分岐点 extra

ラブ・フィリング


家に着くと、床に下ろされた俺はセブルスからむにむにっと両頬を摘まれ、引っ張られていた。

「…いひゃい」
「当然だ。痛くしているのだからな」
「…ぼうりょひゅはんらい」
「ならばさっさとその作った笑いを止めろ」
「バレてたか」
「……どれ程お前と共にいると思っているのだ。私はお前の弟だぞ」

言われたセリフに目を丸くする。
それだけで、シリウスとのやり取りなど頭の中から吹き飛んでしまいそうになった。

「セブの口から自分の事を弟だ、なんて言ってくれるのも珍しいね」

離れた彼を追いかけて、珍しくマグル式でお茶の準備を始めた後ろ姿を眺めてから、肘掛椅子に座る。
ローブを脱いで少し袖を捲る広い背を、気が付けば自然な笑顔で追っていた。

「私が自分でそう名乗るよりも、お前の方が先に言ってしまうからではないかね。何を言うのも、何をするのも」
「そうかな…うん、そうかもね」
「…少しは機嫌が直ったか」
「あれ? もしかして御機嫌とりでもしてたの?」
「お前の顔があの男の所為で曇ったままなのは我慢がならん」
「…ふーん。そっか」
「なんだその含んだような言い方は」
「別に。ただ可愛いなって」
「お前は…またその様な事を…」

手際良く整えられ、甘い香りが鼻孔を通り抜けていった。
目の前に置かれて誘われるままに口を付けると、思いのほか甘過ぎたそれに驚いた。舌を出して唇をペロリと舐める。
蜜のように濃厚な味わい。
これは何だと興味深く思いながら一杯を堪能し終えると、カップを取り上げられてしまった。
目の前には膝をつき、俺を見上げるセブルスという珍しい構図。
頬を触れるか触れないかの微妙な温度でなでられ、気恥ずかしくなって、押しつける様にその熱へすり寄った。

「どうやら落ち着いたようだな」
「…セブルスって、ずるいよね」
「さて何の事やら」
「手ずからの紅茶は美味いし、僕の扱いが上手過ぎるし、カッコ良過ぎるし」
「最後だけは否定しておこう。そもそもだ。機嫌取りなど私には向かない。どちらかというとお前の得意分野だろう? 何より…他の者には行動を起こそうとも思わぬ。…お前だけだ」
「すげぇころしもんく…」

なんでこんな時だけそんな事をすらすら言えるのか。

段々と熱の上がっていく顔を見られたく無くて、手のひらを擦りぬけて首に抱きついていた。
俺の背に腕をまわしたセブルスは、一度抱き上げると入れ替わりに椅子へ腰かけ、俺を見下ろす格好になる。
…どうあっても俺をドキドキから解放させてはくれないようだ。
暫くそのまま髪を梳かれたりいじられたり、背を撫でられてると、ぽつりぽつりと話しだす。

「セブルスを悪くいわれるのは我慢がならない…」
「あのような物言い…流しておけば良いのだ」
「そんな訳にもいかなかったんだよねー。何より、僕にだって限界を超える時もある。…シリウス・ブラック…あいつ、入学しても絶対近づくもんか。頼まれても御免だね。要注意人物だ」
「ああ、是非ともそうしろ」
「…セブルス、なんか、機嫌良い?」
「そう見えるのならそうだろうな。…あの変態は実にこちらに都合良く動いた」
「??? 変態?」
「お前は知らなくとも良い事だ……所でセネカ」
「ん? なにさ」
「もう此処に来れる時間は無いかも、とは、どういう根拠に基づいているのか聞かせて貰おうか」
「……うわっちゃぁー…」

流れる様に聞きたかった事を俺に切り出したセブルスは、至近距離で覗きこみ、ガッチリと頭を掴まえて逃げられないようにした。
そんな事をされずとも最早逃げ出す事など困難なのに。
ひ、卑怯だぞセブルス!
なんでフィ二アスの事だけで終わらせてくれないんだ!
いや、ちゃんと話そうとは思ってはいたんだぜ?
ただ…なかなか言い出せなくてだな。

