分岐点 extra

獅子と蛇


俺、セネカ・スネイプが社長として立ち上げた通販会社トワイン社製の悪戯グッツ「乱れ花クソ花火」は、その分野では売れ筋ナンバーワンの商品だ。
2位の「ネバネバ煙幕」と大きく差を付けている看板商品でもある。
小指の先ほどある緑みを帯びた黒い歪な塊は、見かけがほんとの鼻クソのようだという定評も頂けていた。
フッ…購入者による評価をカタログに掲載するアイデアが功を奏したな。
これを使う奴はよく握ってられるなと、俺は思うけど。

懐に忍ばせやすいサイズは勿論のこと。
標的や壁にぶち当てれば、その見かけからは想像し難いほどの見事な模様が描かれる。もち、泥で。
模様のバリエーションも実に豊富だ。

今まさに自分の足元で大々的に描かれた――盾の呪文によって顔の部分が大幅欠けた――グリフィンを眺めつつ、俺は心の中だけで「新商品をお手にとって頂けたようですね。毎度ありがとうございます」と心にもないお礼を告げる。
まあ心にもない事を言う事で自分に有利となるのなら、俺はいくらでもこの口から紡いでやるぜ。

…お客様は神様です! なんてな。


衝撃を受けた際に発生した煙を杖で消すと、クリアになった視界の先で襲撃者達の気配が動く。
頭数は4人。
皆、俺が防ぎきり、なお且つ瞬時に煙を消したことで動揺しているようだった。
製作者に挑むなんてダンブルドアに悪戯をしかける様なもんだ。
彼らには知りようも無い事実だが。
お茶目じじいダンブルドアなら「ふぉっふぉっ」とか言って笑いながらひょいひょい避けちゃうんだぜ。絶対。

「随分と手荒な歓迎ですね、Mr.グリフィンドール諸君。僕が咄嗟に気付かなかったら大変な目にあっちゃうとこでしたよ」
「おお…セネカすげえ…」
「お褒め頂きありがとう、トーマ」

杖を仕舞ってにっこり笑いながら首を傾げる。
そこいらに飛び散った泥を態々片付けてあげる優しさは生憎と不在だった為、そのままにしておいた。

「チッ、おいジェームズ、今のは…」
「恐らく盾の呪文だと思うよ。実際目の前で見るのは僕も初めてだけど。四年生以上にならないと教科書にも載ってないやつ」

ムカつくほど反省の色が全く見えんな!
まったく。最近の若者は。
大体何を目的としてこんな事を仕出かしたのかは予想付くけど。

「へー…なんだかすごい呪文なんだね。っわ、ちょっとピーター、そんなに引っ張らないでよ」
「な、なんでリーマスは感心してるの?! みんなも! ス、スネイプにすごく睨まれてるよう?!」

びくびくとして首を竦めている小柄な少年の言葉に横を向くと、…うっわー…俺でもビビるほどの形相でセブルスが立っていた。
今にも杖を抜き放ちそうな感じで。
急いで彼の右腕に絡みついた俺がそれを抑えた。

「わわ、セブ、待った待った!」
「放せセネカ! 約束はどうした!」
「僕からじゃないし、状況によりけりだよ! それにセブルスったら今にも呪いとかぶっ放しちゃいそうな顔してるんだもん!」
「やるのかスニベルス!」
「いや、やれるのかって方が正しいかもね!」
「…ッ、貴様ら!」
「ちょ、ちょ、君等もけしかける様な事を言わないでよ! トーマ! ぼーっと成り行きを見届けるくらいなら、セブの事ちょっとの間ぎゅっとしてて!」
「お、おう、」
「あくまでちょっとだからね! 匂いとか柔らかさとか抱きしめ心地とか堪能したら承知しないから! それは僕だけの特権なんだからね!」
「「はぁ?!」」

さっとセブルスから身を離してトーマに指示をしたら、二人一緒に変な顔をして俺を見る。
なんだなんだ。
なに言ってるんだコイツって顔すんなよ君達。
俺は変な事を言ったつもりはこれっぽっちもないぞ。
当然の主張だ!
…セブルスが一先ず大人しくなったのでまあいっか。

