分岐点 extra

いざ、ダイアゴン横丁!…そして、


「セネカ! セネカ!!」

ばたばたばた、ぎゅーっ。
珍しくもセブルスが興奮した声を出して勢い良く俺の元へ飛び込んできた。
ただ事ならぬ雰囲気に驚きながらも、俺はしっかりと抱きしめる。

頬を淡く染めたセブルス。
雨に濡れたような黒曜石の瞳が輝いている。
急いで走ってきたのか髪は乱れ、可愛いデコが丸出しだ。
なんですか。可愛らしいぞおい。キスしても良いですか。

至近距離で見つめた表情がいつもより生き生きしていて、危うく鼻血をぶちまける所だったぜ。
我慢した俺って偉い。
ブンブンと身体ごと自制心を揺さぶられながら何とか自分を戒める。

「どうしたのセブ、そんなに慌てて」
「これだ。見ろ、セネカ。とうとう僕達の所にも来たんだ!」

少し身を離したセブルスが俺に見える様に、自分の手の中にある物を掲げた。
小さな手には白い封筒が二通。
ホグワーツの紋章が入ったソレは、紛れも無く―――、


「入学許可書だ! これで、僕らはホグワーツにいけるんだ!」


興奮のまま、ぎゅぎゅーっと再び抱きついてきたセブルス。
彼の首元に顔を埋めながら俺も強く抱きしめ返した。

う、うわああああ…ッ!
ばか我慢なんぞ出来るか!

あんまりにも可愛すぎたし、その様子が愛し過ぎたし、俺も嬉しかったしで抱きしめながらその両頬を素早く啄む。
ここぞとばかりに。
柔らかいほっぺに惜しみなく喜びを降らすも、今日ばかりは興奮の勢いもあってか怒られなかった。なんてことだ。お返しに俺の頬にもキスをしてくれた!!
今日はなんて素晴らしい日なのだろうと、お互いを抱きしめ合いながら喜びを分かち合った。

「でもどっちかってゆうと唇へのちゅーが良いです!!」
「――んなっ!? …ば、するわけ、無いだろ!!」
「いたーーーい!!」

訂正。やっぱり本日もセブルスの愛は痛かったです。
…ま、これが俺だよな。

***


さてさて。という訳でやって参りましたダイアゴン横丁。

俺達も一応は魔法族なので此処へは何度か足を運んだ事がある。
ここで大概の物が揃うというのは実に便利だ。
隣にノクターン横丁もあるし。(ま、俺はどっちも何度かどころじゃないけど)
勿論母親は仕事があるのでいない。
リリーの方は両親が同行しているし、それに、マグル出身の彼女には引率の先生が付いているので買い物は別行動だ。

「教科書と制服一式、大鍋など学用品も一式、…あとは、杖か?」
「大鍋と真鍮製の秤、薬瓶は以前に揃えたのがあるから別に良いよね」
「ああ、そうだな」
「ふふっ…制服一式と教科書はちゃんと新しいの揃えたげるからさ。楽しみだなー制服姿のセブルス」
「……なあ…その、本当にいいのか?」
「ん? 何が?」

手を繋いで横を歩くセブルスが真っ黒な瞳を俺に向ける。
彼の瞳には遠慮、心配、申し訳なさという感情がありありと浮かんでいた。
俺はそれに笑って首を振る。

「大丈夫。僕ってばそれなりに稼げるようになったし、元はと言えばこの為にも稼ごうと思ったわけだもん。だからセブルスは何も心配する事は無いんだよ。普段着も新しいの買おうね!」
「しかし――、」
「だーめ。それ以上言ったらこの往来でぎゅっと抱きしめてキスしちゃうぞ」
「……」
「うわっ、素直。ちょっと僕かなしい…」

うっと泣く真似をしてみせると、セブルスはそっぽを向いてしまった。
口を尖らせている事から、まだまだ完全には納得してはいないようだ。
うーん、…難しい。
セブルスはこういうとこが頑固だからな。
俺がやりたくてしている事なのにさ。

人通りの多いダイアゴン横丁は普段よりも賑わっていた。
同じ年頃の子供がわんさかいる様子に、やっぱり目的は同じかなんて思う。
勿論それ以上の学年も合わさってて、見るだけでウンザリする俺達。

