分岐点 extra

日頃の行いは果報に結ぶ


嵐の過ぎ去った翌日。

すっかり晴れて空気は澄み、本日のロンドンには青空が広がっていた。
(どこぞの地下住いに慣れてしまった彼などは忌々しそうな顔をしそうである。誰とは言わないが、誰とは)
しかし、そこはまだまだ夏の兆しがみえない春の朝。
清々しくも肌寒い気温に室内は冷えていた。

そんな中、ベッドをこんもりと膨らませぬくぬくと惰眠を貪る。
枕を涙よりも涎で濡らす日々の多い俺は、深いまどろみの淵にいた。
ゆさゆさ、がくがく。
心地良い眠りを邪魔されて寝返りを打つ。
シャッ、という音の後、瞼の裏にチクチクと光が射す。
身体は眠ったまま意識だけが呼び覚まされるも、絶え間なく揺さぶられ続けた。

なんだなんだ。地震か?
それとも、ベッドの耐久力が限界か?
後者だとしたらセブルスに新しいベッドの購入を奨めねば。
ふむ…、貯蓄に余裕があるなら、キングサイズのベッド何て良いんじゃないかね? 我が愛しい弟よ。
ふははっ、端から端まで転がってしまおうぜ!
ただし俺以外をそこで寝せたら嫉妬でレダクトかます自信がある。注意せよ。

ニヤニヤと他人には到底聞かせられない妄想という夢を見ていると、突然頭に衝撃が。
痛む頭をおさえて飛び起き、自分の目の前にある顔に目を丸くした。

「セネカ!!」
「…あれ、セブル、ス…? …………どうして縮んじゃったの?」
「なんだって!?」
「あイタっ!」

ぺしりと俺を叩いて覗きこむ、小さな顔。
伸びっ放しの黒い髪、黒い瞳、細くて折れそうな痩せた身体。
どう見ても小さく可愛い、俺の愛しい弟だ。

パチパチと睫毛が無意識に上下した。
ハッと俺はここで室内を見渡し、そこが病室だと知る。
そうだ、俺は帰って来たんだ。未来から。
夢にまで見た愛しい小さな弟が、今、目の前で、

……非常に怒っていた。


「全く、いくら呼んでもちっとも起きないからこういう目にあうんだ。…昨日はちゃんと早く寝なかったんだろ。あまり夜更かしするなって、いつも言ってるだろ、僕は。いくらもう直ぐ退院だからって、油断しすぎだぞ」

呆れた奴だと、ふんぞり返ったセブルス。
腰に手を当ててプリプリ怒ってる。
でも、いつもと様子の違う俺が心配なセブルス。

むっと眉間に皺を寄せて、口を尖らせた小さな弟。
そんな彼をぼーっと眺めていた俺は、内心それどころでは無い。
じわじわとせり上がる感情に器が満たされ、突き動かされる。
俺は固まったまま反応の無い俺を怪訝そうに覗きこんだセブルスを、がばちょっと、抱きしめていた。

「ぅ、わあっ!」

突然の事に驚いて、じたばたもがく彼を、さらに強い力で抱きしめた。
腕が回りきる細い身体。
未来へ行っていたのはほんの二ヶ月近くだったが、この抱擁がとても懐かしく思えた。
例え彼にとっては一晩の時間であれ。

「…セネカ?」

何も言わずにただ抱きつく俺の様子に、セブルスが困惑した風に名を呼ぶ。
怖い夢でもみたのか?と、戸惑いがちに背を撫でてきた彼が、愛しかった。
とてもとても。

やっぱり、セブルスは優しいよ。
そっと腕を緩め瞳を覗きこむと、思ったとおり黒い瞳は困惑に揺れていた。
まだまだ感情の抑えきれない、小さな君。
高い声がまた、俺の名を呼んだ。
大人な彼に出会い、眠っていた恋慕の情を自覚してしまった俺は、自分が起こす行動によって変化するその瞳から目が離せないでいた。

「(あー…ダメだ。この目を見てたら、抱きしめただけじゃどうしても足りなくなってきた…)」

此処に戻って来たという実感を、どうしても味わいたい。
自覚する前はただ抱きしめるだけでも良かったのに。
俺が欲張りなのは、俺が一番よく知っている。
そう思うと、俺がこれからとる行動は一つに絞られるのだが…。
これはセーブしていかないとやり過ぎて怒らせちゃいそうだなーと、考えながら視線を合わせ続けた。

……うっ、どうしよう。可愛すぎて既に挫けそうだ。

頬擦りしたくなる小動物的可愛さだ。
心配させちゃったのはもちろん俺の所為だけど、瞳うるうるさせてさ。見つめちゃうとかさ。
しかも上目使いで。
なんなの?それ無自覚?大人な君は確かに色気ムンムンでしたけど、これはコレでグッとくるじゃん。
例えその気が無かろうともこれはハッキリ言って反則だよなー……これがこの先ずっと続くのか…我慢するのってかなり大変なんじゃないかねコレ…。

