分岐点 extra

少年進化論


寒さ深まる10月後半。
ホグワーツでは風邪が大流行の季節を迎えた。

「毎年この時期にはこうなのですよ」と、校医のマダム・ポンフリーがぼやきながら元気爆発薬を飲ませ、耳から煙をもくもくと吐きださせた生徒を送り出す姿が日常となっていた。
既に医務室の常連となっていた俺が数えるのを早々に止めるほどには、ほんと多い。…俺が過去、通っていた時はこんな爆発的に流行ったりしなかった気がすんだけどな。

閉鎖的な環境の所為で蔓延しているのだろう。
自分の事を棚上げにして言うのもなんだが、時代を経て肉体的にも柔になってしまったのだとしたら嘆かわしい事だと思うがね。
身体が資本なんだから、ちゃんと労われよ? 子供たち。
まあ生徒だけでなく、先生も同じように煙を出しながら授業を行うので傍目から見ればかなり笑いを誘う光景だけど。

大変忙しそうなマダムには悪いが。

「腹を抱えて笑ってあげたい気分」
「セネカ、頼むから止めてくれ」
「だってセブ。教室中あっちこちで煙が…ッ」
「指を指すな、指を」
「トーマも耳から出せばいいのに」
「え、ここで俺に振る?」
「耳と言わず目と鼻からも出せ」
「え、え、ひどくね?」
「でもトーマって脳筋っぽいし、おばかさんは風邪を引かないって聞いたことがあるよ」
「それはただ自分が風邪を引いている事も分からないって事だろ」
「セブルスの一言一言が一番キツイ!」
「叫ぶな。落ち込む前にさっさとレポートを仕上げろ、ランコーン」

などと言って喜んでいられたのも最初の内だけで。
免疫力の低い俺が風邪の蔓延する最中で無事に過ごせる筈もなく。
直ぐに医務室のお世話になる事となった。
…軽く一週間は。

「お前、馬鹿だろ」
「…じゅびばぜん」
「セネカが今飲んでいる薬は併用禁忌薬だ。普通の魔法薬とは飲み合わせられないんだって、癒者からちゃんと説明を受けていた筈だな」
「…ぅい…」
「僕があれほど気をつけろと言ったにも関わらず、何をやっているんだ」
「けふっ…かえず言葉もございばぜん…」

自分の身体の事は自分が一番分かっていた筈なのに、この有様。
けんこんけんこん。
咳をしながらずびずび鼻水を垂らし、高熱にうなされていた。
…あれほどセブルスが気を配っていてくれていたのに。
常に服用している薬のお陰で耳から煙を出す事は免れたが、流石の俺も自分用の風邪薬を開発しておく準備の良さはスポーンっと抜けていて、自然治癒に頼る他は無く、

「治るまで大人しく寝てろ。いいな」

と、セブルスにお叱りを受けてしまったのである。


――そんな訳で折角のハロウィーンパーティーもベッドの上。
甘ったるいパンプキンの匂いが漂ってくる医務室で過ごす事となった。
ホグワーツに来てから初めて彼と過ごせるイベントだったのに。無念。
セブルスに悪戯したり、されたりしてみたかったぜ……や、やらしい方面でなんて全然全く思ってないんだからな! な! でも俺も男の子なんだから、ちょっとくらい期待したってイイだろ!
…まあ来年があるし、セブルスが一緒にいてくれたのでいいか。

と、その時は俺も思っていた。


「なのにこれは無いんじゃないかっ!?」
「……う、」
「セブ! しっかりして! 僕を置いていかないでー!」
「……けふっ、」
「ただの風邪です! 医務室ではお静かに!」

なんと、今度はセブルスが風邪を引いてしまったのである。
どうやら俺のお見舞いに足繁く通ってくれていたのが仇となったようだ。
此方もまた、けんこんけんこん。
咳をして喉は炎症を起こし、高熱を出してしまっていた。

