分岐点 extra

花の名をもつ姉妹


Sideセブルス

僕らの暮らすスピナーズ・エンドは、いつも空で雲がその灰色の両手を広げている。
見慣れたものだ。青い空ほど珍しいものはないと思う。
決められた場所に漂うその天気も、室内にいる事が多い僕らにはあまり関係も無かったが。

陰鬱な雰囲気が立ち込める街は、治安があまり良くない。
セネカなんて直ぐに拐われてしまうと思う。
でも僕がそう言うと、決まって「セブルスの方が可愛いから僕はセブルスの方が心配だよ」なんて言うんだ。
セネカはおかしい。
…いや、元々おかしいけど。最近それに輪をかけておかしいと思う。
この前女の子に間違えられて声を掛けられたのをもう忘れているのか?
もっと危機感を持ってくれないものか…。

二度と目の届かない所で危険な目にあわないように、もうどこにも行ってしまわないように…僕がしっかりしなければいけない。
繋いだ手がもう離れないように。
これは僕があの日、自分自身に誓ったことだ。


ぶるりと、肩が小さく震える。
…今のは少し肌寒く感じる秋の気配のせいだ。絶対。
着ていたオフホワイトのセーターの長過ぎる袖を上げながら、僕は外の景色から視線を戻し、ページを捲る。袖のほつれが目に止まった。

僕らの家は貧しい。
家の彼方此方に古く、使い込んだ家具が並んでいて、新しい綺麗な物を揃える余裕も無い。
このセーターだってセネカが、良くしてくれる癒者の人達から貰った子供の古着だ。
少しブカブカで…多分女物だけど…今まで着ていた父や母のお下がりよりも随分マシになれた。不格好なマグルの服装は少し恥ずかしいと思っていたから。
でもソックスだけは新品だ。
僕らの誕生日になるとダンブルドアが手編みの物を贈ってくれた。寒い日は厚い毛糸で編まれたこれは、とても暖かい。こんな日も特に。
…これをダンブルドアが編んでる姿なんて想像もつかないな。

僕もセネカも、ダンブルドアには恩を感じている。

マグルの父は働くことをせず、家を空けることが多い。その代わりに母が働いて僕らを養ってくれていた。
ハッキリ言って、セネカの治療にはお金が掛かる。
いつまで続くか分からないものだ。
でも、それはダンブルドアが魔法省に掛け合ってくれたお陰で保証され、今の所何とかそこだけは工面してくれているらしい。…後の詳しいことは教えてはもらえなかった。

(どうしてダンブルドアはこんなに良くしてくれるんだろう)

セネカの事が無ければ知り合う事さえ出来なかった偉大な魔法使いは謎が多く、僕はからかわれてばかりだから少し苦手だ。
軽くかわせるセネカが少し羨ましい。
アルバス、なんて僕にはとてもじゃないが呼べない。対等に口をきく時だけ、セネカが僕の何倍も大人に見えるから不思議だ。


――父が家に寄り付かなくなった理由は僕が幼すぎた頃の事で、よく分からない。母がセネカに素っ気ない態度をとる理由も不明だ。…でも、どちらにもセネカが関係している事だけは僕にも分かった。
だって、二人のセネカを見る瞳の奥底に、押し殺した怯えが見え隠れしているんだ。分からない筈がない。

いったい…過去に何があったんだろう。
疑問は尽きない。
セネカは知っているみたいだけど、困った顔で笑うばかりで、答えてはもらえなかった。僕に嘘を吐きたくないから黙ってるんだと思う。
言いたくない事があると必ずするその表情を見ると、僕はいつも口ごもってしまう。聞けばセネカは、きっと悲しい顔をするに決まっているから。
でも、つい恨みがましく睨んでしまう。
…どうしてみんな、僕のことを除け者にするんだ。

やっぱり僕がまだ頼りないから言えないのかも知れない。
だったらもっと勉強をする。魔力だって制御出来るようになって、ホグワーツに入学する頃合いになれば少しは認めてくれて、教えてもらえるかもしれない。
教えてもらえなくても、自分で調べることだって出来るかも知れない。
そう考えると希望が持てる。