「日を改めた方が良かったか…」
「いや、学校が始まる前は常にこんな感じな気もするね。僕は」
「……」
「大丈夫? セブ。僕も人の多いとこ苦手だけど、セブは僕以上に辛そうだよ」
「…我慢するさ」

気にするなという風にセブルスが首を振る。
でも、はぐれないようにしっかりと繋いだ手がちょっと汗ばんでいる。
気にしつつも俺は、横町の外れに向かって足を進めていた。
少し時間を潰そうと言って。
ある程度時間が経てばもうちょっとマシになるかも、と提案した。

***


向かった先、たどり着いた場所は見かけだけは周りとそう変わらない建物。
煉瓦作りで緑の屋根が特徴と言えば特徴の、看板さえかかっていない店だ。
古びた木の扉を押して開け、戸惑うセブルスを俺は引っ張り込んだ。

「……セネカ、ここは?」

明るい場所からいきなり薄暗い所へ。
光の残滓がチラつくのかセブルスは何度も瞬きをする。
そんな彼へ謎めいた笑みを浮かべながら、更に奥へ誘導した。

ランプに揺れるオレンジ色の灯。
浮かび上がるのはルネッサンス初期のジャコビアン様式を基調とした広いホールだ。
ぽつんと置かれたオーク材のテーブルとチェアが寂しさを誘う。
木目が美しく、使い込まれた雰囲気を醸し出すそれが何組か揃えて置いてあるものの、ガランとした印象は拭えない。

柔らかな灯りにも慣れた頃、隣を窺うと彼は一階建ての外観より高い、天井まで続く開放的な吹き抜けに目を奪われていた。
…首が痛くならないだろうか。

天井に向かってそそり立つ重厚な造りの双子柱にも、美しい彫刻が流麗な線を描いていた。四隅と中央左右。この配置によって奥行きを生む。
開放された天窓には透かし彫刻のガラス。
先ほどからフクロウが音も無く入って来ては何処かへ消えて行く。
淡い光に浮かぶ影は美しく見えたが、入れ替わり立ち替わりという感じはとても忙しそうだ。

キョロキョロ周りを見回して警戒するセブルスに、手を繋いだまま俺はくるりと彼に振り返った。
ふっふっふー、驚いてる驚いてる。
そう、俺はこの日、この場所へ彼を招待するのを秘密にしていたのだ。こうでなくてはいけない。
俺はやけに勿体ぶって一言一言ハッキリと声を出す。


「ようこそ、セブルス――、通販会社トワインへ」


これでもかと大きく目を瞠ったセブルスへ、してやったりと俺はにんまり笑い返した。
途端にまた忙しなく視線が動く。
マジマジと見られるのは少し気恥ずかしい。
ここは見かけはボロっちく設定してあるけど、中に入ればそれなりに立派に会社をしているのだ。まあ、まだまだ小規模で且つ、少数精鋭なのだが。

「ほんとうに、ここが、か?」
「――ええ、そうですよ」
「?!」

涼やかな声がセブルスの質問に答える。
突然現れた気配と声に振り返ったセブルスは、手を握る力を強めた。
その背に俺まで庇おうとするもんだから、ほんと、いじらしい。
俺は肩をぽんぽんと叩いてそれを宥め、安心させる為に声の持ち主へと話しかけた。

「やあ、ミカサ。先日ぶり」

壁の角度に沿う直線的で大きな階段から下りてくる人影。
薄暗い中でもハッキリと主張する漆黒の髪を揺らし、丁寧なお辞儀を目の前で披露してみせたのは一人の青年。
実に優雅で、ちょっと執事っぽい装い。
濃いブラウンの瞳が顔を上げた瞬間、眼鏡の奥で悪戯っぽく煌めいた。

「こんにちは社長。本日は珍しくも可愛らしい姿を見せて頂けてると思えば…もしや、其方の方が?」
「うん、そう。彼が僕の愛しい弟、セブルスだよ。今日は買い物がてら彼を此処に案内しようと思ってさ」
「なるほど、承知いたしました。では、どうぞごゆっくりなさって下さい」