俺がセブルスに嘘を吐けない事を知っている彼は、逃さぬぞとばかりに唇端を持ち上げ、俺の右手を引き寄せ親指の腹で包帯をなぞった。
決して強く握られているわけでもないのに、振りほどく気にもならない。
包帯の下に息づく呪いに触れられる事は俺がもっとも嫌う行為だ。
それが許されるのはきっと、セブルスだからだ。
傷を労わる優しい動きを視線の端で捉えながら、俺は観念して口を開いて、覗き込む黒を真っ直ぐに見据えた。

「推測にしか過ぎないんだけど…恐らく此処に来た時と同じくらいまでに右手が回復すれば、それがタイムリミットだと、思う」

――きっとこれは、本人にしか分からない感覚だと思うんだ。

肘上まで自由になった右手。
このまま順調にいけば夏季休暇中には、若しくはギリギリには元の状態に戻るだろう。
あくまで元の状態。完治では無い。
どうやって元居た場所へ戻るのかは流石に分からないが。

確信を持って告げて最後の方は尻すぼみに消えていった。
それは見つめるセブルスのその瞳が、瞬くごとに切なさを帯びていったからだ。
戻れる事を喜んでいてはくれる。
でも、それと同時に押し殺しきれなかった悲哀が流れ込んできた。
唇にかかる細く絞り出された息が、苦しそうだ。

「セブ、この距離は失敗だったかもね」
「…なぜ?」
「だってセブルス。君の心が溢れ出して隠し切れてない」

指摘されてキツく瞼を閉じ、唇が引き結ばれるのを黙って見ていた。
余っていた左手で小さかった彼にしてあげた様に、頭をよしよし撫でてあげるとセブルスは次第に俯いていく。
彼が何を考えているのか分からなくなった。
閉心術を使って閉ざしてしまう程、知られてはならない何かがこの先待ち受けているのだ。

セブルス、そんな顔をしちゃだめだ。
俺はいつでも君の幸せだけを願っているのに、笑って欲しいのに、俺が原因でそんな顔をさせてしまうのは本意じゃない。

笑って、わらって。一緒に笑ってよ。

君の苦悩を知らないふりが出来ればいいのに。
でも、そんなこと、俺が出来る筈もない。
今度は俺の方が彼の気持ちを回復させるために笑う番だ。


「馬鹿だな、セブルス。笑って送り出してくれれば、それでいいんだよ僕は。…多くを望めば、それ相応の対価が必要となる。そういうものでしょ?」
「……」
「そりゃあ大人なセブルスとの生活が名残惜しくないと言えば嘘になるけど、でも、また会えるじゃん。てか、こっちの僕はそうした記憶を持った僕なんだし。僕が居なくなったら思う存分言いたい事を言えば良いんだよ。あ、手始めに今日の事でチクチクいじめてやったらどうかね?我が愛しき弟よ」
「…ふっ」
「あ、笑った。めずらしー」
「お前の方がまだ可愛げがあると思ったまでだ。今のセネカは…少々私の手に余る行動しかしない。私を翻弄するなどお手のものだろう? お前にとっては」
「やだセブったらかわいそう」
「お前が言うな」
「ふっふっふ…、仕方ないねー、僕が慰めてあげましょうか?」
「フン、どうやって慰めてくれるつもりだね?」

わお。しおらしいセブルス何処行ったし。
おーい、帰っといでー。
俯いていた顔を上げた彼は、挑戦的な光を瞳に宿らせて艶やかに笑んだ。
…やっぱりこの距離は失敗だってセブルスよ。
その顔にあてられてしまいそうになるぜ。

この先を迷う様になでていた指をそのまま動かし続けていると、あろうことか彼は掴んでいた右手を引き寄せ、その手首へと唇を寄せた。
包帯ごしに、ただの一度。
これが全て俺の目を見つめたまま行われていたので、あまりの色気に眩暈を起こしてしまいそうになる。
…つーか、もしコレが俺限定での色仕掛けであれば、俺よりもセブルスの方が性質が悪いと思う。絶対。フェロモン垂れ流すなって。瓶に詰めて持ち歩くぞ。
毎日見てニヤニヤすんぞ。是非そうさせて下さい。

