも持ち合わせ、しっかりキッチリ扱いてから送り出すのだ。
(…もう彼が社長でも良いんじゃなかろうかと、時折俺は思う。そこいらは任せっぱなしだし)

梟には任せられない大荷物や危険な薬品、希少な材料を届けるのも、人の、彼等社員の役割だ。
依頼者がとんでもなく辺鄙な場所に住んでいて、危険な魔法生物とガチバトルしつつ「ちわーっす、御届け物でーす!」なんて事も良くあるし。
そうなると自然雇われている面々も屈強な見かけの魔法使いが大半を占める事となり…セブルスが通された事の無い、彼等が詰めるオフィスには、振り落とされて残った男達の野太い声が響き渡っている。

セブルスはこの事実を知れば引くだろう。
引いて拒絶の姿勢を貫いて、白い目を向けられそうだ。
社員が勢ぞろいしてむさ苦しい男共でみっちり詰まったオフィスなんて見た日には…青い顔をして泣いてしまうかも知れない…。
しかもそんな男どもの社長って、この俺ェ…。

「(…なんか、ちょっと泣けてきた…せめてもうちょっと、見目麗しい女子社員を採用してくれたらいいのに)」

今の体格の良さから見て、将来的にムキムキで屈強そうな男に育ちそうなトーマがミカサに誘われちゃったりしませんように。
そう俺は願いつつ、さわやかな笑顔で俺達を迎えた彼の元へと到着をした。

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