彼の名は鈴由三笠、25歳。
俺が目を付けた元エージェントだ。
日本生まれのイギリス育ち。両親は魔法族だが、残念ながら彼はその恩恵に与ることは叶わなかった。
所謂、スクイブ。
しかしながらミカサはその代わりに気を使う事に長け、俺達とは全く系統の違う術を使うので問題は無しだ。
彼の作る魔除けの護符や札なんかは、予約商品として取り扱っている。しかも結構人気だ。最近物騒だからというのもある。

彼を一目見て、ノクターンのど真ん中で声を掛けた当時の俺を褒めてやりたい。それ程の逸材で、経営手腕の持ち主だ。
年齢の足りない俺の代わりに、代理社長として表に立ってくれてもいる。
…彼がどうしてここまで俺に従ってくれるのかは未だに謎の一つだが。

ミカサは踵をコツリと鳴らし、セブルスへ向かって再びお辞儀をする。
恭しい所作は主に仕える従者を想わせた。
ちょっと慌てて姿勢を正したセブルスが、とても微笑ましかったです。

「改めまして、お初に御目に掛りますセブルス様。私はミカサ・スズヨシ。社長――セネカ様の補佐を務めさせて頂いております」
「……セブルス・スネイプだ。よろしく、Mr.スズヨシ」
「どうぞ私の事はミカサとお呼び下さい」
「…しかし、」
「この口調も振舞いも私の性分ですので、どうぞ御気になさらず。最も、社長の大切な弟君に尊称を付けられる訳にもいきません」
「…ぐ、…分かった」

僅かに強張った顔でこくりと頷いたセブルスに「お可愛らしい方ですね」とミカサが微笑んだ。
隣で当然だ、という顔で笑い返した俺をセブルスがじろりと睨む。

後で覚えていろよ。
え、なんで。
それで僕の気が済むからだ。
ちょ、なんか怒ってます?
フンッ。
視線だけで会話する俺達に瞳を和ませたミカサは、スッと音も無く一歩下がり、手のひらを階段の先へ促す。

「ではどうぞ社長室へ。直ぐに御茶の用意を整えて参りますから」

頷いて手を引く俺に、戸惑いながらもセブルスは素直に従った。


「――なんだか、変な感じだ」

普段は滅多に使われない社長室。
合言葉と鍵を持たぬ者には開かれないそこへ到着するや、セブルスは疲れたような溜息と共に呟いた。
滑らかな触り心地の布張りソファへ身を沈め、居心地悪そうにちょこんと座った彼の隣で俺は首を傾げる。

先程の薄暗かった吹き抜けホールと違い、大きな窓から降り注ぐ光に溢れた室内は手ごろな狭さだ。
積み上げられた資料で埋まる大きな執務机と革張りの椅子。
応接用とは言い難い寝心地重視のソファと低いガラステーブル。
ここにはそれしかない。というか、必要がなかった。
通院時に訪れるだけだし、普段は実家で仕事をこなすので自然とこうなるのだ。
いやー、優秀な副官がいると楽なもんだね。うん。

「なにがさ?」
「セネカがちゃんと社長を務められているという実感が未だに湧かない」
「えー…折角会社まで連れて来たのに…」
「入って直ぐにこんな風にゴロゴロされたら尚更な」
「仕方ないじゃん。その為のソファだし」

ぐーっと伸びをしてぽふりとセブルスの膝に頭を預ける。
彼が座って俺が寝ても余裕のある大きさのソファは俺のお気に入りでもあった。

「うーん、じゃあ…仕事してる様子でも見せたらいいのかな」

仰向けで腕を組み、難しい顔でセブルスを見上げると彼が少し笑った。お、珍しい。
キョトンと目を瞠ると、訝しげに片眉を上げたのでちょっと不満に思う。
するとセブルスは理由が分からないなりに自分が宥める番と思ったのか、手のひらでポンポンと俺の頭を叩く様に撫でてくれた。
…やばい、すごい嬉しい。

「セブルス」
「ん、なんだ」
「もちょっと、なでて」

甘えるように強請る行為はとても恥ずかしい。でも、それで撫でてもらえるなら俺とて多少の羞恥心は見なかった事にする。
仕方ないな、という風に撫でてくれた彼にだらしない笑みを浮かべていると、突然、バンッ! という大きな音と共に扉が開かれた。
二人で固まる。

「……っ、…はーっ、はぁっ、旦那が、来てるって、はーっ、兄貴が、言っ……」
「……」
「……」
何この楽園!?