薄っすらと色づく頬を自覚しながら、意を決して口の端へ伸び上がってキスをする。

慰めるって、こうで良いんだっけ?
もう色々ごっちゃになり過ぎて訳分からんよ、俺は。
自分から挨拶と一緒にするのはいつもの事なのに、今に限ってそれはひどく恥ずかしい行為と思えた。もっと大胆なこともした事があるのにさ。
それなのにセブルスからの反応が無い。
少し眉を寄せただけで、じっと見下ろす姿勢を貫いて動かない。
暗にそれだけかと言われている様な、小馬鹿にされている様な気がした俺は何度か同じ事を繰り返して、――とうとう覚悟を決めて唇に噛みついた。


「(…ぅあ、ちょっとカサついてる…さっきの紅茶、セブルスも飲めば良かったのに)」

そうすればこの口付けはもっと甘いものとなっただろう、なんて、思っていられたのも最初の内だけだった。
舌で唇をノックすると、薄く開かれて忍び込ませ、待ち受けていた熱を軽く撫でた。
ねっとりと、セブルスのお好みに合わせて深く探る。
自分の舌が短くて絡み合わせるのにも苦労をした。
ばかもっと積極的にからんでこいっつーの。
主導権を俺に委ねるとかほんと良い趣味してるよ。
そんな俺で遊ぶようにセブルスの舌が時折、じゅっと吸い上げるものだから、その度に驚き、勝手に口が離れようとうごうご動く。
しかしそこを読んでいる彼に、ガッチリと頭は固定されたままだ。

果たしてこれが本当に慰めになっているだろうかと疑問に思いながらも、羞恥と戦いながら今の精一杯をセブルスに注ぎ込んでいた。
…出来れば今、我にかえりたくない。
自分がしている行為を客観的に見たならば、間違いなく、これは恋人同士がするものであると俺は指差しただろう。


「(……きっといま、目を開けたら、セブルスの思っている事が覗ける…)」


何度かしたことにより、相手の顔を見ながらキスをする彼を知っていた俺は、誘惑に勝てずにいた。
セブルスという毒を飲み、その甘さに酔いしれる。
身に余る欲はいつだって俺の中で暴れる機会を窺ってるのに。
頑なに閉じていた瞼をすこし持ち上げ、見下ろすセブルスの穏やかで熱い眼差しとぶつかった。

ああ、今なら心を読まれても良い。
好きだ。愛しているよ。
愛しい俺のセブルス、最愛のひと。
もっと俺のことを、見て――、

「(だめだ、…自分の内からあふれだす気持ちの方が強すぎ、る…)」

思わず手に力が入って掴んでいた髪を引っ張ってしまい、痛みに顔を顰めた表情さえも興奮へと繋がって熱が上がる。
懲りずに、また、お互いの瞳から想いを流し込むように繋がった。
目を逸らす事も出来ず、見つめ返す俺の耳に一際大きな水音を響かせて――それが合図だったのか、気が付けばセブルスへ主導権が移っていた。

あとはもう、俺の残り少なかった余裕など呑みこまれるだけだ。

***


Sideセブルス

「―――ぷっはぁ、…はっ、う……さん、そっ! さんそ!」

肩で大きく息を吸い、乱れた呼吸のまま求めるモノを呼ぶセネカを、セブルスは腕を緩めて少しだけ解放してやる。
第一声がそれなのかと、あまりのらしさについ口元が緩む。
端から流れた唾液を親指でぬぐえば充血した薄い唇がいやでも目に入った。
半開きでぱくぱく動くそれは、どう見ても誘っているようにしか思えなく、セブルスは再び重ねようと動く己を抑えなければならなくなった。

…またやってしまった。
ずんと圧し掛かる後ろめたさに、後悔は無くとも気まずさは残るものだ。

セネカ相手にこうした欲求を抑えるのは勿論馬鹿らしいとは、今でも思ってはいた。しかし相手は仮にも、そう、仮にも子供だ。
意図していようと無かろうと、誘いに乗せられてつい手を出してしまったのは記憶に新しく、鮮明に焼きついている。
アレは思い出せば思い出す程、大変可愛らしくいやらしかった。

「(……っ…、今は…思い出すのは得策ではないな)」

何せ今まさに再び手を出そうとしてしまっていたのだから。
セブルスは危うくこのまま押し倒そうとした自分を自覚していた。
その証拠に、セネカは気がついてはいなかった様だが、夢中で没頭する合間にまさか自分の尻が揉まれていようとは思いもしないだろう。
勿論、気がついて直ぐに手を止めたのではあるが。
しかしずっと手を添えてもいたのだが。