僕らは来年の一月で9歳になる。
あと…、もう少しだ。
…絶対に認めさせてやる。


悶々と考えに沈み込んでいたら、ページはちっとも進んではいなかった。溜息がふっと零れると、階段を上がってくる小さな足音に僕は気が付いた。

「お待たせ。さて、セブルス。今日は何を勉強しよっか?」

ペタペタ足音を立てて子供部屋に入って来たセネカが、持ってきた一学年から五学年までの教科書をサイドテーブルへ積みながら言う。
もう何往復もされたそれは高い塔になっていた。
…ちょっと乗せ過ぎじゃないか?
前みたいに崩れて自分に当たったらどうするんだ。

「魔法薬学」
「はい、じゃあ呪文学で」

読んでいた『魔法薬学、鍋底にこびり付いた理論』から顔も上げずに答えると、セネカもセネカでスパッと僕の意見を切り捨てる。
母が学生時代に使っていた、色褪せた古い『基本呪文集』をタワーから器用に引き抜くとセネカは僕の隣に座った。
若干、教科書タワーがグラグラしている。

「僕に意見を聞いた意味がないじゃないか…」
「えー? だってさ、昨日もやったじゃん。その前にも。セブ、興味があるのも大変結構!だけどまずは一通りやっておかなきゃ。偏食、いくない」
「セネカがニンジンを食べれる様になったら考える」
「それは無理な相談だね!」
「胸を張っていうことかっ。…そんなに嫌いか?」
「滅びの呪文を唱えてやりたくなるくらいには」
「…?! ……あるのか…そんな呪文が…」
「いやいや、そんなめちゃくちゃ期待した顔されても困っちゃうよ。無いから。全然心当たりなんて無いし」
「そんなあからさまに目を逸らすな。…セネカだったらダンブルドア辺りからそういう事を聞き出してそうだと、思ったまでだ」
「今の発言でいかにアルバスが口滑らし爺と思われてるかが良く分かったよ…。そこまでうっかりじゃないとは思うよ。多分。態とそういう発言をしちゃう人だけどね。〜〜、よし!この話題は強制的に終了とします。

――でね、呪文学の勉強なんだけど、本日は少し趣向を変えてみようと思うんだ」

そう言うと同時に、セネカは持っていた教科書をベッドへと放り投げた。
もっと大事にしろ。それを出してきた意味はなんだったんだ…。

「強引に話をそらしたな」
「そこでだ、呪文を正しく発動させる為に必要な事とは? 答えたまえMr.スネイプ」
「無視か。そしてそのノリは何だ」
「ふふん、今はスネイプ教授と呼びたまえ」
「……はぁ……正しい呪文の発音と杖の振り方、だろ」
「その通り! どんどんぱふぱふー、Mr.スネイプに10点差し上げましょう! ……わお、セブルス照れてる?「うるさい!」んがっ…いたい……」

少し、強く叩き過ぎたかも知れない。
頭を押さえる姿を横目に見るけど、引っ込みがつかない僕はツンと顎を逸らしたままだ。
何時もこうだ。やってしまってから後悔する。
しかし僕は、この時はまだまだセネカのツボが良く理解出来ていなくて――多分、本能的に理解したくなかったんだと思う――照れる際の、この乱暴な照れ隠しさえ可愛いと思ってるなんて、分かってもいなかった。

「(うおーっ、照れちゃって可愛い!)…でもね、僕らは杖をまだ持たない。だから今はひたすら呪文を記憶するしかないんだけど。でも、もうひとつ、僕らにも出来ることがあります。これは変身術にも闇の魔術…の防衛術にも必要なモノです。さて何でしょう?」
「?」
「それは……ズバリ、イメージ力です!」

ビシッと僕に人差し指を向けて、ポーズをとる。

「という事で、今日はちょっとお友達を作りに外へ行こっか」

…脈絡が無さ過ぎて意味が分からない。
僕にはその友達作りとイメージ力は関係が無いように思えた。
大体、僕にはセネカがいる。
今更友達なんて必要とは思えないし、作りたいとも思っていない。
他人が混ざれば二人だけの時間が減るし、煩わしい思いもしない。
考えるまでも無い簡単なことじゃないか?
どうしてセネカはそんな事を言うんだ…。