息を切らして入って来た珍入者。
荒い息の合間に言葉を発していた男――彼は先程会ったミカサの弟、フソウだ――が勢いのまま叫んだ。とても喧しい。
兄と同じ漆黒の髪を短く揃えた彼は、風に弄ばれたぐちゃぐちゃな髪を整えながら深いブルーの瞳を爛々と燃え上がらせていた。

「ああ、旦那! 今日はいつもの変身薬で誤魔化した姿じゃなくて本来の可愛らしい容姿で来てくれたんっすね! しかも分身までして! 本当に今年ホグワーツに入学だったんですねすっげえ可愛いっす! やべー! どうしよう! めちゃくちゃ興奮する…! ちっちゃい! 抱きしめたい! あ、取りあえずお兄さんのお膝の上に二人ともカモーんぶふっ」
「喧しい変態フランシス」

俺は取りあえず手近な所にあった分厚い資料の束を顔面に投げつけてやった。

「いつー…やだ! ミドルネームで呼ばないで下さいよ! 呼ばれるの嫌いなんですから!」

男の名は扶桑・フランシス・鈴由、20歳。
ミカサの異父弟であり、マグルでイギリス人の父を持つ彼はハーフで混血だ。
二年前にホグワーツを卒業して以来、兄の元で働いている。
特徴は変態ショタコン男だ。

「モノローグで変な事吹き込まないで下さい。俺は愛と勇気溢れるグリフィンドール寮出身ですよ?!」
「根っこはスリザリン気質の癖に、なにを言う」
「俺は純粋に少年を愛でたいがために生きているのであって、時には手段を選ばず勇気を揮う、それだけです」
「真面目腐った顔でセブルスに触れようとするな!」
「疚しい気持ちなんてこれっぽっちもありませんはぁはぁ」
「ぎゃー鼻息が荒い! 僕の愛しいセブルスに触ろうと思うだけで大罪だ!」
「せ、セブルスくんていうの? あ、もしかして例の弟くんっすか?」
「そうだよ!」

ぎゅっとセブルスを抱き寄せて庇う。
未だに唖然とした顔で固まっているセブルスに危機が迫っている!
でもそんな俺達の様子がフソウのお気に召したようで、瞳をキラキラさせて悶えていた。…うおい、誰かコイツを何とかしろ。
セブルスが段々と震えてきたじゃないか!

「セブ、セブ。…大丈夫?」
「……セネカ…」
「うん?」
「いつも、こんななのか…」
「……いつもはもっと大人しい奴なんだけどね。セブルスが可愛すぎるのがいけないんだよ」

青ざめた顔で問うてくるセブルスから顔を背け遠い目をする。
抱きしめ合いながらこそこそ話す俺達に、ジリジリと魔の手が迫っていた。
落ちる影にハッとセブルスが身構える。

「…! セネカに触れるな!」
「わ、だめ、セブルス! 僕なんかを庇っちゃ! セブルスが変態に襲われちゃう! 穢れちゃうよ!」
「…ッ、セネカを守るためなら、僕は大丈夫だっ」

きゅん。
その言葉に俺の心臓が高鳴った。
変態の高揚も高まったが、彼はこの後直ぐにやって来た兄ミカサによって取り押さえられ、俺達はホッと一息つく。が、

「え? マダムマルキンのとこまだ行ってないの? じゃあさ、ホグワーツの制服一式なら俺が仕立ててあげましょうか? 此処なら布も取りそろえてるし。…え? 作れるのかって? 勿論ですよ。兄貴の服も自分のやつも俺は自分で仕立ててるんっすから」

ね? そうしましょ! っと、ニコニコしながらメジャーを持つ裁縫男子に、俺達は再び悩まされることになったのである。


「ささ、先ずは膝に乗って!」
「しつこい!」
「うわっ、セネカー!」
「セブ!!」
「はぁはぁ、半ズボンに膝小僧とかたまんねえっす」
「ぎゃ、さわんなっつーの!」

……俺はこのままセブルスを守りきることが出来るのだろうか…激しく不安だ。

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