セブルスとて、相手の気持ちを確認する前に手を出す事は意に反しているのだ。
また同じことを仕出かせば、今度こそ言い訳が思いつかない。

「(…しかし、収穫はあった)」

あの一瞬、セネカと眼差しが繋がったあの瞬間から流れ込んだ想いの本流。
開心術など使わなくとも、元々二人の間で考えが通じ合う事など珍しくもなかったが、それともまた違うような気がしたセブルスは独り考え込む。
自分の考えについ没頭して度々苦情を言われるのは常だが、これは今、直ぐにでも答えを導き出さねばならない様な気がして、無意識の内にセネカを撫でながら思考の底を漂う。

好きだ、と聞こえた気がする。
(しかしそれは何時も言われている台詞だ)
愛している、と聞こえた気もする。
(だがこやつときたら、恥ずかしげもなくそう囁くのだ)


―――もっと俺のことを、見て。



「……ブ、…セ、…ルス、…セブルス?」


パチンと、思考が弾けた。
現実に引き戻されたセブルスは、不思議そうに見上げた黒い瞳へ、普段とはかけ離れた鈍い動作で視線を合わせようとし――急いで手のひらで覆う。

「え、ちょ、…セブ? どうしたのさ。また独りで考え事?」
「ああ、いや……少しだけ待て」
「? …うん、えーと、因みにどれくらい?」

この顔の火照りが冷めるまで。
口から出かかった言葉を呑みこんで、自分でも気持ちが悪いと自覚できる程に緩んだ頬をセブルスは必死に持ちこたえさせた。
常から彼の表情筋はあまり豊かに動くことは無い。
不自然に引きつる自分を滑稽に思いながらも、セブルスの心には悦びが満ち溢れていた。
困惑しながらも大人しく待つセネカを見下ろす。


「(まさか…こんな幼い時から、私を慕っていてくれたなど…)」

一途過ぎる強い想い。
兄弟故の独占欲と執着だと思い違いしていた頃の、それ以前から、セネカはずっと自分だけを瞳に映していたのだ。
気持ちを育てるまでも無い。何故ならセネカは既に自分のモノだったのだから。

「(…ならば、私は長い間セネカを待たせる事になるのだな)」

セネカの心をずっと自分だけが独占していたのだと知れたセブルスは、暗い喜びだとは分かってはいても、優越感を感じた。
あの忌々しい卑怯者達が入る隙間など初めから零に等しいのだと知れたからだ。
先に惚れた方が負けか、相手に知られた方が負けか。
どちらにしてもこれから先幼い自分は、彼に翻弄されるという未来もある。
…何故こちらに来たのがセネカなのだろうか。
逆であらば諭すと共に策を授けてやれるというのに。
セブルス・スネイプ、35歳。今まさにありえもしない事を考えている。

今直ぐにでも告げてやりたい。
しかしそれは、

「( 今の私の役目ではない )」



「…もういいぞ」
「うおっ、押さえられて暗かったから目がチカチカするじゃん。まぶっしー…」
「……」
「…セブルス?」
「なんだ」
「いや…なんか、ますます機嫌が良くなってませんか?」
「そう見えるか」
「見えない方が可笑しいって。あー…そのね…」

ちらちらと上目使いで窺うセネカを不思議そうに見やるセブルス。
これまた無意識の内に頬をなでていると、徐々に赤みを増して落ち着きなく身を捩る、愛しい片割れ。
同じ造作をもつとは思えないほど、非常にそそられる。
…なんだこの可愛らしい生き物は。また誘っているのだろうか。
若干お花畑な頭になろうとしているセブルスは、ほほ笑みを浮かべている自分に彼が見惚れて照れている事には気がつかない。
ああ、そういえば…、

「随分と甘かったな」
「…なにがさ」
「口の中が甘ったるい気がする…やはりアレはお前専用の葉だな。私には甘過ぎる」
「…?? ……っ、な、ななな、」
「おい、どうした…セネカ?」

「ッ…何でもねえよ! …っ、この、ばか!」

***

手首への口付けは「欲望」

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