でも、黙りこんで仏頂面になった僕を見て、セネカが眉を下げて情けない顔になった。
視線を下げるとセネカの右手にはめられている黒い手袋が目に入る。その下に包帯が巻かれている事を僕は知っている。

「(外へ出て体調を崩す心配を僕がしているのも分かってるのか?)」

溜息を一つ。
そこで漸く僕は本を閉じて立ち上がる。

「セブ?」
「…行くんじゃないのか」

勉強机――と言っても、脚のグラつく小さなテーブルで。その代わりに使っている物だが――に本を置いて振り返る。
早くしろという意味を込めてフンッと鼻を鳴らすと、理解したセネカは僕に抱きつく勢いで飛んできた。文字通り。身体いっぱいを使って喜びを伝えてくる。
…セネカにぎゅっとされるのは、暖かい。
僕はよろめいてたたらを踏んだけど何とか堪えて、巻きつく腕を解いてから手を繋いで、外へ出た。
友達を作るなんて、そこまでは考えてもいなかったけど。

ドアの向こうからドサッと崩れる音が聞こえたが、今は何も気にしない事にしよう…。

***


セネカの手を引いてやって来たのは小さな遊び場。
僅かな遊具があるだけの場所。
先ほどよりも天候が良くなったのか雲間から青空が覗いていて、日の光が大地に温もりを分け与えようとしていた。

少し…ポカポカしてきた。
セーターの襟元を少し直しながら周りを見渡す。
川向こうにある此処は整備されていて、あのひどい臭いも風向きが変わらない限り届かない場所だ。
此処にはいつもマグルの子供が遊んでいて、僕らはあまり訪れたことが無かった。
幸いに今日は僕らの他に先客が二人いただけだ。
知らず、眉が寄る。

「…セブルス」

セネカが小さくささやいて、急に強く手を引いて灌木の茂みに僕ごと隠れた。
まるで逃げたみたいになって、不満を漏らす。

「しっ…セブ、あそこ…よく見て」

唇に指を立てて、ジェスチャーを交えながら指を指すセネカ。
突飛な行動はいつもの事だけど、訳が分からないなりにちゃんとした理由があるのも知っていたので、素直に従って、

僕は――、目を見開いた。


女の子が二人、ブランコで遊んでいた。
金髪と赤毛の。姉妹なのか友達なのかは遠目では判別つかないけど…あんまり似てない気がする。
ブランコが、また大きく揺られた。
スカートをはいているのに全く構うことのない様子だ。
特に。赤毛の子の方は大きく漕いで、今にも飛んでいきそうだ。
隣に居る金髪が注意するも楽し気に笑うだけで。聞き入れる様子もない事から、かなりのお転婆だと感じた。でも、

「(…すごく、きれいな子だ)」

日の光を受ける赤毛が燃えてるようにキラキラしている。
瞳もエメラルドっていう宝石みたいだ。
肌だって僕らみたいに不健康な感じじゃない。
透き通るように白くて、ほっそりしていて、まるで人形が動いてるみたいだ。

「(こんなマグルもいるんだな…)」

僕らの父親と同じには見えない。
知らず知らずのうちに、僕は赤毛の彼女をじっと食い入るように見つめていた。
セネカが隣で、そんな僕を複雑そうな顔で見ていたとも分からずに。初めて見る事象を観察する研究者の如く浮かれていた。
ぎゅっと強く手を握られて、ハッとしたようにセネカを振り返る。
興奮して顔を赤くさせた僕にセネカは静かな、凪いだような表情でそっとささやいた。

「あの赤毛の子から…魔力を感じる」
「魔力だって?」
「うん。きっと彼女はマグル生まれの――、魔女だ」

驚いて、僕はまた赤毛の子を振り仰ぐ。
彼女は勢いをつけてブランコから飛び、ふわりと舞い上がって、空中で不自然なほど留まる。そしてゆっくり地面に着地していった。
すごい…。僕はあんな事したこともない。
あの子は自在に魔力を操れるんだろうか?
教えてくれる人も無しに?
だとしたら…、彼女の魔法の才能は…僕以上かも知れない。

「(…でも、セネカの方がもっと凄い)」

僕に勉強を教えて、力の使い方も知っているセネカ。
同じ双子なのに。こうも違うのかと感じさせられることがある。
ただ教科書を読み込む僕と違い、セネカは知識をちゃんと自分のモノにしているから。
本では知りえないような知識も沢山持ってて、ちょっと変だけど、セネカは僕の自慢の兄だ。

そして、僕の目標でもある。
…本人には絶対に言わないけど。
いつか追い越すための目標だ。

「(あの子も魔女だったら、きっと、セネカの事を凄いと思うはずだ。…うん、絶対)」

考えるだけでワクワクする。
あんなにキレイな子が友達なら、セネカも嬉しいんじゃないか?


