分岐点 extra

目覚ましドッキリモーニング


あーおはようございますー、どうも。

と、遮光カーテン越しに小鳥のさえずりを聞きながらのほほんと俺が言った言葉に、目を見開いて固まっている人がいる。
その人はたった今、周囲を囲んでる(っぽいなーとか思ってた)カーテンを引いた人であり、女性で、しかもなんだか見覚えのある魔女でした。
彼女は何でこんなにも驚いているのだろう。
俺の方がそういう顔をしたいんですが。

さっと窺う限り、聖マンゴにお勤めする癒者のお姉さんとそう変わらない格好だ。
膨らんだバルーン袖とスカートに布をたっぷり取ったボルドーのエプロンドレス。きっちり纏め上げられた髪にはひらひら揺れる看護帽。
…どこぞの屋敷に仕えるメイドですなんてオチは無さそうだな。うん。

つーか、俺の記憶に間違いがなければ…随分若々しいけど、この人は…。


「失礼、マダム。僕、状況がいまいち呑みこめなくて困っているのですが――」
「…はっ! 目覚めたのですね、Mr.スネイプ、気分はどうですか? どこか異常を感じる所はありませんか?」
「う、え、ちょ、落ち着いて下さ、い、あぐっ」

いきなり覚醒した彼女にとても真剣な顔で顔を挟まれ、口を開けさせられてしまった。

「そのまま開けていて――はい、閉じても良いですよ」
「…あのー…」
「唇の傷も癒えているようですし、熱も無いようですね。さあ、傷を診ますから少し右腕をさわ……れませんね……まあ良いでしょう。指先は動きますか? 腕は?」
「あー……なんか、すみません。動きますし痛みもありません。気分も良好ですし、異常を感じる部分も今の所無いようです。…あ、異常とは違うんですけど、何故だか寝過ぎた時に似たダルさが身体にあります」
「その通りですMr.スネイプ。貴方は10日も昏睡状態だったのですから、当然体力も落ちているのでしょう。後で食事を用意しますからきちんと食べて薬を…ああ! ダンブルドア校長をお呼びしなくてはっ。では、私は少し席を外します。そのまま大人しくしているのですよ」

テキパキと俺に触診と問診を済ませた若マダム・ポンフリーがシャッとカーテンを閉じて去っていく。
慌ただしい様子に、ちょっと気押されてしまったぜ、と小さく苦笑い。
諸事情で身動き出来ない俺は再び取り残されてしまった。
先程の言葉から察するにダンブルドアを呼びに出ていったんだろうけど…けど……。

「10日も寝ていたって、どういうことっすか…」

ゆるやかに浸透した驚きに唖然と呟いた言葉。
俺の首をガッチリ両腕で抱え込んで寝息を立てるセブルスは答えてはくれ無かった、のである。



「おはようセネカ」
「…おはようございます、アルバス。いえ、この場ではダンブルドア校長とお呼びした方がよろしいでしょうか」
「いやいや、今この場におるのは君とわし、セブルスだけじゃ。君の好きな方を選ぶと良い。…おお、それと校医のマダム・ポンフリーもわしらの関係を偶然にもご存じじゃよ」
「……了解しました」

おいダンブルドア、なんだその無駄に爽やかな笑顔は。
あと、口を滑らしといたから安心なさいみたいな顔すんなって。

驚きから回復した後、一先ず状況を把握しよう、そう思ったがあまりにもセブルスの眠りが深く、そしてとても気持ちよさそうに寝ているもんだから起こすのが忍びなくなってしまった。
彼に聞くのが一番手っ取り早いとは思うのだが。
まあ恐らく此処はホグワーツ城で、見覚えのある内装と漂う消毒液の匂い(と、マダムの存在)から医務室のベッドに寝かされている、とは分かるんだが…何故同じベッドでセブが寝ているんだ?
もう10日も経っているのならば彼には自分の寮があり、規則がある為、就寝時間には戻っていなければならない筈。

そう常識を持ち出す俺もいれば、いつもベッドでは寄り添うだけだったり俺が抱きしめて寝ることが多いのでこの体勢を維持したって良いんじゃね? と、思う俺もいるわけで。
天秤にかければ、どちらに傾くかなど知れたこと。
寝息が頬にかかってくすぐったいわ、唇が柔らかいわ、たまに身動ぎしては頬を掠めるわで次第にどうでも良くなってきていた。

……寝ている時のちゅーって、ファーストキスに数え上げられるのだろうか、なんて、何で真剣に悩んでんだよ俺。
寝込みを襲うなんて紳士的じゃないだろう?
顔を上げて傾ければ…なんて考えてんじゃねえよ俺。
くっ…新手の拷問かっ!

