分岐点 extra

ダイアゴン横丁珍道中


「まったく…、貴方は本当にどうしようもない人ですね」

キラリと白刃が光を受ける。
ひたりと首筋に当たるのは星空の瞬きをちりばめた沸出来(にえでき)の刃文。
鍛え研ぎ澄まされた美しい地がねは、名工による業物。
一切の無駄を省いた姿と形が日本刀の魅力とも言えるのですよと、以前、滑らかな口上と共に聞いた説明を俺は思い出す。

「フラン、貴方ももう成人して久しいのですから、いい加減更生して頂かないと社長に首をスッパリ切って頂きますよ?」
今現在進行形で首と胴がオサラバしそうな雰囲気なんだけど!?
「おやでは一度体験してみますか? 社長のお身体が弱いのだという事を綺麗に忘れてはしゃいでしまった貴方にはこれでも少々手緩いと思っていましたので痛かったらすみません」
ノンブレス! お、俺が悪かったよ兄貴! 本当にすみませんでしたー!」

青い顔をしてフソウがそれはもう見事なまでに美しい土下座をする。
熟練度の度合いが窺える実に完成度の高い土下座だ。

抜き放っていた日本刀を鞘に納めたミカサは爽やかな表情を崩さぬまま、にっこりと、その後頭部を見下ろして微笑んだ。
力関係が如実である。
そういや前に「日本人てみんなこんなの持ってんの?」と聞いた時もこんな笑顔ではぐらかされたっけな。
ぐったりとセブルスに凭れかかったまま俺は、将来的にはこの図にセブルスも混じるのかな、なんて呑気に考えていた。
…ありえそうだ。


救世主ミカサの登場により、変態からのセクハラから辛くも逃げ切る事が出来た俺達。
結局採寸してくれたのはミカサで、体力を使い果たした俺の代わりはセブルスが務めてくれた。
どちらか一方が測ればそれで事足りるというのは、こういう時に便利だな。

仕立ての良いスーツ――これがフソウの作ったものだというから驚きだ。…近々奴にはファッションブランドでも企画させてみようと思う――を着こなすミカサと小さなセブルスの組み合わせは見ていて中々面白かった。
言われるままに腕を上げたり、顎を引く仕草とか。
慣れない事に戸惑う彼が微笑ましい。
例えるならば、テーラーと初めてオーダーメイドスーツを仕立てに訪れた坊ちゃん、という感じか。

「(ふむ、スーツよりもドレスローブが先かな…)」

黒が一番似合いそうだが何処かに緑を入れても良い。銀もだ。スリザリンに入るならそれ等は外せないな。
派手な装飾はいらないが、素地に同色の糸で刺繍を縫い取って角度によって現れる表情を楽しむのも悪くない。うんうん。
…大人なセブルスの黒いあの服もこうして作られたのだろうか?

身体の線に沿うよう仕立てられた禁欲的な黒。
逞しい胸板と引き締まった腰を思い出してニヤニヤしていたら、気が付いたセブルスに睨まれてしまった。
なんか凄く気に入らないって顔をしているが、…なんでだ?
未来の君を想像してたんだからそんなに怒んなくっても良いのに。それともあれか、邪な思いがだだ漏れてたんだなごめんなさい。
この後、直ぐには動けそうの無い俺を気遣ったミカサが、代わりに教科書等を手配してくれると申し出てくれたのは本当に有難かった。

「荷物は自宅に宅配して頂く手配も済ませて置きました。制服の方も出来次第、私が直接お届けに窺いますのでご安心ください」

…よく出来た副官を持てて俺は嬉しい限りだ。てか、そう言えばこの会社は通販会社だったな。お安いご用という所か。
そんな訳で、ゆっくりと身体を休めることが出来た俺とセブルスが会社を後にしたのは、午後も回った頃である。


心を込めた謝罪と丁寧な礼に見送られて再び大通りに出た。

狙い通り、人通りは午前中よりもマシだ。
手を繋ぎながらもスイスイと人を避けて進んでいく。
此処でちょっと考えたんだが、このまま真っ直ぐ杖を購入して帰っても良いけど、それでは少しばかり勿体ない。
折角来たのだ。ブラブラしたって良いじゃないかと、俺は思うんだけど。