悶々としながら再びぎゅっと締めつけると、またも腕の中でわたわたし始めたセブルス。
可愛すぎて我慢しきれず、頬にぶちゅーっとキスを沢山したら、真っ赤になって俺を引きはがしたセブルスに、また怒られてしまったのだけれど。
この後「やっぱり僕をからかっていたのか!」と、拗ねた彼にしばらく口を聞いてもらえなくて凄く悲しかったです。はい。


それから時はあっという間に流れ、季節は変わり。

予定通り退院した俺は実家に帰ることが出来た。
退院はしたが、定期的に通院し治療と薬漬けの運命からは逃れられなかったのだけれども、それは仕方ない。
そんな事よりも、セブルスと共に朝から晩までべったり出来ると言うことが、一番俺は嬉しかったのだ。


「じゃ、セブ、ちょっと行ってくるねー」

暖炉の前でフルーパウダーを掴み、見送るセブルスを振り返った。
本日は聖マンゴ病院へ診察を受けに行く日だ。
彼は非常に付いていきたそうな顔をしているが、俺は俺の目的がある為、一人で通院させてもらっていた。その方が都合が良いからな。

「(しかしこのしょんぼりセブルス、…可愛すぎる)」

つくづく俺の愛しい弟は天使だと思う(真顔)
くっ…すまないセブルス。今しばらくは堪えてくれ。
俺も出来れば一緒が良いんだ。
そこは同じ気持ちなんだぜ?(…とは思うが、こうもじとっと見られれば決心が鈍りそうになる)

「気を付けて行ってくるんだぞ。忘れ物はないか? 変な奴には声をかけられてもフラフラついて行くんじゃないぞ?」
「もー、セブは心配性だなあ。大丈夫だよ」
「人の忠告はきちんと受け止めろ。…返事は?」
「はーい」

くすくす笑って返事をすると、セブルスはあからさまな溜息を吐いて肩を落とした。
最近よくするその仕草は、大人になっても変わらないのだと俺は知っている。
まあそうさせてるのは俺だが。
こうした共通点を探すのがここ最近の楽しみでもある。

「まったく、この分だとお菓子に釣られて付いて行きそうだ」
「ちょ、なんでそんなに食いしん坊イメージなのさ」
「セネカだからな」
「そうですか……うーん、なんかさ。最近セブ方が僕よりしっかりしてきたよね」
「あたり前だ。セネカといれば自然とこうなる」
「嬉しい様な悲しい様な、微妙な心境だな…。ああ、ほらほらー、そんなしかめっ面ばかりしてたら、皺がとれなくなっちゃうよ?」
「フン、余計な心配ごとだな」
「(まあ…、実際取れなくなっちゃうんだけどさ…)」
「…今何か失礼なこと考えただろ」
「いえ何も! ははっ……あ、そうそう今日はアルバスとの面会があるからいつもより遅くなるからね」
「…わかった」
「セブ、そんな寂しそうな顔されると行き辛くなるんだけど…」
「なっ…して、いない! さっさと行って帰ってこい!」
「はーい、じゃ、行ってくるよーっと」

チュッと音を立てて頬にいってきますのキスをする。
途端にセブルスは頬を押さえ、ぷいっと顔を背けて一歩下がった。

「…っ…セネカ! だから、不意打ちでそれはやめろって、いつも言ってるだろ僕はっ」
「はははっ、セブ顔まっかー。じゃあ今度からは許可を取る事にします。多分。――ではいざ! 聖マンゴ病院!」

暖炉の炎にキラキラ光る粉を投げ入れると、エメラルドの炎が踊った。
炎の中に飛び込み、はっきりとした口調で出口を指定し叫べば、一層大きく上がった炎に飲み込まれて俺の姿は暖炉から消えていた。
…以前よりも溺愛具合が増している気もしないではないが、まあ、それは気の所為じゃねえよ。

***


「―――って、ことで、アルバス。お金貸して下さい。あと、魔法省へ申請の際便宜をお願いしたいのですが…ダメかな?」

場所は変わり、聖マンゴ病院の一室にて。
小首を傾げてお願いする俺を、ダンブルドアは面白そうに見返した。
月一回、俺は彼と面会をする事になっている。
話の内容は主に、呪いの状態報告と例の男、ヴォルデモートという輩から何らかの干渉が無いか等だが……まあ、大抵は世間話で幕を閉める。
これもその一環と言えよう。

「ほっほ、唐突じゃのう。商売でも始めようというのかね?」
「その通り。まあ、理由はお察し頂けると思うので省きます」
「何もそう急がずとも良いと思うが…」
「そうもいかない。始めるならね、今からでも遅いと思うんです。…ホグワーツ入学までには軌道に乗っておきたいんですよねー僕としては。色々やらなきゃいけない事もあるし、」
「ほう」
「まことに厚かましいお願いだとは思ってます……でも貴方に頼る他は思いつかなかったんですけど…ダメですかね、やっぱり」

しゅんと肩を落とす。
ダンブルドアは立ち上がって少し室内を歩き始めた。
これは思考する際にダンブルドアが見せる行動だ。
考える素振りを見せ始めた彼に「…よし、あともうひと押しかな」と、俺は持って来ていた羊皮紙の束を彼に手渡し、再度お伺いを立てた。

「これを、こういったモノを手軽に購入できる会社を作りたいと思うんです。もちろん、間にエージェントを立てるので僕は表立って動きません。ある程度稼げれば、それで良いとも思うし。多くは望まない。…行く行くはそれ以外も販売出来れば上々かと」

もう会社名も決めてあるんです。
通信販売会社トワイン。
どう?良い名でしょ?