そんな頃合いを見計らった様にダンブルドア登場。
俺の葛藤と下心を読んでいる訳ではないのだろうけど、実に文句をつけたくなるほどのバッチリなタイミングとにこやかな笑顔だった。
…やべー…もうちょっとで頬擦りしてるのを見られるとこだったぜ。柔らかほっぺたうりうり。


「今なら怒られずに思う存分、じゃのう」
「やっぱり読んでんじゃねーか!」
「はて何の事じゃ?」
「失礼、言葉が乱れました。あと、そんなぱちくり瞬きしてもちっとも可愛くないです。そういうのはセブの様に可愛らしい子がするもんですからね。…そんな心は少年じゃ、みたいな顔をされても困ります」
「ほっほっほ。元気は十分のようじゃのう」
「……はあ、10日も寝ていたと聞いて吃驚はしてますけど。またもご迷惑をお掛けしてしまったようですみませんでした、アルバス。まあ兎に角、先ずは説明をお願いします。僕は情報が欲しい」

セブにぎゅうぎゅうされながらダンブルドアに真剣な眼差しを注ぐ。
この体勢は些か緊張感に欠けるが、まあセブ第一の俺にとってはもう別にこのまま続行でもOKだ。
そう思う傍から……うっ、今、唇が…ッ!
頼むセブルス、もうちょっとだけじっと寝てくれ!
背に腕を回し俺達を見下ろす彼は、少し考えた後、俺が覚えている最後の記憶を聞いてきた。


「――――なるほどのう…やはり特急までの記憶で途絶えておるのか」
「そうです。制服に着替えてから急に眠くなって、うぃ! ……目を覚ましたらこの状態だっ、た、ぎ、…っです!」
「……のう、セネカ、」
「…っ、言いたい事は分かってますからその目は止めて下さいよアルバス! くすぐったいんですよほんと!」

あいまことにすみません。
ちょっと先程の続行OKな決定を覆したい気分になりかけてます俺です。
話をするのはセブが目覚めてから、午後からにでもしてもらえばよかった。

もぞもぞ動くセブルスすげえくすぐったい…!

生温かい眼差しを向けるダンブルドアの視線にも耐えられなくなってきた。
これセブにバレたら絶対怒られるな…。
なんで直ぐに僕を起こさなかったんだー! って。
こんな状態を、しかも寝顔を見られたなんて知ったら…ぅおお…こえええっ!
未だ子供ではあるが、セブルスは怒りが頂点に達すると苛烈で激しい怒り方を披露してくれるのだ。
大人の彼に比べればまだまだマシだが、それでもセブルスに怒られるのは出来れば避けたい。
いや、毎日の様に怒られているんだけどさー…。

極力起こさないよう小声で話していたけど、それにも限界がある。
寝ている時はデレ全開なのかよ、ってくらいセブがひっついて離れない。
微笑ましく俺達を見つめるダンブルドアは、拘束を解くべきかまた悩みかけた俺をそっと手で制す。

「まあまあ、今日は休日じゃ。そのまま寝かせておやり。君が目覚めるまでのセブルスには…見ていられぬものがあった」
「!? ……やっぱり、また食事も睡眠も満足に取らなかったんですか」
「そうじゃ」
「…そう、ですか」
「セネカ、自分を責めてはいかんよ」

彼の言葉につきつきと胸が痛む。
前科があるだけに予想はしていたが…そうか…やはり。

「アルバス、それは無理な相談です。彼を一人にしてしまったのは俺の弱さでもある」

自嘲の笑みを浮かべる。
彼はまた、痛ましい者を見る目で俺を見た。
今回だけは甘んじて受け入れるべきだ。そう思いながらも、その視線から目を逸らす。
彼は俺を責めてはいない。恐らくセブルスも。
俺が自分を責めなければ一体誰が責めるのか、という言葉は喉の奥で絡まり、結局出てはこなかった。