「アポセカリーは外せないと思うんだけど、どう? フルーパウダーも残り少ないし、魔法薬の材料もまとめ買いしておきたいなあ」
「勿論だ。僕はフローリシュ・アンド・ブロッツも見ておきたい」
「そうだねー、教科書は手配してもらったけど、やっぱり書店に並んでいる奴も気になるもんね」
「ああ」

と、二人の意見も纏まった事で、先ずは書店へと足を運んだ。

フローリシュ・アンド・ブロッツ書店。
狭い店内にはありとあらゆる魔法書がギッシリと詰め込まれ、天井でさえこのうず高く積まれた書籍で支えられているのではないかと危ぶむ、そんな店。
俺が積み上げた教科書タワーが可愛く思える。
新入生の為の教科書セットが並ぶコーナーと魔法使い達の間を通り抜け、二階へと俺達は駆け上がった。

癒術、薬草学、魔法薬学、錬金術、闇の魔術と、黒ずんだ金のプレートの文字を追う。
大まかに纏められているが、中には「これ絶対誰かが面倒になって突っ込んだよな」という場違いな恋愛小説なんてのも納められていた。

蝋燭の明かりで四隅に生まれた昏い影。
古い紙とインクの匂いが混じった空間は、やっぱり居心地が良い。最高だ。
ふむ…、闇の魔術に関する書籍ならばノクターンの方が多いが、ここでは物騒な気配を気にしないで立ち読みが出来ると言うのが大いに魅力だな。

「セブ、その本だったらこっちの方がもっと詳しいし、値段もお手頃だよ」
「そうか。…じゃあ、こっちとこっちではどうだ?」
「『格式ばった闇の世界』と『澱みの紋章とその実証』か。うーん…迷うね……あ、セブセブ。こっちの『聞こえるか、この闇からの呼び声が』の方が読み物としては興味深いし面白いよ。素養の事と、どういう感情の作用がもっとも術の効果を高めるかが載ってる」
「…なんだかその言い方だと全て読破済みにも聞こえるぞ」
「え!? う、あ、そう? あっはははは! そんな訳ないじゃんかーもう!」

めちゃくちゃ怪しいという顔をしたセブルスに苦笑い。
まさか、いえまさかそんな。今此処でパラパラと速読して大体を把握したんですからね! 嘘は言っていない。嘘は。
…てか、ここに来てまで闇の魔術関連の本棚に入り浸ってる俺達ってかっこ笑いかっこ閉じ。今更だけど。

それぞれ気になった本を数点持ち、レジに行って自宅まで宅配の手配を済ませた俺達は書店を後にした。


次に俺達が向かったのはアポセカリー。
ポタージュの大鍋屋が掲げるころんとした鍋看板を目印に歩けば、その直ぐ隣という分かりやすさ。
魔法薬の材料や薬品臭の混じった何とも言えぬ臭い匂いがドアの隙間から既に洩れているので、匂いを辿りに来ても良いな。
人通りが多かった午前中もこの店の前だけは自然と避けられ、どなたでもカモン! という、とても人気の無い店の一つだ。

「(つーか、魔法薬や薬草学に携わる者であれば避けられない匂いなんだがなあ。…あ、でも大人セブルスに染みついた匂いに変換してみれば……いやいや、無いな。ちょっと強烈過ぎて無理だ…セブの匂いはどっちかってゆーとハーブ系が近いし、)」
「おい、セネカ。何をぼさっとしているんだ」
「――え、あ、うん! ごめんごめん。…えーっと、すみませーん! フルーパウダーが欲しいんだけど」
「はいはい、承知いたしました。…おや、お坊ちゃん。またあ来たのかい? 何時もお使いご苦労さまだねえ」
「どうも御店主。今日は弟も一緒なんだよ」
「…どうも」
「おー…これはまた…、」