俺は片手を上げて注目を集め、めんどくさい襲撃者に向かって口を開いた。

「先ず一言。僕は友好的な解決方法を望んでいる」
「あぁ?」
「(…ガラ悪いなあもう…名門出ってのはどうした)君たちがどういう理由でこんな事をしたかは大体想像できるよ。先程の授業での減点が気に食わないならば僕達に…いや、僕に当たるのはお門違いってものだ。自業自得でしょ?」
「あ、それは僕もそう思ってるよ」
「ちょ、おいリーマス! どっちの味方なんだお前は!」
「え、だって僕とピーターも目と鼻が痛いもん」
「ええっ! そうなのかい?! ピーターも?」
「ひゃっ…! う、うん…目がごろごろね、する…」

つーかシリウスとジェームス・ポッター。
お前らの目と鼻も真っ赤なんだけど。
ちょっとカッコ悪いぞー。語るに落ちるとはこの事だ。


――ここで俺は、鳶色髪の少年が「リーマス」と呼ばれている事に漸く気付いた。
リーマス・ルーピン。
未来の俺との繋がりはここか、とも。

背はシリウスよりは低く、細過ぎず、顔色の少し悪い少年。
今の顔には大人の彼のように大きな目立つ傷は見受けられなかったけど、穏やかに笑う表情からは十分にその姿が連想出来た。
無意識下の二重写しにより彼が聖マンゴで出会った少年だとも思いだしてはいたが…相手の方も忘れている可能性の方が高く、セブルスに何も告げて無い事からこの事は黙っていようと密かに誓う。

あの出会いは、俺の中だけに留めて置けば良いだけの事。
俺が彼の「秘密」に気が付いているのも、な。


「って事で、…ああ、セブルス、今口出したら遠慮なく塞いじゃうからね。アレで」
「…っぐ!」
「「(スニベルスが黙るほどのアレってなんだ…)」」
「なあセネカ、セブルスが黙っちゃうようなアレってなに?」
「「(言ったー!)」」
「うん? んー…な、い、しょっ!」
「えーなんだよ、気になる」
「なんなら実際塞がれてみ「ダメだ!」…んま! 見た? 見た!? この必死さ! すっげえ可愛い! よしセブ、後で覚悟しといてね!」
「んなっ…口出ししなかっただろ?!」
「今ので二つカウントされました。拒否は受け付けません」
「…っ、」

おうふ。
…俺に言い包められちゃったセブルスを、獅子寮4人組が信じられんって顔をして目を丸くしているぜ。
こっちとしてはべろちゅーする絶好の理由が得られて大変満足なんだけどな! ふはははっ。

「そんな訳で、君達も今直ぐ帰って顔を洗うなりした方が良いよ。もうあんな事しないでね。僕もこれからお楽しみなんで…(チラッ)」
「……(ビクッ)」
「「「「??」」」」
「あ、そこの二人は巻き込まれちゃっただけ見たいだし…さっきリリーに薬を渡したからそれを使わせてもらいなよ。直ぐに効き目が出る良いやつだからさ」
「リリー? リリー・エバンズ? 一年生の?」
「そう。ふわっとした赤毛と綺麗な翠の目をした美少女のこと」
「…どうして彼女に?」
「ん? どうしてって…」

困っている女の子に手を貸すのは男として当たり前でしょ?

そう言うとルーピン少年はきょとんとした顔をする。
年相応のあどけない顔。
こんな表情をする少年が大人になれば腹の内が読めない、ダンブルドア並みの食わせ者になるだなんて、一体誰が思うだろうか。
いや俺は知ってるけど。

ふむ、…ここらへんでお互いに名乗りあっておくか。


「はいそこの君」
「え、僕?」
「そう君だ。僕はもう知ってるかもだけどセネカ・スネイプだ。隣の、悔しそうな顔で僕の事を可愛く睨んでいるセブルスの兄です。よろしく。君は?」
「かわ…?」
「き、み、は?」
「リ…リーマス・J・ルーピン…」
「そ、Mr.ルーピンね。悪いけど彼等を寮の方まで連れてってあげてくんないか、な…」
「……ジェームズの方はその必要もないみたいだけど…」
「……そのようだね」

少し目を離した隙に居なくなってるとか、どんな足の速さだ!
ジェームズ・ポッターは俺の口からリリーの名が出た時からそわそわし始めていたけど。
していたけどなんで奴は「エバンズ!」とか叫びながらもうあんな遠くに居るんだ?!
しかも「スネイプの薬なんて使っちゃだーめーだーよーーぼくのえーばんずーー」という台詞がドップラー効果に乗って冷えた廊下に良く響いていった。
シリウスも急に慌て出して「ジェームズ! 待て! また張り倒されるぞ!」とか何とか言って追いかけて行ってしまった。

ちょ、リリー…何してんの。
てか何されそうになったのそんな張り倒すとかさ。
同じ寮にもう変な虫が出現してんのか?!
次に会ったら詳しく話を聞くぞ…俺は…!

