分岐点 extra

ファーストコンタクト


魔女の母親とマグル――非魔法族の父親。
その二人から生まれた俺達も魔法使いだ。
記憶の蘇った俺はそれに伴い生前の魔力さえも上乗せされ、幼い子供には持ち得ないほどの魔力を有していた。

大人の、否、それ以上の魔力を持った子供。若干ズルしている感は否めない。

あたり前の事だがそんな事を自分から吹聴する事は論外である。
いくら心を通わせた愛しい弟であろうとも、この秘密だけは守らなければいけない事だと心に誓っていた。
しかし今まさに己が直面している難局によって、その誓いを破らざるを得ない事は明らかだった。


「この人は、死んでいるのですか?」

小首を傾げて見下ろす視線の先には一人の男が横たわっていた。
あの薄暗い街並みを歩く人達とは違う不思議な形の長衣は、魔法族特有の服装。瞬きすることの無くなった瞳は、淀んだ灰色を映したまま濁っていた。口は大きく開かれている。

刻まれているのは恐怖。
自然死とは言えない死相だった。

「この人は、なぜ、死ななければならなかったんでしょう」

じっと見詰めたまま再び疑問を口に乗せると、ずっと俺に杖を突き付けていた男が空気を揺らした。笑ったのだ。
殺される。そう思った。
都合良く今俺は一人で、ここは街から離れた雑木林の中で、この場には二人の人間しかいない。

「死ぬの? 俺も」


――あの緑の光で?


「それがお前の望みか?」
「いいえ。俺はそれを望んでなどいない」
「では何故そう思う。今お前に突き付けられているのはただの木の棒だろう?」

暗い愉悦の混じった声がさも可笑しいと嘲笑う。
強者の余裕が窺える。
風が音もなく吹き抜け、男の黒い外套が蛇のように揺らめいていた。

「いいえ」

きっぱりと言い切る。
顔を上げ身体ごと男へ向き直ると、フードを目深にかぶった相手の白い頤だけが目を引いた。

「俺はそれが特定の者にとって、選ばれた者にとっては武器になりえるものだと知っている。貴方がそれで俺を殺す事が出来ると知っている。俺の生き死にを今、貴方が握っている事も全て」

幼い子供の弁を脱ぎ捨てればつらつらと言葉が滑り出す。
必死に頭を働かせながら機会を窺う。
この場を取り繕って突破口を探すのに形振りなんて構ってはいられなかった。
早く帰らなければ。早くセブルスに自分の無事を伝えなければ心配させてしまう。そんな事で頭が一杯だった。
自分に杖は無いが逃げる時間さえ作れればそれでいい。
服の影で握りこんでいた拳から人指し指だけを、時間をかけて解放する。
緊張は無理やり胃の中に押し込んだ。

「……小僧、お前は魔法族か」

空気が変わった。
男の杖先が僅かに中心から逸れる。
チャンスを逃す筈もなく集中させた魔力が右腕を伝い、振り上げた人指し指から光が弾けた。

「―――アバダ・ケダブラ!」

言い捨てると同時に走り出す。
うっかり死の呪いを放ってしまったが罪の意識は何もなかった。
相手が怯めば良し。当たれば尚良し。
兎に角、この物騒な男と距離を取る事が最優先だった。
魔法使い同士の戦闘は至近距離でするものではない。此方の利点は小さく小回りの効く身体だが、このままでは歩幅が違い過ぎて直ぐに追い詰められてしまう。取り押さえられてしまえば即、死だ。

「(当たってろ、当たってろ、当たっていろ! こっち来んなちくしょう!)」

相手が殺人犯だという事を頭から追いやって俺は必死に走った。
マグルの街に戻れば騒ぎを起こすことだって容易でない筈だろう。
普通の魔法族であれば自分達の事をおいそれとマグル相手に知られる訳にはいかないだろう、と。
しかし、