「twine――撚り合わす糸、か」
「ええ。twins、双子でも良かったんですけど、それだとあからさま過ぎだし。…実はもう一つ候補もあったんですがね。自虐的かなーと思って却下しちゃいました」

ツイン、トワインは俺とセブルスの事だ。
そしてもう一つの候補だったのは、――トワイライト。
twilightとは薄明かり、黄昏。
光と闇の間に位置する曖昧な状態を意味する。
…これは俺自身を指してもいた。

ぺらりぺらりと一枚づつ読み進める度に、ダンブルドアの瞳が驚きに輝く。
チラリと視線を寄こされ頷くと、彼は感嘆の溜息を零した。
次いで悪戯っぽい笑みを浮かべて商品の名を連ねる。

「ネバネバ煙幕、乱れ鼻くそ花火、忍び足シューズ…ふむ、悪戯グッズじゃな。これを使われてはまた管理人の仕事が増えるのう…おや、この『素直になれるリップ』というのはもしや…」
「ああ、それですか。真実薬なんて入ってませんよ?それに似た効果をもたらす薬が入ってるだけです。正し、効果は一回きり」

使用する材料は違法スレスレだがな!
まあ、商品説明の欄には「これで素直になって彼に告白しちゃおう!」等とアピールする予定なので、是非とも素直になれない系女子にご購入して頂きたいものだ。もちろん、男子も歓迎だ。
その後も、何食わぬ顔で聞かれた事をつらつら説明する。
所々突っ込まれたらヤバい材料もあったのだが、ダンブルドアは黙認してくれたようだ。ありがたい。

「全部僕が考案し書き留めた物の一部です。他の物もお見せいたしましょうか?」
「いや、いや、結構じゃよ。十分これだけで君の才能が窺えた。よく勉強されておる……ふーむ、弱ったのう」
「うっ、なんでしょう。何か問題でも…」

再び深く腰かけなおして目を閉じた彼に、つい不安になって声を掛けた。
これは、演技じゃない。
実際問題、彼の援助が期待できなければ非常に困るのだ。
他の知っている大人と言えばアラスター・ムーディだが、彼を頼るなんて、冗談でも言えたものではない。
彼に借りを作るならダンブルドアに作った方がマシだ。
まあ、狸なダンブルドアも厄介っちゃあ厄介だが。
長い髭をまんじりと見ながら待つ。
暫く間があってから、彼は漸く口を開いた。

「いやいや……どうにも、断る口実が思い浮かばなくてのう」

俯きがちだった俺は弾かれた様に顔を上げた。
…ということは?

「契約成立、という事じゃな」

にっこり笑ってウィンクした彼に、俺は思わず握手を求めた。
ガッチリと、ダンブルドアの皺が浮いた手に俺の小さな手が組み合う。

「アルバス! ありがとう! 実はさ、もう代理人として立ってくれる人をとっ捕まえてあるんだよね!」
「ほっほっほ、これはまた準備が良いことじゃ」
「当然でしょ! 何事も事前の手回しがものを言うし! んー…やっぱ、おぼれる者はダンブルドアの髭を掴め、だね!」
「それも聞いた事はないのう」
「今作ったし! …じゃ、僕、ちょっと先方に伝えてくるよ。今日は本当にありがと、アルバス!」

うひょーっとテンションの上がった俺は矢継ぎ早に話し、満面の笑みを浮かべながら頭を下げた。
一先ず了承を得たことで肩の荷が一つ下りた気がする。
後日、借用書を作って、金貨はその後受け取る旨だけを口頭でやり取りした。無利子無期限とか、なんて良い奴なんだダンブルドア。よ!太っ腹!

そして最後、帰り際に、

「あっ、言うの忘れてたけど僕、実はちょっと未来に行って来ましたよ。セブルスすーーっごいカッコイイ大人になってたよー!」

と、まるで近所に遊びに行って来た報告をするように、とんでもない発言を残した。
詳しい事はまた今度ねーっと、詳細を聞きたそうにしたダンブルドアを残し、俺は意気揚々と病院を後にし姿を変え、ノクターンの影にするりと身を溶け込ませていた。

どうせまた近いうちに会う事になるのだ。
先延ばしにしたって問題は全く無い。とは思う。

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