斯くして残されたのは、未だおどおどしている小柄な少年とルーピンと俺たち3人。


「……」
「……」
「あ、じゃあ、そういうことで」
「う、うん…」

特にこれ以上騒ぎ立てる理由も無く、急に気まずい空気が流れた為に彼等の襲撃は丸く収まった…ように見えたのである。
勿論襲撃された証拠は残しといたから、後で彼ら4人が罰則を言い渡されたのも俺の所為じゃないよ。ほんと。


***



「……っ、ま、て、」
「だめ、あと一回あるもん」
「〜〜! なんでおまえ…は、そんな余裕な、んだ、」
「だーって、息してるし。セブ、鼻からだよ。鼻から」

そんな器用なこと出来るか! と、セブルスはお怒りMAXのご様子で枕を叩き付けた。


あれからまた絡まれる事もなく、悠々と夕食を済ませ今日の分の仕事とレポートも済ませ、悪戦苦闘するトーマの勉強を見てからシャワーを浴びた。
全員一緒に、というのもアレなんでお先に失礼させて頂いた俺達は、今現在ベッドの上で熱烈に愛を確かめあっている最中であります。

…うそです。
俺が一方的にセブルスに迫っているというのがかなり正しい。


「(だってなー、セブったらソファで『さっきのアレ!』って言ったらすげえ嫌がったしさ)」

てなことで、ベッドのカーテンを閉め切って防音を施し、尚且つトーマが帰って来ても開けられない様に魔法をかけてからでないとお許しは出なかったのである。
まあ防音と邪魔避けは俺としても賛成ではあるが。
折角の機会を邪魔されるなんてとんでもない。
ダメ、絶対。


「(…はあ、俺も随分とあっさり我慢する事をやめたよな)」

切っ掛けは目覚めたあの日、医務室で彼のキスを奪った時から。
挨拶や触れ合いは今まで通りするし、意図的にセブルスに顔を近づけて彼をからかうことなんて、もう、しょっちゅうだ。
セブもセブで反応が面白いし可愛いし、時々男らしい表情を覗かせるものだからもうメロメロにされている。

今だってそうだ。
俺が優位に立っているのが気に食わないらしく、押し倒されるよりは覆い被さる方を選んでしまっていた。

いや、だからねセブルス。
君は本当に知らないとは思うけど…、


「世間ではこの状態を押し倒している、って言うんだよ。セブ」
「…?」
「あー…やっぱマジか。えー…つまりは、僕が女のひとだとしたらって考えてくれたら分かりやすいかな?」
「…………っ!」
「(わ、顔真っ赤だ)」

茹でた大王イカでもこうは真っ赤になるまい。
つーか態々ベッドに倒れ込む必要なんてほんとは無いんだけどね。
…暫くは内緒にしておこう。うん。
ぱくぱくと口を閉じたり開いたりするセブルスに気を良くした俺は、巻きつけていた腕を更に引き寄せて続きをねだる。

「ま、まて、セネカ…ッ」
「男に二言は無いのだよセブルス。あ、今度はセブの方も絡ませてくれると僕はうれしいなー」
「からっ?! ん、」

優しく下唇を食んで感触を味わうと彼の形が良くわかる。
少しカサついてるのは今も未来も変わらずか…。
いや、さっきのやつで何時もより潤ってるけどね。


口を開き、差し出した熱をそろりと忍び込ませて歯列を割り、奥の方で縮こまっている舌に軽くタッチした。
すると吃驚したセブルスが肩を跳ねさせるもんだから、俺は楽しくって堪らず唇を合わせたまま笑ってしまった。
瞼を上げた彼と、目が合う。

おい笑うな。
ごめんごめん。
誠意がない。
だってさ。ビクッていったよ、ビクッて。
…うるさいっ。

わー、こんな時まで目で会話しかけてくるとか。
3度目だし、余裕でもちょっとは生まれて来たんじゃないか?
少し怒ったセブルスは仕返しのつもりか、自分からも熱を伸ばしてきた。
俺を悦ばせるとは知らずに。
…ほんっと、理性の手綱を引き絞っておかなければこのまま先の事まで教えてしまいそうになるぜ。やばい。
そこに至るのはまだまだ早いって自覚はあるんだけどな。