いつもながら老婆なのか翁なのか判別付かない店主が、コガネムシのような目を丸くし、材料を袋詰めしていた手を止めた。
もう俺とセブルスにとっては慣れた反応である。

「角ナメクジとヤマアラシの棘、蛇の牙も下さい。それとレーテ川の水も。…セブ、カノコソウの根とヤドリギの果実ってまだあったよね?」
「ああ、…だがカノコソウは残り少なかった気がするな」
「じゃ、それも。よろしくお願いします」
「はいはい、毎度。いつものように宅配しとけばいいんだね?」
「ええ。…あ、ちょっと待って。こっちよりも奥に掛っている方が質が良いみたいなので、そっちにして下さいね」

手前の壁に掛ってるカノコソウを取ろうとした店主の手を止める。
にっこりと指摘した俺にやれやれと、溜息を吐いた店主は「坊ちゃんは目利きだねえ」言って俺の言う通りにしてくれた。ついでに、オマケしとくよ、という声もついてきたぜ。ラッキーだ。

「(ふふん、そう易々と俺の目を誤魔化そうなど出来っこないさ)」

店主が袋詰めをしている間に物色でもするかと思い立ったが、そういえばセブルスの姿が見えないな…と、俺は彼の姿を探して店内の奥へと進んだ。

セブルスは奥の薬品棚と材料棚の丁度境目辺りに居た。
ユニコーンの角とバイコーンの角を手に取りしげしげと眺め、置いたと思ったら今度はベゾアール石を指で突いて顔を上げ、次は瓶詰されたウナギの目と睨み合っていた。
腕を組んで首をコテンと傾ける後ろ姿。
…なんか、かわいいな。
傍目から見たらシュール極まりない光景だが、セブルスの動きが混じるととてつもなく可愛く見えるぜ。
クスクス笑う俺の声に気付いたセブルスが振り返ったので、ちょっと肩を竦めつつも近寄っていく。

「何か欲しいのがあるの?」
「いや、そういう訳じゃないが…少し、質の違いというのを考えていた所だ」
「ああ、さっきの聞いてたの? まあそれは大事だよね。材料の品質によって善し悪しが決まる魔法薬も多いし。セブも授業で使うんだから、同じものが並んだ中でもより良い物を選ぶ方法を学ぶべきだよ」
「例えば?」
「例えば? うーん、…さっき選んだ蛇の牙だったら欠けた物は避けて、イラクサならより乾燥されたもので茎と葉に生えたトゲがしっかりしたものを選ぶ。このウナギの目なら濁りの少ない物を、とか?」
「じゃあ、このユニコーンの角なら欠けた所の無い、色もより綺麗な銀色に光る物を選ぶ、という所か…密猟された角はストレスで少し黒ずむしな。…ああ、それと、若いユニコーンより成熟した方がより効果が高い。確かこの前読んだやつに書いてあったな」
「Outstanding! 流石はセブ。良く勉強してる。僕が教授なら大いによろしいを付ける所だね」
「…お前の点の付け方は甘すぎると僕は思うぞ。知っていても目利きが出来なければ意味がないじゃないか」
「いやいや、それだけ分かっていれば十分だって。ふふっ」
「なんだ。変な笑い方をして」
「ううん、何でもないよ。将来が楽しみだねって思っただけさ!」
「フン…セネカの仕事を手伝わない事だけは確かだな」

言えてる、と笑った俺にセブルスは微妙な顔をした。
一緒に仕事しようよと、俺に言うだけでも言って欲しかったのか、はたまた会社に居るフソウの事が頭に浮かんでそんな顔になったのかは、定かではない。
セブルスの将来の職業が教授職である事を知っている俺からしてみれば、ごく当然のように考えていたんだけど…。

「まあアレだよね。こっちの仕事を押し付ける訳にもいかないから、抜け出した先の癒しとか思えば良いんだよな。うん」
「何か言ったか?」
「いえ、ちょっとした独り言をね。…さて、買い物も終わったし、そろそろ杖を買いにオリバンダーの店に行こっか!」