「――っ、うあああああーー!!」

右肩に衝撃が走る。
バランスを崩した身体は地面に崩れ折れ、砂利の混じった土の上に叩きつけられた。

「っ、う、くっそ、いてえ……」

冷たい地面に頬を擦り付けながら右肩を見ると、焦げた服の裂け目から鮮やかな赤が溢れ出す。
見なければ良かった。いくら自分の血液といえども気持ちの良いものではない。
吐き気を堪えている俺に影が覆い被さり、ジクジクと痛みを訴え始めた肩を掴み上げられ、擦れた悲鳴が喉の奥で息と絡む。

貴様、何をした!

酷く激昂した声だ。音がしそうな程きつく握りしめられ、今や右腕一本、宙吊り状態で男の眼下に晒されていた。
痛みを堪え沈黙する様子を、男は反抗的な態度だと捉えたようだ。

「小僧、黙っているのは利口なやり方では無い。杖も無しに、その上、死の呪いだ! 俺様のローブを掠り木を薙ぎ倒したのだ。アレは紛れもなく死の呪いだった!」

甲高く叫んだ男に合わせてフードが膨らむ。
奥底でギラギラと光る赤い双眸が俺を射抜き、苦痛に歪む顔を舐めるように見た。

「……べ、つに、ちょっとコツさえ、掴めば誰だって、できる、だろ?」

途切れ途切れ荒い息の合間に答える。
何だコイツ。すげえ元気じゃん。失敗した。
心の中で悪態を付きながら、しぶとくも冷静な部分が活路を探していた。
帰らないと。帰らないと。帰りたい。何としてでもセブルスの元へ帰らなければ。あの子の元へ帰るためならば何でもする。セブルスが悲しむのは、嫌だ。

「ではお前は杖は必要はないと?」
そうでもない。いくらなんでも杖無しで相手をし続けるのは無理だ。
「死の呪いなどお前のような小僧が容易に知りえ、口にするだけであれ程の威力を生み出せるのだと?」
そんな馬鹿な事が有り得るものか。全ては生前の俺の努力の賜物だぞ。
「……成程。答えぬばかりか、何も読めぬ。貴様、閉心術まで習得しているな?」
「へ?」

これには驚いて思わず間抜けな声が出る。つまり、この男は今俺に開心術を使用していたという事か。どうやら唯の狂った殺人犯ではないようだ。


「面白い」

暫く沈黙が続き、やがて男が呟いた。
怒り狂っていた先程までの様子が急に鎮火を速め、鼻先に迫っていた杖が今度は右腕の柔らかい皮膚を押し上げる。

「小僧、貴様、俺様の物になれ

突然馬鹿げたことまで言い出す始末。しかも命令形か。
一瞬「何? お稚児趣味?」とからかってやろうと思ったが状況を理解していた為、そんな言葉は引っ込んだ。

「俺様は仲間を欲している。忠実な部下だ…力のある。小僧、お前は純血か? ……いや、これ程までに魔力の宿った器だ。少なくともマグル生まれではなかろう。何より、お前が生き延びるにはこの道しか残されてはいない」
「……逆らったらどうするのさ」

ニヤリと男の口が吊りあがった。いやな予感しかしない。

「こうするとも、――クルーシオ!
「ぁあああああああ!!!!」

容赦なく磔の呪文を掛けられ、全身を貫くような痛みに不自然な方向へ四肢が跳ね上がった。五歳児の身体にさっきからこの男はなんて事をするんだ!
息も絶え絶えに「良く…分かったよ」と答えれば男は満足そうに鼻を鳴らした。

俺に対し、男が完全な征服者となった瞬間だった。

「小さな、それでいて脆弱な肉体だな。今すぐにとは言わぬ。順調に育てば、その時にお前は俺様に跪くだろう……これはそれまでの目印だ」

受け取れ。

冷たいその言葉を最後に、俺は意識を闇に沈めた。

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