赤毛の子が、此方に向かって歩いてきた。
その後ろにもう一人、マグルが付いてくる。
花を持って開いたり閉じたりを自由自在にこなす様子を眺めながら、僕は一つ決めたことを話す。

「…僕、あの子なら友達になってもいい」
「……」
「セネカと僕とあの子で魔法の勉強ができたら、それも面白いかも。だってあの子、きっと何にも知らない。自分が魔女だってことも。それも僕らが教えてあければいいんじゃないか?」
「……」
「…セネカ?」
「えっ…あ、うん。……そうだね、楽しい、かもね」
「! …もしかして、具合が悪くなったのか?」
「ううん。違うから。大丈夫だよ、セブルス。――よーし、そうと決まればナンパだ」
「…は?」
「古今東西、男子が女子に声をかけるとなればナンパだと相場で決まってる!」
「…よく分からないけど、セネカがそう言うならそうなんだな」
「うわー…」
「?」
「なんか、セブが純粋すぎて心がイタイデス…」

セネカは時々よく分からないことを言う。
僕は慣れているけど、他人が聞いても同じような感想を言うのだろうか。…うん。あんまり仲良くなられ過ぎても嫌だな。
その可能性を考えていなかった僕はちょっとだけ、今言った事を後悔した。

「イインダヨー、セブはそのままでいてね…」
「なっ、僕に物知らずでいろと言うのか?!」
「ちょ、セブ声が大きいよ!」
「だったら教えてくれてもいいんじゃないか?!」
「うわん! ま、待って、落ち着いてセブルス! あんまり暴れると、」

ガサリと隠れていた茂みが大きく分かれた。
セネカの肩を掴んで揺さぶっていた僕は、それに吃驚して振り返った。

「ねえ。貴方たち、さっきから何を騒いでいるの? …あら、」

見ると、そこにいたのは先ほど話題に上がっていた赤毛の彼女で、大きなエメラルドを更に大きく見開いて此方を見下ろしていた。
…急な展開に二人で固まる。
お互いに顔を見合わせて、どうする、なんて確認も取れずに…硬直したまま唖然と見上げるしかない。
形の良い唇が嬉しそうに弧を描いて、言葉を紡いでいた。

「こんにちは、初めまして。私の名前はリリーよ。こっちは、姉のペチュニア。ねえ、貴方たちも此方にきて私たちと一緒に遊びましょうよ。

―――同じ女の子同士で」

ピキリと、今確実に空気までが凍った。
風にセネカの本日の髪型、背の中程まで届くポニーテールがさらりと遊ばれる。
僕のセネカによって肩まで切りそろえられた黒髪も同じ運命だ。
…確かに、僕らの髪型は普通の男の子よりも長いかも知れない。
けど…けど…これはあんまりだ。

同じオフホワイトのセーターを着た僕らを、すごい! 貴女たち双子なのね! そっくりだわ! なんて目をキラキラさせた彼女が、目の前で手を叩いて喜んでいた。まったく悪意も無く。純粋に。
…セネカがダンブルドアから貰った猫耳パーカー(尻尾付き)を着ていなかったのが唯一の救いだと、この後、しみじみ思ったほどだ。


僕の中でガラガラと崩れていくものがある。
それは少しだけ抱いた憧れだったり、感動だったり、…僕のプライドだったりで実に様々だ。
隣を見ればセネカも同じような顔をしていた。
くっ……女の子に間違われるのは、セネカだけで十分だ! 僕を巻き込むな!
大切な片割れが少し恨めしくなった本日の僕。

セブルス・スネイプ、8歳。
この後、僕らの親友になる彼女との出会いは秋の訪れが間近まで迫っていた時だった。

***

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