濁った匂いの籠る店内から出た俺達は、ダイアゴン横丁の南に位置するオリバンダーの店へと向かった。

余程楽しみなのか、歩調を速めるセブルスに半ば引っ張られる形でショーウィンドーにディスプレイされている商品をチラチラと眺めつつ歩く。
…あれ? これって良く考えたらショッピングデートってやつじゃね?
そう思考を切り替えたら、移動によって減っていた俺の体力ゲージも回復しそうだと思った。
まあ途中でフローリアン・フォーテスキュー・アイスクリームパーラーの甘い匂いにフラフラ近寄っていったらギロリと睨まれ、イーロップの隣にあるペットショップの猫を撫でようとして止められたりしたのだが。

そんな感じであっちこち寄ろうとする俺とセブルスの攻防が暫く続く中、ふと、ある雑貨屋に俺の目が止まる。

「あ、ねえ、ちょっと待ってセブルス」
「今度はなんだセネカ。もう寄り道はしないぞ。早く行かなければ遅くなる」
「うん。それは分かっているんだけど、少しだけあそこに寄っていかない?あのね、リリーに入学祝を贈ろうと思うんだ」
「…ああ、なるほど。わかった」
「ありがと。直ぐに済むと思うから」

快く了承してくれたセブルスに礼を言い、指差す先へ手を引いた。

カランカラン。
開閉と同時にドアのベルが来客を告げ、細々とした商品が並ぶ店内の奥で店主が顔を上げる。
いらっしゃいませ、とカウンター越しに挨拶をした店主は直ぐにレジに並んだ客へと愛想の良い顔を向けた。どちらも女性だ。

「何を選ぶんだ?」

可愛らしい小物が並ぶ店内とファンシーな雰囲気に落ち着かないのか、セブルスが小さな声で聞いてくる。
確かにどれもこれも女の子向けだ。
白やピンクにレモンイエロー、薄い水色に小花柄。
あまいレースの縁取られたハンカチや、用途不明のふわふわな毛玉まである。
一体何に使うのか分からないが、手に取ると結構気持ちいい。
綺麗な色の羽ペンやバラ色のインクが入った壺の置いてある文具コーナーまで辿りつくと、奥にある商品に惹かれて駆け寄った。

目に止まったのはブック型のカルトナージュ。
全体が布張りで、とろけそうなチョコレート色の蓋にピンク色のユリが刺繍された可愛らしい一品だ。
宝石箱はまだ彼女には早いと思ったので、これなら小物入れとしても使ってもらえそうだな。

中に何も入っていないというのもアレかなー、と思った俺は先程見かけた羽ペンとインクをセブルスと一緒に選んでもらった。
お互いに「せーの!」と指を指して選んだのは、エメラルドが先端へ行くほど濃くグラデーションしていく羽ペンとバラ色のインク壺。
羽ペンの芯は金色でとても綺麗だし、インクも発色がよさそうで色が鮮やかだ。これなら喜んでもらえそう。
中に詰めてプレゼント用に可愛くラッピングしてもらう。

選んでいる最中、セブルスは眉を寄せて本当に困った顔をしていた。
まあ、女の子が喜びそうな物って良く分からんよね。
その気持ちは痛いほど良くわかるぜ。

「リリーが喜びそうだな〜とか思いながら選べばそれで良いんだよ? セブは難しく考え過ぎ」
「……僕には全部同じに見える」
「あらら。…ま、リリーなら僕らが選んだんだってだけでも喜んでくれそうだけどね。ほら、その気持ちが嬉しいみたいな感じで。ね?」
「…それもそうだな」

メッセージカードに俺とセブルスの名を添えると、金を払って買ったのはお前だろ、と抗議する声を丸っと無視した。
さっきの書店でも一緒に読むんだしと言って無理やり納得させたのもきいてるらしい。
でも、一緒に選んでくれたんだから文句は言わせません! と、力説する俺が引かないのが分かったのか、諦めたのか。溜息を吐いて俺の代わりに荷物を持ってくれたセブルスってばマジ紳士。
後で彼にも入学祝を買うのも忘れないようにしないとな。

そんな風に考えつつ、今度こそ杖を買いに俺達は店へと向かったのである。

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