「今度はセブルスかー」
「セブが風邪を引くなんて珍しいわね」
「うっ! そう言えばセブは滅多に風邪を引かない……ごめんね、セブ。僕がうつしちゃったんだよね…」

嫌がるセブルスを医務室へ連れてきたトーマと俺は、途中で偶然会ったリリーと共に彼が横になっているベッドを囲んでいる。
他の生徒よりも些か重症だった彼は「大事を取って今日一日は医務室で過ごしなさい」と、マダムからの厳命を受けたばかりだ。
…恐らく俺と同じ部屋に帰すべきでないと思ったんだろう。

しょぼくれて落ち込む俺にセブルスはゆるく首を振る。
優しすぎるぜセブルス…。
声を出すのも辛そうで、かなりダルそうなのにさ。
元気爆発薬だけはどうしても飲みたくは無かったらしく、頑なに医務室へ来る事を拒んでいた彼は朝よりも症状が重くなっていた。
今日はまだ、彼に名を呼んでもらっていない。


「さあ、セネカ。今日はもうお帰りなさい。貴方はこれ以上此処にいては駄目ですからね。やっと治ったばかりなのに、また風邪を引いては事です」
「でも、」
「校医としても患者が増えるのは喜ばしくありません」
「…どうしても?」
「どうしてもです」
「…わかりました」

頷いて腰かけていたパイプ椅子から立ち上がる。
傍にいた二人にも退室を促し、俺をちゃんと連れて行くこと、そう言い渡したマダム・ポンフリーは新たに訪れた風邪っぴき生徒の元へと向かっていた。

「セネカ、行きましょ?」
「…うん」

リリーに促され、のろのろと足を動かす。
後ろ髪を引かれる思いは勿論ある。溢れんばかりだ。
しかし我儘を押し通せば先日の二の舞になる事は明らかだったし、一度頷いてしまったからには従うしかない。
周辺を仕切るコントラクトカーテンが開けられ、他の生徒に見られてはいけないからとリリーを諭して先にさよならをし、次にトーマが出ると俺もそれに倣って出ようとした。
けど、少しだけなら…と思った俺は、

「ごめんトーマ。ちょっとだけ待ってて、」

ロイヤルブルーを思わせるカーテンの波を引き寄せ、セブルスと自分だけの空間を作った。


窓の外から射しこむ斜光がカーテンを淡く照らす。
振り返ると波間から反射した光はソーダライトの輝きを帯びていて、まるで海の中にいるみたいだな、と思った。

うん。一度は彼と海にいってみたい。
箒とかじゃなくて、船とかでさ。
彼もきっとその広大さに圧倒される事だろう。
けれど白いシーツに埋もれ、土気色の肌に青白さを差した彼を見たら「ああ、もしかしたら…セブルスはいつもこんな俺を見ていたのだろうか」と、直ぐに心が痛んだ。

「セブ」

声を掛けながらベッドへと近づく。
眉を寄せて俺を咎める彼の視線に気遣う光を見つけ、へらりと誤魔化すような笑みを浮かべ、少し汗をかいた額へ手を当てた。
指の冷たさが気持ち良いのか、セブルスの目が細められる。
普段は第一ボタンまで止められたシャツも寛げられ、しっとりとした首元が露わになっていた。

…不謹慎かなとは思うけど、ちょっと色っぽいぜ。
頤から続くなだらかな首は日焼けとは無縁で、今にも折れてしまいそうなほど細い。
俺が解いた彼のネクタイはナイトテーブルの上で蛇のようにくるくると丸められていた。

「『治るまで大人しく寝てろ』」
「……っ、」

この前自分が言われた事をそのまま彼に囁くと、決まり悪そうに視線が泳ぐ。
その様子を見てから、なんてね、と続けてくすくす笑い、口を一文字に引き結ばせて睨むセブルスへと顔を寄せる。
まさか。と若干後ずさりする彼へ、その瞼の上へ軽く唇を押し当てた。

「寂しくないように、おまじないだ」
「……」
「祈りを込めた抜群の効果があるおまじないだよ。君に安らかな眠りが訪れますように。今は何も考えずにおやすみなさい」
「…そん、げほっ」
「ちゃんと大人しく待ってるから、ね」
「……わ、か、った」
「うん。…じゃあ、また明日。愛してるよ、僕の愛しいセブルス」