慣れない行為に戸惑う姿が愛しくて可愛くて、軽く吸いついてから舌を引きぬいた。

「…おまえな……」
「はははっ、なに怒ってるの? セブルス」
「わ、ばか、やめろっ」
「これは勘定には入っていないからとめられませーん」

そのままの体勢で頬や鼻にキスを降らせ始めた俺をセブルスは、むきになって止めようとする。
こうなったらもう、ベッドの上でのじゃれ合いだ。
ごろごろ転がってぎゃーぎゃー騒ぐ内に少し疲れてしまった俺は、彼の隣で丸くなって寝る体勢にはいっていた。
セブルスの唇から溜息が一つ、シーツの上で転がるように落ちてくる。

「もう自分のベッドに戻れ」
「お断りだー」
「…ランコーンだって戻って来るぞ」
「もう来てたりしてね」
「……」
「セブ?」
「…セネカ」
「ん?」

何かを言いかけて口をもごもごさせているセブルスを見て、少し頭を上げて顔を覗き込んだ。
余程聞きにくい事なのか。
彼はぎゅっと目を瞑ると、俺の視線から逃れるように背を向けて丸くなってしまった。
…なんか良くわからんが、取りあえず背中にくっついておくか。

ひたりとセブルスの背に耳を当てて身を寄せる。
すると彼は腹に回した俺の右手を一度撫で、組み合わせるように手を繋いで来てくれた。
鼓動とともに、セブルスのくぐもった声が聞こえる。

「……セネカは、その…」
「うん?」
「リリーが……いや、やっぱりいい、」

んんん?
あー…つまりこれはあれか。
トーマと3人で話していた時の続きって事で理解してもOK?
おばかさんだなーセブルス。
そんなの、俺の答えなんて怖がるほどの物じゃないでしょうに。

「おい」
「はい?」
「全部口から洩れてるぞ」
「おっとしまった。だだ漏れてた」
「…意図的なくせに」
「怖がって聞けなかったくせにー」
「……」

あ、やべ。ムッとさせてしまった。
これは全然意図的じゃないのにさ。


「リリーは特別に可愛い女の子だよ」
「……」
「もちろんチュニーだって可愛い女の子だ」
「……」
「でも僕にとって本当は全てが二の次なのです。…この意味、ちゃんと分かる? セブルス」
「…なんとなく、だ」
「うん。まあ今はそれで良しとしましょう」
「?」

「つまり、僕にとって彼女たちは恋愛の対象にはどうしても成りえないってことさ。他の子もね」

もぞりと動いたセブルスが俺の顔を見ようと身体を捻る。
本当かどうか確かめようとしているようだ。
起き上がって上掛けを引っ張り、二人一緒に潜るようにかけた俺はすすすと近寄った。
彼の目が俺から逸れない様に。

慎重に言葉を選んで掻き乱して、心を引き寄せなければ。
俺達の距離はとても近い。
身体も心も血も執着も。
でも、お互いの唾液を交換し合って唇を重ね合わせて、想いも身体も繋いでいきたいのだ、俺は。

君の喜びも怒りも悲しみも全て、呑み込んでしまいたい。


「セブ、俺を見て」


何度目になるか分からない懇願をささやきにのせた。
ちゅっと啄んでゆっくり唇をはなすと、大きく開かれた烏木の瞳がぐらぐらと惑う。
俺の言葉はきみにとって甘い毒となる。
誰よりも理解し、誰よりも傍にいる俺だからこそ。

「俺はとっても一途だから、愛するひとは、生涯一人と決めてるんだ」

とても欲張りだから、他を見るのも許さないし、心も狭い。
ズルイし卑怯だし、臆病のうえ我儘で、どうしようもない奴だよね。

「そんな僕を惹きつけて繋いで置けるのなんて、なかなか居ないと思うんだけど」
「…僕はそれを全部知ってるぞ」
「うん」
「……じゃあ、」

――セネカは、僕から離れてはいかないの、か?

繋ぎあった手が強く強く握りしめられる。
縋るような目で見つめられた俺はその言葉に、くらりと、眩暈にも似た衝撃を受けて射止められた。
二つの意味を持つ彼からの呪縛も、どろりと甘い毒と蜜の様なとろみを帯びている。

嗚呼、完敗だ。


「君が望む限り、俺はどこにもいかないよ」
「…約束だ」
「…うん」

眠りに落ちる寸前まで、固く握りしめられた掌は解けることがなかった。

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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
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