「セネカ、君には言わねばならぬことがある」

長い沈黙の後、ダンブルドアが右腕をと俺に乞う。
頷き、少しだけ身体を放して右腕を掲げると真新しい包帯に包まれた自身の腕が映る。
…この昏睡はまたもお前の所為なのか。
険しく睨み見つけると、その手をそっとダンブルドアが取った。
反射的に引こうとし、ぐっと堪え、彼の杖が添えられる。

なんだ? 何をするつもりだ?

呪いを抑える為の呪文でも唱えるのかと思った。
傷はふさがっているのでその必要もないと思っていた俺は、ダンブルドアの行動に疑問を抱く。
訝る俺を目で制し、するすると包帯を解く彼に、あの日の、初めて出会った日のやり取りがふと過ぎった。蘇ってしまった。

マダムに言った様にこの右腕に違和感は無い。
だが、まさか。そんな、まさか…。


「…………なん、ですか、これは、」


突如生まれた暗い穴を覗きこむような心地。
其処に何があるのかを確かめなければいけないのは分かる。
最大限まで開いた目がピリピリとした痛みを訴えていた。
閉じることなど簡単だ。そうだろう?
だが、目を逸らす事など俺には許されておらず、また、そんな事にも考えが及ばないほど、衝撃に俺は凍りついていた。

***


ダンブルドアが去った後、ひどく打ちのめされていた俺はセブルスに抱きついて顔を埋めていた。
困惑と疑問に心が巣食われる。
新たな変化を起こしていた右腕のことについて考えようとするが、思考は腕(かいな)をするりとかわし、拾おうとする傍から次々と零れていく。
聞こえる筈もない誰かの嗤笑が耳の奥にこびり付いてもいるようだ。
嗚呼、うまく、まとまらない。
荒れ狂う嵐を抑えこむには些か時間がかかりそうだ。
ゆっくりとでもいい。きちんと向き合い、整理しなければ。

今の自分には…セブルスの安らかな寝息と温かな体温が必要だった。
なんでなんだ。いったい、いつ。
どうして、俺は今更、

――自分自身を呪っているのか、

記憶に無いという事が一番動揺した。
俺の右腕には、呪いの傷を締め上げるように『荊』という形を取って呪いが巻き付いていたのだから。
まるで右腕を、戒めるように。


***


「おはよう、セブルス」

ううん、と覚醒とまどろみの間を行ったり来たりしていたセブルスが声を漏らすのに挨拶の言葉を囁く。
先程まで動揺していたことなど決して悟らせないように。
寝起きの第一声というのは甘くて、普段よりもあどけないなあ、等と思いながら軽く唇を頬へと触らせた。
ぴったりと貝殻の合わせめの様に閉じられていた瞼が睫毛を震わせ、瞬き、烏木の瞳が俺を映すまでをじっくりと堪能させてもらう。
初めは理解が及ばなかったのか、セブルスは俺を認めて固まり、

「……セネカ?」
「うん。なあに?」

呼ばれて返すと、がばっ、とセブルスは勢い良く身体を起こして俺の上に覆い被さっていた。
両手を枕に立て、俺を閉じ込めて顔を近づけている。
…ううん?
えーっと、これは…あの…所謂『押し倒す』という体勢なんじゃないかね、セブルス君よ。たぶん君は知らないと思うけど。たぶん。

「……」
「……」

おいちょっとセブ。せめてなんか言ってくれ。

お互い無言で顔を突き合わせてるこの体勢に俺の頬が仄かに熱を帯びる。
俺の顔を見下ろすセブルスは、じっと食い入る様に容態を推し測ろうと、俺の表情の変化までも見逃さないぞと集中してもいるようだ。
つーか、ダンブルドアもマダムも立ち去った後でほんとに良かった…。
こんな状態、いくら俺達が兄弟であろうとあらぬ誤解を招くぞ。なんてな。