良い夢を。
そう言ってトドメとばかりに素早く唇を啄み、何か言われる前にさっと彼から離れ、カーテンを開けて出て行った。
唇は少ししょっぱい、汗の味がした。


***


「甘い、甘過ぎる」
「なにが?」

動く階段をいくつも下り、てくてく廊下を並び歩いているとトーマがふいに口を開いた。
お互いに目指しているのは昼時の大広間。
極力疲れない様に努める俺と、その歩調に合わせてくれる長い脚は丁度中庭に面した回廊に差し掛かったばかりだ。

11月に突入してすぐ白い絨毯が広がった中庭は寒々としていて、ひゅるりと抜ける風も凍えるほど冷たい。
耳をすませば遠くから薄く降り積もった雪にはしゃぐ生徒の声が聞こえてくる。
雪遊びでもしてるんだろうな…元気だなあ。
顎を撫でる風に首を竦ませつつ隣を見上げると、腕を組んだトーマが神妙な顔をして俺を見下ろしていた。

「セネカのこと」
「僕?」
「あと、セブルスだな」
「…ああ」

彼の指摘したい事は先程のやり取りの事だろう。
別に聞かれても困るようなことは言った覚えもないし、カーテン越しでも聞こえていることぐらいは承知の上だ。
流石に覗いてまではいないだろうけど。

「将来セブルスが恋人でも作ったらえらい事になりそうだな」
「またそんな話? 今度はセブの方か。…君さ、この前から恋バナに目覚めてるの? そんな可能性の話を僕に振らないで」
「…修羅場を期待してもいいか?」
「修羅場になる以前に、そんなフラグは叩き折るから心配無用だよ」
「…どっちの…、ああ、いや、答えなくてもいい…」
「懸命だね、トーマ。褒めてしんぜよう」
「ハハ、そりゃどうも」

神を信じている訳でもないだろうに、胸で十字を切ったトーマが擦れた声で笑う。

「…そういえばトーマって一人っ子だっけ」
「ああ。うちの母上は俺が小さい頃に無くなったから」
「ふうん。そっか」
「うん」
「寂しいね」
「セネカこそ」
「うん?」

疑問に首を傾げる間も無く、突然上から振って来た手のひらに頭をガシガシ撫でられていた。
遠慮なく髪をかき混ぜられてつんのめりそうになった俺は、慌ててその腕に掴まる。
おいこの馬鹿力め。結構痛いんだけど。
俺達二人よりも些かガッシリとした腕に、不公平だな、とも思いながら眉を寄せて手を払うと、回廊から溢れてくる日の光を背負いながらトーマは困ったような顔をしていた。

「さっきから笑ってねえぞ、お前」
「…わお、…出まくり?」
「捨てられた犬っころみたいな顔してんぜ」
「――犬は止めろ、犬は。俺はどっちかって言うと狼の方だ。アニメ―ガスだ、…て…」
「…俺? アニメ…なに、ス?」
「……わーお…ナンデモネーデス」

やっべ、口が滑った。
ついムキになってしまったぜ。
でも犬は嫌なんだよ…あの家の連中と一緒にされてるようで。
そう思うも一度口から放たれてしまたものは戻せない。

口滑らせた感ありありな俺の様子に二ヤッと笑ったトーマは、祖父譲りの魅力的な顔を楽しげに輝かせていた。
光りを受ける金色の髪と良く日に焼けた肌の上で、少年のもつ成長途中の危うさと無邪気さが程良く混在している。

見目の良いこの顔の下に筋肉が付き、肌もなめし革のようなハリを出す頃にはモッテモテだろう。
てかこの分では来年を待たずにもうお姉さま方にお声を掛けられているに違いない。俺にはそっち方面は関係ないけど。
…うん。この顔も俺が気を許す原因の一つだな。

「セブは全部知ってるもん…」
「いつもそっちでしゃべりゃあ良いのに」
「無理」
「なんで」
「昔、セブが優しい言葉を覚えるまではこのままでいるって決めたの」
「……あー、そりゃあ…」
「おいやめろ。希望は無い等という顔をするなランコーン」
「うわ、セブルスそっくりに言うなよ…」
「態とだよ――あ、トーマ、」
「ん?」
「そのままそのまま」

その場に立ち止まって話し込んでいた俺達。
手をかざした俺に訝んだトーマは、少し屈めていた体格の良い身体を起こした。すると、

べしゃっ。ばすっ、ばすばすっ。

後方から飛んできた雪玉が彼の背に見事に命中していた。
思わず「おおあーたりー」と言ってしまいたくなるほど、物の見事に、全て。
トーマの影にいた俺は全くの無傷である。
別に先程の仕返しでは無い。断じて。

「――っ、つめてー!」
「あはははっ!」
「ば、セネカ! 俺の事、盾にしたな?!」
「うん。だって、濡れたく無かったし」
「この前みてえに呪文で庇ってくれよ!」
「セブじゃないし、僕は病みあがりだし、無理はよくない。…自分よりも小さな僕にずっと庇われ続けたいの?」
「ちっくしょー!」

寒い冷たいと言いながら雪を払うトーマに、俺はからからと笑って杖を振った。
仕方ない奴だな感をめいっぱい出して。
雪が消えて濡れた衣服が直ぐに乾くと、律儀に礼を言い、雪玉を投げてきた犯人を探して彼は振り返った。

「勝負だ!」
「え、」
「やられたら徹底的に殺り返す! じい様の教えだ!」
「や、なんか変換間違いが今…」
「! 見つけた! ――アイツ等だな!」
「あ、獅子寮カルテット」

白い雪の上に見覚えのある彼等の姿。
特徴的な黒頭二人がニヤニヤとしながら手のひらで雪玉を弄び、ルーピンがやれやれと困ったような顔をして此方を見ていた。
うわ…寒そうだな。
つーか小柄なぽっちゃり少年なんてガタガタ震えてんぞおい。
約一名を除いて、彼等の様子では風邪とは無縁そうな感じではある。

――グリフィンドールの彼等はあの襲撃以来、何かと俺達に悪戯を仕掛けようと奮闘してくれちゃってる。

ポッター以下三名は兎も角、ブラック家のシリウスとは係わりたくない俺ではあるが、此方から向かわなくとも来られてしまうので少々困っている。
毎回先に俺が気付くし、うちの商品を使ってくれるから対処も楽っちゃ楽だけど…セブは怒るし、トーマは楽しそうに見ているだけだしで良い事など何一つない。

今は子供らしい些細な悪戯・嫌がらせで済んでいるが、そろそろ呪いが飛んできてもおかしくない頃合いになって来ていた。
まあまあとセブルスを抑えておけるのもそろっと限界だろうか。
恐らくあちらはムキになっているだけなんだろうけど、いい加減諦めて欲しい。
この手の輩は無視無反応が一番だが、防がなければ被害は甚大なものとなるし、何よりセブルスが汚れたり傷付くのが許せない俺には見過ごす事がなかなか出来ずにいた。

せめてターゲットを俺一人に絞ってくれたら良いのに…。


ひとり考えを巡らせている間に、止める間も無くトーマが赤い裏地の四人組の元へ駆け出していく。
こんな寒い中で巻き込まれることは是非とも遠慮したかった俺は、笑顔でそれを見送った。
薄情と思うなかれ。ほんと寒いんだよ。
あんな体力の有り余っている子供の輪になど入っていける筈もない。
ハッキリ言って足手まといだ。

まあトーマの身体能力ならば一対四であろうとも後れは取らないだろう。
そう思った俺はこっそり後ろから彼に防寒呪文を唱え、昼食を食いっぱぐれては堪らない、と大広間への進行を再開した。
七つの大罪では傲慢の象徴として描かれるグリフィンも、嫉妬の象徴である蛇も、今はまだまだお互い子供だな。


「俺にとって蛇は、死と再生の象徴だけどね」

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