取りあえずセブルスの好きに、気の済むようにさせてあげようと思った俺は彼の頬へと手を伸ばした。
丸みを帯びた輪郭へなぞるように左手を添える。
触れた瞬間、ピクリと反応したが何も言わず、セブルスもセブルスで俺の好きなようにさせようと思ったことが直ぐに伝わった。

…少し、痩せたね。
さっきまで寝ていたけど、まだまだ顔色だって悪い。
やっぱり、俺の所為じゃないか。
切なさが込み上げ瞳を細めると、彼も同じ気持ちなのか切なげに眉が寄る。
こつん。直接脳に響く音と熱でセブルスの額が俺のもとに重ね合わされていると知った。
更に距離が縮まった瞳にはぐるぐると感情が渦巻いて溢れかえり、吐露するべき唇までどれを優先すべきか迷ってもいるようだ。
怒りか、悲しみか、喜びか。
それとも…。

「セブ、ゆっくりでいいよ。言いたいことがあるならちゃんと口にして。今僕はどこも痛くないし、気分も、腕の状態も良い。大丈夫。ここにいる。だから、急がなくても良いんだよ。ね」

まさか自分が言われた事を彼にも言う日が来るなんて。
そう思うとなんだか可笑しくなってしまった。
暫く迷っていたが、呼吸を落ち着かせたセブルスはぽつりぽつりと薄い唇から心を零し始める。

「……手が、冷たくて、」
「うん」
「すごく心配したんだ」
「…うん」
「……ずっと、待ってた」
「セブ…」
「また目覚めなくて、僕はまた後悔してっ、」
「…っ、」
「――どうしてっ、僕は、いつも、何も出来ないんだっ」

セブルスはこのまま泣くのだと思った。
しかし予想に反して、彼の瞳は不安定に揺れてはいたが俺の視線を捉えて放さない。
彼の事だ。今まで抱えて来たこの感情は誰にも告げる事は出来なかったんだろう。
危うい彼を心配する人は周りにいた筈なのに。
それさえも我慢をして頑なに閉ざしていたのだと思うと愛しさが込み上げる。
自分にだけ告げられた、彼の本音にダメだと分かっていても優越感を感じてしまう。
ひどい独占欲だ。このまま自分だけを見ていて欲しい。
優しい毒を与え続けて、俺無しには生きられない様にしてみたいという欲が湧き上がる。

「セブ、何にも出来ないなんて、そんなこと言ってはいけない」
「…でも、」
「僕はね、セブルス。君が待っていてくれたと、そう言ってもらえてこんなにも君が愛しくて仕方ない。愛しい僕のセブルス。嬉しくて、僕は今にも泣いてしまいそうだよ」
「…泣くのは、もうだめだ」
「うん?(…もう?)」
「僕には止め方が、分からない」

ぎゅっと泣きそうな程顔を顰めて、セブルスが泣くなという。
幼い君も、大人な君も、俺に泣くなという。
俺はそんなに泣き虫なのだろうか? 自分では良く分からない。
慰め方が分からない、という意味だろうかと言葉の意味を自分なりに咀嚼し…、カッと俺の頬が先程の比では無いほど真っ赤に茹であがる。
なんてことだ。
慰めって…あー、つまり、その…アレだよな…。

いきなり顔を赤面させて視線をうろつかせた俺をセブルスが、どうした、と心配そうな色を覗かせる。
彼の顔は至近距離を保ったままだ。
……つまり、タイミングは、今だということ…になるのかな。
意を決した俺は両手をセブルスの頬に添え、

「セブルス、僕が泣いていたら、こうやって慰めてあげてね」

包み込んだままぐっと引き寄せた。
重なる、唇。
顔を傾けてより深くを求める。
そのまま柔らかな唇を食むように、驚いて固まった彼の熱を探しあて、そっと瞳を閉じた。
…これは、絶対に、あとで怒られる。
そう思うが彼への愛しさが溢れすぎて今にも泣きそうな俺には、彼のぬくもりに縋りつきたくてたまらなかった。


さあ、セブルス。
これが約束の「凄いキスで奪うファーストキス」です。

届くはずなど無いとは分かってはいたが、俺は心の中でそう報告していたのである。

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